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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第48話 あなたがわたしの敵

 突然単身乗り込んできた紅蓮将軍にディナス海運社の港湾倉庫のスタッフたちはパニック状態になった。

 だが皇帝の証書を手に乗り込んできた七将である彼女に何ができるはずもない。


「お、お待ち下さい! 今本社に連絡を……!!」

「必要ないと言っているでしょう。貴方たちは全員離れているか黙っていなさい。一切の手出し口出しは無用です」


 ひれ伏して土下座せんばかりの責任者にぴしゃりと言い放つと紅い鎧の彼女はずかずかと奥へ踏み入っていく。

 金属階段を下り、だだっ広い格納エリアに着いたファルメイア。

 虚しき最後の抵抗のつもりか明かりは落ちており周囲は薄暗い。

 だが外はまだ日中だ。

 漏れ入るわずかな明かりだけで彼女の目的には十分である。


 同じ規格の木製のコンテナが大量に積まれている。

 ファルメイアが指先でピンと弾くと太い釘を何本も打たれて固定されている分厚い木箱の蓋が簡単に吹き飛んだ。


 中身は黒光りする無数の武具だ。

 剣や槍……いずれも彼女の見たことのない最新のデザイン。

 それを開発されたばかりの合金で打ったもの。


「貴方のところの取り扱い品目に武具なんてなかったはずだけど?」


 ファルメイアが無表情で問うと真っ青な顔をした責任者はただ黙って首を横に振った。

 何も知らない……はずはない。喋る気はないという事か。


『これは……どういう事かな』


 上から声がする。誰かがカンカンと足音を鳴らして金属階段を下りてくる。

 少しも慌てた様子のない落ち着いた歩調で。


「へえ、驚いたわ。自分で来るんだ?」


 階段を下ってきて姿を見せたその相手に意外そうに言うファルメイア。


「どういうつもりなのか、話くらいは聞いておこうかと思ってね」


 現れたのはブロンドの優男。

 だが彼の顔に今、いつもの柔和な笑みはない。

 三宰相……アークシオン・ブロードレンティスがそこに立っていた。


「大した量ね。戦争でもしたいの?」


 彼方まで連なる木製コンテナの山を見てファルメイアが言う。

 恐らくここのコンテナは全て武器が入っているものだ。

 その数は膨大になる。

 一軍を丸々賄える程に。


「さて、どうだろう? 確かにここは僕が面倒を見ている会社ではあるが、そこまで業務内容を突っ込んで把握しているわけではないのでね。……例えば」


 宰相の目がスッと細められる。


()()()()()()()()()()()()()のだとしたら、それは確かに会社の落ち度ではあるが僕にはどうにもできない事だよ」


「………………」


 帝国内での許可を得ない武器の取引は重罪である。

 だがそれをこの男はあくまでも申請の遅れであると、また自分は与り知らぬ事であると言う。

 これを押し通すのであれば最終的にこの会社はなくなるとしても彼は会社をトカゲの尻尾としダメージを最小限に抑えるだろう。


 やれやれ、とブロードレンティスは軽く頭を横に振ってため息を付く。


「君も随分と優等生になったものだね。こんな事にまで口を出してくるとは思わなかったよ」

「勘違いしないで。私はやられたからやり返しているだけ」


 その言葉にぴくりと反応した宰相がファルメイアに視線を戻した。


「私がちょっかいを掛けてるんじゃないの、私は掛けられてる方。だから仕方なく私はこうしてる。本当にいい迷惑だわ」

「ふむ、それは災難だね」


 どこか他人事のように言うブロードレンティス。

 その彼をファルメイアが指差した。


「それで、そのちょっかい掛けてきている相手が貴方。……何か言いたいことはある?」

「これはまた不躾だね。……悲しい誤解だ。何を根拠にそんな事を言うんだい」


 大袈裟に嘆きのポーズを取る宰相。


「私に対して攻撃を仕掛けてきていた裏社会の組織をいくつか洗ったのだけど、その資金の流れをね」

「それが僕に繋がっていたと?」


 紅蓮将軍は首を横に振る。


「いいえまったく。どれだけ洗っても貴方の関係してる組織との繋がりは一切なかったわ」

「それなら……」


 言いかけるブロードレンティスを片手を上げてファルメイアが遮った。


「それが決め手よ。ゼロはやりすぎ。ガイアード派やギエンドゥアン派すら多少は関係があったのよ。その二派閥に比べて圧倒的に接点があってもおかしくはない貴方が面倒を見ている多くの企業の……そのどれもが一切無関係は逆におかしいわ。それで私は貴方だという確信を持った」


 フーッと疲れたように息を吐く宰相。


「仮に……仮にだよ、君のその愉快な仮説が真実であったとしよう。でもそれを騒ぎ立ててみてどういう意味があるというのかな? 断言をするが……それでは僕を失脚させることはできない。僕はその騒ぎでいくつかのものを失うかもしれないが、それらはいずれ取り戻せるものだ。君のしている事は僕に多少のダメージを与える嫌がらせで終わるよ」

「でしょうね」


 あっさりと認めてファルメイアはうなずいた。


「……だから私なりに貴方に一番ダメージが入る方法を考えてみたの」

「へぇ。興味深いね」


 小ばかにするようにブロードレンティスは薄く笑った。


「私は今回のこの貴方のいくつもの『失点』を手土産にしてガイアード派かギエンドゥアン派どちらかに参加するわ。次の皇帝の座は諦めた方がいいわよ、宰相殿」


 ……メキッ、と。


 表情筋の動く音すら聞こえた気がするほどの変化だった。

 嫌悪と憎悪……今まで彼が他者へと晒してこなかったもの。

 それを今初めて表情に表して宰相はファルメイアを睨みつけた。


「やっと私の見たかった表情(かお)をしてくれたわね」


「……君は本当に僕を夢中にさせてくれる女性(ひと)だ」


 眉間に幾筋もの深い皺を刻んだ険しい表情のままブロードレンティスが低い声で言った。


 ────────────────────────


 ……絶望していた。


「ハァッ……ハァッ……な、何故だ……!!」


 喘ぐように言って相手を睨む。

 幼馴染だった男……故郷を捨てた、自分を裏切った相手。


「もうやめるんだ。ヒガン」


 自分に向けて拳術の構えを取っているレン。

 彼は無傷。呼吸もほとんど乱れてはいない。


 対するヒガンは打たれ続け息も絶え絶えという有様だ。


「俺はッ……俺はギルドの二番手だ!! その俺が何で……何で……のうのうと陽の当たる場所で生きてきたお前なんかに!!!!」


 腕利きの揃っている暗殺者ギルドの中でも自分より強いものは師であるラセツだけだ。

 それが全てを捨てて、生まれ故郷を焼き払い皆殺しにしてまでヒガンが手に入れたものだ。

 ……その『力』が今なす術もなく蹂躙されている。


 前回は……再会したあの時は一方的に追い詰めたのに。殺せる寸前までいっていたのに。


「うおおおおおッッッ!!!!」


 二刀を構えて襲いかかる灰髪の暗殺者。

 その刃の舞に恐れず踏み込んでいくレン。

 両者が交差する。

 ヒガンの刃は……レンに触れることができない。


(クソッ!! まただ!! 触れられねえ!! 滑って弾かれる!!!)


 ほぼ接触しているといっていい所まで武器を寄せてもほんのミリの位置で横滑りするように切っ先が逸らされてしまうのだ。


「これが『零式(ぜろしき)』だ……ヒガン!!!」

「!!!??」


 踏み込んだレンの拳打がヒガンの胸部に飲み込まれる。

 後方に吹き飛ばされたヒガンは地面に背中から叩き付けられた。


(ダメだ……負ける。俺が……負ける……!?)


 ギリッと奥歯が鳴った。怒りで視界が真っ赤に染まる。


(冗談じゃねえ!! そんな事があってたまるか!! ここでこいつに負けたら……負けたら俺は……俺のした事は……してきた事は……)


 ポケットに突っ込んだ手が掴んだ何か。

 それを引き抜いて口元へ運ぶ。

 数個の小さな錠剤。それを嚙み砕いて一息に飲み下す。


「!!? 何を飲んだ!!? ヒガン!!!」


 毒物、自害……一瞬レンの脳裏を過った言葉。

 焦る彼の前でヒガンがゆっくり立ち上がってくる。


「俺は……負けねえ……」


 異様に血走った目でレンを睨んだヒガン。

 額や頬に太い血管が浮いている。


「シャアアアッッッッ!!!!」


「!!!?」


 先ほどまでとは比べ物にならない速度でヒガンが襲いかかってきた。


「……くっ!!」


『零式』で捌き切れない攻撃がレンの身体に傷を付けていく。


「ズタズタに刻んでやるぞ!!! レェェェン!!!」


 ようやく見る事のできた相手の血に感情を昂らせながらさらなる攻撃を浴びせてくるヒガン。

 加速する攻撃で無数の傷を刻まれ血飛沫の中でレンが苦し気に歯を食いしばった。



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