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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第63話 悪鬼跳梁

 おかしい、おかしい……。

 いや、おかしくなってしまった。


 頭の中に常に霞が掛かっているかのような気分のレン。

 寝起きでまだ半分夢の中にいるような……。


「お~い、レン。ボーっとしてんなよ。パパッと済ませちまおうぜ」


 使っていない部屋の清掃をしているレンとモニカ。

 心ここにあらずといった風の彼を見てはたきを持ったモニカが言う。


「ああ……」


 返事をして箒を動かすレンだったが……。


 どくん……。


 心臓が一度大きく脈打ったかと思うと彼の視界が赤く明滅した。

 からん、とレンの手を離れた箒が床に転がる。


「? レン……?」


 異変を感じ振り返ったブロンドのメイド。

 その彼女へレンが覆い被さった。


「レンっ!!? おまっ、ちょっ……待て……」


 彼女の抗議は最後まで言葉になる事はなかった。

 強引に唇を奪われモニカは床に組み敷かれる。

 上に乗られて両手を掴まれ仰向けにされたモニカは身動きが取れない。


「レン、お前……やっと……じゃないや。えっと……何する気……」


 口ではあれこれ言いながらもモニカは伸し掛かってくるレンを跳ね除けようとはしなかった。


 …………………。


 絶望的な気分でレンが項垂れている。

 目の前には衣服を乱したモニカがまだ床に転がっていた。

 周囲の独特の臭気がこの部屋で先ほどまで何が行われていたのかを物語っている。


(どうしてだ……? なんで俺、モニカを……)


 汚してしまった……強引に。

 何故自分がそんな蛮行に及んだのかまったくわからない。

 まるで自分の身体が自分のものではなくなってしまったかのようだった。


「まだ……なんだな……?」


「?」


 モニカの声が聞こえて彼女を方を見た。


「まだ私の身体を貪り足りないって言いたいのか? このどスケベ大魔王(?)め!!」


 大きく開いた襟を掴んで胸元を隠すようにしながらモニカがレンを睨んでいる。

 目には涙を浮かべて頬を上気させつつ……だけど、その口元は僅かに笑っているようにも見えて……。


「よ、よし! 相手になってやろうじゃないか!! 掛かってきやがれ!!」

「いや、ちょっと、今はそういう挑発するようなことは……あっ」


 またもレンの視界は赤く染まり、身体の制御は彼の手を離れた。


 …………………。


 絶望的な気分でレンが床に両手を突いて跪いている。


 ……二回戦をしてしまった。


 目の前にはメイド服をほとんどはぎ取られたモニカが床に転がっている。

 しかし彼女の眼は爛々と輝いておりむしろ襲われる前より元気に見えるのだった。


「……こ、こんなもんじゃまだまだ俺は満足しねえぜって言いたいんだろ!? じ、上等じゃねえか私は……」

「うわーッ!! もおええって!!!!」


 慌ててモニカに飛び掛かり口に手を当てて塞ぐレンであった。


 …………………。


「オイ。なんで襲った方が落ち込んでんだよ」


 衣服を着直し乱れた髪を手櫛で直しているモニカが半眼で言う。

 レンはまだ椅子に座って床を見たままだ。


「ま、まあ? 私は前からお前が私を狙ってる事はわかってたし……?」

「……誤解だよぅ」


 蚊の鳴くようなか細い声で抗議するレン。

 しかしする事してしまった後では何とも説得力がない。彼自身それがよくわかっていて言葉に力がないのだ。


「ったく。やる事やっといて凹んでんなって……」


 座るレンにぐいっと顔を寄せたモニカ。


「たまになら相手してやるから。……ま、まぁお前が? どうしてもっていうんなら? たまにじゃなくてもいいけど……ょ」


 耳元でボソボソと囁く。最後のほうはほとんど聞き取れないほどの小声で。


 力なく顔を上げるレン。


「お嬢様には……内緒だな」


 へへっと白い歯を見せて笑うモニカであった。


 ────────────────────────


 深刻な顔で登校してきたレン。

 本当は休みたかったのだが今はシエンの事もあってそうはし辛い。


 ……もし。

 もしも……学園でまたおかしくなったら……。

 それを考えると心の底から恐ろしい。


 一応……対策は考えてきた。


「おはよーさん。ん? どした?」


 教室に入るなりサムトーの席までやってきたレン。

 思いつめた様子の彼にサムトーは不思議そうな顔する。


「サムトー、これを……」

「ハンマー? 何だこれ?」


 ずしりと重たいハンマーを手渡す。片手で扱う日常作業用のものだ。


「俺が何かおかしくなったら、それで動かなくなるまで頭を滅多打ちにしてほしい」

「イヤだよ!!!?? 何ゆってんだオマエ!!!???」


 ハンマーを手に仰け反ってビビるサムトーであった。


 ────────────────────────


 放課後屋敷に戻るなりレンは自室に篭った。

 今日は何とか学園では正気を保つ事ができた。

 だが、明日も同じ事ができるか……わからない。恐ろしい。


 今はとにかく一人でいられる時間は他者との接触を断つしかない。


 まだ陽のある内から彼は毛布をかぶって震えている。


「レン? いますか?」


 ノックの音と共にシルヴィアの声が聞こえる。


「は、はい! います! ……メイド長、来ないで」


 搾り出すような声で必死に彼は告げた。

 しかし無情にも自室の扉は開かれシルヴィアが入ってくる。


「どうしたの? 体調が悪いの?」


 心配そうな声が聞こえる。

 コツコツとベッドに近付いてくる足音も……。


「どこか悪いのならお医者様に……」


 毛布が捲られる。視界に光が射す。


 ……そしてまた、あの衝動が来た。

 どくん、と胸が脈打ちドス黒い衝動がレンの胸を満たす。

 だが、これまでとは違うのは理性が失われることはなかった。


 冷静に……冷酷に。

 頭の中のもう一人の自分が囁きかけてくる。


『この雌を……喰らい尽くせ』


 彼女は強い……本気で抵抗されれば今の自分では勝てない。

 でも大丈夫だ。

 大人しくさせる方法は……知っている。


「姉さん」

「!! レン……?」


 毛布を捲り心配そうに自分を覗き込んでくる彼女の……その手を取って身体を入れ替える。

 彼女を下に、自分が上に。

 乱暴になり過ぎないように気を払いながら……組み敷く。

 彼女は驚いている様子だが今の所されるがままだ。


「姉さん……」


「あぁ、レン……」


 耳元で囁く。

 それだけでこの女は抵抗してこなくなる。


 ……後はもう、思うがままだ。


 …………………。


「……疲れているのね。誰かに甘えたかったのでしょう?」


 メイド服を着直して髪を結い直しながらシルヴィアが言う。

 事後の気だるい雰囲気の中でも彼女はてきぱきとそれをこなす。


 レンは答えない。

 口元に酷薄な笑みを……普段の彼なら絶対見せないような表情をしているのだが背を向けられているシルヴィアはその事に気付いていなかった。


「私はいいけど……他の()にこんな事をしてはだめよ?」


 そう言ってメイド長はベッドの縁に座っているレンに顔を寄せると唇で頬に触れた。


「落ち着いたら食事を取りに来なさいね」


 扉が閉まり、遠ざかっていく足音。

 それを聞きながらレンが笑う。


「ククク……」


 酷く調子がいい、さっきまで震えて悩んでいたのが嘘のようだ。

 頭は冴え渡っていて身体には力が漲っている。

 今なら……どんな事でもできそうだ。


 そして……飢えは増すばかりだ。

 食事では満たすことの出来ない、この飢え。


 もっとだ……!!!

 もっと極上の雌を喰らいたい。

 この屋敷にはそれがいるはずだ。


 自分の知る限り、この世で最高の雌が!!!


 気が付けば自分は廊下を進んでいた。

 堂々と自信に満ち溢れたその歩みは、まるで普段の彼の主のようだ。


 目指す場所は……。


「レン……?」


 ノックも無しに入ってきた彼にファルメイアが怪訝そうな顔をする。

 その彼女へつかつかと無言で歩み寄り、レンは腰を抱き寄せたのだった。








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