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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第40話 海老に喜ぶ

 昨日、帝城玉座の間。

 レンとファルメイアの謁見が終わり、その二人の後を追ってブロードレンティスも退出した後の出来事。

 皇帝ザリオンとその子、宰相ゼムグラスの会話。


「またその話か、くどいぞ、ゼム」


 玉座の皇帝ザリオン。

 その言葉の調子は内容程不快げではなく、彼はいつものように淡々と語っている。

 そして彼に食い下がるゼムグラスは必死であった。


「陛下。……父上、何度でも申し上げます。どうか、どうか……後継者をご指名下さい!」


 二人以外誰もいなくなった玉座の間で、三宰相の一人……帝国の内政面での最高権力者とも言える男が体面も気にせず跪いて父に頭を下げていた。


「兄上がお気に召さないのであれば他の者でも構いません! どうか、どうか……」


 実兄ガイアードの皇位継承派閥のブレインであるゼムグラス。

 その兄が聞けば激怒しそうな事を彼は訴えている。


 だがザリオンは相変わらず彫像のように表情を動かさず彼の訴えに耳を傾けることはなかった。


「このままでは、父上がおられなくなった後に……国が、帝国が割れまする!!」


「余の後を継ごうとするものが国を割るのであれば、それがそやつの器量であろう」


 非情とも言える皇帝の言葉にひれ伏すゼムグラスが顔を上げた。


「それが嫌なのであれば腕を磨き、知恵を絞り、人と会う事だ。黙っていて転がり込んでくるものに価値などない」

「父上……」


 悲し気に目を細めるゼムグラス。

 分裂が、戦争を望まないのであれば回避する手段はあるのだと父は言う。

 確かにその通りではあろう。

 ……だが、それが理想であったとしても多くの人間の利害が複雑に絡み合った今のこの帝城にそれを為せるものがいるだろうか。

 その事については懐疑的な宰相だ。


(この御方は偉大過ぎたのだ……)


 斜め下から見上げる、己の事を見てはいない父の顔を見て思う息子。


 代わりが……誰もいない。

 帝国の未来を思い気持ちが沈むのを抑えきれないゼムグラスであった。


 ────────────────────────


 帝城の午後。


 紅蓮将軍ファルメイアは登城してきた侍従シルヴィアから報告を受けていた。


「……え? 潰してきちゃったんだ。流石ね」


 執務机の前で畏まっている銀髪のメイド。

 彼女を見るファルメイアが驚いている。


「潜入だけのつもりでしたが、いけると判断しましたので」


 家事仕事を終えました、とでもいうような普段の調子のシルヴィア。

 暗殺者(アサシン)ギルドの壊滅……彼女が今主人に報告した()()の内容である。


「現場にいた者は全員無力化しましたが、その中に件の男(ヒガン)はいませんでした。でもそのギルドに所属しているのは間違いないかと」


 シルヴィアはレンがヒガンに襲われた一件の後で調査を行いヒガンが所属する裏社会の集団までを突き止めていたのである。

 その場で始めた調査ではない。

 かねてよりシンガンの事件に絡んで主従は帝都やその周辺の裏社会の組織を調査し続けていた。

 そこにヒガンの襲撃があり、調査項目に特徴的な彼の容姿を加えた所ぴったり合致する組織が見つかったというわけだ。

 そしてシルヴィアは昨夜そこに単身乗り込んでその場にいる者を全員倒して制圧してきてしまったのだ。


「ヤバそうなのは?」


 主が尋ねるとシルヴィアは首を横に振る。


「誰もいませんでした。留守にしていたのか、私が来たので離脱したのか」


 彼女が制圧した時ギルドにいたのは雑兵といっていい力量のものたちだけであった。

 調査の時点で所属が確認されていた腕利きの始末屋たちはいなかった。


「殺さないように無力化したんだけど……」

「ああ、自害したのね」


 そうでしょうね、みたいな調子で言うファルメイア。

 想定内の事だ。


「しょうがないわ。どうせ何も喋らないだろうし。自白させる術師まで手配したら私たちがごそごそやってるのが多方面に漏れるしね、それは望ましくない」


 主人の言葉にシルヴィアが肯く。


「一応、後で師団の人を入れて色々回収してはいますので。正直あまり有力な情報が残されているとは思えませんが……」

「厄介な相手なんだからどんな些細な情報でも欲しいわ。焦らずいきましょ」


 黒幕がいるはずなのだ。

 全ての陰謀の背後で糸を引いて操っている者がいる。

 この暗殺者ギルドにも関係しているはず。

 その何者かに繋がるどんな小さな情報でも得られれば……。


 報告が一段落しシルヴィアが主人にお茶を淹れようとした所で執務室の戸がノックされた。


「失礼しますぞ。今日はおいでになっていると聞きましてな」


 身をかがめて窮屈そうに入室してきたのは白スーツの巨漢のオークである。

 天魔七将の一人『白輝将軍』アドルファスだ。


「アドルファス将軍? どうしました?」


 意外そうに訪問者を見るファルメイア。

 このオークの将軍が彼女の執務室を尋ねてくるのは初めての事であった。


「獲れたばかりの海老をアマルヌイ港より特急で運ばせましてな。よろしけばお昼をご一緒にいかがでしょう?」


 豚鼻の下の髭をちょいちょいと指先で摘んで整えているアドルファス。


「……海老!!」


 ファルメイアの瞳がキラーンと輝きを放った。


「素敵なお誘いありがとうございます!! 是非ご相伴に預からせてくださいませ!!」


(……海老、大好きだものね)


 はしゃぐ主人を表情には出さず微笑ましい思いで見守るシルヴィアであった。


「ホッホッホ、では私の屋敷にて。なぁに、()()()()同士昼食を共に取ったとてうるさく詮索してくる方々もおりますまい」


 アドルファスの言葉にやや苦笑交じりの笑みで応えるファルメイア。

 彼は皇位継承派閥のいずれにも属していない自分と彼女の立場を茶化して言ったのだ。


 かくして紅蓮将軍は白輝将軍の案内で城壁内の彼の屋敷へとやってきた。


 テーブルに並ぶ海老尽くしの料理の数々に流石の天才美少女将軍もやや興奮気味になる。


「……幸せの空間」


「ホッホッホ、どうぞ召し上がってください。いくらでも代わりも作らせますぞ」


 和やかに始まった会食。


 巨漢アドルファスはその赤子の腕ほどもある指で器用に普通のサイズの食器を使って食事を取っている。


「専用の食器(もの)を作らせないんですか?」


 ファルメイアが尋ねるとアドルファスは優雅に首を横に振った。


「そうしますと皿も大きくなりましょう。必然的にサイズに見合った盛り方をしなくてはならなくなります。大きな皿に大きく盛って、それを大きな食器で貪るというのは些か品性に欠けた振る舞い。ワタクシの良しとする所ではございませんので」


『帝国一の紳士』の呼び名を持つ男らしい返答をする将軍。


 新鮮にして美味なる海老料理に舌鼓を打ちつつ、ふと思ったもう一つの疑問を彼女は口にする。


「でも、どうして私に?」

「実はですな。陛下にとお持ちしたのですが本日は食欲がないとの事で……。紅蓮将軍殿をお誘いしてみよと仰せなのでお伺いした次第にございます」


 なるほど、と彼女は得心した。

 海老が好きだという話はいつであったか、ザリオンにした記憶がある。


「可愛がられておいでですな」


 恐ろしげな顔に似合わぬ穏やかな笑みを見せるアドルフォス。


「そうですね。理由は……よくわかりませんけど」


 年齢差のこともあり、ファルメイアはザリオンからすれば自分は孫娘のように見えているんだろうなと思っていた。

 ただ最近そうでもないと思い始めている。

 ……何故なら他の実際にザリオンと血の繋がっている孫に対して自分に対するように接しているのを見た事がないからだ。


「わかりませぬか。……ワタクシにはわかる気がしますぞ」


 意外な事を言い出したアドルファスに彼を見るファルメイア。


「貴女は陛下に対して主従の礼は持ちながらもフラットに接しておいでです。そこがあの御方にとっては心地よいのでございましょう」

「まあ、その事でよく宰相(ゼムグラス)殿にお小言をもらいますけど」


 はは、と困り笑いのファルメイア。


「ホッホッホ、あの御方はルールを定めそれを皆に守らせるお立場ですからな。少々杓子定規すぎるきらいはありますが」


 そしてふとアドルファスは遠くを見るように視線を泳がせた。


「陛下は……とてもとても大きな御方でございます。それ故にあの方に接する時、ほとんどのものは畏れ敬いひざまずくか、または恐れ怯え遠ざかろうとするか危害を加えようとするか、そういう対応になってしまうのです。貴女の様に陛下と接する事のできるお方は非常に稀でございます。……かく言うワタクシもあの方をご尊敬申し上げ過ぎている故に貴女の様に接しろと言われても無理なのでございまして」


 ですが……とオークの王は言葉を続ける。


「ワタクシは貴女の存在をとても好ましく喜ばしく思っておりますよ。貴女を見る時だけにふと見せる陛下のお優しい眼差しが好きなのでございます」


 そう言ってアドルファスは目を閉じて穏やかに微笑むのだった。


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