第51話 紅蓮将軍ファルメイア
巨大な黄金の女神像が繰り出すランスの刺突が……今ファルメイアの眼前に迫る。
それを彼女は……かわせない。
その一撃はまるで無慈悲な天の裁きのように……。
轟音を立てて彼女をその周囲の地面ごと抉って吹き飛ばした。
大地は揺れ、地鳴りが遠雷のように尾を引いて余韻を残す。
(殺った……終わりだ)
勝利を確信したブロードレンティスが口の端を吊り上げる。
打つ手はもうなかっただろうが……最後は観念して棒立ちか。
些か呆気なく物足りなくもあるが……。
もうもうと立ち込める砂煙の中、女神像がランスを持ち上げる。
……そして、そのランスに亀裂が入り無数の黄金の塊に分かれ崩れ落ちた。
「……何?」
半ばから斜めに裂けるように半分ほどのサイズになってしまった黄金のランスに驚く宰相。
落下していくランス片の、その磨き上げられた表面がブロードレンティスの驚愕の相を映している。
コツ、コツ……。
靴音が聞こえる。
砂煙の向こう側に誰かのシルエットが浮かぶ。
姿を現した者は……深紅の髪の女将軍。
彼女は堂々とまるで凱旋のように歩いてくる。
「どういう……事だ?」
不可解さにブロードレンティスが表情を歪める。
直撃したはずだ。
……何故、肉塊になっていない?
前に向かって……女神像に向かって歩みを進めながらファルメイアは鎧の左右の肩当を外しマントと一緒に無造作に地面に落とした。
少しだけ身軽になった彼女が身体をほぐすように伸びをしたり肩を回したりしている。
「私が何で、こんな赤い鎧を着て紅蓮将軍なんて名乗っていると思う?」
「……?」
宰相は怪訝な顔をするだけで、彼女の問いに対する答えはない。
(頼みとする炎で何かしたのか……? だが無効化されているはずだ)
スッと宰相が右手を上げると砕けたランスの破片が空中に浮かび上がり、再びランスにまとまって元の状態へと修復した。
いくらでも再生はできる。
壊されたこと自体はさしたる問題ではない……だが。
それを彼女はどうやった……?
紅蓮将軍ファルメイアが右手を空高く掲げる。
その先に光が集まる。
眩い光が。
そして輝きは激しく放電する雷の球体となった。
「ほーら今度はこっちの番!! 行くわよ!! 『雷光鉄槌』ッッ!!!!」
「……ッッ!!!!!」
雷電球を放つファルメイア。
大気を震わせ唸りを上げて迫るその雷の魔術を女神像は掲げた盾で待ち構えた。
……ゴ……アッッッッッッ!!!!!!
砕け散る巨大な黄金盾。
雷電球の威力はそれだけに留まらず盾を持つ女神の左腕をも砕いて散らした。
「馬鹿な……ッ!!!???」
「教えてあげる! 私が紅蓮将軍なんて名乗っているのは……」
再び魔力の集中に入ったファルメイア。
巨大な竜巻が発生しその中に女神像を飲み込んだ。
「うおおおおあああああああ!!!!??」
大竜巻の中で真空の刃に刻まれていく女神像。
黄金片が輝きながら周囲に撒き散らされていく。
「それはね、私が扱う四大元素の魔術の中では……炎系が一番不得手で威力を出せないからよ!!!」
……深紅の髪の、深紅の鎧の紅蓮将軍ファルメイア。
炎の使い手。天才魔術師。
誰もが知っていることだ。
帝国では子供でも知っている。
「欺いて……いたのか……」
国を、全てを……。
炎を封じて彼女に勝った気でいた自分を……。
「ま、こうして炎を対策して私に勝てる気でいる奴と戦うのに楽かなーって程度の話だったんだけどね。思ったよりがっちりパブリックイメージになっちゃって、お陰様で普段から炎ばっかり使わなきゃいけなくなったわ」
そして彼女は右手を上げて空を指さした。
ボロボロの黄金像の肩でブロードレンティスは茫然と彼女の指す天を見上げる。
真昼の空に……オーロラが煌めいている。
そしてその七色の光は収束し、上空高く巨大な光の剣を形成した。
「折角だし見ておきなさい。炎じゃないこの私の……とびきりの一撃」
天を指していた人差し指を大きく振って地面を指した紅蓮将軍。
まるで「こっちだ」というように。
そして……光の剣が天より下る。
「『極光斬神剣』」
巨大な光が女神像を両断した。
二つに分かれて左右にゆっくりと倒れていきながら崩れて砕片になっていく黄金像。
(まだだ!! まだ終わりじゃない!! 修復できる!! 何度でもぶつければいいッッ!!!)
空中に投げ出されたブロードレンティス。
彼は屈辱と怒りに奥歯をギリギリと鳴らしながら空を睨んだ。
……だが。
黄金の女神像で彼女を倒せるイメージが……沸かない。
バシッ!!!!!!!
その空中の宰相を雷の矢が打った。
「ガッ……!!!」
ぐりん、と両眼を裏返らせそのままブロードレンティスは地面に落下する。
(ザリオン……太陽……)
もう何も見えていない瞳で空を見上げて手を伸ばす。
その輝きへと手を伸ばす。
……届かないことはわかっていても。
それでも、焦がれることは止められない。
(僕の……帝国……の……たい……よ……)
届かぬものを見上げて手を伸ばしながら……彼は闇へと沈んでいく。
「迷ったら負けよ」
先ほどまで彼のいた空中を白く細い煙を上げる人差し指で指しながらファルメイアが言った。
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……こうして。
シンガンの街を焼き滅ぼした事件に端を発した一連の陰謀は終止符が打たれる事になった。
三宰相の一人アークシオン・ブロードレンティスは紅蓮師団によって捕えられ彼らの調査による多くの犯罪や不正の証拠と共に帝国司法へと引き渡された。
後に彼には三百年の封印牢収監が言い渡されることになる。
とはいえ、帝国の最高クラスの権力者の一人であり建国期からの皇帝の側近を表立って犯罪者として裁くことはできず……公式の記録として残る彼のその後は失脚と放逐である。
『シンガンの街を焼き払った者』というファルメイアの悪名もそのままだ。
……もっともそこを修正される事は彼女も望んでいない。
帝城はしばらくまるで戦時中のような騒ぎであったが、ようやくそれも落ち着いてきた。
「……まったく。やっていないのなら最初からそう言えばよかったのだ」
腕組みして疲れた声で言う宰相ゼムグラス。
「何を言っているのよ。あの頃は私の周りは敵だらけだったのよ。……大体貴方だって私にシンガンの件を押し付けた張本人の一人なのに」
肩をすくめて言うファルメイア。
帝城の廊下には今この二人の他に人影はない。
「まぁ……その通りだ」
ふーっと長い息を吐くゼムグラス。
「持ち掛けてきたのはブロードレンティスだったが、私もレナードも間抜けにもまんまとその企みに乗せられてしまった。君に難題を押し付けて困らせる意図があったのは認めよう。……だがな、私はそれでも君なら知恵と誠意でなんとか問題を丸く収めてくるのではないかと思っていたよ」
渋い顔になったゼムグラスが頭を抱える。
「それをまさか……一切を焼いてきましたと言われて私がどれほど肝を冷やしたか。レナードだってかなり取り乱していたぞ。死人のような顔色になってな」
「…………………」
……それなら知っている。
なんならこっそり謝られもした。詫びも受け取った。
「やれやれ、そんなに自信満々にふんぞり返っているんだから、君が次の皇帝になればいいじゃないか」
「誰が自信満々でふんぞり返っているのよ」
不満げに口を尖らすファルメイア。
「そんな事を言っていいわけ? ガイアード派のナンバー2の貴方が」
「確かに今は兄の手伝いをしているが……。ここだけの話、私は帝国が安定して運営されるのなら誰が玉座に座ろうが構わんよ」
相当な事をぶっちゃけるゼムグラス。
彼はそれを聞いたファルメイアが何をどうするわけでもない事をわかっているからこそなのだろうが。
「お生憎様。私はパス。そこまでのものを背負う気はないわ。……七将だってよく面倒になるくらいなんだから」
なのでこちらもぶっちゃけた紅蓮将軍。
まったくの本心である。
「そうか……まあ仕方がない」
歩いていく宰相ゼムグラス。
その後ろ姿にはどことなく哀愁が漂っている。
(ちょっと老け込んだかな? まあ気苦労の多い人だからね)
その気苦労の一因であるのだが、そんなつもりのまったくないファルメイアが去り行く宰相を見送るのであった。




