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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第49話 帝国の太陽

 冷ややかな怒りを視線に込めてファルメイアを直視するその男……帝国の金庫番と呼ばれている智者、宰相ブロードレンティス。


「すっかりステキなお顔になっちゃって。……貴方そんなに、そこまで皇帝になりたかったのね」


 サッと後ろ髪を流したファルメイア。

 彼女は余裕の佇まいで目の前の男と対峙する。


「誤解しているようだが……」


 ふぅ、と鼻で息をする宰相。あきれたような、どこか疲れたような様子で。


「僕は皇帝位になどこれっぽっちも興味はないよ。僕が望むのはただ()()()()さ。それが期待できないような連中だから僕が出てこなきゃいけなくなる。さっき君が言ったのと同じだよ。……『仕方がないが、やるしかない』」


 そして彼は薄暗い格納庫の天井を見上げた。


「考えてもみてごらんよ。今の帝国で誰が陛下の代わりが務まる? あの父の影を追うしか能がないガイアードや道化を演じて人々を惑わすギエンドゥアンにそれが可能だとでも? ……できはしないさ。誰もいない」


 半世紀近くも皇帝の側近として帝国の繁栄に寄与してきた男が遠い過去を見る。


「彼は……太陽だ。いと高き(そら)より全てを照らす太陽だよ。…………それを、君が」


 再び宰相の視線に憎悪の冷気が滲んだ。


「君が人に戻してしまう。イグニス・ファルメイア!! 君が!!」


 断罪するかの調子で声を張り上げ、刃物の切っ先のように指先を突きつけるブロードレンティス。


「君を見る彼のあの目!! 血の通った普通の人であるかのようなあの視線!! あんな目で他者を見るような人じゃなかった!! 実の子にすらあんな顔をする事はない人なのに!!!」


 宰相の叫びに表情を歪めた紅蓮将軍。

 彼女の渋面は苦みと怒りのそれである。


「あんたたちの……その態度が」


 拳を握り、紅い髪の彼女が怒る。


「その態度があの人をどれだけ孤独にしてきたのか……それがわかんないわけ!!?」


「黙れ小娘!!! 彼を人の物差しで測ろうとするなッッ!!!」


 何かを薙ぎ払うように宰相は大きく右腕を横に振った。


「孤独だと!? よくもそんな……。彼は孤独なんじゃない!! 孤高なんだよ!! 太陽に並び立てる者などいるはずがないだろう!!!」


 顔をしかめるファルメイア。

 ……ダメだ。届かない。

 彼はザリオンしか見ていない。見えていない。

 絶対視しすぎてそれが全てになってしまっている。

 ……あたかも彼の言う太陽。

 その太陽を見続けて光で目が焼かれてしまったかのように。


「僕は月だ。帝国の月。太陽の光を受けて夜空でだけわずかに輝ける者……それが僕だ。今、太陽が沈もうとしている。悲しいが仕方がない。ずっと空にある太陽はない。それは宿命だ」


 わずかにうつむき、そして顔を上げた宰相。

 彼は強い決意にギラリと目を光らせる。


「今僕が、帝国の月である僕がするべき事……しなくてはいけない事は次の太陽を見つけることだ。そしてその誰かに正しく帝国を継承させる事だ。それまでの間、僕が帝国を維持していかなければならない。いつか来る次の太陽への継承の時に、ザリオンの帝国をそのままの形で受け継がせる為に」


 熱弁を揮うブロードレンティスであるが、反対にファルメイアはどんどん頭を冷やして冷静になっていた。


(……こいつ、想像以上にあれこれぶっちゃけてくれるわね。殺る気か? 自分で言うのもアレだけど私滅茶苦茶強いんですけど? 勝算あるわけ?)


 ……気になったその点を確認しておくことにする。


「熱く語り倒してくれてる所申し訳ないんだけど、私このやり取り全部記録してますけど?」


 ハッタリである。

 確かに周囲の音を記憶し後に再生できる特性を持つ魔力を帯びた水晶がある。

 だがファルメイアは今日それをこの場に持ち込んではいない。

 ここで彼に遭遇するのはイレギュラーだった。

 本当はここで証拠を固めて帝都に帰還し、そこが決戦の地となるはずだったのに。


「構わないさ。どうせ君はそれを誰にも聞かせることはできない」


(ハイこれで確定。こいつ戦る気だわ。……でもどうやって? そこはちょっと気になるかな)


 目の前の男が恐らく隠し持つであろう切り札に興味を引かれるファルメイア。

 相手の戦闘力の見極めには自信がある。

 彼が自分を上回る戦闘力を持つ猛者という事はないはずなのだが……。


「イグニス・ファルメイア。紅蓮将軍……君が邪魔だ。今日改めてそれを思い知ったよ」

「……………………」


 冷たい目でファルメイアを見るブロードレンティス。

 反対に彼女は乾いた視線を注いでいる。


「君に夢中だったよ。君のことばかり考えてきた。……君が父親に連れられて初めて城に来た頃からずっとね」


 それはまた随分昔から目を付けられていたものだ。

 ファルメイアはハッと鼻で息を吐いた。


「どうすれば君に己の罪を思い知らせ叩き潰せるだろうかと、そればかり考えてきたよ。……太陽を地に墜とした罪をね」

「言い掛かりも甚だしいわね。私に罪なんてものがあるのだとしたら、それは天才美少女過ぎる事くらいよ」


 ファルメイアの軽口に宰相が笑った。

 冷たく……邪悪に笑った。


「だが、そんな傲慢で罪深い君も流石にシンガンの一件は応えただろう?」


「……………………」


 ……ああ、そうか、と。

 ようやくファルメイアの中で全ては繋がった。


 いつか『割に合わない陰謀』だと、そう評したことがある。

 そうではなかったのだ。

 紅蓮将軍の政治的立場の失墜などは彼にしてみればついでもついでで、大して重要ではなく……。


 初めからあれは自分の心を深く傷付ける為に仕組まれたものだったのだ。


 更にこの時点の彼女には知る由もない事であるが、シンガンに炎が放たれたのは生まれ故郷を憎悪し消滅を願う一人の男の悪意から生じたものであり、結果として二者の悪意が絡み合って双方にとって望む結果をもたらしたもの……それがあの一件の真相だった。


 ふざけるなと。

 あの地で暮らしていた人々の命を……人生を何だと思っているのだと。

 激しい怒りは全て飲み込んで彼女は冷静だった。


「是非あの時の気持ちを聞かせ……」

「もういいわ」


 言葉を遮ってきたファルメイアに宰相はムッと不快げに眉をひそめた。


「貴方から聞きたいことは大体聞けたからもう結構よ。帰りたいんだけど、そこどいてくれる?」


「帰れると……思っているのかい?」


 剣呑な視線を向けて立ちはだかるブロードレンティスに、ファルメイアは普段彼がするように芝居がかって大げさな仕草で肩をすくめた。


「あら~? これはこれは、切れ者で名高い三宰相サマとも思えない使い古されたセリフでございますねぇ~? こわーい、私どんな目に逢わされちゃうのかしら~?」


「……その思い上がりが君の敗因だよ」


 スッと右手を差し出した宰相。スナップを利かせパチンと指を鳴らす。


「『黄金郷(エルドラド)』」


 その瞬間、周囲の光景がぐにゃりと歪んだ。


(……結界世界!! なるほどそうくるか!!)


 異空間に引きずり込まれながら感心しているファルメイア。


 彼女が降り立った場所は……全てが煌びやかな黄金でできた宮殿であった。


「……これはまた、ご趣味のよろしいことで」


 はは、と乾いた笑いを浮かべる紅蓮将軍。

 建物だけではない。植込みの草木も全て金。

 噴水は水では無く砂金を噴いている。


「どうかな? 僕の世界は」


 余裕の態度のブロードレンティス。


 それには答えずファルメイアは即座に魔術の行使の為の集中に入った。

 ここは彼の巣。

 まずはどういう世界であるのか……それを見極めなければ。


「『魔炎剣(グラム)』!!!!」


 空中に現れた無数の炎の刃。

 それらが一斉に高速でブロードレンティスに襲い掛かる。

 簡単に放った牽制の一撃のようではあるが、その実炎刃一つ一つが岩石を融解させるだけの熱量を持つ。

 これだけでも一軍を壊滅せしめる紅蓮将軍必殺の魔術だ。


「……フン」


 鼻を鳴らしたブロードレンティス。

 その彼の周囲の床や柱がまるで水あめのように形を変えて彼を守る無数の盾を形成した。


 炎の刃を全て黄金の盾で受けて散らした宰相。


「この空間では僕は黄金を自由に操る事ができるんだ。……さらには、この空間では黄金は強化され『輝神鉱(オリハルコン)』の硬度と『魔法銀(ミスリル)』の魔法耐性を併せ持つ」

「何よそれ、インチキ臭い」


 顔をしかめるファルメイア。

 その様子がお気に召したのかブロードレンティスが笑う。


「……とはいえ、この空間は黄金を生んでくれるものではない。ここにある黄金は全て僕の自前、持ち込んだものさ。この国で一番黄金を用意できるこの僕に相応しい世界だと思わないか?」


 反応のないファルメイアに得意げに言葉を重ねる宰相。


「それだけじゃないよ。君を更に絶望させる情報をお伝えしておこうじゃないか。この結界世界は『対紅蓮将軍用』に特別に調整したものでね。強力な耐炎処理が施されている。君のお得意の炎はほぼ無効化されるよ」


 紅蓮将軍の端正な顔に苦みが増す。

 その彼女の様子にブロードレンティスは満足げに笑みを見せた。


「まあ、そんなところかな。……それでは死んでもらうとしようか」


 宰相が右手を翳すと周囲の黄金の建造物から無数の握り拳大の塊が浮上する。

 それらは粘土細工のように形を変えて無数の甲虫の群れとなった。


「『黄金蟲乱舞(スウォーム)』」


 黄金の甲虫の群れが高速で飛来する。

 炎の壁を生みそれを阻むファルメイア。

 ……だが、ブロードレンティスの言葉の通り、甲虫は炎の影響を受けず怯む様子もない。


「……ッ!!」


 身を翻して回避する紅蓮将軍。

 だが全てをやり過ごすことはできず何匹かの蟲は彼女の皮膚を食い破り血を飛沫かせていった。


「無敵の天魔七将とはいえ、きちんと頭を使い対策をすれば御覧の通りさ。力に溺れた君のここが墓場となる」


 酷薄な笑みを見せる宰相。

 傷口に触れて指先にべっとりと付着した血をファルメイアは乱暴にマントで拭うのだった。


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