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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第72話 七将会議

 皇帝ザリオン崩御。


 この悲報は衝撃的に帝都を駆け巡った。

 あらゆる場所に喪章が掲げられ帝都は黒く染め上げられた。


 民の生活に必須の最低限の職種を除き三日間は喪に服すとされ誰もが静かに偉大な統治者を偲んでいる。


 それは天魔の七将であれ例外ではない。

 ファルメイアも、そしてシズクも……あのギエンドゥアンさえもが独りの時間に静かに落涙しザリオンの死を悲しんだ。


 ──────────────────────────


 七将、ガイアード邸。


「うおおおおッッッ!! 父上ッッ!! 父上ぇぇぇッッッ!!!!」


 号泣したガイアードが跪いて床を叩いている。

 ここ数日彼はずっとこんな様子だ。


「やれやれ、早く立ち直ってもらわんと後継者を決める話し合いの場も持てん」


 そんな兄の様子を見ながらゼムグラスが嘆息して腕組みをしている。

 宰相も表情に疲労の色を見せてやややつれている。


「叔父上は大丈夫なのですか?」


 ゼムグラスが人一倍涙もろい事を知っているルキアードは不思議そうだ。


「私も兄のように父を偲んで涙の一つも流したい所だが……それには考えることが多すぎる」


 目下急務なのが後継者……二代目皇帝の選定である。

 もっと早くに決めておきたかった事だがそれができずにとうとう今日まできてしまった。

 民も不安に思っていることだろう。


 結局そこを決めるのは天魔七将と三宰相だ。

 全員が一堂に会する場を設けなくてはならない。

 ……のだが、筆頭がまだこの状態だ。


 そして……ガイアードがようやく立ち直り七将会議が開催されたのはその二日後の事であった。


 ──────────────────────────


 巨大な円卓のある大きな会議室。

 七将が集う時だけ解放される部屋だ。

 今その円卓に七人全員が揃っている。


『金剛将軍』ガイアード

『白輝将軍』アドルファス

『狼牙将軍』ダイロス

『水冥将軍』シズク

『幻妖将軍』ギエンドゥアン

『雷神将軍』ヴァジュラ

『紅蓮将軍』ファルメイア


 そして三宰相の内の二人、ゼムグラスとレナード。

 進行役のゼムグラスが集った一同を見回す。

 ……将軍たちは見たところ全員自然体に見えるが。


「議題は……言うまでもなく次の皇帝の事だ。まずはこれを決めてしまわねば何も始まらん。二代目を決め、その者が取り仕切ってザリオン陛下の葬儀を国を挙げて執り行う。立候補する者は……」


「俺だ」


 挙手してガイアード将軍が立ち上がった。

 彼は咳払いを一つすると集った七将たちを見回した。


「皆聞いてくれ。俺が……このガイアードが父の跡を継ごう。偉大なザリオン陛下の志を受け継ぎこの国をさらに強く、さらに富ませてみせよう。諸君の力を貸してほしい」


 朗々としたよく通る声で堂々とそう宣言する黒獅子。

 とても前日まで泣き暮らしていた男とは思えない。


(完璧だ……)


 ガイアード将軍は演説を終えて今密かに悦に入っている。

 この場面を想定し何度となく脳内でシミュレーションを行ってきた。


 もう自分にライバルはいない。

 この宣言で一気に流れを引き寄せ……自分は皇帝になるのだ。


 パチパチと拍手が聞こえる。

 狼頭の将軍ダイロスだ。

 ガイアード派閥の天魔七将……この反応は自然である。


 ゼムグラスは……拍手はない。進行を担っている以上は私情は挟めない。

 その反応をガイアードが一瞬だけやや不満げな視線で見る。


 その他に金剛将軍の宣言に対し反応を示す者はいなかった。

 ゼムグラス宰相が円卓の将軍たちを見回す。


「他に我こそはという者はいないか? 推薦でも良い。大事なことだ」


 場に……緊張感が走った。

 ここで誰からも何も出なければ二代目皇帝はほぼガイアードで確定する。

 しかし他に意欲を見せていた者は既に全員降りている。

 今更この場で誰かを担ぎ上げようという者もいるまい。


(よし、俺だ!! 俺が……俺が次の皇帝……!!)


 ガイアードが密かに膝の上に置いた拳にググッと力を入れたその時……。


「……ほな、あてから一つよろしおす?」


『!!!!』


 手を挙げてひらひらと振ったのはシズク。

 今までこういう場で一度も意見表明をした事のない彼女のこの行動に全員が驚く。


 全員が固唾を飲んで次の彼女の発言を待つ。

 そして……彼女は隣に座る深紅の髪の将軍を見て笑った。


「あんたはんがやらはったらえんやない? 紅蓮はん」


「……は?」


 シズクの発言にファルメイアは頬を引き攣らせる。


「シズク……あんたね」


 ジロリと剣呑な視線を向けてくる紅蓮将軍に涼しい顔の水冥将軍。


「あてはおふざけしとるわけやあらしまへん。本気どすえ?」


 そう言う彼女は確かに笑顔ではあるものの。

 茶化して場を乱そうとかそういう意図でも……なさそうな気がする。


「あんたはんがやる言わはったら、他にも付いてくる方おるんちゃいます?」


「ふむ……それでしたら」


 大きな手を肩の高さくらいに挙げて……オークの王が。


「彼女がやるというのでしたら、ワタクシは賛同致します」


『!!!!』


 又もその場の挙手した当人と推挙した当人以外の全員が驚愕した。

 アドルファス将軍が……ファルメイアを支持した。


「……!! ……!!!」


 ガイアード将軍が零れ落ちんばかりに目を剥いて鼻息を荒げている。


 どうする……一気に七将が二人ファルメイアに流れた。

 必死に弟に目配せするガイアード。

 どうにかしろ、と言いたいのであろうが……。


(この状況から私にどうしろと言うのだ……。う……!!)


 何気なく隣に目をやりゼムグラスが表情を凍て付かせる。


 隣に座っているレナードが兄同様に目を見開いてフーフーと鼻息を荒げているのだ。


(ど、どうする!? 乗るか!? 彼女に……。うちの嫁さんはとにかくガイアード将軍じゃなきゃいいんだよな!? でもこういう事をその場の勢いで決めていいもんか!!? どうすりゃいい……どうする!!??)


 顔中に汗を浮かべてレナード宰相は唸っている。


(ま、まずいレナードがファルメイア将軍に流れる……!!)


 そうなれば将軍7票宰相2票の全9票中、ガイアード3票ファルメイア4票となり一気に彼女で決まってしまいかねない。

 残りはギエンドゥアンとヴァジュラだ。

 この二人がそこからガイアードに流れることはまずないだろう。……しかし、逆はあり得る。


「よ、よし……わかった!」


 声を上げてゼムグラス宰相が立ち上がった。


「今この場で決めろというのも乱暴な話だろう。少し考える時間を設けようじゃないか。……三日、三日だ。三日後にもう一度ここに集まり、九人全員が皇帝に相応しいと思う者の名を挙げてもらう。得票数が一番多かった者が二代目の皇帝となる。棄権でも構わん。それでよいか……?」


 反対してくれるな、と祈るような心地で告げるゼムグラス。


 ……異議は誰からも出なかった。

 こうしてこの日の七将会議は解散となったのである。


 ──────────────────────────


「シズク!! ……待ちなさいよ、こら!!」


 解散後、会議場からの帰り道。

 廊下を歩む七将シズクは背後からの怒声に振り返る。


「おやまぁ。あてに何か御用どす?」


「当たり前でしょう! 何なのよあれは! おかしな事になったでしょうが!!」


 シズクを呼び止めてファルメイアが怒っている。

 しかし彼女はやはり涼しい顔で……。


「せやから、あては本気どすえ? あんたはんがやらはったらええ思いますえ。あんたはんならきっとええ皇帝になれるんちゃいます?」

「当然でしょう! 天才美少女なんだから!! ……ただ私はやる気がないって言ってんの!!」


 シズクを指差しながら怒るファルメイア。


「やる気の有無は重要よ! ガイアード将軍でいいじゃないのよ! あれだけやりたがっているんだから! 彼はザリオン陛下の路線を継ぎたいんだから帝国をおかしくする心配だってほとんどないわ。何かあったとしても補佐する為に天魔七将(わたしたち)や宰相がいるんだし」

「ふむ~、そらまたえらい正論どすなぁ」


 腕を組んで感心したような様子のシズク。


「だったら……」

「けど、それはおもんないんどす」


 自分の発言を遮ったシズクの言葉に紅蓮将軍は渋面になった。


「だから、あんたそういう面白いとかそうじゃないとかで……」


 シズクはそこでニヤリと笑った。


「せやし~……きっと旦那はんもあてと同じく思いますえ」

「!」


 一瞬ファルメイアの脳裏をザリオンの横顔が過った。


「ホッホッホ、ワタクシもシズク殿と同意見でございますぞ」

「アドルファス将軍……貴方もねぇ」


 のっしのっしと巨体を揺らしてやってくる白輝将軍をファルメイアは困った顔で見上げた。


「いやいや失礼。貴女を困らせるつもりはなかったのですがね。つい、あの時に考えてしまいまして……ザリオン陛下がおられたらどちらが後を継がれることを喜ばれただろうかと……」


 そう言うとオークの将軍は少し遠くを見るように視線を上へと送った。


「きっとあの御方は口や態度には出しませんでしょう。でも内心では貴女がなってくれた方が喜ばれたと思いますよ」

「……………………」


 無言のファルメイア。

 そんな彼女を見下ろしてアドルファスが笑う。


「無論、望まぬことを貴女に押し付けるつもりはありませんぞ。どうぞ心の望むままにお決め下さい。……もしも、それで貴女が起たれるのであれば先ほども申し上げました通り、このアドルファスが力をお貸しいたしましょう」


 では、と礼儀正しく頭を下げて白輝将軍は立ち去っていく。


 ファルメイアとシズクの二人はしばらく無言でその後ろ姿を見送るのだった。


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