第81話 兄と妹
金剛将軍ガイアードの攻撃は単純な物理攻撃であり聖なる力を持つものではない為アンデッドを滅する事はできない。
だが超破壊力により粉々にされた砂竜が再生するまでにはかなりの時間がかかる。
少なくとも今回の探索中に自分たちを脅かす事はもうあるまい。
粗方砂竜ゾンビを粉砕したガイアードが大斧を肩に担ぐと部隊の騎士たちが歓声を上げた。
……その一団はそんなタイミングでその場に姿を現した。
「お、やってますね~? 元気イッパイの中年が山盛りいますよ」
黒い軍服のエルフの一団を引き連れたブロンドの少女。
彼女は不敵な笑みを見せながらガイアードに向かって歩いていく。
「なんだ? お前たちは……」
不審げなガイアードがその一団の先頭の少女の顔を見た。
そしてその面影に思い当たる名があり、彼が目を見開く。
「!! お前……ギュリオージュか!!」
「あったり~。お久しぶりでございますわ~お兄様~」
ニヤリと笑ってこめかみの辺りに斜めにピースサインを置いたギュリオージュ。
「何故……ダナンにいるはずのお前がこんな所にいる?」
「やだな~お兄様ってば。こんなとこにいる理由なんて一つしかねーでしょうに」
困ったネー、みたいな様子で大袈裟に肩をすくめてみせるギュリオージュ。
「聖剣か? 笑えん冗談だ。大人しく帰れ……ここはお前のような子供がいていい場所じゃない」
「そっちこそ笑えねーんですけど。いいも悪いも、もうウチこうやって現実にゴールテープ目前まで来ちゃってますよ?」
口元から笑みを消すとギュリオージュは自分が背後に背負った神殿を振り返らず肩越しに親指で指した。
それを見るガイアードが目を閉じてフーッと鼻から長い息を吐き出した。
「……やれやれだ。少しはマシな性根になってほしいとダナンへお前を送った父上のお気持は結局何も伝わってはおらんようだな」
「ああ、あれ……」
その瞬間、彼女はガイアードに対して全ての興味を失ったようにつまらなそうな顔をした。
「やっぱガイア兄みたいな人に解釈させるとあれはそういう事になっちゃうんですか」
「何がいいたい……?」
わずかに目を細めたガイアード。
彼からの圧が増すがギュリオージュは涼しい顔だ。
「べっつにぃ~? ただ、ちょっとカワイソーだなって。こんだけパパが大好きでパパの事目標にして生きてる人が、パパの事なーんもわかってねーんですもん」
(まずい……!)
ダイロスが全身を緊張させる。
ガイアードの面相が憤怒のそれにはっきりと変わった。
「なんだと……?」
ギュリオージュは図星を突いた。
ザリオンが理解できずそれ故にガイアードはずっと悩んできたのだ。
誰より父を喜ばせたい男が、どうすれば父が喜んでくれるのかを結局死に別れるまで理解する事ができなかったのだ。
その事がずっと今も刃となって心の深い部分に突き刺さり彼を苛んでいるのだ。
ビリビリと空気が震えている。
(ダメだ、もう……)
両者の激突が避けられない事を悟りながらも止めようとダイロスが前へ出る。
だが……。
「おっとそこでストップだ。兄妹の語らいの時間を部外者が妨害するものではないよ」
「!!」
いつの間にか間近にいた黒い軍服のエルフに手にした拳銃を向けられている。
(なんだあの黒い鉄は……火薬の匂い、『ジュウ』か)
聞いた事がある。西の大陸では戦闘の主流になりつつあるという武器。
火薬の力で弾丸を射出するものだという。
「何者かは知らんが姫様の連れでも御本人ではない以上、手加減はできんぞ」
「OK。大変結構。私も雇い主殿に自分の価値をアピールしておきたい所でね。全力の勝負は望む所だ」
眼鏡の奥の瞳を冷たく細めてヘイゼルが笑う。
ダイロスが背負っていた剣と楯を構える。飾り気のない湾曲した刃を持つ片手剣と丸い木製の楯。
平凡どころか帝国兵たちと比べても見劣りするような装備だ。
だが彼を知る者は皆わかっている。
これを装備して戦う彼の恐ろしい実力を。
緊張状態が極限へと達しようとしているダイロスとヘイゼルのその向こうで今……兄と妹も最後のラインを超えようとしていた。
「小娘が……ッ!!」
抑えきれぬ憤怒を漏らす兄に、薄く笑ったギュリオージュは右手の袖を捲った。
前腕部の肘寄りの所に腕をぐるりと取り巻くイバラのような無残な傷跡がある。
父にこの腕を切断されてその後で繋いだ跡だ。
その傷跡を指差してギュリオージュが意地悪く笑った。
「傷跡、うらやましいでしょ? ねえ? 一度もパパから対等な相手として見て貰えなかった可哀想な可哀想なお兄様? アハハハハハッ!!!」
「ほざいたな貴様ァァァァァッッッッ!!!!!」
怒号と共に跳躍したガイアード。
振りかざした斧に極大のオーラが集中する。
奥義が……暁星裂壊が来る。
それを見上げるギュリオージュが背後のエルフ達に向かって片手を伸ばした。
「オイ、ウチの武器……あぁ、やっぱいいや」
そして思いなおしたかのようにその腕を引っ込める。
改めて頭上の兄を見上げて妹は小さく嘆息した。
「ホンット、使い手と一緒でド派手なだけで薄っぺらい技だな……」
ダン!! と大地を蹴ってギュリオージュが跳躍した。
地上から弾丸のように射出された妹にガイアードが目を見開く。
両者が空中で激突する。
そのまま妹は小さな身体を活かしてスルリと巻き付く様に兄の右腕を固めた。
「ほーら衝撃の瞬間をズラされるだけで不発~オーラの無駄な消費が確定ですよ。ったく、出し得技じゃねーんですからやるなら確実に当てられるタイミングで出しなさいって!!」
ゴキン!! と鈍い嫌な音が空中で響き渡った。
ガイアードが必死に口から漏れそうになる苦悶の叫びを噛み殺す。
……右の肘を折られた。
両者が着地し砂煙が舞う。
「………………!!」
右腕を押さえているガイアード。
苦しげな顔のその額に汗が浮く。
「まだやります? ウチとしては大分冷めちゃったんでもう終わりでいいですけど」
腕組みをして彼を見ているギュリオージュ。
痛みと……そして湧き上がってくる恐怖の感情を怒りで塗り潰して金剛将軍は咆哮した。
そして猛然と妹に向かって突進する。
その彼の姿にギュリオージュは小さく嘆息した。
「パパの気持もわからなきゃ……妹の気遣いもわかんねー人ですね」
そして再び舞い上がった砂埃の向こう側で数手の攻防の気配があり……。
再び砂埃が晴れたその時、地面に倒れ付す金剛将軍とその頭を踏み付けて立つ妹の姿があった。
「ガイア兄に関しては色々とアドバイスしてやりてー事があるんですけど……」
ハァ、とため息を漏らしてからギュリオージュは兄の頭から足をどかす。
「今言っても逆効果になりそーなんで、落ち着いたら聞きにきてくださいよ」
「……!」
倒れ付すガイアードの表情が凍て付く。
彼はもう言葉も無く、顔を起こす気力もない。
「おーい、ここはもうオシマイ。行きますよ」
ヘイゼルに声を掛けるギュリオージュ。
眼鏡のエルフがそちらを見る。
……彼女は全身血まみれであった。
対するダイロスも全身に傷があり出血もあるが……ヘイゼルの傷の方が大分深いようだ。
彼女の足元にはボタボタと鮮血が滴っている。
「なんだ、時間切れか。大したアピールにはならなかったな」
その夥しい全身からの出血からは考えられないような平然とした調子で言うヘイゼル。
「オメーね、あのワンコちゃんどんだけツエーかわかってます? 横槍入れさせなかっただけで流石ですよ」
そう言い残してギュリオージュは歩いていってしまう。
「だ、そうだ。名残惜しいがここまでにしよう。楽しい時間だったよ」
薄く笑うヘイゼル。
彼女に……血が戻っていく。
まるで傷口が血を吸い上げているかのように……足元に滴った血も全て持ち上がって彼女の傷口から体内へと戻り、そして最後には傷跡そのものも消えてしまった。
(なんだ奴は……なんだ、奴の血は……)
立ち去るヘイゼルを黙って見送りながらもダイロスは全身を緊張させたままだ。
「ならば後は聖剣を回収して帰還か」
「いーやいや、ぜんっぜん足りねーです戦い足りねー。紅蓮将軍が来てるはずだからこの先にキャンプ張って待つ事にしますよ」
ギュリオージュ達が立ち去っていく。
(血が襲ってくるだと……なんなのだ、奴は)
ググッと剣の柄を持つ手に力を込めて小さくなっていく後姿を険しい顔で見つめ続けるダイロスであった。




