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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第60話 どちらも自分

 全てを語り終えたヴァジュラ。

 彼は今静かに沙汰を待っている。


「お前の子についてだが……」


「………………………………」


 腕組みをしている皇帝。

 こういう時の彼は普段とまったく同じ様子なのでこの後に来る話が良いものか悪いものかまったく予測がつかないのだ。


「……全て許す。現状でよかろう」


 その一言にふーっと安堵の息を吐いたのはヴァジュラではなくゼムグラス宰相であった。


「感謝いたします」


 ヴァジュラ将軍が深く頭を下げる。


「連絡をくれたのはシフォン学長だ。だが彼女を恨まないで欲しい。将軍を責める意図があっての事ではない」


 宰相の言葉にうなずくヴァジュラ。

 ファルケンリンクの学長シフォン・クレサントゥースはかつて天魔七将も務めた女傑である。

 シエンの正体を見抜き、伏せたまま過ごす事が大きな問題に発展する事を危惧したのだろう。

 いわば将軍の為、シエンの為を思っての行動である。

 その事はヴァジュラもよくわかっている。


「しかし陛下。皇国はかつての大陸最大の国。ヴェータ人は帝都にも多くおります。神皇の遺児がいるという話になればよからぬ事を企む者が出ぬとも限りません。……何しろ大きな目印がありますので」


 安堵しつつも疲れた様子で汗を拭う宰相である。

 大きな反乱の旗印になりうる存在……それがシエンなのだ。


 幻術でも変身でもなく、根底から別の性別になってしまう人など他にはいない。

 それは神皇の一族が始祖の龍神トリーナ・ヴェータの血を引いているが故の事だとも聞くが真実は遥か歴史の彼方だ。

 成人すれば性別は固定されるというが……。


「誰かフォローする者がいればよかろう。学園か……」


 顎に手を当て考える皇帝。

 宰相も何事か思案している。


 そして親子は同時に一人を思い浮かべて顔を見合わせた。

 彼の頭の獣の耳を。


「……レン、ですか?」

「レンか」


 ううむ、とゼムグラスは腕組みする。


「何やら彼にあれこれと背負わせ過ぎのような気も……」

「構うまい。どうせあ奴も卒業して正式に士官すればイグニスめに思う様振り回されることになるのだ。今の内に慣れさせておけ」


 パンパンと皇帝が手を叩くと数名の侍従が入室して駆け寄ってくる。


「レン・シュンカを呼べ。……ああ、頭越しに命を出してへそを曲げられてもかなわん。イグニスもな」


 ────────────────────────


 レン・シュンカは悩める半獣人の青年である。

 たまに蛇の血を飲んで山賊のボスみたいにゲハハハハになる。


「あんたのとこにはよく面倒ごとが舞い込むわね」


 イグニス・ファルメイアは絶世の天才美少女将軍である。

 彼女は今レンを前に悠然とデザートのババロアを食べている。


「本当ですよ。まさか、シエンがそんな……」


 二人は今日の日中帝城の皇帝に呼び出されて行ってきたのだ。

 話の内容はヴァジュラ将軍の養子、シエンに付いてであった。


 彼の血筋、特異な体質について知らされ学園内ではレンがあれこれフォローする事に決まった。

 決まったというか……そうザリオンに命令された。

 学園内で異変があればすぐレンに連絡が行く手筈になっている。

 そうなったら引継ぎできる者が来るまでレンが彼を保護するのだ。

 後は何もないときでもなるべく気にかけてやってくれ、との事。


「それにしても、ヴァジュラ将軍は初めて御姿を拝見しましたけど……」

「そうね。慣れてないとちょっとびっくりするわよね」


 右目から頭部にかけてと右腕が竜と化している将軍。


「ずーっと昔のことだけど人の姿になった竜が人と交流していた時代があるのよ。ヴェータ人はその時の混血の末裔が多いの。で、竜の力を使えるんだけど使いすぎるとああいう風に身体が竜になっていっちゃうのよね」


 スプーンを指揮棒のように回して説明してくれるファルメイア。

 ヴァジュラは雷竜の血を引く末裔であり強力な雷の力を使えるのだという。

 雷神の異名はそれ故だ。


 竜化が行き着くところまで行くと最後は本当の竜になってしまうのだという。


「どうか、よろしく頼む」


 そう言って自分に頭を下げた褐色の肌の将軍をレンが思い出す。


「……プレッシャーだなぁ」


「いいんじゃない? 慣れておきなさいよ。どうせあんた、ちゃんと士官したら私に振り回されることになるんだから」


 ふふん、と意地悪い笑みを浮べるとババロアを一欠けらスプーンでレンの口に突っ込むファルメイアだった。


 ────────────────────────


 ヴァジュラも城から戻ってからレンとの事をシエンに伝えていた。

 今は少女になってしまっている彼が父の書斎に呼ばれてそこにいる。


「え、レン先輩がですか?」


「ああ。学園では彼がお前を助けてくれる。何かあれば頼れ」


 うなずく父。

 シエンは自分の奇妙な病に付いて尊敬している先輩に知られてしまった事で少し気分が落ち込んだが……。


「彼は快く引き受けてくれた。流石は皇帝陛下が信頼している青年だけはある」


 珍しく感じ入った様子の父。


「先輩が、オレを……」


 もう秘密を一人で抱えて苦しむことはないのだと。

 彼が自分を守ってくれるのだと。

 そう考えると大きな安心感が全身を満たすような気がして……。


「あっ。治った! 治りました、お父様」


 シエンは少年の姿に戻っていた。


 よかった、というように無言で父がうなずく。

 それから僅かな間ヴァジュラは何事かを考えているように黙っており……やがて再び口を開いた。


「シエン」

「はい、お父様」


 書斎の引き出しを開けるヴァジュラ。

 そこには二つ折りにされ一部少し焦げている古い紙片が入っていた。


 その紙片を父が差し出してくる。


「……?」


 受け取るシエン。

 開いて見てみると……。


「『シエン』『シエラ』……幸福を」


 そこにはそう記されていた。


「お前の本当のご両親の付けてくれた名だ」


 ヴァジュラが語る。

 それはサルラーマ皇妃から彼を預かった時に産着に付いていたものだった。

 シエラとは、彼の性別が最終的に女性に定まった時の名前なのだろう。


「シエラ……」


「俺はお前に男として生きていけとは思っていない。後悔のないようにな」


 自分は男なのであって、病気でたまに女性化してしまうのだと思っていた。

 だが父はそうではないのだという。

 どちらが自分であるのか、自分で決めてよいのだと。

 そして生みの親は自分が女性として生きていく時の名も決めてくれていた。


(シエラ……それも、オレの……私の……名前……)


 その響きはいつまでもシエンの胸の奥に残って消えなかった。


 ────────────────────────


 帝都の外れ、水冥将軍シズクの邸宅。

 大きなトウシュウ風の平屋の屋敷。

 シズクはここに一人で暮らしている。


『お前何やっとんじゃ!! ワシのとこにまで苦情が来とるぞ!!!』


 通信用の水晶球がだみ声を張り上げている。

 天魔七将ギエンドゥアン将軍の声だ。


「知~り~ま~へ~ん~~~あては悪くありまへん~」


 それを聞き流しながら煎餅をパリッと食べるシズク。

 そして彼女はつまらなそうに壁に掛けられたカレンダーを見る。

 ……一ヶ月の謹慎。

 残りは半月ほどだ。


「はぁ、しゃーないわぁ。もう半月は我慢どすえ」


 ぐでーっと座卓の上に顎を置いて伸びるシズク。

 つまらなそうに気だるげに彼女は口を尖らせる。


 でも我慢するのはそこまでだ。

 半月が過ぎ去れば……その時は……。


「その時は本気のあてと遊びましょ。楽しみどすなぁ……お兄さん」


 きっとまた……愉しい事になる。

 それを想像して嬉しそうに、そして妖しく笑うシズク。


『オイ! 返事をせんか!! 聞いておるのか!!』


 そして水晶玉からはいつまでもだみ声が響いているのだった。

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