第80話 王に相応しい者とは
廃都バドレス……聖剣の納められた神殿のある今回の探索のゴールである。
かつてはオアシスの都市であったはずのこの古代の都は現在は泉も枯れ果て動く死者たちの闊歩する魔境だ。
そしてその都の周囲にこの砂漠最大の難所がある。
『砂竜の墓場』……そこはそう呼ばれている。
かつて王国が都の防衛の為に使役していた砂竜と呼ばれる亜竜が不死なるものとして襲い掛かってくるのだ。
砂竜とは全長数十mにもなる巨大な蛇に似たシルエットの竜だ。
小さい足が左右八対生えているがほとんど使われることはなく身体をくねらせて砂上や砂中を移動する。
瞼はなく眼球は横に三つ並んでいて大きな口は裂けていて細かい牙がびっしりと生えている。
……その骸たちが今、鎌首をもたげ侵入者たちを迎撃せんとしていた。
「お前たちここまでよく耐えてくれた! よく戦ってくれた!! お前たちを誇りに思うぞ!!」
刃の部分に獅子が意匠された柄の長い大戦斧を手に黒い鎧の男が前へ進む。
天魔七将『金剛将軍』ガイアード・ヴェゼルザーク。
黒獅子と呼ばれる男。
「ここからは俺に任せておけ!!! お前たちが付いてきた男の戦いを見届けよ!!!」
ガイアードの上げた咆哮に部下たちが疲労や負傷も忘れ歓声を上げる。
そして斧を振り上げたガイアードが天高く跳躍する。
彼が斧に集中させたオーラは濃密で膨大であり、本来不可視のはずのそれが輝きとして皆に見えるほどであった。
「『暁星裂壊』!!!!」
天から落下しながら斧を叩き付ける金剛将軍。
大地を走る衝撃波が無数の砂竜を粉々に砕き散らし余波は廃都の建物を一部吹き飛ばした。
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金剛将軍の放った奥義の衝撃は遠く離れたファルメイアたちの隊にまで伝わってきていた。
「うわっ、やってるわね……。ガイアード将軍のこれが出たって事はもう廃都かしら? 流石に早いわね」
遠方を見やり感心している紅蓮将軍。
しかしまだまだ彼女たちから廃都は目視できるような位置ではない。
「『砂竜の墓場』ですな。ゴール前最後の難関でしょう」
そのファルメイアを肩に座らせているアドルファスが上質なシルクのハンカチで汗を拭っている。
旅も終盤に差し掛かり戦闘数の差やこれまで温存していた兵士たちの体力の差が出始めファルメイア隊も大分先行するガイアード隊との差を詰めてはきている。
しかしここから廃都まではまだ二日は掛かるだろう。
ガイアード隊が砂竜を駆逐し聖剣を手に入れるには十分すぎる時間であると思われる。
「ガイアード様が……聖剣を手に入れてしまうのでは」
口にしてよいものかと迷ったがレンは結局それを声にしていた。
「そこは想定内よ。彼らはそれだけの犠牲を払って進んでいるんですしね」
「こっちの負けになっちゃいますよ」
驚くレンに頭上のファルメイアは余裕の表情だ。
「ま、何とかなるでしょう。帰り道で聖剣を賭けて私と彼の勝負を申し込むわ。彼はプライド高いから挑まれたら逃げないんじゃないかしら」
「ふむ。しかし聖剣だけ何らかの手段で既に安全地帯まで運んでしまっていた場合は?」
アドルファスが問う。
この白い砂漠はかけられた死の呪いにより転移系の術での移動が一切できない。
しかし用意周到な金剛将軍が聖剣だけを素早く移送する手段を確保していないとは言い切れないのだ。
「その時は彼の勝ちね。一騎打ちを挑んで私の挑発に耐えられるだけの精神力や口の巧さが彼にあった場合も同じよ。そうなったら素直に新皇帝ガイアードの誕生を皆でお祝いしましょう。私は別に自分の敗北を認められないほど狭量でもライバルの成功を喜べないほど狭量でもありませんので」
さっと後ろ髪をかき流して何故かややふんぞり返って言うファルメイアだ。
「ホッホッホ、そうですな。我らを負かした上での戴冠となれば彼にも箔が付く事でしょう」
朗らかに笑うアドルファス。
ガイアード将軍が下の者にとっては人格者であるというのは全員共通した見解である。
勝って自分が一番上に行けば嫌味に自分の勝利を誇ったりする事もないだろう。
なるほど、と妙に腑に落ちた感じがしたレンであった。
そもそもがファルメイアは自分の都合で聖剣を求めてはいるものの、ガイアード将軍を嫌っているわけでも憎んでいるわけでもなく、彼の戴冠を是が非でも阻止したいと思っているわけではない。
「別にね、完璧な人間だけが王に相応しいっていうわけではないと思うわ。むしろ少しくらい欠点があった方が周囲が補おうと頑張るしいいんじゃない?」
「至言でございますなぁ」
紅蓮将軍の言葉に深くうなずく白輝将軍である。
そうしてファルメイア隊はややペースを上げつつも堅実を重視したまま廃都を目指す。
だが二日後に廃都に臨んだ彼女らを待ち受けていたのは想像もしていなかった光景であった。
廃都の入り口付近にガイアード隊のキャンプがあった。
未だ彼らがこの場に留まっている事をまずファルメイアたちは訝しんだのだが……。
「ああ……貴殿らも着いたか」
キャンプで紅蓮将軍一行を出迎えたのはダイロス将軍だった。
酷い有様だ。
彼は傷だらけであり全身あちこちを血で汚れた包帯で覆っている。
「どういう事ですか? これは……。何があったの?」
尋ねるファルメイアに狼頭の将軍は静かに首を横に振る。
「見ての通りだ。我らの旅はここまでだ。後は撤退するしかない」
ダイロスが示した方には多数の負傷者がいる。
比較的傷が少なそうな者も力なく座り込んでしまっている。
部隊全体を覆う絶望感が伝わってくるようだ。
人数は……別にそこまで大幅に減らされたようには見えない。
まだ四百以上はいるのではないだろうか。
だが理由はわからないが彼らは全員消沈し切ってしまっている。これ以上の困難に立ち向かっていけるとは思えない状態だ。
……そして、座り込んでいる男たちの中には指揮官も混じっていた。
「ガイアード将軍……」
近付いていくアドルファスに気付いてガイアードが地べたに座り込んだまま力なく顔を上げた。
顔色は死人のようであり茫然としてしまっている。
「お、おぉ……白輝将軍……」
彼も負傷しているようだが、その傷はそこまで深くはないようだ。
それよりも覇気、生気の無さが尋常ではない。
既に落命しアンデッドになってしまっていると一瞬誤解するほどである。
「俺は……俺……は……」
掠れた声でそれだけ呟くと金剛将軍は再びうつむいてしまった。
そしてそれ以上はアドルファスがどれだけ声を掛けようと顔を上げようとはしなかった。
「フゥむ……これは酷いですな」
心が完全に折れてしまっている。
無双の豪勇を誇る天魔七将の筆頭である男が何故ここまで……。
「ギュリオージュ様だ」
「!!」
ダイロス将軍の言葉にファルメイアとアドルファスが彼を見る。
「ギュリオージュ様が来たのだ。ガイアード将軍と口論になり、二人は戦闘になった」
「それで負けてこの有様に? 負けたっていうのも驚きではあるけど……こうまでなる?」
眉をひそめたファルメイア。
ガイアード将軍の魂が抜けたような様はただ事ではない。
それについては……ダイロス将軍は何も語らなかった。
言い辛い事情がありそうだ。何となく彼の雰囲気から一同はそれを察する。
それから数時間、ファルメイア隊はガイアード隊の救護に手を貸し、部隊はどうにか撤退が可能な状態になった。
「では、我々は引き上げる。力になれず申し訳ないが……ギュリオージュ様はザリオン陛下の御息女、俺は戦う事はできん。それに、彼を無事に送り届けねば」
ダイロスがガイアードに肩を貸している。
彼に支えられてようやく立っていると言ってもよい状態の金剛将軍。
相変わらずその目は虚ろだ。時折何かを呟いている様子だが、その言葉は聞き取れない。
「ギュリオージュ様は……この先で貴殿らを待っている。『戦い足りない』のだそうだ……どうか、ご武運を」
頭を下げるダイロス。
そして、ガイアード隊が帰路に就く。
望んだ成果を得られなかった金剛将軍の敗北の撤退であった。




