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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第78話 天つ風

 ファルメイアたちが砂漠に足を踏み入れて早々に姿を現した襲撃者。

 かつてのトリーナ・ヴェータ皇国の神護天将の一人『断空戦神』ガーンディーヴァ。

 背に翼を持ち無双の剛弓を使う大空の狩人である。

 見た目は若い。二十代に見える。

 これは竜化しているヴェータ人によく見られる兆候で老いの速度が緩やかになるのだ。

 四十代のヴァジュラも異形化していない人の部分の容姿は二十代に見える。


「最悪!! いきなりとんでもない邪魔が入ったわ……」

「戦うしかありませんな」


 憂鬱そうに頭を抱えるファルメイア。

 白金(プラチナ)手甲(ガントレット)を装備し構えるアドルファス。

 向こうは機動力が売りの翼持ち。とてもこの人数で逃げ切れるものではない。


「何で十四年も黙ってて今頃出てくるのよ!」


「そりゃお前らが近くに来とるって聞いたからじゃ!!」


 怒鳴るファルメイアに怒鳴り返すガーンディーヴァ。

 確かに彼の言う通りこの白い砂漠は旧皇国領の真南である。

 声を荒げながらも紅蓮将軍の頭脳は極めて冷静に状況を分析していた。


 近くまで来ているから戦いに来た……つまりこの男には強い恨みや復讐心はないという事だ。

 恐らくこの男は『納得』を求めている。不完全燃焼に終わってしまった戦争の出口を探している。

 ……後は、死に場所を探しているのかもしれない。


「十四年前の神都の戦いの時になぁ……ワシは直前の戦いでヴァジュラの奴にやられて死にかけとったんじゃ。神都が攻められとるのも意識無くしとって知らんかった。仲間がワシを担いで都から脱出して……そんでようやく身体が動くようになった頃にはもう何もかも終わっとった」


 弓を持つガーンディーヴァの手にググッと力が入った。


「神皇様も、お妃様も……仲間たちも皆死んどった。ワシだけ置いてきぼりじゃ」


「……………」


 翼ある天将が一瞬視線を空へと送り……そして。

 ガーンディーヴァはギラリと目を輝かせ腰の矢筒から矢を抜き取ると弓に番える。


「あの日の忘れ物を取りに来たぞ!! さあワシと戦ってもらおうか……天魔七将!!!」


 構えるアドルファスの前にスッとファルメイアが手を出す。

 自分が行く、の意思表示だ。

 察した白輝将軍は黙って一歩下がった。

 レンが黙って拳を握りしめる。


 ……ファルメイアが、戦うつもりだ。


「帝国天魔七将『紅蓮将軍』イグニス・ファルメイアよ!! 貴方の相手は私がするわ!!」


「紅蓮将軍……知らん名じゃ。若いな。あの時はいなかった七将だな?」


 ガーンディーヴァが名乗った紅蓮将軍を吟味するかのように目を細める。


「そうよ。(アドルファス)だって皇国攻めには参加していない。私で構わないでしょう?」


「無論じゃ!! ワシの挑戦を受けてくれたことを感謝するぞ、紅蓮将軍!!!」


 ぐん、と弓を引いて翼の射手がファルメイアを射程に捉える。


「さあ帝国最強の天魔七将の実力見せてみよ!!!」


「待ちなさい! 提案があるわ!!」


 片手を上げたファルメイアが声を張り上げる。

 

 ……さあ、ここからが正念場だ。

 自分たちはいくつもの縛りを背負っている。

 まず、ガーンディーヴァを殺すことはできない。あれだけの猛者がアンデッドと化して暴れたら取り返しのつかない被害が出る。

 彼を殺さず勝たなくてはならない。

 そして消耗を最小限に抑えなければいけない。

 危険な探索行はまだ始まったばかりなのだ。


 つまり力をセーブした上で、相手を殺さないように勝利しなければならないわけで……。


(難題ですぞ……どうなさいます?)


 アドルファスも難しい顔をしている。


「……なんじゃい!! 言うてみい!!!」


 ガーンディーヴァが話を聞く体勢に入った。


「貴方の最強の一撃……奥義で来なさい!! 受けて立つわ!! それで私を殺すことができなければ私の勝ち……それでどう!!?」


『!!!!』


 紅蓮将軍の提案にガーンディーヴァが……そしてレンやアドルファス、その場の騎士たち全員が驚愕して息を飲む。

 天将は少しの間表情を消して黙り込み、何事かを考えていたが……。


「……いいじゃろう!! その条件で勝負じゃ!!!」


 そう叫び地上へ降りてきた。


(……来た!!!)


 ファルメイアが全身を緊張させる。

 無双の神護天将の最強の一撃が……来る。


 弓を引くガーンディーヴァ。

 この一射は大地に立ち溜めを作らなければ撃つ事ができない。

 それ故一対一の勝負では出しにくく実際今回の戦いでも使えないだろうと彼は思っていた。


(じゃがのお……これで仕留められんかった奴は今まで一人もおらん!!!)


 この一矢は神速の一撃。

 風を抜き音を置き去りにする断空戦神最強の一撃。


「……『天つ風(ヴァーユ)』」


 矢を放ったのも、それが着撃したのも……誰も目で確認する事はできなかった。


 その瞬間、ファルメイアを中心に発生した衝撃波で砂漠が揺れる。

 アドルファスだけは辛うじて耐えたが残りの者は全員吹き飛ばされる。コンテナも横転した。


 砂地に投げ出されたレンがふらふらと顔を上げる……。

 主人は……ファルメイアは……。


 彼の視線の先に紅蓮将軍が仰向けに倒れていた。

 そして……彼女の頭部に矢が突き立っている。


「あぁ……あ……」


 絶望感で目が眩んだレン。


 ……だが。


 ざっざっ、と砂を鳴らしてガーンディーヴァが近付いてくる。


「ワシの奥義の正体を知っておったんじゃな」


「……ええ」


 応えるファルメイア。

 彼女の頭部の矢はしっかりと両腕で掴み止められており、矢じりがわずかに眉間に刺さっているだけだ。

 しかしその代償として彼女の両腕は複数個所が裂けて出血しており、両眼からも血涙が流れていた。

 誰も見極める事の出来ない神速の矢を目と両手を極限まで魔力で強化して目視し受け止めた……その代償。


 すぐに治癒術を使える者たちが駆け寄り、紅蓮将軍の目と両手の治療に取り掛かった。


「私は勉強熱心だから。貴方くらい有名な武人の特技は頭に入っているわ」


「……見事じゃ」


 穏やかに笑うと、天将はドサッとその場に座り込んだ。


「この首、持っていくがいい。悔いはない。良い勝負じゃった」


 その言葉に治療中のファルメイアのこめかみにピキッと血管が浮く。


「持ってけるわけないでしょうが! あんた何!? この期に及んで更にアンデッド化して私たちに迷惑かけたいわけ!!??」


「うおっ!? なんじゃ!!?? アンデッド??? わからんぞ!!」


 紅蓮将軍に詰め寄られて目を白黒させるガーンディーヴァであった。


 ────────────────────────


「なるほどなぁ! そういう事か!! それであんな勝負を持ちかけてきた訳だったんじゃな!!」

「あんたねえ……なんで知らないのよ。ほぼ地元でしょうが、ここ」


 白い砂漠の説明を受けて納得しているガーンディーヴァに紅蓮将軍は半眼だ。


「前に聞いた事がある気がせんでもないが……何せ興味のない事は頭に残らんからのう、わははは!!」


 何が面白いのか腕組みして高笑いしている神護天将。


「道理で空にイヤな感じがしてあまり高く飛べんかったわけじゃい。上空(うえ)は地上より数倍イヤな感じがしとるぞ」


 ガーンディーヴァが空を指さして言う。

 だろうな、とファルメイアは思った。

 飛行手段のある者が空から楽に行けるのなら地獄の呼び名は付くまい。


 ……しかしまあ、砂漠に入るなりとにかく疲れた。


「はぁ、もう……。どうでもいいわ。気が済んだんなら帰りなさ……」


 その時何かを思い付いたように彼女の台詞が止まる。


「ねえあんた、どうせヒマなんでしょ? こっちの手伝いしなさいよ」


「何じゃあ? 急に……」


 眉を顰めるガーンディーヴァにずいっと詰め寄るファルメイア。


「殺せとか言うのなら死んだ気になって、あんたを負かしたこの偉大な紅蓮将軍様の為に働けって言っているのよ」


「かはッ! 敵国の将を使おうてか! わははは、大した器じゃのう」


 天を仰いで翼の男がからからと大笑いする。


「……よし。いいじゃろ。確かにお前の言う通り、こっちは死に損なって暇を持て余してる身じゃ。帝国は好かんがワシを負かしたお前の為に残った時間を使うのも……まあ悪くはないかもしれんわい」


 目を閉じて感慨深げに言う神護天将。

 ふんぞり返っている紅蓮将軍。


 その彼らの様子にレンとアドルファスが視線を交差させてお互いに微笑むのだった。

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