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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第68話 欺と美と裏と

 荒れ狂う大河に掛かる大橋の上で紅蓮師団副長ミハイルと水冥師団右大将ヒョウスイの戦いは続いていた。

 現在の所、両者互角の攻防だ。


(……わかってきたきたきましたよォ)


 相手の鉄の錫杖の猛攻を凌ぎながらミハイルは冷静に状況を見ている。


(コイツぁ自分のオーラを変質させる異能持ちだ。オーラが触れた奴を黒く崩壊させちまう)


 先ほど錫杖が掠った自分の道着の裾が黒く崩れてしまった。

 それを思い出すミハイル。

 恐ろしい能力だ。だが万能ではない。


(つっても自分が纏ったオーラが常に全部変質してるワケじゃあねぇ。攻撃を当てる瞬間に武器に纏わせたオーラだけを変質させてやがる)


 ガキィィン!!! と甲高い音を響かせ錫杖とサーベルが火花を散らして打ち合わされた。


(そんでェ……オーラはオーラで相殺できる。だから俺っちのサーベルは崩れてねェ)


「ああぁぁぁヤダヤダヤダ! その目はやめてくだせえよ!! 『段々わかってきたぜ』って言うようなその目はよぉ!!!」


 泣き言を言いながらもヒョウスイの攻撃は苛烈さを増すばかりだ。

 言動が一致しない男である。


「だぁから俺はバトルは嫌いなんだって!! ほんとにロクなもんじゃねえ!!!」


「ほいじゃあ一噛みいっとくかぁ!!」


 ぶれる剣先で相手を幻惑する無数の刺突『蛇咬剣(サイドワインダー)』……虚実入り乱れた剣先が一斉にヒョウスイに襲いかかる。


「……!!!」


 交わさずにヒョウスイは全ての攻撃をまともに受けた。


「チッ……堅ぇ~の」


 舌打ちするミハイル。

 攻撃は全て命中したが相手は異様な硬度でそれに耐えた。

『硬気功』……着撃の瞬間にオーラを集中して防御に回して耐える技。

 当たりはしたが皮を傷付けた程度で肉に届いていない。


 崩壊のオーラを用いた攻撃も硬気功も達人がさらに気の遠くなるような修練を経てようやく扱う事が可能になる技ばかり。

 彼の言うように戦闘が嫌いでサボってばかりの男が辿り着ける高みではない。


(あぁ、つまりコイツぁ……)


 どうにも初対面の時から同類の匂いを感じると思っていた。


「俺と同じ……食わせモンかよォ」


 ミハイルの言葉に歯を見せニヤリと不敵に笑うヒョウスイであった。


 ────────────────────────


 大聖堂の死闘。


 レンとヒビキが水冥師団左大将リヒャルトに挑む。


「はぁッ!!!」


 鋭い呼気と共に神速の踏み込みでヒビキが銀の髪の男の間合いを侵略する。

 虚空に輝く銀色の三日月を描く刃槍(グレイブ)

 その下段からの斜めの斬り上げは回避できなかったリヒャルトの身体を二つに両断した。


(……え?)


 驚くレン。

 初撃で……終わってしまった?


 だが上体を斜めに断ち斬られズレていくリヒャルトの表情は平静なままだ。


「美しき一撃だ。悪くない」


 彼がそう口にすると同時に黒マントの男の身体が爆ぜた。


「!!? うわぁッ!!!」


 至近にいたヒビキがまともにそれを浴びる。

 リヒャルトは自分の身体を無数の蝙蝠に分裂させたのだ。

 襲い掛かられたヒビキが無数の傷を負う。


 レンが駆け寄るが彼がヒビキの下に辿り着くよりも早く蝙蝠たちは一斉に離脱し離れた場所で再び混ざりリヒャルトの姿になった。

 どういう理屈なのか……先ほどヒビキの付けた傷もなくなってしまっている。

 衣服すら元通りだ。


「チッ! なんだお前……怪しい術を使いやがって!!」


 傷付いた頬に流れる血を手で拭い、彼を睨みつけるヒビキ。


「これこそが闇夜の住人たる私の美しき技。さあ……お前たち、更なる()を見せてみよ。さもなくばここで醜く朽ちる事になる」


 レイピアを構えリヒャルトが位置の近かったレンに襲い掛かった。

 レンも拳を構えて相手を迎撃する。


 交差する両者。

『零式』で捌き切れなかったいくつかの刺突がレンに傷を負わせていた。

 聖堂の床に血が滴り、レンがわずかに眉間に皺を刻んだ。


「お前も美しき技を使うな。……だが、まだ未熟。洗練されきってはいない」


 レイピアを振って血を払い、仕切り直しとでもいうように数歩下がるリヒャルト。

 奇妙な技を使わずともレイピアを使い襲ってくるだけでも圧倒される。

 ……これが師団の副長か。

 レンの背に冷たい痺れが走る。


 だが……。


 己を奮い立たせて再度立ち向かう。

 負けるわけにはいかない。退くわけにはいかない。


「そうだ。臆するな。それは剣を交えた以上は既に不要の感情(もの)だ」


 殺意の切っ先が……来る。

 全てを捌き切れないのはもうわかっている。

 被弾を……傷を受け入れる。

 この痛みの中を。

 更に。


 ……前へ!!


「……むッ」


 銀の髪の男の瞳が揺れた。


(まばゆ)い)


 そして、一瞬硬直した彼の胸板にレンの放った零式の拳が叩きこまれた。


 ────────────────────────


 古戦場の上空で睨み合う二人の天魔七将。

 雷神将軍ヴァジュラ、そして幻妖将軍ギエンドゥアン。


 上空に広がる分厚い黒い雲が周囲を夜のように闇で包んだ。

 強い風に髪を靡かせギエンドゥアンがヴァジュラを見据える。


(雷神将軍……ワシの見立てではこの男の攻撃力は七将でも一二を争うレベルだ)


 ヴァジュラは目の前の男に向けて右手を地面と水平にして差し出した。

 魔力が集中する……雷神将軍がパチパチと白く放電を開始する。


(だってなぁ……こいつは……)


「『雷霆(インドラ)』」


 雷が……落ちた。


 世界は白く染まった。

 轟音と共に全てが揺れた。


 それは一本の雷の柱であったが、あまりに巨大であった為に壁にしか見えなかった。

 二人からはかなり離れた位置の落雷。

 わざとヴァジュラが外して撃ったからだ。


 だが、それでも……ギエンドゥアンの額からは血が滴り落ちる。

 あんなに離れた場所に落としたのに。

 魔力の余波だけでも少なからぬダメージが入った。


(だってこいつ、自分を削って撃っておるんだもの。……未来を、自分の明日を弾丸に変えて撃ってるんだものなぁ)


「どうだ、ギエンドゥアン」


 雷の使い手が静かに尋ねる。

 勝ち誇っているわけではない、まだ続けるのかと彼は問うているのだ。


「見事! 見事だよヴァジュラ君……!! 流石に君の雷はワシのウソ(デッドライ)でも裏返せないな……」


 パチパチと拍手するギエンドゥアン。

 雷神将軍の表情は変わらない。


「正直に告白しようじゃないか。今ワシは恐怖しているよ。君を恐れている!!」


 ハーッと疲れたような息を吐いて幻妖将軍は空を仰いだ。


「こんな気持ちは久しぶりだ。人生で三度目か? 一度目は陛下に、二度目はあの忌々しい皇国の神皇だったな。そして、三度目が……今だ」


 だから、とギエンドゥアンはヴァジュラに視線を戻した。


「……そんな君に敬意を表して、その二人にしか見せたことのない()()()ギエンドゥアン・マルキオンをお目にかけようじゃないか」

「!!」


 幻妖将軍のすぐ真後ろの空間に黒い渦が現れた。

 彼はその渦にひゅるんと吸い込まれてしまう。


『あっちのワシは今のワシとは随分違うからな。失礼は今の内に詫びておくとしよう』


 何もない空にギエンドゥアンの声だけが響く。


「………………」


 周囲を見回すヴァジュラ。

 そして彼はその気配に気付いた。


(上か……)


 見上げる雷神将軍。


 そこに……その何かは浮いていた。

 暗雲棚引くこの空にあって黒く丸いシルエット。

 何かの球体か。大き目だ。直径は1m以上はあるだろう……。


「お前が……」


 その球体に誰かが座っているようだ。


『そうだ。私がギエンドゥアンだ。……初めまして、ヴァジュラ』


 頭上にいる球に座る何者かがよく通る声でそう名乗った。

 

 強い……。

 様子見のできる相手ではない。

 そう判断してヴァジュラは即座にまた雷を放つための集中に入ったが……。


「!!!」


 その魔力が霧散する。


 見れば周囲に七つの球体が浮いている。

 大人の頭部ほどの大きさの珠が七つ。それぞれ色が違う。

 その球体が自分の魔力を吸い取っている。


『まあそう慌てることはない。久しぶりの外だ。もう少し空気を堪能させてくれ』


「………………」


 最大の攻撃が封じられた。

 だが落雷がなかろうとヴァジュラは接近戦でも七将屈指の実力者だ。


『あちらの私が活動しているとき、この私は眠っている。帝国もすっかり強くなってしまって戦いも減ったし強敵もいなくなった。出番がさっぱりで寂しい限りだ』


 笑っている。

 顔は見えていないが、ヴァジュラにはそれがわかった。


『……さあ戦おうか。お前を退屈はさせん! 空が壊れてしまうほど熱い勝負をしようか!!』


 (リバース)ギエンドゥアンがそう宣言する。

 同時に暗い空を七色の魔力の輝きが満たすのだった。

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