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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第46話 海の都で待ち受けるもの

 ヒューターの街でのバカンスを終えた紅蓮師団一行。

 ファルメイアたちはそのまま海沿いに進み、帝都を出発してから二十日目に海洋都市フラテネスに到着した。

 ここは大陸最大の貿易港を持つ帝国の東の海の玄関口だ。

 港には大きな倉庫がどこまでも続いているかのように建ち並び、巨大な帆船が何隻も碇を下ろしている。


「……凄いですね」


 その規模と活気に圧倒されそうになるレン。


「大陸で五本の指に入る大都市だからね。さて……ここからはお仕事モード。しっかりやるわよ」


 いつになく引き締まった顔をしているファルメイア。

 強い意志の光を湛えた瞳にレンも身が引き締まる心地になる。

 自分たちが今日調査を行うのはディナス海運社。

 このフラテネスでも有数の貿易会社である。


 立ち入り検査は抜き打ち、事前に連絡はしていない。

 皇帝の証書を携えた天魔七将の査察を拒否できる者は帝国には存在しない。


 このディナス海運社がシンガンの惨劇の黒幕と関係があるとファルメイアは読んでいるのだ。


 件の会社の関連施設に紅蓮師団の面々が散っていく。

 ファルメイア自身は港の一番大きな倉庫に向かった。

 付き従うのはレンとヒビキの二人のみ。他には誰もいない。


 全てファルメイアの指示だ。何かあればレンとヒビキも離脱することになっている。

 ……紅蓮将軍は近くに誰か味方がいると本気を出せない。


 倉庫街を進む三人。

 ファルメイアがこの都市の成り立ちや出身の著名人など、観光ガイドよろしく二人に語って聞かせている。

 それを感心しながら傾聴するレンとヒビキ。

 まるで本当に観光のようなのどかな一幕であった。


 ……しかし。


『!!』


 三人は同時に足を止めた。

 今、一瞬だがはっきりと三人に向けて殺気を放った何者かがいた。

 鋭く暗い殺意……ファルメイアとレンは初めて感じるそれだが、ヒビキには覚えがあった。

 銀の耳の少女が穏やかに微笑む。


「コイツは……私の()()だ。……また後でな、レン」


 ファルメイアには頭を下げ、それからヒビキははにかんでレンに小さく手を振った。


 ……初めから打ち合わせてあった事だ。

 その敵が現れたら彼女が相手をするのだと。


「ヒビキ……」


 それでも、レンは心配で不安だった。

 恐ろしい腕の殺し屋だと聞いている。

 そんな彼の手をヒビキが優しく包むように取る。


「レン、アタシは負けない。アタシはお前に言いたいことがまだ山ほどあるんだ。言って欲しい事も、してほしい事も沢山ある。勝って帰ってきたら、それを一つずつ現実にしてく。だからアタシは負けない」


「……………………」


 それで……それ以上もうレンは何も言えなくなった。

 ただこの場は彼女を見送ることしかできない事を悟った。


 最後にファルメイアとうなずき合ってヒビキは殺気のした倉庫の一角へと姿を消した。


 そしてそれを待ってたかのようなタイミングで先程のものとは別種の殺意がレンへと向けられる。


(……あぁ)


 そうこれは自分への誘いだ。

 覚えのある殺意だ。


(ヒガン……近くにいるんだな)


 目を閉じて、また開く。

 視界には紅い髪の彼女がいる。

 

 ……自分を救ってくれた人だ。

 この世で……一番大事な人だ。


「イグニス、俺……」


 言っておきたい事がある、彼女に。


「イグニスに会えてよかっ……」


 不意に襟首を掴まれてグイッと引き寄せられたレン。

 重なり合う二人の唇。

 勢いがありすぎて前歯同士がカチンとぶつかり合った。


 彼女を抱きしめようとしてレンはそれを思い留まった。

 今はまだ……その時ではない。


 唇が離れる。


「帰ってきてから百万回聞いてあげるわ」


 そう言って世界で一番の美少女が笑った。


「しっかりやんなさいよね」

「……うん」


 はにかんで、そして……表情を引き締めてレンは彼女に背を向ける。

 そして、自分の戦いへと向かう。


 こうして、紅蓮将軍がその場に一人残されることとなった。


「さて、私にはどんな趣向でおもてなししてくれるのかしら」


 呟いてから彼女は再び歩き始めた。

 本来の目的地、港の大倉庫へと。


 ────────────────────────


 倉庫街の一角。

 まるでその為のスペースとでもいうかのようなコンテナに囲まれて開けた空間で両者が対峙する。


 狐耳の少女。

 槍刃を自在に操る戦士ヒビキ。

 鬼人の暗殺者。

 研ぎ澄まされた鋼の糸……妖斬糸のラセツ。


「おぉいマジか? お前が一人で来るのかよ~……。三人で血眼になって俺を探してくれると思ったんだがなぁ~面倒臭ぇ」


 当てが外れた、というように頭を掻くラセツ。

 自分たちの究極的な目的はレンの殺害である。

 その為邪魔となるヒビキは排除しなくてはならない。

 紅蓮将軍は……流石に戦って勝てるとは思っていないが市街地であれば彼女も全力で暴れることはできないはず。

 逃げに徹すればどうにかなる。

 ……そういう訳で手練のラセツが囮となり三人の注意を引きつつレンを狙う手筈だったのだが。


 その彼の前で腰を低く落とし構えを取ったヒビキが槍刃の柄に手を掛けた。


「アンタにゃこの前散々いいのをご馳走になったよな。今日はアタシの番だ……覚悟しやがれ!」


 気迫を込めて宣言したヒビキ。

 彼女の発した「圧」は並みの戦士であれば確実に怯むレベルのものだ。

 ……だが、鬼人の男は平然としている。

 少女へ向けてラセツがぱちぱちと気のない拍手をする。


「いやいや、ご立派ご立派。……だがご立派なのはいいがよ~、ご立派でエラいだけじゃあどうにもならん事があるんだってこの前のあれでお勉強できなかったのかぁ~?」


 無言のヒビキ。

 ラセツも構えを取る。


「……まぁいいや~、こっちも今日は忙しい。お前だけやりゃいいってワケじゃねえしな~」


 こうなった場合はレンを直接ヒガンが狙う予定なのだが、ファルメイアが割り込んできた場合ヒガンでは二人の対処は無理だ。

 この場を早めに処理してフォローに回る必要があるだろう。


「あの場を逃げる賢さを見せたかと思えば今回は一人で来るとか……よくわからんなぁ~。まあ覚悟して来てんだろうし悪く思わんでくれよ~」


 ラセツの糸が舞う。

 そして身構えるヒビキに向かって黒衣の鬼人が襲いかかった。


 ────────────────────────


 前方に感じる気配が……殺気が遠ざかっていく。

 追いかけるレン。

 本気で撒こうとしている速度ではない。適度に距離を取って誘っている。

 それに乗り追跡する。


 やがて、気配は港の一角……人気のない桟橋で停止した。


「ヒガン……」


 灰色の獣耳の男が背後を振り返る。

 あの頃はなかった無残な傷跡を顔に刻まれた幼馴染が。


「よう、レン」


 ヒガンが冷たく笑う。

 もう戦いは避けられない。それはわかっている。

 だがその前にどうしても確認しておかなければいけない事がある。


「ヒガン……本当にお前が、シンガンを……焼いたのか」


 可能性がある、と言うだけの話だ。

 これまでの情報を総合してそういう予測も成り立つ、というレベルの。

 否定してくれ、とレンは心の底から願う。


 ヒガンは……右手で顔を覆った。

 鷲掴みにするように掌を顔に当てた。


「シンガンか……なぁ、レン。あれはなんだ? あの街は……何だ?」

「え……?」


 質問の意図がわからずに戸惑うレン。

 指の間から覗くヒガンの目が異様な輝きを放っている。


「故郷か? お前にとっては……」


「ああ、そうだ。俺たちの故郷だろう」


 そのレンの返事にヒガンは喉を鳴らすような笑いで応えた。


「クックック、そうか、故郷か。お前にはそうなんだな。レン……お前には」


 そうして彼は顔を覆っていた右手を下ろす。

 ……もう、笑ってはいない。


「地獄だ……あれは。牢獄だよ」

「何?」


 呆気に取られたレン。

 幼馴染は憎悪と空虚のない交ぜになった表情で自分を見ている。


「この世から消えちまった方がいいものだ。だから消してやった。綺麗さっぱり焼き払ってな」


 幼馴染の放ったその一言が冷たい氷の刃となって胸に突き刺さるのを感じるレンであった。


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