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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第50話 茜色の帰り道

 文字通りの獣のような咆哮を上げてヒガンがレンに迫る。

 狂乱し加速された攻撃に最初は無数の傷を負ったレンであったが、やがて落ち着きを取り戻すと先ほどまでと同様に全ての攻撃を逸らし完全に受け流した。


「ガアアアアッッッッ!!!」


 恐ろし気な咆哮。……それは悲鳴だ。

 彼の心が上げている軋み音だ。

 彼が飲んだ薬は一時的に肉体を強化するものだ。

 いつも、窮地の時にはその薬に頼ってきた。


 外の世界に出て、暗殺者となって……ヒガンは一つの現実に直面する。

 彼は……決して優れた運動能力など持ってはいなかったのだ。

 彼が体を動かすことを誇れたのはあくまでも運動が得意ではない子が多かった幼いころのグループ内だけで、そこから出てしまえば極めて平凡な能力の持ち主でしかなかった。

 ……父はその事を知っていたのだ。

 彼が頼みとするものが外の世界で武器として通用するようなものではないという事を。


 その事実を突き付けられ彼は壊れた。


 それを認めてしまう事は彼にとっては自身の否定だ。

 自分の人生の否定だったのだ。


「ギィィアハハハハハハハハハッッッッ!!!!」

「ヒガン……」


 ヒガンは笑っていた。

 涙を流しながら笑っていた。


 だから薬に頼った。この薬には強力な副作用がある。

 臓器を、血管を傷める……身体を蝕んでいく。

 それを全て承知で彼は服用を続け、そしてギルドのナンバー2にまでなった。


 でもそれでよかったのだ。

 自分にはもう帰る場所などない。

 全て焼いてしまった。

 帰れる場所など……ない。


 ああ、その罪が。

 恨みが。

 全て自分が本当は街を出てやっていけるような優れた人材であると、そうするべき者だと……そういう勘違いから生じたものだとしたら……。


 それだけは断じて認めるわけにはいかない。

 だからヒガンは薬に頼ってでも己の腕を世に証し続けるのだ。

 自分のしたことが間違いではないと軋む心と身体の悲鳴を聞きながら……もがき続けるしかなかったのだ。


「ヒガン、終わりだ」


 迫る二本の刃を交わしヒガンの首を片腕で抱え込んだレン。

 そしてそのまま首投げで彼を勢いよく地面に叩き付ける。


「ぐはッッ!!!」


 レンは覚悟を決めてここに来た。

 だから怯まない。


「……終わりだ。帰ろう、ヒガン」

「何……?」


 愕然とレンを見上げるヒガン。


 それは……ヒガンを殺さない覚悟。

 そして。


「帰って罪を償うんだ、ヒガン。俺と一緒に……」


 そして、彼の罪を共に背負う覚悟であった。


「お前の罪は絶対に許されないものだ。でも……俺も一緒に償う。いつか、お前が自分のした事を泣いて悔やめる日が来るように、俺が付き合うよ」


 そう言ってレンは茫然としているヒガンの手を取り身を起こさせて背負い上げた。

 されるがままに背負われるヒガン。


「……だから、お前はキライなんだ」


 ボソッと呟くように背中の男が口にする。

 自分は今無防備な背に触れている。

 今なら簡単に殺せるだろう。


 ……しかし、ヒガンはそうはしなかった。


「大人しい性格のくせに変に頑固な所があるしよ……。本ばっかり読んでるくせに……ケンカになると妙に強いとこなんかも……キライだったぜ」

「そうか。それは悪かったな」


 ヒガンを背負ってレンが歩く。

 自分を背負うこの男は……知らないだろう。

 薬を服用し続けた自分の身体はとうに限界だった。

 今日も戦闘の前に既に薬を服用していたのに、追い詰められて重ねて飲んだ。

 その代償は既に自分の身体に表れている。

 体内の大きな血管のいくつかが裂けて破れた感触がある。

 本当は叫びだしたいほどの激痛なのだろうが……その痛みも今の自分はもう感じない。


 幼馴染の背に身を預けて灰色の髪の男がふと空を見上げる。

 綺麗な茜色の空。

 意識を失う直前にヒガンはその茜色の空にあの頃の幻を見た。

 家路を行く仲のいい友達たちに混じる自分の姿の……そんな遠い日の幻影を見た。


「……レン、ごめん」

「いいよ」


 それきり、彼は静かになった。

 もう二度と……何も口にすることはなかった。


 ヒガンを背負うレンが静かに歩く。

 その姿が地面に長い影を作っていた。


 ───────────────────────────


 魔術結界『黄金郷(エルドラド)』……黄金を強化し、黄金を支配する世界。

 その黄金の世界の主、ブロードレンティスが今ファルメイアの炎を無効化して彼女を追い詰める。


「……『獄炎舞(レーヴァテイン)』!!!!」


 ファルメイアの叫びと共に現れた巨大な炎の翼というべき灼熱の塊がブロードレンティスのいる位置を中心として周囲全体を薙ぎ払った。


「フフフ……お見事、流石の炎だ」


 灼熱の炎の中で涼しい顔で宰相は拍手をしている。


「対策をしていなければ……今の一撃で僕など消し炭になっているのだろうか。まあ、試してみる気には到底なれないけどね」


 ふーっと大きく息を吐いたファルメイア。

 紅蓮将軍の表情から普段の余裕は失われていた。


「実際、君は大したものだよ。何があろうが姿を見せない、自ら手を下さない主義の僕にここまでさせているんだからね。現時点で既に僕はある種の敗北感を感じているよ」


 肩をすくめてブロンドの優男が苦笑する。


「だがその分、僕は一度自分が動けば完璧に、絶対に、圧倒的に事を成す」


 見せ付けるかのように、すっと右手を持ち上げたブロードレンティス。


「その事を今から君にじっくりと味わって頂くとしよう」


 パチンと彼の指が鳴らされるのと同時に黄金で出来た宮殿全体がぐにゃりと歪んだ。


(……何をやる気よ!!)


 顔をしかめるファルメイアの眼前で形を変えながら寄り集まっていく膨大な量の黄金。

 それはやがてぐねぐねと蠢きながら一つのフォルムを形成していく。


「『力こそ正義』……陳腐な言い回しであまり趣味ではないのだが、まあ一つの真理ではあるね」


「……ッ」


 奥歯を嚙む紅蓮将軍。

 目の前に屹立したそれは巨大な……。


「『戦女神の黄金像(オルタナ・アクロイス)』」


 それは巨大な黄金の女神像だった。

 鎧を纏い、盾とランスで武装している。

 ふわりと飛翔したブロードレンティスが女神像の肩に降り立った。


「……それでは、僕の『正しさ』を存分に味わってもらうとしようか、紅蓮将軍殿」


 そのセリフを合図に巨大な女神像が動き出す。

 ランスを構え、それを足元のファルメイアへ向けて思い切り突き出してきた。


(速い……ッッッ!!!!!)


 巨体に見合わぬその速度。

 攻撃そのものは回避したものの速度と質量から発生した衝撃波に打たれてファルメイアはくるくると横に回転しながら宙を舞った。


「力を誇った七将の君が更なる力に蹂躙される。……中々に教訓的な出来事だとは思わないか?」


 体勢を崩さずに着地したファルメイア。

 その額から一筋の血が流れ落ちていく。

 顎までそれが伝った時、彼女はそれを乱暴に手の甲で拭った。


「君の無残な死体を城へ届けてザリオンに現実を見て欲しい所だが……。死体からあれこれ調べられては面倒だしやめておくことにするよ」


 再びランスを構える女神像。

 単純な攻撃だがそのサイズと速度から掠っただけでも大きな負傷は避けられない必殺の一撃となる。

 この天を衝く巨体をどう攻略するか……。


「ここで死ねば誰にも見つからない。最年少で七将に上り詰めた天才美少女の輝かしい経歴のその最後は……どことも知れぬ地で死に、行方知れずだ」


 額を押さえて俯くと宰相は首を横に振った。

 ……痛ましい、とでもいうかのように。


「できる事なら最期にちゃんと君の犯した罪……太陽を汚した罪を悔いて死んでいって欲しい所ではあるが……まあ、君にそういう殊勝さを求めるのは無駄だろうね」


 苦笑して……そして。

『帝国の月』の目が冷たく煌めいた。


「では、これでお別れだ。……良い夢を」


 そして次の瞬間、再び黄金女神像のランスが繰り出され……。

 険しい顔の彼女へと致死の暴風となって迫るのだった。

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