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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第77話 翼ある射手、予期せぬ襲撃者

 中央大陸南西部にある広大な砂漠地帯……通称『白い砂漠』

 ここにはかつて魔術によって栄えた王国が存在していた。

 だがある時、王国は他国の侵略を受ける。

 そして奮戦虚しく首都陥落も間近、となったその時……。


 強大な魔術師でもあった国王は禁忌の魔術を使った。

 その瞬間、砂漠全ては死に呪われた土地になった。


 あらゆる生き物は死ぬと即座に不死の魔物(アンデッド)となって蘇り生者を襲う。

 王国は滅亡したが攻め込んだ者たちも全員が死んで生命無き魔物と化した。

 そしてそれから数百年が過ぎた今も砂漠は不死なる者たちの巣窟として訪れる命ある者に牙を剥き続けている。


 そして今から三十数年前にこの砂漠に挑んだ者が若き日の皇帝ザリオンだ。


 彼は聖王国の宝物庫から見つかった聖剣を持ってこの砂漠に入った。

 聖剣は聖王国の始祖である初代聖王が使っていた剣で考古学的価値、美術的な価値もさることながら強力無比な魔術的効果を持つ強大な武具であった。

 周囲の者はザリオンに聖剣を使うよう薦めたのだが彼はそれをよしとしなかった。

 彼は己の武器を替える事を好まず無名の傭兵時代から使い続けた無銘の大剣を生涯にわたり使い続けた。


 この聖剣が発見されたという報が世間に流れてから連日ザリオンの下へ多くの来訪者があった。

 見せてくれ、売ってくれ……力で奪い取ろうとする者。枚挙に暇が無い。

 始めの内は面白がって相手をしていたザリオンであったが半月もするとすっかり嫌気が差していた。


 そしてある日、急に白い砂漠にあるという滅びた王国の神殿に聖剣を納めてくると言い出したのだ。

 周囲は止めたが無駄であった。

 彼は半年戻らなければ帝国は残った者たちで好きにせよと言い残し自ら選んだ三人の仲間と共に四人で白い砂漠に入った。

 ……そして四ヵ月後に誰一人として欠ける事無く聖剣を本当に神殿に納めて帰還したのであった。


 時は現在。


 今また、その砂漠へ挑もうとしている者たちがいる。

 紅蓮将軍ファルメイアは白輝将軍アドルファスと従者のレンを伴い、両師団混合の百五十名ほどの部隊で砂漠の入り口付近までやってきていた。


「地図あるよ~MAPだ~!! 地図がなきゃこの広い砂漠お話にならないよ~!!」


不死者(アンデッド)対策には聖水だ!! うちのは霊峰で採れた水を儀式で清めた正式な奴だぞ!!」


 今や砂漠入り口はちょっとした集落になっている。

 建ち並ぶテントに響く客引きの声。

 見物客も大勢詰め掛けているようだ。


「……凄いですね」


 喧騒に圧倒されてしまうレン。

 帝都ではここより人が多い箇所もあるがこの熱気は流石に味わった事が無い。


「ホッホッホ、何やら賭けも行われておりますな。どれ我々のオッズは……おぉ、低い。大本命ですぞ」

「ふーん? どれどれ……?」


 アドルファスと一緒にファルメイアも賭け屋の看板を見る。


「私とガイアード将軍の二強状態か。ま、名前が挙がってるメンバーじゃそうなるでしょうね。彼らも砂漠に入った全員を把握してるわけじゃないだろうし……世間的には無名の強者もいてもおかしくはないわ」


 看板では各グループが砂漠に入った日時も確認できるようになっている。

 それによるとガイアード将軍の部隊は二日ほど先行しているらしい。


「人数は五百ちょっとか。大勢集めたわね」


 ファルメイアたちの三倍以上の集団である。

 ちなみにその内訳は金剛師団より三百名、狼牙師団より二百名……いずれも死地をも恐れぬ勇猛な実力者たちばかりだ。


「出発も早かったですからな。恐らく、金剛将軍殿は例の布告を目にした直後に準備を開始していたのでございましょう」

「まあ遠慮なく先行してもらいましょう」


 肩をすくめるファルメイア。


「どうせ本番は中心部に近付いてからよ」

「……?」


 彼女の言葉の意味がわからず首を傾げるレン。


「さようでございますな。……ではワタクシ、ちょっと一旦ここで失礼を。水が買えるここで入浴を済ませてしまいますので」


 一礼してのしのしと去っていくアドルファス。

 ファルメイアはその背にひらひらと手を振る。


「え、お風呂ですか?」


「そうよ。彼一日三回お風呂に入らないと調子が出ないんですって」


 オークたちがガラガラと車輪の付いた立派なバスタブを運んでくる。

 そしてそのバスタブを中心にパパッとテントを設営してしまった。


「風呂桶……持参ですか」

「ええ。彼は戦場にもあれを持っていくわ。専用の設営部隊がいるし。シャンプーも石鹸も全部メーカーに特注してる彼専用のものなんですって」


 紳士こだわりのバスライフであった。


 ────────────────────────


 ……そして三時間後。

 全ての準備を終えたファルメイア一行はついに白い砂漠へと足を踏み入れた。


 大勢の歓声が彼女たちを見送る。


 名前の通りの白い砂の続く大地。

 完全に純白ではなく僅かに黄色がかった砂だ。


 砂漠用のソリに乗せた大量のコンテナが連なる。


「凄い物資ですね……」


「当たり前でしょう。これでも削れるだけ削ったのよ。これから数ヶ月砂漠で暮らすことになるんだからこれだって全然足りてないわ。足りない分はこれから知恵と機転でどうにかするけどね」


 真剣な顔で語るファルメイア。

 さらに聞いたレンを驚かせたのは連れてきたほとんどの人員のメインの任務はこの物資の護衛なのだと言う。


「戦闘は私とアドルファス将軍が担当する。皆はとにかく物資を死守してね。私たちの生命線よ」


 紅蓮将軍の言葉に皆が「おう」と元気に応じた。


「ま、そうは言ってもしばらくはそうヤバイ奴は出てこないでしょうけどね。奥に行けば行くほど危険が……」


 その時、ファルメイアの肩に白輝将軍がその大きな手をポンと乗せた。


「ちょっと失礼いたしますぞ。こちらへ……」


 そして彼女をぐいっと自分の方へ引き寄せたアドルファス。


「!!!」


 シャアアアアアアッッッッ!!!!!


 次の瞬間、彼女のいた位置を狙って凄まじい風切り音を伴って大きな矢が飛来した。


「……ぬゥゥゥゥん!!! 紳士的制裁鉄拳(ジェントルナックル)!!!!」


 鉄拳で矢を殴り飛ばしたアドルファス。

 その彼の拳にビリビリと痺れが走る。


(なんたる威力ッ!!! 只者ではありませんな!!!!)


 歴戦の白輝将軍がその矢の威力に戦慄する。


「今のは挨拶代わりだぜよッッ!!! 待っちょったぜ帝国よォッッ!!!」


「……うるっさ」


 周囲に轟く大音声にファルメイアが顔をしかめる。

 そして全員が声のした方を見る。

 上だ……地上5mほどの位置に誰かが浮いている。


 大きな弓を持つ褐色の肌の軽装の戦士。

 銀色の髪を逆立てた若い男だ。

 野生的な雰囲気で中々整った顔立ちをしている。

 そして、何よりも目を引くのが……。


 その背の翼。

 彼は鳥のような翼を背に生やしておりそれで飛んでいるのだった。


「やるなやるなァッ!! ワシん矢を殴り飛ばすたぁなぁッッ!! それでこそワシが追い続けた宿敵ちゅうもんじゃいッッ!!!」


「うるさいけど只者じゃない。何なのよアイツ急に出てきて……!!」


 上で大声を張り上げている翼の男。

 ヴェータ人らしいが、あの背の翼はなんなのか。


「背に翼、そしてあの剛弓……」


 ふむ、と唸るアドルファス。


「貴方、神護天将(しんごてんしょう)の御一人、『断空戦神』のガーンディーヴァ殿とお見受けいたしますぞ」

「おうッ! 名にし負う白輝将軍のアドルファスに名前を見知り置いてもらっとるとは光栄じゃ!! いかにもワシが断空戦神ガーンディーヴァ……あの戦で間抜けにも死に損なった神護天将の生き残りっちゅう事じゃい!!!」


 トリーナ・ヴェータ皇国の神護天将。天魔七将とも互角に戦った皇国最強の十二人の将軍たち。

 ……ならばあの背の翼は、竜化か。


「あの戦いの後、ワシはひっそり山奥で暮らしとったんじゃがのう! 帝国が近くまで来ると聞いて居てもたってもいられなくなってのォ……こうして山を下りて出てきたっちゅうワケじゃい!!」


 完全に予想外の……それもとてつもない難敵の突然の奇襲に紅蓮将軍が頬を引き攣らせる。


「ちょっ……冗談じゃないわよ! 二日前にもっと大軍が通ってるでしょう!! そっちは素通りさせたわけ!?」


「ああ、そっちは寝過ごして行かせてしもうたわい!!!」


 大声で堂々と言い放つガーンディーヴァ。

 思わず眩暈を感じたファルメイアがクラッとよろめくのであった。


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