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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第66話 天幻宵待絵巻

 帝都の一角……七将シズク邸にて結界世界展開。

 この件は即座に帝城の魔術師たちによって感知され一報は皇帝の下へともたらされた。

 結界魔術『絶対世界』は自分有利なルールが適用された世界に相手を引きずり込んで仕留める決戦用の大規模魔術。

 使えるものは世界に極わずかしかいない。

 通常どこかで行使されても離れた場所で感じ取れるようなものではないのだが、帝都では有事に備えそういう魔術の行使に対して敏感に察知する事のできる特殊な魔術師たちがいる。


「な、な、な、何をしておるのだ将軍は!? 止めねば……すぐに動ける七将は誰だ!!?」


 玉座の間で慌てふためいているゼムグラス宰相。

『絶対世界』は戯れに行使できるような魔術ではない。

 準備のために必要な魔術的媒介や時間、そしてそれらにかかる費用は想像を絶する。


 本気で……全力で相手を仕留めにかかる時だけの決戦魔術。奥の手だ。


「待て」

「陛下……?」


 皇帝の制止の声に宰相が振り返る。

 玉座のザリオンは腕組みをして目を閉じている。


「様子を見る」


 それだけを口にして老帝はそれきり沈黙するのだった。


 ──────────────────────────


 周囲の光景が突然変わった。

 暮れかける斜陽の光に赤く照らされた世界。

 時刻のみではない。

 場所も一変している。

 周囲に立ち並んでいた薄汚れたあばら家は綺麗さっぱり消えており茶けた土の露出した開けた土地になっていた。

 近くに井戸がある。柳の木が生えており向こうには林も見える。

 この場にいる誰もが見たこともない土地の風景。

 それがトウシュウのものである事を知る者は一行にはいない。


 天幻宵待絵巻……ここはシズクの世界。

 黄昏時、逢魔が時で時間が止まった世界。

 ここでは彼女が……そして彼女に従う眷属たちが最も実力を発揮することができる。


「あ~あ、どうすんですこれ?」


 周囲を見回してゲンナリしているミハイル。


「どうするもこうするもないでしょ? シズクをぶん殴って元の世界に帰るだけよ。何一つ予定に変更はないでしょう」

「いやあのねお嬢、軽く言っちゃってくれますけどね……」


 余裕の佇まいのファルメイアに尚も愚痴を言いかけて……そのミハイルの姿が少しずつ透けていく。


「わぁ怖い!? 何だこりゃあ!? イケメンだけ何かされちゃうやつ!!??」


 向こう側が見えるほど薄くなった自分の手を見ながら慌てるミハイル。

 そのまま彼はどんどん薄くなりそのまま消えてしまった。


「うるさいのから連れてってくれるなんて気が利くところあるじゃない」


 意地悪い笑みを見せる紅蓮将軍。

 レンとヒビキは動揺して顔色を失っている。

 得体の知れない世界に連れてこられたと思ったら早速仲間の一人が消えてしまったのだ。


「み、ミハイルさん大丈夫なんすかね!?」


 不安そうなヒビキ。

 説明も無しに連れてこられて挙句どこかへ連れ去られてしまった。


「ああ、アイツのあれはね……」


 思わせぶりに笑ってから「大丈夫よ」とうなずくファルメイア。


「次は俺か」


 やはり薄くなる自分の姿に気付いたヴァジュラが言う。


「また後で」


 一切取り乱すことなく落ち着いたまま、それだけ言い残して雷神将軍も消えていった。


「次は……」


 自分だろうか? ここまで来たら覚悟を決めようとレンは思い呼吸を整える。

 そしてレンとヒビキの二人が同時に薄くなっていく。


「レン、ヒビキ」


 二人に向けてグッと拳を突き出す紅蓮将軍。


「……しっかりね」


『はい!』


 主人の言葉に二人の返事が唱和して……そして、レンとヒビキもいずこかへと消えていった。


 最後に一人残されたファルメイア。

 その彼女の周囲の風景が蜃気楼のように歪んで変化していく。


 幅広く長い長い石段が目の前から上へと続いている。


「はぁ~? 何よこれ……登れって? 面倒くさいわね上まで連れて行きなさいよ」


 ぶつぶつ文句を言いながら石段を登り始めるファルメイアであった。


 ──────────────────────────


 周囲の風景が変わりミハイルが見回す。


 橋だ。……橋の上にいる。

 大きな川に掛けられた木製のアーチ型の大きな橋の上。


 川の流れはかなり早く轟々と不気味に唸りながら波打っている。


 がらんごろんと下駄の音が近づいてきてミハイルはそちらを見た。


「お疲れさん」


 近付いてきたのは僧衣の大男だ。

 手にした錫杖の先端の鉄環がしゃらんと涼やかに鳴った。


「水冥師団のヒョウスイだ。色々言いてえ事はおありでしょうがね。まずはちょいと俺の話を聞いてくださいよ」


 黙っているミハイルに対してヒョウスイが更に言葉を続ける。


「正直ね、俺ぁお宅らと戦り合う気なんてこれっぽっちもねぇんですよ。でもね、立場上イヤだとも言えねえわけで……そこでどうです一つ。戦ってるフリだけしてどっかで時間潰すってのは……」


 ヒュン、と何かが風を切る音がして浅く裂けたヒョウスイの頬から鮮血が散った。


「う……」


 呻いたヒョウスイ。

 目の前の白い服の男の手にはいつ抜いたのかわからなかったがサーベルが握られている。


「お前ぇらよォ……紅蓮(うち)のモンに何したよ? レンちゃんに何した……?」


 ミハイルの落ち窪んだ眼窩の底の目がギラリと剣呑な輝きを放った。


「お前らはとっくにライン越えちまってんだよ。あの世まで観光旅行にご案内してやるぜ……来な」


(ぐああああああ!!! マジかよこいつ!! 真剣(ガチ)も真剣、ガチガチじゃねえか!!? 一番やる気なさそうだからこいつを相手に選んだってのによおお!!!)


 内心で叫び頭を抱えるヒョウスイ。

 ……やがて彼は諦めたように大きなため息をつくと気だるげに首を左右に揺らした。


「俺はヒョウスイ・ナルエ……水冥師団の右大将。そして……帝国軍で一番の平和主義者。バトルを憎む男……何故ってそりゃ、バトルは痛ぇしくたびれるしでロクなもんじゃねえから……」


 気が抜けるような事を言いながらも錫杖を構えヒョウスイはミハイルに襲い掛かった。


(……速ぇ!)


 その巨体からは信じられないような速度で攻撃が繰り出される。

 横薙ぎの錫杖を紙一重で回避するミハイル。

 その彼の白い道着の裾を僅かに錫杖が掠めていった。


 ……すると、その裾の部分が黒く朽ちてボロッと崩れ落ちた。


「!!? 何だァ!!?」


「ああああ、くっそ!! ツイてねえですよホント!! 俺は人間だから団長の世界の恩恵もなーんも受けられねえってのによお!!!」


 泣き言を言いながらも更なる猛攻を仕掛けてくるヒョウスイであった。


 ──────────────────────────


 レンとヒビキの二人が転移させられたのは墓地であった。


 もうかなり長い間人の手が入ることなく放置されていたらしい荒れ果てた墓地。

 周囲の光景はトウシュウ風なのだが、ここの墓石やそこに刻まれた文字は大陸のものだ。


「うぅ、薄気味悪いな。アタシこういう雰囲気はちょっと……」


 眉を顰めて周囲を見回すヒビキ。

 彼女の言う通り墓地は陰鬱でおどろおどろしい空気に包まれている。


「あれかな」


 そう言うレンの視線の先、そこには……これもまた朽ちかけた大きな教会があった。

 二人は意を決してそこへ向かう。


 軋む扉を押し開けて廊下を進み、聖堂へ。


 何百人を収容できるのだろうか……広大な聖堂は今はただ黴と埃の匂いをさせて訪れた二人を寂寥感に満ちた気分にさせるのだった。


「……!」


 祭壇の前に一人の男が立っている。

 黒いマント姿の背の高い男。

 銀の長髪の整った顔立ちの男だ。


「よく来た。来訪者よ」


 男のよく通る声が聖堂内に響く。


「間もなくここがお前たちの終焉の地となるだろう。祈りを捧げよ。それを待つくらいの慈悲はある」


 目を閉じた男が口元に一輪の薔薇を当ててそう言った。


「水冥師団左大将、リヒャルト・ローゼンベルク。我が主の命にてお前たちを討つ」

「シズク様の命令で……俺たちと戦うんですか」


 レンの問いにリヒャルトがうなずく。


「忠誠を捧げた相手のために命を懸けるのが我が信条とする美しき生き方だ。……お前は違うのか?」


 問い返されてレンはファルメイアを想った。

 彼女の為に自分は命を懸けられるか……。


「同じです」


 そうだ。自分の彼女のためなら命を懸けることができる。

 これは主とシズクの戦いだ。

 だから自分も命を懸けてこのシズクの騎士を倒さなくてはならない。


「ならば良し。取るに足らぬ者とは戦いたくない」


 薔薇の騎士がレイピアを抜き、その切っ先をレンへ向ける。


「さあ来るがいい。お前の生命の輝き……その美しさ。見極めるとしよう」

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