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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第二章 帝国を継ぐ者
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第54話 皇帝の最後の娘

 ザリオンが待つ……。

 そう言われて宰相ゼムグラスに連れられてレンが通されたのは玉座の間ではなく皇帝の私室であった。

 そこに初めて足を踏み入れた時レンは少し意外な気がした。

 思ったほどの広さもなく華美な装飾もない部屋であった。


「来たか」


 小さな卓の席に座る皇帝がレンを見る。

 それだけでレンは心臓に刃物を当てられたような気分になった。

 案内だけでいいと言われていたのか宰相は入室はせずそのまま一礼して下がる。


「相手をせよ」


 見れば卓上には遊戯盤がある。

 いくつかの兵種の駒をルールに従い動かして相手の王の駒を狙うもの。

 少しだけホッとするレン。

 これならばルールはわかる。

 学園でも推奨されていて休み時間に友人と興じることもある。


「失礼します」と頭を下げてレンは皇帝の正面の椅子に座った。


 ……十分後。


「ふむ」


 どういう感情からのものなのかよくわからない声を出す皇帝。

 目の前ではレンがどんよりとした空気を纏って項垂れている。


 ……もう負けた。

 あっという間に負けた。

 強いつもりはなかったがそれにしてもここまで相手にならないとは。

 己のあまりの弱さに流石に落ち込むレンである。


 ザリオンは勝敗やレンの腕に付いては特に何も言わず、無言で自陣からいくつかの駒を排除した。


「もう一局だ」

「は、はい……」


 皇帝は強い駒ばかり四つ除けている。

 駒落としの勝負だ。


 ……だがそれでもレンは勝負にならなかった。


「もう一局だ」


 とにかく駒を指すのが早すぎる。

 レンが駒を動かすと即座に自分の駒を動かす。それでいて圧倒的に強い。

 怒涛の攻めに為す術もなく自陣が崩壊していく。

 これが老人の知力と判断力なのであろうか。


「イグニスは最近どうしておる」


 何局か勝負を続け、勝てないながらもレンが少しずつザリオンに食らいつき敗北までの時間を延ばし始めていると、それまで勝負の最中は無言だった皇帝が不意に声をかけてきた。


「はい。少し……明るくなられました」


「そうか」


 それはブロードレンティスとの決着を付けてからのことだ。

 ファルメイアは前より笑顔を見せる機会が増えた気がする。

 前が暗かったというのではなく時折張り詰めたような雰囲気をしている事があったがそれが減ったのだ。

 胸のつかえが少し下りたからなのか……だがレンはそれは口にはしない。

 自分たちにとっては許せない敵であったとしても、皇帝にとっては四十年以上を共に歩んできた盟友なのだから。


「あれをあそこまで暴走させたのは余の落ち度だ。済まなかったな」


「!!! ……い、いえ」


 複雑な気分でザリオンの謝罪を受けるレン。

 彼の凶行の原因の大きな部分に皇帝に可愛がられるファルメイアに対する嫉妬のような感情があったという事は聞いているが……。

 それからまた無言の時間が続き、レンは何局か皇帝と勝負した。


「今日はここまでとするか」


「はい。ありがとうございました」


 結局……駒落としの皇帝にもまったく歯が立たなかった。

 最後の方は少しは持ちこたえられるようにはなっていたが。


「また相手をせよ」


「わ、わかりました……」


 それまでに少しでも腕を上げておかなければ……と思うレンである。


「レンよ」


「はい」


 退出の挨拶を済ませて扉の取っ手に手を掛けたレン。

 身体ごと皇帝に向き直った彼をザリオンは常である静かで怖い顔で見ている。


「余には七人の子がおる。その内、一番下の娘だけ理由があって今は帝都から遠ざけておる」

「……?」


 ザリオンは目を閉じ言葉を続ける。


「だが、いずれ呼び戻すこともあるかもしれん。その時は気にかけてくれ。お前とは歳が近い」

「わかりました」


 答えながらなんとなく心が暖かくなったような気がするレン。

 超然としていても彼もやはり人の親なのか。


 しかし……彼の言葉はそれで終わりではなかった。


「だが、もし……お前の手に余るようであれば」


 再び目を開いたザリオン。

 冷徹な統治者の目で彼はレンを見る。


「……その時はイグニスや他の者と相談し、然るべく対処せよ」


 ────────────────────────────


 結局、レンがファルメイアの執務室に戻ったのは月が昇ってからの事となった。

 城で自由に過ごした日はどんな人物と会いどんな話をしたのか報告するのが日課である。


「中々戻ってこないと思ったら、そんな事になってたのね。あんた」

「今日はちょっと……疲れました」


 ぐったりしているレン。

 精神的に疲弊している。


 無論何もかもを報告するわけではない。

 第三者に話すのは憚られるなと思う部分に関してはレンの判断でカットしているし、それに付いてファルメイアが追及したり文句を言ったりする事もない。


「なんというか……立場のある方々も色々抱えて生きてるんだなって」

「当然でしょうそんなの。私だって毎日あれやらこれやらイライラだらけよ。ま、私は適度に発散してるけどね」


 ファルメイアが何故か自慢げに胸を反らすと返事をするようにレンの腹の虫がか細く鳴いた。


「ごめん……結局晩御飯食べる時間なくて」


 照れて苦笑するレンにファルメイアがふと何かを思いついたような顔をした。


「ふーん、じゃあたまには私があんたに何か作ってあげるわ」

「え!?」


 驚くレン。「料理できるの?」と声にしかかって慌ててそれを喉の奥に引っ込める。

 そんな彼を紅蓮将軍がジロリと睨んだ。


「あんたね……今のは言葉にしなくても伝わったわよ。こんちくしょー見てなさいよ」


 執務机に向かい便箋に何かペンで手早く書きつけるとファルメイアは卓上のベルを鳴らした。

 そう大きな音ではないはずなのに即座に扉がノックされる。


「いかがいたしましたか、閣下」

「食事にしたいの。ここで作らせるからこれだけ届けてちょうだい」


 入ってきた侍従に二つ折りの便せんを手渡すファルメイア。

 先ほど書き付けていたのは食材のようだ。


 七将の執務室にはそこを住居にできるほどの豪華な生活スペースが併設されている。

 そこにはキッチンも完備されているのだ。

 程なくして彼女の注文した食材その他が届けられた。


 ……奇妙な気分だ。


 今自分は食卓で料理を待っていて、キッチンではエプロン姿のファルメイアが上機嫌に料理をしている。

 自分のために家事をする彼女をただ何もせずに眺めているレン。

 一般の家庭ではままある風景なのかもしれないが、それを自分たち二人が再現する時がこようとは思わなかった。


 しばらくすると周囲に良い匂いが漂い始める。


「はいお待ちどうさま。鴨のソテー赤ワインソースに芋を揚げたやつ。味わって食べなさいよね」

「高級そうなのと庶民的なやつ!!」


 見た目は高級レストランで出てくるような料理そのものだ。

 盛り付けも趣味がよく綺麗に整っている。


 いただきますの挨拶もそこそこに食べ始めるレン。


「美味しい……!! 美味しいよ、イグニス!」

「当然でしょ~? あんた私を誰だと思ってるのよ。天才美少女紅蓮将軍様よ」


 脱いだエプロンを椅子の背もたれに掛けて彼女はレンの正面に座った。

 自信満々でふんぞり返っている様子がまさに紅蓮将軍。


 美味しそうに自分の料理を食べているレンを彼女が優しい目で眺めている。


(まあ、発散はこうやれっていう話よね)


 そのまま彼女はレンが食べ終わるまで言葉を発することなく黙って彼を見つめ続けた。


「……ギュリオージュ様ね」

「え?」


 キッチンで食器を洗っていたレンがファルメイアの言葉に振り返った。

 流石に洗い物まではされられないとレンが片付けをしている所だ。


「さっきのあんたの話に出た陛下の一番下のお嬢さんよ。ギュリオージュ・ヴェゼルザーク」

「ご存じなんですか?」


 ソファでだらしなく……ではなくリラックスしたご様子で寛いでいるファルメイアがうなずいた。


「有名人だからね。会ったことはないけど。私が七将やれってお城に呼ばれたのと入れ違いで出てっちゃった人だから。ただ私とは因縁深い人よ……顔は知らなくてもね」


 寝そべっていた彼女ががばっと身を起こす。

 そして彼女は笑った。少しだけ怖い、何かライバルを語る時のような笑み。


「何せ……彼女が当時の()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()から私に急にやれって話が回ってきたんだからね」


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