第82話 抑圧が怪物を作る
ガイアード隊が撤退していく。
リタイヤするライバルの後姿ではあるのだが、そのあまりの悲壮感は見送るファルメイアたちの気分も消沈させる。
紅蓮将軍はハーッと大きなため息をついた。
「物事っていうのはどうしてこう思う通りに行かないんでしょうね……」
「まったくでございますな」
疲れた顔で頭を振るファルメイアにアドルファスがしんみりと同意する。
「砂漠に入った途端にヘンなトリ野郎は襲ってくるし……」
「お! ワシか?」
自分を指差し何故か目を輝かせているガーンディーヴァ。
「ギュリオージュ様が……」
その名を呼びながら生前の皇帝ザリオンを思い出すレン。
……よろしく頼む、と言われた相手だ。
よろしくも何も、今彼女は自分たちの前に最強最大の障壁として立ちはだかろうとしている。
「どうやら最後の一戦の相手が変更のようですぞ」
「ガイアード将軍でもキツいっていうのに……それをあっさり倒しちゃったって何よそれ」
半眼で頬を引き攣らせてファルメイアは苦笑した。
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廃都の中も無数のアンデッドが徘徊しているが、それらは中央にある神殿とその周囲にだけはどういう理由でか一切寄り付こうとはしない。
この広い砂漠での唯一の完全な安全地帯であった。
今ギュリオージュのパーティーはその神殿周辺でキャンプしている。
「ま、身内ですからね、いちおーフォローしときますとね。落ち着いて戦えば結構強いんですよウチのアニキは」
デッキチェアに優雅に寝そべりながらギュリオージュがストローでドリンクを飲んでいる。
……何故かビキニタイプの水着姿である。
「そうだなー、多分オメーが戦ったワンコちゃんと同じかチョイ強くらい」
「なるほど、それは強いな」
こちらも同様にデッキチェアに寝そべり新聞を広げているヘイゼル。
やはりビキニタイプの水着姿である。
「ところがさ、ああやってメンタルバキバキにしちゃうと一気にクソ雑魚化すんのよ。そこ弱点すぎるからどーにかした方がイイデスヨって言ってやろうかと思ったけど、やめといた! 可哀想だからな、またでいーや」
「衆人環視であそこまでボコボコにしておいてから気遣いも何もない気はするがね」
あまり興味が無さそうに鼻で息を吐くとヘイゼルは紙面に視線を戻したのだが……。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「あン?」
新聞を広げながらヘイゼルはギュリオージュに声を掛けた。
その彼女を横目で見るギュリオージュ。
「何故、皇帝になりたい? なろうとしている?」
「オイオイ、そんなプライベートの話に首突っ込んでくるんですか最近の傭兵は」
呆れ顔で鼻で笑った雇い主の方を新聞を畳んで脇の小テーブルに置いてヘイゼルが改めて向いた。
「好奇心に勝てなかったよ。思ったより長い付き合いになりそうだからな……。ビジネスパートナーからの質問としては不適格なのは承知している。友人からの素朴な疑問だと思ってくれたまえ」
「勝手にオトモダチ名乗るじゃん。コエーですね」
ギュリオージュの軽口には反応しないヘイゼル。
口元は笑っているがその目は真剣だ。
「だってお前、自分が向いてない事を理解しているし、何よりなりたいとも思っていないよな? なのに、何故だ?」
真剣な目で寄られ少しの間無表情で黙っていたギュリオージュだが、やがて根負けしたとでも言うようにフッと笑った。
「ウチは……」
ギュリオージュが何かを言いかけたその時、二人は同時に同じ方向を見た。
廃都の入り口の方角。
こちらへ近付いてくる者の気配を察知したのだ。
「……話の続きは彼らを処理してからだな」
「まー、出るかもなこの話題、こっからのやり取りでもな」
何者かが来る方角から視線は外さずにギュリオージュが言った。
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やってきたのは紅蓮将軍ファルメイアと白輝将軍アドルファス、そしてレンの三人だった。
残りのメンバーは廃都の入り口付近で待機させている。
そこからは連れて来ても巻き添えで無駄に怪我をさせるだけだ。
「おっ!! 白おじだ!! ハローハロー、ひっさしぶり~。相変わらずデカ過ぎて笑っちゃいますね」
デッキチェアの上から暢気に手を振って一行を出迎えたギュリオージュ。
いきなりの相手の水着での出迎えにレンは面食らって若干引き気味である。
「ギュリオージュ様、ご無沙汰致しております」
緊張感を維持しながらもアドルファスは優雅に一礼した。
「お兄さんも、また会えたね~」
「あ、はい、その節は……どうもでした……」
緊張気味にぎくしゃく返答するレン。
まさかあの冷気の水晶を貰った相手がギュリオージュであったとは……。
ザリオンの娘とわかった今、あまり打ち解けた感じでもいられない。
「『普通』ねぇ」
隣のファルメイアが小さな声で呟いた。
わかる……そちらを見なくてもレンにはわかる。
今自分があの氷晶よりも冷たい視線で見られているという事が……!!
「そんでぇ」
上体を起こしてファルメイアを見るギュリオージュ。
視線が……鋭さを増した。
「お初ですよ、紅蓮将軍」
「ええ、お初にお目に掛かります、ギュリオージュ様」
交差する両者の視線が見えない火花を散らす。
互いにもうわかっているのだ。
目の前の娘は……自分の敵なのだと。
「このまま話す? 着替えたほうがいーです? あ、お兄さんはこのままの方が喜んでくれるかな?」
「着替えて下さい今すぐに」
冷たい声で言うファルメイアであった。
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戦闘服……探検服と言うべきか、あのレンと岩の上で出会った時の衣装……に着替えて戻ってきたギュリオージュ。
肩と胸部と手甲等、装甲部分は最小限に抑えてある軽装の戦装束だ。
合わせてヘイゼルも軍服に着替えてきている。
そして改めて二人の姫が対峙する。
砂漠の乾いた風が吹いて二人の金と紅の髪を揺らした。
薄笑いのギュリオージュ……ファルメイアは笑ってはいない。
「まず初めにお伺いしたいのは……」
話を切り出したのは紅蓮将軍の側であった。
「皇帝になりたいんですか? なって何をなさるおつもりですか? その返答によっては私はギュリオージュ様を支持しますが」
「まずは、さ……」
斜め上を白けた感じで見上げて持ち上げた両手を後頭部で重ねたギュリオージュ。
「そのむず痒い言葉遣いをやめてくだせーよ。もうちょいフツーでよろしく」
「ならそうしましょう。それで、どうなの?」
そうだな、みたいにギュリオージュは少しの間何かを考えているような様子だ。
彼女は今自分の意思をどう伝えたものかと言葉を選んでいる。
「『抑圧が怪物を作る』」
突然発せられたその一言にファルメイアの眉が僅かに浮いた。
レンは意味がわからず怪訝そうな表情になった。
「もう一度言いますよ、ウチの持論な。『抑圧が怪物を作る』」
ファルメイアは……目を閉じた。
表情を歪ませ歯を食いしばっているように見える。
辛そうで、悔しそうで、悲しそうな……。
レンがこれまでに一度も見たことのない彼女の表情だった。
「ダメよ、決裂したわ。……戦うしかない」
「え!? ど、どうしてですか……?」
驚いて硬直するレン。
やり取りの意味がわからなかったのだ。
アドルファスは黙っている。
だがこの闘将も静かな闘志を燃やしているのは明らかだった。
紅蓮将軍は鋭くギュリオージュを指さした。
ギュリオージュは……笑っている。
「コイツ、世界を滅茶苦茶にして自分みたいな化け物を量産するつもりでいるわ! その為に皇帝になろうとしてる!!」
「量産て……ま、そんないねーでしょ。一人か二人だっていいですよ」
遠方からの客を出迎えるように……軽く両腕を開いて見せたギュリオージュ。
「だって、自分が希少種だと気が付いちゃったら会ってみたくなるじゃねーですか……同類に」
『……お前の手に余るようであれば』
いつかのザリオンの言葉がレンの耳の奥に蘇る。
楽し気に笑うギュリオージュが何かとてつもない……怪物のように見えてレンの頬を冷たい汗が伝う。
「ちなみにウチはオメーにも期待してますよ。オメーの殺気はホンモノだ。ガイア兄みたいに勝てる勝負しかしてこなかった奴は持ってない本気の殺意」
「冗談じゃないっつーの。アンタみたいのと一緒にしないでよ」
心底迷惑そうに言ってファルメイアは構えを取った。
向き合う両者の姿にレンはまたザリオンの在りし日の言葉を聞く。
『然るべく対処せよ』




