第55話 七将推薦の入学者
宙を舞う大剣にレンの掌底の寸止め。
もうここの所恒例となりつつある月に一度の模擬戦の決着風景であった。
「がぁぁぁ!! 本格的に勝てなくなってきちまった!!!」
礼を終えたライオネットの嘆きの絶叫が木霊する。
これも恒例の風景になりつつある。
昨年初めてライオネットが破れた直後の戦績は両者互角だったのだがここしばらくはレンが続けて彼に勝利を収めていた。
ライオネットとて現状の強さに甘んじているわけではない。
かつての学年トップの意地を見せて己を鍛え確実に腕を上げてきている。
だが今のところはレンの成長速度が彼のそれを上回っているという事だ。
レンたちは第三学年に進級していた。
昨年の宰相ブロードレンティスの陰謀を暴く巡察行で彼は留年を覚悟していたのだが、予想外に宰相自身が直に出てきて早々に決着となった為に何とか長期休学は回避されて無事に進級ができたのだ。
成績順でクラスが編成される為にクラスメイトの顔ぶれも去年とほぼ変わりがない。
「しっかし……レンはすげえな。ライオが勝てねえナグモも勝てねえじゃ学年どころか学園最強狙えるんじゃねえの?」
感心しているサムトーに照れ笑いしているレン。
……が、彼は知っている。
ヒビキが自分との模擬戦の時に手を抜いて勝ちを譲っているということを。
それも八百長を疑われないほどの巧みさでである。
これはそのまま自分と彼女の力量の差を表している。
自分と彼女の間にはまだ「バレない程精密な手抜き」が可能なほどのレベルの違いがあるのだ。
一度その事を彼女に指摘したことがあるのだが……。
「そ、そ、そんな事はないね! 絶対ない! アタシがそんな勝負に手抜きするような奴に見えるのかよ!! 百年早いわ!!(?)」
大慌てでそうまくし立てていた。
……怪しい。
ただ、実の所手抜きをしている。わざと負けているというレンの予想も微妙に事実ではない。
(……あー無理、絶対無理。見てるだけでもう胸がドキドキしまくってて試合するのとか絶対無理)
ヒビキはレンを見ただけで半ば腰砕けになっているのでまともに試合が行えないのだというのが正解なのであった。
「これでまたお手紙が増えちまうな」
茶化して言うサムトーに困った顔になるレン。
最近恒例化したものの一つ……は登校したら下駄箱やら机やらに入っている手紙である。
有り体に言って恋文だ。
「断るの申し訳ないから困るんだけどな……」
「そりゃお前、学年主席に七将に目かけられてる将来勝ち確の優良物件だからなぁ。今のうちにいい仲になっておきたいお嬢さんは山ほどいるさ。こういう言い方はしたくないがお前が半獣人じゃなきゃ今の十倍貰ってたと思うぜ」
明け透けに言うサムトー。
このあたりのぶっちゃけた物言いも友情故だ。
やはり亜人に対する偏見はある。
表立ってはいなくとも人々の内心には。
「え? 俺今まで手紙貰ったことないけど?」
「お前は心のゴリラを隠せてないからビビられてんだよ」
サムトーの残酷な一言に膝から崩れ落ちるライオネットであった。
授業が終わるとレンに駆け寄る一人の小柄な生徒がいた。
「レン先輩! お疲れ様です!!」
「あ、ああ……ありがとう、シエン」
タオルとドリンクを持ってレンに駆け寄ったのは褐色の肌の美少年。
瞳が大きく愛嬌のある容姿は美少女的で男らしさには欠ける。
小柄で華奢なシルエットもそうだ。
ただ彼も帝都最高の学府ファルケンリンクへの入学が許された者。
例え、七将推薦であってもそれだけでやっていけるような甘い学校ではない。
「随分懐かれたもんだな」
「はい! レン先輩はオレの憧れなんです!」
サムトーの言葉にシエンは目を輝かせている。
彼は今年入学してきた一年生だ。
そしてレンとはいくつかの共通点を持つ生徒である。
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「なあ? なんでレンなんだ?」
教室に戻ってきてからライオネットは先ほどのシエンの話をしてきた。
彼が何故レンを慕うのかという事についてだ。
「強くてカッコいい先輩ってんじゃ俺だって捨てたもんじゃねーだろう」
「お前じゃダメだ。あいつとレンとじゃ境遇が違いすぎる」
ダメダメ、と首を横に振るサムトー。
「レンとシエンは色々似通ってる部分がある。だからそういう境遇のレンが結果出してる所に憧れるんだとよ」
「どういう事だ?」
サムトーは若干声量を抑えて話を続ける。
彼らの共通点、その一つは人種的にハンデを背負う身であるという事。
あまり好意的に見られることの少ない半獣人であるレンと……。
「ああ、ヴェータ人か」
納得するライオネット。
ヴェータ人とは大陸西方、旧トリーナ・ヴェータ皇国領とその周辺地域に多く住む人類の一人種である。
褐色の肌がその特徴だ。
トリーナ・ヴェータ皇国と帝国は長年激戦を繰り広げてきた。
ここまでの大陸制覇の為の戦いで最も帝国が多くの犠牲を出してきたのも皇国戦である。
その為、皇国が滅亡し住人共々帝国に吸収されてからも帝国民はヴェータ人にいい印象を持つ者が少ない。
戦いが終わったのは十四年前だ。
まだ帝国には家族や友人を皇国との戦争で亡くした者が多く存在している。
学園内で多少の色眼鏡で見られることについてレンとシエンは似た立場なのだ。
そしてもう一つの彼らの共通点とは……。
「雷神将軍のヴァジュラ様の息子かぁ」
腕組みして何やら感慨深げなライオネットだ。
そう、彼らのもう一つの共通点は二人とも天魔七将の推薦で入学してきた者であるという事。
「ま、ここだけの話血の繋がりはないらしいがな」
「へえ。じゃ益々レンと境遇が似てるな」
声を潜めて言うサムトーにライオネットがうなずいた。
天魔七将『雷神将軍』ヴァジュラ。
彼は七将の中でも謎の多い男として知られている。
あまり人前に姿を現さない。
身体の一部を竜化させた恐ろし気な姿をしているという噂だ。
ヴェータ人でありながら帝国の武将としてかつての祖国を攻めた男。
十四年前の皇国首都『神都パーラディカ』の攻防戦では最も功績のあった将軍だという。
そしてその戦いの後でヴァジュラは一人の養子を迎えた。
妻もおらず、七将でありながら住居に使用人の一人も置かない変わり者と言われている彼のこの決断は周囲の者を少なからず驚かせた。
紅蓮将軍ファルメイアの推薦で入学したレン。
彼女とは共に暮らすが、血の繋がりはない。
雷神将軍ヴァジュラの推薦で入学したシエン。
彼とは共に暮らす息子であるが、血の繋がりはない。
(どうにも、ここの所『七将の息子』に縁があるな……)
食事に誘われている銀髪の黒騎士を頭に思い浮かべるレンであった。
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その日の夜。
帝都内、市街天魔七将ヴァジュラの屋敷。
「お父様、お疲れ様です」
公務から戻って書斎に落ち着いたヴァジュラ。
そこにお茶を持ったシエンがやってきた。
西方地方の茶葉を煮て少量のスパイスを加えた父の好むお茶だ。
「……ああ」
ぶっきら棒に反応するヴァジュラ。
彼は不機嫌なのではなく、これが常なのだ。
「体調は?」
「はい。最近は安定しています」
表情を変えずに問う父に微笑んで答える息子。
「何かあればマーニーに言え」
「ありがとうございます」
メイドの名を告げるヴァジュラ。
家に使用人を置かない主義だった彼も流石に一人で赤子の面倒を見る事ができずに彼を養子に迎えたことをきっかけに使用人を雇う様になっていた。
「それではお父様、失礼します」
頭を下げて退出していく息子を無言で見送る父。
扉の閉まる音を聞きながら彼はある人物の面影を思い出していた。
(……少し、似てきたか)
記憶の中の面影と息子の顔を重ねるヴァジュラ。
その時だけ鉄面皮の彼が何かを思う様に少しだけ目を細めるのだった。




