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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第58話 秘伝のお薬

 朝のファルケンリンク士官学校。

 カバンを肩に担いで気だるげにサムトーが教室に入ってくる。


「……おはようさん」

「ああ」


 座っているレンに挨拶したサムトー。

 レンは手にしていた竹の水筒をぐいっと呷った。


「? お前、何飲んでんの?」


 不思議に思ったサムトーがレンに尋ねる。

 普段は朝に飲み物だろうと食べ物だろうとレンが教室で口にしている事はない。


「これ、蛇の生き血」

「生き血ィ!?」


 平然と答えてまた飲んでいるレンにサムトーは素っ頓狂な声を上げる。


「最初はうぇって思ったけど慣れると結構美味いんだ。こう、飲むとなんか……腹の底がカッと熱くなったような気分でさ。何でも出来そうな気分になるっていうか……たまらねぇぜ!! ゲハハハハハ!!!」

「ほらぁもう!! おかしくなっちゃってんじゃねえかやめなって!! たまらねえぜになっちゃってんじゃん!!! 笑い方も山賊のボスみたくなっちゃってるから!! ほらペッしなさい!! ペッて!!!」


 ぎゃあぎゃあと揉み合っている二人を何故か暗い笑顔でヒビキが自分の席から眺めている。

 あの水筒は彼女の母が持たせてくれたものだ。


『さあヒビキ、できましたよ』


 自宅での事だ。

 卓の上に何かを色々と広げている母、ヤヨイ。

 見た目二十代でも通用しそうな娘同様に清楚で物静かなイメージの東方美人である。


 薬研(薬とかごりごりするやつ)、何やらトカゲっぽいのの黒焼き、謎の根っこ、奇妙な粉、たった今しめたばかりの新鮮な蛇……等々。


「母上様、これは?」

「ふふ、これはですね。我が家秘伝のものです」


 不思議そうな娘に母は得意げである。


「子供ができるやつ!」

「こ、子供ができるやつ……!?」


 ガガーン、と竹筒の水筒を受け取ったヒビキの背後に雷が落ちる。


「よいですかヒビキ、それをレン君に飲ませるのですよ。ふふ、それを飲ませた時の旦那様なんてね、それはそれはもう……益荒男(ますらお)で」

「マッスル王!? なんだそりゃ強そう!!」


 何やら尊いものを見るように瞳を潤わせ両手で竹筒を掲げるヒビキ。


「こっこっこっ子供……欲しい! 四人くらい欲しい! 勿論子供だけじゃなくてその過程の方もあれやらこれやら!!!」

「まあまあこの子ったら……そんな肉食獣メンタルで」


 心の底からの生々しい叫びを発する娘を笑顔で見ている母。


「楽しみですね。あなたとレン君の子ならきっと可愛い子になるでしょう。私もこの歳でお祖母ちゃんね、ふふふ」


 ……そして教室。


「よぉぉしヒビキぃ! 授業が始まる前に軽く汗を流しておくとするか!! 来い!!」

「おおぉぉレン! マッスル王なのか!? マッスル王なんだな……!!」


 手首を掴まれてグイッと引かれ恍惚の表情を浮べたヒビキ。


「何する気だよお前ら!!?? ダメだっつの!! 乱れる!! 学園の風紀が乱れちゃうから!! ていうかそんな時間ねえだろ!!!」


 悲鳴を上げたサムトーが必死で二人を止めている。


「……あ、あれ? 俺、何を……」


 我に返ったレンが周囲を見回す。


「よかった……。やっと正気に戻ったんだな」


「…………ちっ」


 安堵して額の汗を拭ったサムトー。

 ヒビキは密かに舌打ちをする。


(効果時間が短すぎだ母上様!! 次はもっと濃い目に作ってもらわないと)


 不満げな顔で口を尖らせるヒビキであった。

 そこにライオネットが登校してきた。


「ヨオっす!! ……何お前ら疲れてんだ?」


 朝から消耗しているレンとサムトーに不思議そうな顔のライオネット。


「そういや最近一年のアイツ見ねーな?」


「ああ、休んでるらしい」


 周囲を見回すライオネット。

 いつも朝わざわざ三年のレンたちの教室の前まできて登校を出迎え「おはようございます!」と頭を下げていたシエン。

 ここ数日その姿が見えない。

 レンも気になって一年生に聞いてみたのだ。


「なんだァ? 風邪か? いつも元気なのがいなくなってみるとヘンな気分になるぜ」

「見舞いにいった方がいいかと思ったんだが……」


 ああ、と納得した様子のライオネット。


「七将サマのお屋敷はちょっとなぁ。面会できるまでに取調べで数時間拘束されそうだ」


 実際はそんな事はないのだが、あくまでも庶民の持つ七将の屋敷のイメージとしてだ。


「まぁファルメイア様子飼いのお前がヴァジュラ将軍の屋敷に出向きゃ政治的に勘ぐる奴もいるかもな」


 サムトーが言う。

 彼の言もイメージではあるが、これはある種の真実とも言える。

 政治的には現在微妙な状態といえる帝都である。

 皇帝の後継者問題は有力な候補の一人であった宰相ブロードレンティスの失脚によって次のフェーズに進んだが、今だ混沌とした状態だ。

 ガイアード将軍とギエンドゥアン将軍も日々自分の陣営を拡充せんと鎬を削っているという。

 ブロードレンティス陣営は盟主を失い崩壊して所属していた者たちは宙に浮いた。

 そしてその陣営唯一の天魔七将であったヴァジュラ将軍もまた、その後己の立場を宙に浮かせたままの一人であった。


 ────────────────────────


 同時刻、ヴァジュラ将軍の屋敷。

 シエンの私室。


 彼のベッドの上では何やら掛け布がもぞもぞと蠢いている。


「はぁッ……レン先輩……」


 熱の篭った声を出すシエン。

 ここ数日彼はずっとそういう調子なのだった。


「……戻らんか」


「はいぃ~、相変わらずですぅ~。はひぃん~」


 ヴァジュラ私室。

 目の前で項垂れるマーニーを見ているヴァジュラ。


 長い。

 これまでは早ければ数時間。

 遅くとも一日あれば症状は治まっていたのに……。


 このまま休ませたままなのはまずい。

 かといってあの状態で登校させるわけにもいかない。

 やはりファルケンリンクに入れたのは無理があったか。

 だが何より本人がそれを望んだのだ。

 ならばなるべくその通りにしてやりたいとヴァジュラは思っている。


 カランとベルが鳴って二人がそちらを見る。

 来客を告げる鐘の音だ。


「お客様ですぅ」

「……出ろ」


 ヴァジュラが命じるとメイドはぱたぱたと慌しく走っていった。

 そして、程なくして彼女が戻ってくる。


「旦那様ぁ~お城の、お城の御使いの方が~。皇帝陛下が旦那様にお話があるそうなのでぇ~、お城まで来て欲しいとの事ですぅ~。ふひぃん~」


「……!」


 滅多にない……というより初めての事だ。

 皇帝ザリオンがヴァジュラを個別に帝城に呼び出す事など。


「わかった。すぐに参上いたしますと伝えろ」

「は、はぁい~」


 再び慌しく走っていくマーニー。

 それを見送るヴァジュラの顔には珍しく若干の緊張があった。


 ────────────────────────


 帝城ガンドウェザリオス、玉座の間。


「御召により参上仕りました」


 片膝を突いて頭を下げるヴァジュラ。


「うむ」


 玉座のザリオンが鷹揚にうなずく。

 そしてその傍らにはゼムグラス宰相がいる。

 その他にはこの空間には今誰もいない。

 三人だけだ。

 いつも大量にいる侍従も近衛衆も一人もいない。


「……………………………」


 完全に人払いがされている。

 相当重要な話だという事だ。

 皇帝の様子は普段の通りであるが宰相は明らかに強張った顔をしている。


「……ゼム」


 ザリオンが促すと宰相がうなずいた。

 彼が話を切り出すというのだろう。


「将軍……その、だな……。ある報告があったのだが……」


 言い辛そうなゼムグラス。

 慎重にというか、恐る恐ると言った様子で話している。


「あなたのご子息……()()()()()()()()のではないかと……」


(……来た)


 覚悟はしていた。

 隠し通すのは難しいだろうと。


「事実……なのか?」


「はい」


 素直に認めるヴァジュラに宰相が若干よろめいた。


「成人まで性別が定まらんのは……()()()()()()()()()()()()()()だけの特異な体質……。知っていたのか……?」


「はい」


 再びうなずいたヴァジュラ。


「天魔七将であるあなたが、皇国神皇の遺児を密かに育てていたということか……!! これがもし公になれば……」

「ゼム」


 興奮して声が上ずるゼムグラスを皇帝が止めた。


「ヴァジュラは小賢しい事を考える男ではない」

「は、はい。陛下……ですが……」


 汗を拭う宰相。彼も将軍が信じられないわけではない。

 だが、事は彼が信用できるからよいという話を大きく逸脱してしまっている。


 竜の手と人の手、その両方を床に突いて将軍が深く頭を下げる。


「真実を伏せておりました件はいかなる言い訳も致しませぬ。自分はどのような罰でもお受け致します。……ですが」


 さらに深く頭を下げるヴァジュラ。


「我が子は何も知りませぬ。あの子には何の罪もございませぬ。どうか、どうか寛大なご処置を」


「将軍……」


 平身低頭する将軍に居た堪れない表情を浮べる宰相。


「ヴァジュラよ」


「はい」


 しばらくの間黙っていたザリオンが口を開いた。


「お前も知っておると思うが、余は皆の過去には一切こだわらぬ。聞こうともしてこなかった。……だが、こうなってしまった以上はある程度真実をはっきりさせないと双方納まりが悪かろう」


「御意にございます」


 立ち上がったヴァジュラは記憶や感情を整理するかのようにわずかな時間目を閉じると沈黙した。


「話下手故、長くつまらない話になりますがご容赦頂きたい」


 そうして、身体の一部を竜に変じた褐色の肌の男は静かに語り始めたのだった。

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