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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第62話 過ちの日

「あてもねぇ、あの後で色々と反省したんどすえ」


「……え?」


 うつむき気味に神妙な顔で意外な事を言い出したシズクに驚くレン。


「同じ天魔の七将同士どす。ケンカしてたらあきまへんてなぁ。せやろ? お兄さん」

「そ、そうです……ね」


 思っていたのとは違う展開だが望ましい流れになってきた気がする。

 レンは少しだけイヤな予感が薄れていくのを感じていた。


「せやから、お兄さんにはあてとファルメイアはんの仲直りの橋渡しをお願いしたいんどす。お話聞いてもろてもええどすか?」

「はい。そういう事でしたら」


 快諾するレン。

 こうして、彼はシズクの執務室へと向かう事になった。


 水冥将軍シズクの執務室は城内の他の場所とは大幅に趣が異なる部屋であった。

 彼女の過ごしやすいように徹底的に手が入っているのだろう。

 ほのかな草と木の匂い。トウシュウ風の大きな部屋だ。

 入ってすぐのところが小さな土間になっており、そこから一段高くなり畳が敷かれている。

 窓は障子で床の間があり、水墨画の掛け軸が下がっていた。


「そこで履物を脱いで上がっておくれやし」

「はい。失礼します」


 素直に従うレン。チハヤの家に何度か行ったことがあるレンはトウシュウ風の建物については知識がある。

 座布団を勧められそこに腰を下ろしたレン。

 さて、どんな話があるのだろうか? そう思って待っているのだが……。


「ンふふ」


 彼女はレンに湯気の立つ湯飲みを出すと、彼の隣に腰を下ろし座卓に肘を突いてその手の上に顎を置き、下から彼の顔を覗き込んで微笑んでいる。


「あ、あの……お話……」


「せっかちどすなぁ。そないに慌てなくてものんびりしていっておくれやし」


 笑って言うシズク。

 その時ふと彼女は何かに気が付いた顔をした。


「あらぁ? お兄さんええもん持ってはりますなぁ」

「え?」


 スッと白い手を伸ばしてきたシズクが目にも留まらぬ早業でレンの腰の後ろのポーチから竹筒を抜き取ってしまった。

 本当に一瞬の事だ。どうポーチを開けたのか。


「あ!それ……」


 南雲家謹製の山賊ドリンク(レン命名)だ。

 慌てて取り戻そうとするレンをひょいひょいと身体を捻って交わすシズク。

 ……そして彼女はそのまま筒の蓋を開けると喉を反らせてぐいっと呷ってしまった。


「ああーっ!!!」


 それゲハハハになりますよ!! そう叫ぼうとして目を丸くしたレン。


「……んフ」


 蛇の血を口に含んだシズクが笑った。

 ぐいっとレンを引き寄せその首に艶めかしく両腕を回す。


「んゥーっ!!???」


 抱き寄せられて唇を奪われたレン。

 口内にどろりと血が流し込まれる。

 勢いに逆らえず彼はそれを全部飲み下してしまった。


 身体を離したシズクが取り出した懐紙で口元の血を拭った。


「……お、オォ……ッ!!? オごっ……ゴゴ」


 変化はすぐに訪れた。

 視界が真っ赤に染まったような気分になる。

 ぐわんぐわんと頭の中でいくつもの鐘が鳴り響いている。

 頭を抱えたレンが呻き声を上げる。


 どくん、どくん、どくん……。


 理性が……思考が消えていく。

 原始的な衝動だけが彼を動かす原動力となる。

 緩慢な動作で顔を上げたレンの目の前に聖母のような笑みを浮かべて両手を広げるシズクがいた。


「……ガアァァァァァァァッッッ!!!!」


 咆哮を上げてシズクに襲いかかったレン。

 二人はもつれあって畳の上をゴロゴロと転がった。


「ふふふ、そうそう……それでええんどす」


 正気を失った目で涎を垂らしながら覆い被さってくるレンをシズクは優しく抱きしめる。

 その口からはぁっと熱を孕んだ吐息が漏れた。


「お兄さん……もっともっと……あてに、溺れて……」


 ────────────────────────


 いつの間にか月は高く昇っていた。


 シズクの執務室。

 畳の上に正座したレンが青い顔で震えている。

 半裸なのだが服を着なおす心の余裕も今の彼にはないのだった。


「……こっ、心のキズが……!」


「なんやのんお兄さん。失礼どすえ」


 寝転がっていたシズクが不満げに口を尖らせて上体を起こした。

 裸身の彼女の上には彼女の着物が掛けてある。

 レンが掛けたものだ。着せたいのだが着付けができない。


「あてがこの前言うたキズはそういう意味やおへん。大体がお兄さん、あないに何度もあてを激しく求めておいて……」

「わあーっ! わあああ!!!」


 両手を振り回して叫ぶレン。

 言わないで、の精一杯の抵抗であった。

 正気を失っていたのだが自分が何をしたのかだけはしっかり記憶に残っていた。

 どう言い訳もできない。

 力づくで無理やり事に及んでしまった。

 彼女が受け入れてくれたお陰で罪悪感が多少は薄れた気がしなくもない事だけが唯一の救いか。


 座り込んで頭を抱えたままのレンに背後からふわりとシズクが抱き着いてくる。


「でも、嬉しいわぁ。これであても紅蓮はんとおんなじになれたんどすなぁ。同じ男にイイコトしてもろた女同士……仲良うできそうやわぁ」


「……そ、そ、そ、そ、それだけは、どうか……ご内密に……」


 震えながらレンが乞う。

 この前のスキンシップを見られただけであそこまでキレたのだ。

 関係を持ったなどと知られたらどういう事になるか……想像しただけで処刑台の上の囚人の気分になる。


 レンの激しいバイブレーションで輪郭がブレるシズク。


「……そうなん? まあ、よろしおすえ。お兄さんがそう言うのなら……これはあてとお兄さんの二人の秘密どすなぁ」


 そう言ってシズクは人差し指を自分の唇に当てると妖艶に笑うのであった。


 ────────────────────────


 死人のような顔色のレンが帰っていく。


 それを見送ってから裸身に着物を羽織ったまま彼女は晩酌をしていた。

 赤い杯に注いだ清酒……その水面に月が映っている。


「うふふ、これで準備完了どす」


 上機嫌に笑ってシズクはくいっと杯を呷った。


 思いもかけずレンが面白いものを持っていたので一石二鳥と抱かれてみたが彼女の真の狙いはそれではない。

 レンの持つ竹筒に気付いたその時……彼女は今日の計画を少し変えることにした。

 口の中で小さく舌を噛み裂いて血を流しておく。

 レンに口移しで竹筒の中身を飲ませた時、一緒にその自分の血も飲ませた。

 薬の効果以上にレンが狂乱したのは彼女の血が混ざっていたせいだ。


 血をどう飲ませるかについては色々と考えていたのだが……。

 大幅に簡略化することができた。

 その後のくんずほぐれつでレンもまさかそんな事になっているとは思いもしまい。


(あての(しゅ)の混じった血は一度身体に入ったらそう簡単には抜けまへんえ)


『宴』が始まる……。

 彼女が主催の催しが。


 舌の上で転がした酒を喉に落とし込み、満足げにシズクは笑うのだった。


 ────────────────────────


 翌日、放課後。

 屋敷に戻ってきたレン。


 ……何故か周囲の気配を注意深く窺いつつ忍び足である。


「あ。なんだ、あんた戻ってたのね。お帰り」


「!!!!???」


 背後から声を掛けられレンが飛び上がる。

 そのおかしな動きに声を掛けたファルメイアの方も驚く。


「ちょ、ちょっと何なのよ。どういう挙動よ、それ」


「い、いいえその、その、何でも……ないです。ちょっと、驚いてしまって……」


 必死に弁明するレンの目が高速で泳いでいる。

 高速すぎて眼球の速度を目で追えないほどだ。


「ええ……あんた、ちょっと、怖いわよそれ。笑えないから止めなさい」


 ドン引きして頬を引き攣らせるファルメイア。


「何でもないので! 普通なので! じゃ、じゃあ俺……その、復習が、今日の復習しないとなので!! 失礼しますなので!!」


 一方的にまくしたてるとレンは走って行ってしまう。

 ファルメイアはそれを茫然と見送った。


「何なの……あれは」


 呟いて怪訝な顔をする紅蓮将軍。


「最近ちょっとあれこれさせすぎたし、壊れたのかしら」


 そう言って彼女は難しい顔をして腕組みするのであった。




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