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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第70話 楽しい時間でした?

 雫の世界が終わる。

 天幻宵待絵巻が崩れ落ちていく。


 黄昏時の世界が剥がれ落ちた後、そこに現れたのは元の帝都であった。

 ここは……あのシズクの邸宅のある寂れた一角のどこかか。

 空地のようだ。

 周囲はあばら家に囲まれている。


 紅蓮将軍は地面を見る。

 目の前にはシズクが倒れている。

 左目が潰れて身体中穴だらけになっている彼女。


 生きているやら死んでいるやら……それを確かめに行くだけの体力はもうなさそうだ。


「……イグニス!!」


 レン……私のあいつの声が聞こえる。

 ……中々にいいタイミングじゃない。


 ファルメイアが微かに笑った。


 後はもう、意識を手放しても……あいつが私を背負って帰ってくれるだろう。


 ───────────────────────────


 紅蓮将軍ファルメイアと水冥将軍シズクが戦ったらしい。

 模擬戦などではない。本気の命の奪い合いで。

 そんな噂が帝都で流れる。


 二人の何が原因なのかはよくわからない激しい戦いから半月ほどが過ぎ去っていた。

 両者が死闘を繰り広げたことについては関係者に箝口令が敷かれたのだが、それでもどこかから噂は流れた。

 どちらが死んでもおかしくないほどの激しい戦いであったという。

 戦いが終わった後は両者ともに瀕死で収容されたとも……。


 一時期帝城では二人の諍いは一人の男を取り合ったのだとかいう出所不明の風聞が出回ったが真相は誰も知らず、いつしか噂も聞かれなくなっていった。


 ……………。


 今日は……いい天気だ。


「う~ん……」


 紅蓮将軍ファルメイアは自室で今、自分の左手を見ている。

 繊細な白い指先。

 文句なしの美少女に相応しい左手であると……そう彼女は自負する。


 ピアノを弾くように滑らかに連続して一本一本指を動かしてみる。

 まったくもって動きに問題はない。


 一時、この左手は溶け落ちて失われていた。


 ……………。


 あの戦いのすぐ後で駆け付けてきたレン。

 彼は主人の無残な姿に彼女を抱きしめ涙していた。


『お~お~、また派手にやりおったな』


 そこにやってきたのが幻妖将軍ギエンドゥアンだ。

 雷神将軍ヴァジュラと一緒に姿を現したギエンドゥアン。


 後で聞いたが両者の戦いは結局決着が付かないままにシズクが倒れたことを結界の崩壊から察知してお開きとなったそうだ。

 両将軍ともに傷だらけであった。

 そこは右大将、左大将との戦いもそうだったようで……。

 結局この戦いは総大将以外は全員時間切れとなったわけだ。


「……治してやれ、ギエンドゥアン」


「わかっとるわい。おい小僧、ファルメイア君をこっちに向けろ」


 ヴァジュラに言われてうなずいたギエンドゥアン。

 言われるままにレンがファルメイアを彼へと向ける。


『酷い傷だな! 骨しか残っておらんじゃないか!!』


 そして、鷲鼻の男がだみ声を張り上げたかと思うと……。


 レンもヒビキも声を失う。

 魔法なのか手品なのか……。

 ファルメイアの左手はまったく元の通りに復元されていたのだった。


 ……………。


(やるわね、ギエンドゥアン(あのオッサン)


 左手はむしろ以前より調子がいい気がするファルメイアである。


 ───────────────────────────


 あの戦いから半月後。

 終わって全てはノーサイド……というわけには勿論いかず。


 今日は、その一件に関する関係者呼び出しの日なのだった。

 皇帝と宰相による審問と沙汰がある。


 帝城ガンドウェザリオス、玉座の間。


「今度は四人か。すごいな……七将の半数以上が揃ってしまったよ」


 妙に無感情な声で言うゼムグラス宰相。

 今の彼の表情は怒りでも悲しみでもない達観した者のそれである。


「……意外と暇なのかな? 天魔七将とは」


 そうだったのか!みたいに目を輝かせて言う宰相。

 その彼の前には……。


 紅蓮将軍ファルメイア。

 水冥将軍シズク。

 雷神将軍ヴァジュラ。

 幻妖将軍ギエンドゥアン。


 ……の、四人が並んで立っている。


「……どうさせたいんだ? 私に。君たちは。これ以上私にどうしろというんだ? ん?」


 表情はない。無の表情なのだが……ただ宰相の目だけがどんどん血走っていく。


(あ~あ~やばいやばい)


 どんどん目の前で火薬が充填されていく。

 その様子を見て内心で嘆息するファルメイア。


「謹慎させてみれば謹慎明けにこんな大それた真似をしでかす君たちに!!! 私がこれ以上どうしろというんだね!!!!??」


 ……ついに宰相、キレた。


「そんなに勝手にしたいんなら七将なんて辞めてお城出てからすればいいでしょッッ!!」


 キレ過ぎて母ちゃんみたいになっていた。


 ……その後もゼムグラスはキレ続け、最終的には血圧がアレな事になって担架で運ばれていった。


「余は何も言う気はない」


 ザリオンはまったく普段通りの様子で四人の将軍を睥睨する。

 言葉の通りに今回の件に関してはこの皇帝には快不快はないように見える。

 まったく平静だ。


「だが……あえて何か言っておくとすれば、宰相(あれ)の身も少し労わってやれ」


 四人の将軍が深く頭を下げて、そして退出していく。


「……羨ましいことだ」


 そして皆の退出を見届けた後に皇帝は誰にも聞こえないほどの声で静かに呟いた。


 ───────────────────────────


宰相(あいつ)、何をあんなにキレとるんだ?」


 不思議そうなギエンドゥアン。

 それに対して残りの三者は沈黙で応える。


「派閥を閉じるのか」


 突然関係のない話を差し込んだヴァジュラ。


 戦いの少し後の事だ。

 七将ギエンドゥアンは自身の派閥の解散を宣言した。


 この事は城を中心に大きな騒ぎとなった。

 特に妻がキレ散らかしたらしい宰相レナードはここの所ずっとぐったりしている。


 ブロードレンティス宰相を権力の座から叩き落として派閥を潰した紅蓮将軍が、今度は幻妖将軍の派閥も潰してしまったらしい……そう噂する者もいる。

 七将同士の戦いが起こり勝者は紅蓮将軍。

 破れた水冥将軍はギエンドゥアン派。

 この派閥の解散にはその勝敗が多く関わったのではないかと口には出さずともそう考えている者は多い。


「ああ。今回の事でワシもちょっと考えを変えたのだ。もう少し将軍(こっち)でいいわい」


 鷲鼻の男はニヤリと笑う。

 相変わらずの悪人面。臆して逃げたり諦めたりした者のそれではない。

 彼は相変わらず貪欲に計算高く権力を求めるのみである。


「最終的に玉座を諦めたわけではないがな! まあ三代目(次の次)でいい。ワシはまだまだ生きるつもりだからな、がははは!」


 そんな男将軍二人のやり取りには加わらず、紅蓮将軍が横目で隣の女を睨む。


「なんですのん?」


「あんたね……()()、いい加減に外しなさいよ」


 低い声のファルメイア。

 それ、とはシズクが頭に巻いて左目を隠している布の事だ。

 彼女はそれを眼帯にしている。


「本当はとっくに元通りなんでしょ? わざとらしい」

「そないなことあらへん。あての可愛(かい)らしいお目々は残酷にもえぐられたまんまどすえ」


 袖で涙を拭く仕草をするシズク。

 ファルメイアの奥歯がギリッと鳴った。


「あんたのそれのせいで、私があんたの目玉をえぐり出したって噂が流れてんのよ!!」

「事実どすえ。ええんちゃいます?」


 水冥将軍は涼しい顔でしれっとしている。


「私はあんたに毒ガスで溶かされた左手の事何にも言ってないでしょうが!!」

「毒ガスいわんといておくれやし!! あての瑞雲を!!」


 ぎゃあぎゃあとやり合う二人。

 男将軍二人は関わらないでおこうとばかりに離れていく。


「……ファルメイアはん」

「?」


 口論が一息ついた所で不意に名前を呼ばれてファルメイアは眉を上げた。


「楽しい……時間どしたなぁ」


 微笑むシズク。

 ファルメイアが呆気にとられる。


 ……そして、それから紅蓮将軍はハッと鼻で息を吐いて引き攣り気味の半笑いになった。


「……冗談じゃないっつーの」





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