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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第41話 雷龍

 帝都の一角、ある薄暗い廃屋内。

 明かりも点けない闇の中で影から染み出てきたかのような数名の黒装束の男たちが集っていた。


「アジトが潰されちまいましたよ」


 沈んだ苦々しい声はある灰色の髪の半獣人のもの。


「別にいいよ~……他に移ればいいだけだ。当てはいくらだってあるんだからよ~」


 応えた野太い声の主は小骨の付いた肉を食べている。

 そして男は単身乗り込んできて静かに、そして確実に仲間たちを沈黙させていった一人の女性の姿を思い出す。


「あいつはサービスで戦れる相手じゃねえよ~」


 いつもの気だるげな声で言う暗殺者ラセツ。


 帝国式格闘術の開祖で神様のように扱われてるネルソン卿に『思い切り鍛えたら自分を超えてしまった』と言わしめた女。

 数人の七将から副将待遇でと誘われたのに全部蹴って紅蓮将軍の所でメイドをしている変り種。

 あの銀髪の襲撃者に対して自分の知っている情報を思い出すラセツ。


「あれとやるなら綿密に報酬を打ち合わせしねえとな~……はぁ、面倒臭え」


 はぁ、とため息をついてからラセツはプッと闇の中に骨を吐いた。


「いいかぁ。前も言ったろ。仕事は確実に成功するタイミングか、さもなきゃ報酬に納得してるやつだけこなしゃいい~。アジトがなくなろうがなんだろうが関係ねえ~。余計なモンを背負い込んだ奴から脱落してくんだよ~この業界はよ~」


 ここ数日、ヒガンとラセツ、そして他の暗殺者たちはヒビキを付け狙っていた。

 だが襲う事はできずにいる。

 彼女の側に適度な距離を保って父ジンシチロウがいた為だ。


「ナグモジンシチロウだって近衛衆なんだからよ~。いつまでも娘に張り付いてるワケにゃいかねえだろ~。必ず剥がれる時が来る。そん時にやりゃいいだけだ~」


 そう言うとラセツは腰を下ろしていた横に並べた木箱の上にゴロリと横になりあっという間に寝息を立て始めるのだった。


 ────────────────────────


 帝都の高級住宅が建ち並ぶ一角に一際大きな屋敷がある。

 宰相アークシオン・ブロードレンティスの屋敷である。この帝都にだけで二十以上ある彼の豪邸の内の一軒だ。


 月の綺麗な夜の事、宰相は一人の客をその屋敷に招いた。


 その男を一言で言うのであれば……『異形』

 銀色の逆立った髪の褐色の肌の男だ。修行僧のような白い飾り気のない服を着ている。

 目付きは細く鋭いが顔立ちは整っていると言えるだろう。


 ……だが、男の身体の各所は異形化していた。


 右目は縦に細く鋭い瞳に黄色い眼球の爬虫類のような目になっている。

 そしてその右目の周囲から頭部にかけての肌はごつごつとした青黒い鱗状になっており頭部の右側には上に向かって緩やかに波打つように伸びている山羊のような角があった。

 そして右腕。

 肩から露出させているその腕もまた青黒い鱗の並んだ爬虫類のような腕であり指先には黒い鋭いカギ爪が並んでいる。

 最後に裾から覗いているふくらはぎ辺りまで垂れているやはり爬虫類のような尾。


 それらはいずれも『竜化』と呼ばれる異形化である。

 先祖に竜を持つ者が少しずつ肉体を先祖返りさせていく現象だ。


 この身体の一部を竜化させている男の名はヴァジュラ。

 天魔七将『雷神将軍』である。


「やあ、よくきてくれたね。まずは一杯。帝国の繁栄と君と僕の友情に乾杯といこうじゃないか」


 笑顔でヴァジュラにグラスを差し出す宰相。

 果実から作られた甘みがあってスパイスを効かせている酒。

 ヴァジュラの好む彼の故郷のものである。


 無言でそれを受け取るとヴァジュラは一息に飲み干した。


「用件はなんだ? 返済は順調のはずだが」


 ヴァジュラはブロードレンティスに高額の借金がある。

 領地運営で内政が不得意な彼のいくつかの失敗による損失の穴埋めだ。

 だが、その後彼は愚直に領地運営のいろはを学び今は安定して領地を治めており返済は利息含め順調であった。


「いやいや、そんな事で君を呼び出したりはしないよ。大体が返済自体必要ないと言っているのに」

「借りを作りたくない」


 そっけなく言ってヴァジュラは首を横に振る。

 必要ないと言われつつも相場の利息まで律儀に払っているのもその為だ。


「派閥入りの件ならば返答はいつもと一緒だ。お前と組む事はできない」

「うん。わかっているとも」


 ソファに腰を下ろしヴァジュラにも座るように促す宰相。


「いつもの通りに話だけは聞いてくれたまえ。聞いた上で断るのは勿論構わないよ」

「……………………」


 ブロードレンティスの正面に無言で腰を下ろしたヴァジュラ。

 これまでに何度も宰相はヴァジュラ将軍を自分の派閥に誘い、そして断られてきている。

 借財の時もこれを勧誘の交換条件とはしないという条件で受け入れた。


 ヴァジュラは自分がどういった存在であるのかよく理解している。

 政治的駆け引きなど不得手も不得手の武辺者。

 敵を戦で蹴散らし軍を率いる事はできても国の未来を決めるような重大な人選に関わるべき者ではないと。

 その事は散々宰相にも伝えてきているのだが……。


 誘ってくれているのを毎度断り続けるのも心苦しくないわけではない。

 早く自分を引き入れる事は諦めてくれればいいのだが……と将軍は思う。


「旧トリーナ・ヴェータ領、君にあげるよ」

「……!!!!」


 だが、この夜宰相ブロードレンティスの放ったその一言にヴァジュラは脳天を岩石で殴打されたかのような衝撃を受けた。


 トリーナ・ヴェータ皇国。

 かつて大陸西方に広大な領土を持っていた軍事大国である。

 三位一体の龍の神を奉る宗教国家でもあった。

 十三年前に帝国に敗れて滅亡したものの、それまで何年も互角の戦いを繰り広げて帝国を苦しめてきた。

 皇国の誇る十二人の『神護天将』はいずれも天魔七将とも互角の戦いができる猛者たちであった。

七将と天将のぶつかり合いで消失した都市がある。変わってしまった地形もある。

 だがその大国も今は滅び、皇帝の直轄地となっている。


「僕が皇帝になれたら丸ごと君の領地にしようじゃないか」

「正気か……宰相」


 それがもし本当になるのならヴァジュラは七将中でも飛び抜けて広大で豊かな領地を持つ将となる。

 だが広さやそこからもたらされる富にはあまりこの男は興味はない。

 大事なのはそこが『旧トリーナ・ヴェータ領』だという事だ。


 滅多に表情を動かす事のない将軍が今、顔を強張らせ額に汗を浮べている。


「本気だとも。……かつて君の事を奴隷として虐げてきた国の跡地に支配者として君臨したまえ。まさにこれが運命に打ち勝つという事さ、ヴァジュラ将軍」


 高らかに謳い上げるかのように大袈裟に両手を広げた宰相。


「……どうかな? 僕の頼みを聞いてくれる気になっただろうか?」


「…………………………………………」


 悠然と微笑む宰相に対してヴァジュラは無言だ。

 握り締めた拳は微かに震えている。

 数分の沈黙の後に将軍は重たい息を吐いた。


「……少し考えさせてほしい」

「いいとも。返事はいつでも構わないよ」


 立ち上がったブロードレンティスが部屋の入り口まで将軍を見送る。

 帰っていく雷神将軍。

 表情はいつもの通りであるが、それを見る宰相の目には彼の内心の葛藤が映っているようだ。


 扉を閉め、一人になった室内で勝利を確信してブロンドの宰相が笑う。


 ……そして彼の思惑の通りにその数日後に雷神将軍ヴァジュラはブロードレンティス派への参加を表明するのだった。


 そして、その事により帝位継承の三つの派閥のどこにも参加をしていない天魔七将は『白輝将軍』アドルファスと『紅蓮将軍』ファルメイアの二人だけとなったのである。



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