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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第67話 臨界点

 ヴァジュラが静かに佇んでいる。

 場所は……草原だ。とても広く、その果ては見えない。

 古戦場なのか、周囲には武装して朽ちた無数の骸がある。


「しかし落ち着いた男だなァ、キミは」


 だみ声が聞こえて誰かが近付いてくる。


「ギエンドゥアンか」


 その名を呼んでそちらを見たヴァジュラ。

 腰の後ろで手を組んだギエンドゥアンがゆっくり歩いてくる。


「天魔七将の巣に殴り込みをかけてきた男にはとても見えんよ」


「……そうか」


 短く答える雷神将軍。

 ……確かに、戦いの前の気持ちの昂ぶりのようなものは今はない。

 あの日、自身の復讐の終わったあの日。

 皇国が滅びたときに皇宮と共に焼け落ちてしまったかのように、今はもう失くしてしまった感情だ。


 その時、その滅びの日を共に攻めた側として現地で迎えた二人が今ここでこうして敵味方として見えているのも皮肉な話だ、と彼は思った。


「ファルメイア君への義理立てかね?」

「彼女と彼女の身内の者たちには恩がある」


 その男の不器用さをギエンドゥアンは笑わなかった。

 ふむ、と鷲鼻の男が鼻を鳴らす。


「ワシはシズクの無茶振りだよ。互いに損な役回りだな」


 肩をすくめる幻妖将軍。

 両者の視線が交錯し、そして……。

 二人は同時に地を蹴り、古戦場の上空へと舞い上がった。


「……ワシが勝ったらワシの派閥に入ってもらうぞ!! ヴァジュラ君!!」


「いいだろう」


 勝ち負けで派閥入りか……。


 わかりやすくていいと彼は思った。

 旧皇国領の統治権を条件に同じことを迫った男の事を思い出す。

 ブロードレンティス……彼は自分がそれを望むことを奴隷だった事の復讐心から来ているものと思っていたようだが事実は異なる。

 その恨みはもうとうにどこかへ流れて行ってしまった。

 彼がその条件を飲んだのは、いつの日かシエンが成長したときに彼に皇国領を引き継がせることができれば……それが死んでいったサルラーマ皇妃への幾ばくかの慰めになるのではないかと、そう思ったからだ。

 結局その話は宰相の派閥が潰れたことで無くなってしまったが……。


 それでよかったと今は思う。

 シエンは自由に生きて欲しい。出自や他者の思惑に囚われることなく自由に。

 皇妃がどうのと言ってみた所で結局は自分のエゴでしかなかったのだ。


 全てを無くしてしまったはずの自分が気が付けばまたあれこれと背負い込んでいる。

 シエンやファルメイアやレンの顔を思い出して、笑わない男がほんの僅かに苦笑した。


 ヴァジュラとは……自分とは即ちそういう男なのだ。

 何かを背負って苦労する。

 望んでそちらの方へ行く。

 それが自分だ。


 それが……それこそが自分の幸福だ。


「俺が勝ったらシズクを大人しくさせるのに手を貸せ」


「よかろう!!! 二言はない!!!」


 その言葉を合図にしたかのように上空を分厚い黒い雲が覆う。

 斜陽の光は消え周囲は闇に包まれた。


「ならば見ろ。雷神(おれ)の技を」


 ──────────────────────────


 深紅の髪の将軍が長い石段を一歩一歩登っていく。

 早足でもなくゆっくりでもなく……普通の歩調で登っていく。

 上から生暖かい風が吹いてきて一瞬彼女は顔をしかめた。


 やがて……ファルメイアは頂に至った。

 そこには広い境内が広がりその向こうには朽ちた廃寺があった。


 そしてその境内に……彼女がいた。

 赤い光の降り注ぐ境内に日傘のように黒傘を差してシズクが立っている。


「あんたには言ってやりたいことが山ほどあるんだけど……」


 一切の躊躇いなく境内に踏み込んだファルメイアがそのまま石畳に靴音を鳴らしてシズクに歩み寄った。

 シズクは薄く笑ってそんな彼女を迎える。


「まず、第一にね! あんたのせいで私の周りの私の男をつまみ食いしてやろうと目論んでた連中が軒並み目的達成しちゃったじゃないのよ!!!」

「あっははははははははは!!!」


 袖で口元を隠して爆笑するシズク。

 笑いすぎて少し涙が出た彼女が指先でそれを拭った。


「それはそれはまぁ、ご愁傷様どしたなぁ。お兄さんおもてになるんどすなぁ」


「ええい、ムッカつく……。これ以上は長くなるし、後のはもう、殴って清算するからそれでいいわ」


 双方が、ゆっくりと……相手を向いたまま後ろに下がった。

 重ねた視線はそのままに、ゆっくりと。


「………………………」


 一歩ごとに周囲の気温が下がるような感覚。

 空気がぴりぴりと火花を放っている。


 臨界点が……近い。


「……あんたはんにそれができるんどす? あてを凹ますことができたん今まで一人だけどすえ」

「知ってるわよ。大陸の東の果ての山の中」


 おや、とシズクが意外そうな顔をした。

 それから彼女は口元に笑みを戻す。


「物知りさんどすなぁ。ほならあてはあんたはんがあの人と比べてどうなのか……とくと吟味させてもらうことにしますえ」


 ……爆ぜる。

 両者が茜色の空に激しく魔力を噴き上げた。


「あてに勝てたらあんたはんも旦那はんみたいになれるかもしれまへんなぁ!!」


「別に目指してはいないけどね!!!」


 ファルメイアの右手に光が集まる。

 激しく放電しながら生まれる電撃の球体。


「『雷神鉄槌(ミョルニール)』ッッ!!!」


 それをシズクへ向けて放つ。

 傘を持つ女がそれを見て笑う。

 逃げずにその場で電撃球を迎え撃つ水冥将軍。


 ファルメイアに向けて開いた黒傘で彼女の魔術を受け止める。


「『水鏡(みずかがみ)』……ほな、そっくりお返ししますえ!!」


「ッ!!!!」


 術者へ跳ね返されてきた電撃球を間一髪でファルメイアが交わす。

 背後で大爆発が起き、彼女の髪を熱風が揺らした。


「……チッ!!」


 どうやらシズクは相手の魔術を傘で受けて反射する事ができるらしい。

 ……ならば、複数ならどうだ。


「『魔炎刃(グラム)』!!!!」


 紅蓮将軍の号令で空中に現れた無数の炎の刃、それらは一つ一つ異なる軌跡を描いて水冥将軍へ襲い掛かった。


「……ふふ、その手は通用しまへんえ」


 くるくると傘を回しながらシズクは全ての炎刃を巻き取るように傘で受け止め、一つの巨大な火球にしてしまった。


「あんたはんの力はこの程度なん? ……拍子抜けどすえ」


 大火球が反射されてくる。

 だが、ファルメイアはそれを待っていた。


 次に詠唱していた無数の水の弾丸で火球を迎撃する。

 空中で二つの魔術はぶつかり合い、水蒸気爆発が発生した。


「……!!」


 その爆風を裂いてファルメイアは剣を抜いてシズクに襲い掛かった。

 神速の鋭い斬撃をやはり傘で受け止めたシズク。


 今の彼女は体の真正面に開いた傘を盾のように構えている。


 その傘をずらしシズクが顔を見せる。

 同時に彼女がヒュッと鋭く息を吸った。


(何!!? ヤバい!!!!)


 その一瞬、迫る巨大な災厄を察知したファルメイアが打ち付けた剣を軸に身を捻って空中で横へ逃れた。


 一瞬前まで彼女のいた位置にシズクがフーッと金色の煙を吐き掛ける。


「うふふ、お上手どすえ」


 ニヤリと笑ったシズクがパンと手を叩くと虚空に一匹の大きな猪が現れた。

 そしてそのまま猪は空中にまだ漂っている金色の煙の中に落下する。


 ブギィ!!と断末魔の悲鳴が轟き地面にバシャッっと赤黒い液体が広がった。

 そして、そこへ猪の骨がバラ撒かれた。


「お気を付けやし。あての『冥妖瑞雲(めいようずいうん)』に触れたら骨だけ残して皮も肉も内蔵(はらわた)も全て溶け落ちますえ」


「げっ! えっげつない……」


 顔をしかめたファルメイア。


 しかし……。

 相変わらず傘を差し余裕の佇まいの水冥将軍を見てファルメイアの頬を冷たい汗が伝っていった。


 強い。

 接近戦だろうが距離を置こうが攻防どちらも隙が無い。

 間違いなくこれまでの人生で自分が戦ってきたどの相手よりも強い。

 まだ彼女はきっと特技を隠し持っているだろう。

 それに……。


(何なのよあの傘!! あれだけ魔術をぶつけて私の斬撃を当ててるのに傷一つ付いた様子もないし!!)


 そう、彼女の手にしている黒傘だ。

 見た目はトウシュウの一般的な番傘である。

 竹の骨に和紙を貼ったもの。

 本来なら魔術を受けるどころか余波の風でくしゃくしゃに壊れるような品のはずなのに……。


 それが今絶対防壁と化してシズクの盾となっている。


「鬱陶しいわねその傘」


「あての傘は特別製どす。数えきれないくらい兵隊はんの死んだ古戦場に生えた万年竹を骨にして、人の寿命より長く生きた蛇の血を二百匹分集めて墨に混ぜて黒くして……」


 説明を聞いているだけでげんなりしてくるファルメイア。

 やっぱりとんでもない呪具である。


「ともかく……その傘どうにかしないとあんたにはロクに攻撃が通らないみたいね」


「……ふふ、それができるとええどすなぁ」


 頭上に広げた傘をくるくると回して妖しく笑うシズクであった。





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