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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第76話 狂姫、帰還せり

『聖剣を持つ者を次の皇帝とする』


 皇帝ザリオンの偽の遺言に突き動かされる者たちは日増しに増えていき、巷は連日その話で盛り上がっている。

 有名な冒険者の誰々が砂漠を攻略するためのパーティーを募集しているだとか、帝都でも有数の大富豪である誰々が私財を投げ打ち大捜索隊を組織したであるとか……。


 そんな中、遂には天魔七将までがこの探索行に出発するという。


 ────────────────────────


 座る者無き空の玉座を見ているゼムグラス宰相。


 彼は今何となく思い立ってこの玉座の間に来ていた。

 はぁ、っと彼の口から疲れたため息が漏れる。


(何故このような事になってしまっているのやら)


 早く次の皇帝を定めて統治を安定化させたいというのに……。

 彼がそう願えば願うほどに事態は決着から遠ざかってしまっている。


 兄、ガイアード将軍は今朝方白い砂漠へ向けて出発していった。

 勿論まともに足を使って行くわけではない。それでは往復だけで何か月か掛かってしまう。

 転移を使うのだが、それでもわざわざ帝都の中央通りをパレードしてから行った。

 金剛将軍が聖剣を取りに行くのだ、と民に誇示しておきたいのだろう。


 空の玉座を見る宰相。

 そこに座る在りし日の皇帝を彼は幻視する。


「黄昏てますね~……朝っぱらから」


「!!!」


 ……その声に弾かれたように振り返ったゼムグラス。


 そこに、その少女は立ってた。

 勝気そうな顔立ちのブロンドの美少女。

 白を基調とした上着に青いスカーフとロングスカート……品のいい外出着に身を包んだ彼女。

 三年も会っていないとかなり大人びたような印象を受ける。


「ギュリオージュ……」


「そうですよ。ゼム兄の可愛い可愛い末の妹のギュリオが帰ってきましたよ」


 だがその表情だけはあの頃と少しも変わらず……。

 あざ笑うかのような、挑みかかるかのような……内面の獰猛さを隠しきれてはいない微笑。

 その微笑みを見たその時、ゼムグラスの中で全てが繋がった気がした。


「お前か……あの布告は」


 それには返答はせずにギュリオージュはニヤリと歯を見せ笑みを深くした。


「何故……何故このような事をした。父上の名を騙ってまで……」


「何故って……? わかんねーです?」


 ハ、と呆れたようにギュリオージュは鼻で息を吐いた。


「次を決めらんなくてグズグズもたもたやってたんでしょー? だからウチがスカッとわかりやすくしてやったんじゃねーですか。褒めてくださいよ、ゼム兄」


「………………………………」


 ……ああ、陛下。

 父上……。


 ゼムグラスの頭の中に三年前のあの夏の日がフラッシュバックする。


 ……………………………………。


 当時、ギュリオージュ・ヴェゼルザークは十四歳だった。

 とにかく血の気が多くトラブルばかり起こすので来年はファルケンリンク士官学校に入学させて厳しく指導してもらおうという話になっていた。


 ……そんなある日にその事件は起こった。


 当時の天魔七将『蒼雲将軍』クラウス・シュミットに彼女は模擬戦を挑み彼の左腕を切断してしまったのだ。

 無論、模擬戦中の事故であり彼女が罪に問われるような問題ではない。

 だが、やられた方のクラウス将軍は腕の治療を拒み、その後職を辞して城を去った。


 そしてギュリオージュは次の模擬戦の相手として父ザリオンを指名したのである。


 ザリオンはそれを受けた。

 条件は将軍の時と同じ真剣での勝負。


 実戦と同じ武器を用いた勝負だ。どちらにもクラウス将軍の時のような事故が起こり得る。

 見守る者たちは緊張した。


 そして開始の合図が掛かり……。

 皇帝は初撃で娘の右腕を斬り落とし、勝敗は決した。


 勝負の後で引き上げる父の後をゼムグラスは追った。

 追って……何がしたかったのかは正直自分でもよくわからない。

 腕を落としたのはクラウス将軍の件に対する罰のつもりなのだろうか? それも違う気がした。


 追いついてきた自分に対し、父はいつもの調子で言い放つ。


ギュリオ(あれ)はダナンへ送れ」

「!!!!」


 ダナン大要塞……!!

 雪と氷に閉ざされた帝国領最北端の前線基地。

 毎日何もせずとも何人もの凍死者を出しているという極寒の地獄。


「父上、それは……」


 どうかお考え直し下さい、とそうゼムグラスは言い掛けた。

 いくら問題児であろうとその措置は流石に苛烈すぎる。

 だが、続く言葉は声にはならなかった。

 ザリオンの顔を見てしまったから……。


「あれは……面白い化け方をするかもしれぬぞ」


 皇帝は……笑っていた。

 ゼムグラスがこれまで一度も見たことのなかった父の獰猛な笑みであった。

 彼は知る由もない事だがそれは父が戦場で自らを脅かすかもしれないと感じた強敵に出会えた時の笑みだ。肉食獣の笑みだ。

 もう何十年もの間封印されていた彼の表情だった。


 その今まで見たこともない愉しげな父の様子にそれ以上は何も言えなかった。


 ……………………………………。


 ああ、父上……。


 貴方の娘は……貴方の望んだ怪物になって帰ってきてしまいましたぞ。


 ────────────────────────


 その日、紅蓮将軍ファルメイアの邸宅には悲痛な声が響き渡っていた。


「……何故ですッ!? どうしてですか!? アタシも連れてってくださいよ!! 必ず役に立ちます!!」


 哀願しているヒビキ。

 ファルメイアの白い砂漠行きの件だ。

 紅蓮将軍は彼女を連れてはいかない決断をした。


「そうは言っても……今回の件は国の仕事じゃなくてほぼ私の私用なのよ。行き先が行き先だし貴女に万一の事があればジンシチロウ殿にも申し訳が立たないわ。ヒビキは留守を守っていて」


「そんな……覚悟はできてます!! 危ないのは当たり前でそんなのは気にしません!!」


 う~ん、とファルメイアは考え込むように腕を組む。


「それに、貴女なんか道中でレンの食事にヘンなもの入れそうだし」

「いやッ!! そこは否定はしませんけど、最低限の空気は読みます!! 作戦に支障が出るようなタイミングでは控えますから!!」


(否定はしないのか)


 なんとも複雑な表情になるレンだ。


「じゃ、じゃあこういうのはどうですか……飲ませようと思う時は先に言ってくれたら前後に問題が出ないように俺が色々フォローするとか」

「レン!!!」


 思わぬ助け舟にヒビキが瞳を輝かせる。


「何であんたは一服盛られる前提で話進めてんのよ」


 ガン!!!!!


「……好意を無下にするのもどうかと思ってッッッ!!!??」


 頭にでかいたんこぶを作ったレンが倒れて動かなくなった。


「あれはそんなおかしなものじゃないんですって!! ただちょっと、男女のイチャコラが激しい感じになるだけのもので!!!」

「それがダメだって言ってんのよ」


 ガン!!!!!


 ヒビキも頭にでかいたんこぶを作ってその場に転がった。


「なんなのよコイツらもう……殴るわよ」


 既に殴って転がしている二人を前に言い放つ紅蓮将軍。


 そこにぞろぞろと紅蓮師団の騎士たちが集合する。


「団長、参りました」

「紅蓮師団『砂漠横断部』『御祓い部』『サバイバル部』『砂の生き物観察部』『危険な場所で宴会部』合わせて86名です」


 ずらりと整列した騎士たち。

 ちなみに全部正式な役職ではない趣味のグループである。


「ん、ご苦労様。最後に確認するけど本当にいいのね? 行き先はあの『白い砂漠』……ザリオン陛下をしてこの世の地獄だと言わしめた場所よ」


 ファルメイアの問いに集った全員が力強くうなずいた。


「当然ですよ。そんな場所で宴会ができるなんて夢のようです」


 その返事に紅蓮将軍が思わず苦笑する。


「流石は『危険な場所で宴会部』筋金入りね」

「いや、俺は『砂の生き物観察部』です」


 ガン!!!!!!


「……紛らわしいのよ」


 また一人の騎士が頭にばかでかいたんこぶを作って地面に転がった。

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