第79話 こおりのいし
金剛将軍ガイアードと狼牙将軍ダイロスの師団の混合部隊はファルメイアたちに二日先行して白い砂漠へ突入していた。
この両者の進行プランは面白いほど全てが対照的である。
とにかく速度を重視のストロングスタイルのガイアード。
とにかく堅実を重視の比較的安全なルートを進むファルメイア。
ガイアード部隊は総勢約五百名、そしてほとんどが戦闘要員だ。物資も少な目にして移送の人数を省き戦力に当てている。総大将のガイアードとダイロスは温存していくスタイル。
その上で危険な最短ルートを進む。踏破が早ければ早いほど物資も少なくて済むというわけだ。
ファルメイア部隊は総勢約百五十名。ほとんどは索敵や物資護衛のサポートメンバーだ。無論何かあれば戦いにも参加できる。戦闘は基本的にファルメイアとアドルファスが担当する。
そして進むルートは比較的安全な迂回ルート。時間はかかるが戦闘数を減らすことができる。
ファルメイア隊が砂漠に入って半月ほど……速度重視で先行しているガイアード隊との差は開きつつあった。
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襲ってくる不死の魔物たち。
古代のこの国の住人、足を踏み入れた探索者たちの成れの果て、元々砂漠に生息していた生物だったもの……バリエーションは多種多彩である。
精鋭の戦士たちが命無き襲撃者たちに挑みこれを滅ぼし前へと進む。
「よーしそうだ!! 怯むなッ!! 押し通るのだ!! 我らを阻める者などおらん!!!」
金剛将軍ガイアードが部下たちを鼓舞している。
未だ戦いには参加していないものの、こうして昼夜声を張り上げ続けているのも中々のものだとダイロスは思った。
狼頭の七将はこの道中、冷静にガイアードを観察している。
金剛将軍、黒獅子のガイアードとは基本的には下の者には寛容で頼りがいがあり気前のいい、男気のある男だ。
ここまでで八十数名……多数の犠牲者を出している苦しい行軍中の現在も部隊の士気が高く保たれていることがその証明だ。
部下たちにはほぼ例外なく慕われている。
狼牙将軍が彼を皇帝に推すのはこういった面を見ているからである。妻の一件があるからと盲目的に彼を信奉しているわけではないのだ。
正直……今回の継承問題については。
『執着したものに対しては大人気ない』
『劣勢に回ると精神的に脆い』
という彼の性格のマイナス面が出てしまってはいるが……。
それも得るものを得てしまえば落ち着くはずだとダイロスは思っている。
玉座に着けば間違いなく名君になれる素養のある男ではあるのだ。
予定通りならばもう二、三日中に廃都バドレスが見えてくるはずだ。
その滅びた古代王国の都の中心に聖剣が納められた神殿があるはず……。
速度重視の編成としたのは賭けではあったが、勝負である以上は仕方がない。
払った犠牲も大きいがとにかくまずは聖剣を手に入れることが第一。
前方を見やるダイロスの目が鋭さを増す。
現在、ガイアード隊はそろそろゴールが臨める位置まで到達していた。
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砂漠の途中に巨大な岩があった。周囲数kmはあろうかという巨岩だ。
砂の海に浮く孤島のようでもある。
ファルメイア隊は現在、その岩陰で休憩を取っている。
彼女は決して無理な行軍をしない。
休憩の回数は多い。
ふと思い立ってレンは岩に登ってみることにした。
半獣人ならではの軽い身のこなしでひょいひょいと登攀し上までやってくる。
「うわぁ……」
その光景に圧倒されるレン。
どこまでも続く白い砂の海。
日差しはきついが風が気持ちいい。
そのまま時間が経つのも忘れ彼は景色に見入っていたが……。
「お兄さん」
「!?」
声を掛けられて驚いて振り向く。
見たこともない少女が立っている。
十台半ばほどだろうか……? かなり若く見えるが……。
軽装の冒険用の衣装に身を包んだブロンドの美少女。
身に着けている物はどれも品が良く高級そうである。
どこかのお大尽の娘なのか。
勝ち気そうな表情の彼女はレンを見てニヤニヤと笑っている。
あまり悪意を感じる笑みではなかった。
何か「面白いものを見つけた」のような……。
「お兄さんも、聖剣?」
「あ、ああ……うん。そうだよ」
問われてうなずいたレン。
彼女もフリー参加の探索者だろうか? パーティーらしき人々は見当たらないが。
「ふ~ん、ご苦労様ですね~こんなクソあちーとこまで」
御気の毒様、みたいな口調の少女に思わずレンは少し笑ってしまった。
暑さは……まったく彼女の言う通りだ。
「お兄さんすごい汗ですね? あ、そうだこれあげる。楽になりますよ」
そう言うと少女は腰から下げていた革製の巾着袋を外しレンへ投げて寄こした。
「え?」
それを受け取るレン。
手にした瞬間、冷たさに驚く。
「……それね、直接触っちゃダメですよ。霜焼けなっから。それじゃ、お兄さん頑張ってね」
そう言うと少女はレンが礼を言う間もなくひらひらと手を振って向こう側へと飛び降りてしまった。
「これは……」
レンが冷たい巾着袋を開いてみる。
そこには、淡い輝きを放つ薄青がかった水晶の塊のようなものが入っていた。
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「何よこれ、凄いじゃない」
冷たい水晶を見せたファルメイアが感心している。
「ふぅむ。強い冷気を放っていますな。魔晶(魔力を帯びた水晶)の一種のようですが……」
アドルファスが腕組みをして唸っている。
「こんな冷気に特化した魔晶なんて聞いたことないわ。ともかく、助かったわレン。これは上手く使えば旅が相当楽になりそう。皆に冷たい水を飲ませてあげられるしね」
そう言って早速ファルメイアは自分のマグカップを冷たい水晶に寄せている。
早くもカップの表面に霜が下り始めているようだ。
「それにしてもこんな貴重そうな物をホイッとくれるって……何者よ、その娘?」
「さあ……初対面の子ですよ。渡すだけ渡したらさっといなくなっちゃったし」
首を横に振るレン。
礼を言う間も名前を聞くこともできなかった。
するとファルメイアが半眼になる。
「……可愛い娘だったの?」
「い、いや、普通……かな……?」
ウソである。
本当はかなりの美少女だとレンは思っていた。
しかし何となく背筋に寒気を感じてそうは言わずにおく。
その時、テントの外からどわはははは!!と男たちが沸く声が聞こえてきた。
「……まったく、ガーンディーヴァ入れてから宴会部が倍うるさくなったわね」
やれやれ、と嘆息するファルメイアであった。
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レンたちが休んでいる岩からわずかに離れた場所にいくつかのテントが連なっていた。
数十名規模の部隊。
砂漠の深部を目指す一隊だ。
そこへブロンドの少女が戻ってくる。
「ひ~、あっち~……おーい氷石一個くださいよ」
汗を拭きながら戻ってきた雇い主をテントの中の机で探索の進捗を書類で確認していたヘイゼルが見る。
「……持って出たのではなかったのか?」
「あげてきちゃった。ちょっとウチ好みのお兄さんがいたから」
獣の耳を表現するように両掌を頭の上に置いたギュリオージュ。
軍服のエルフはハ、と鼻で息を吐いた。
「魔氷晶一つでリゾート地に豪邸が建つというのにな……気前のよろしい事だ」
「別にいーんですよ。ウチは沢山持ってんだから」
ギュリオージュはしれっとした顔である。
魔氷晶……それこそが彼女の桁外れの財力の源。
この無尽蔵に冷気を吐き出す魔力を帯びた水晶を北方で彼女は見つけて帝国兵……というか大要塞の帝国兵はもう半ば彼女の私兵と化している……に採掘させているのだ。
それらは主に西の大陸との交易で売り捌き彼女は莫大な富を得た。
ヘイゼルたちを雇い、空中要塞を購入したのもその売却益からである。
「需要は増え続け値段は上がり続けている。まだまだ稼げそうだな」
淡く輝く僅かに青みがかった水晶を見てヘイゼルが言う。
テント内にも氷晶が設置されており内部は涼しく快適だ。
彼女らがファルメイアたちのように日陰を選んで野営しなくてもよい理由である。
「どーでもいいですけどね。なきゃないでないようにやるし、あるなら使うし」
本当にどうでもよさそうに言うギュリオージュ。
「さて、それはそれとしてだ。ここから少し速度を上げて進むぞ。先行している帝国の部隊がこちらの想定よりもかなり早く廃都に到達しそうだ」
「へぇ~、やるじゃねーですか……お兄様は」
これもまたどうでもよさそうに言うとギュリオージュは飲み物をぐいっと呷った。
「近年、ここまでの規模の探索が行われた例は無かったからな。やはり物量は力だな」
「別に先に聖剣取らせちゃったって構わねーですよ。奪えばいいんだしな」
いや、とヘイゼルは雇い主の言葉に対して首を横に振った。
「我らの知り得ない手段で聖剣を他所へ移されたら面倒だ。馬鹿正直に持ったまま帰ってきてくれるとは限らないのでな。なので彼らが神殿に到達する前に叩く」
「ウチ、ブラコンだからお兄様は譲らねーぞ」
ギュリオージュの言葉にヘイゼルがフフッと笑った。
「わかった。では私はもう一人の獣人の将軍を担当するとしよう。貰っている報酬に見合うだけの腕がある事をそろそろ証明しておかないとな」
そう言って眼鏡の奥の細い目を冷たく光らせるヘイゼルであった。




