第38話 皇帝の褒美
主人ファルメイアに呼ばれて初めて帝城ガンドウェザリオスへやってきたレン。
城内でいきなり強烈な権力大好きおじさんと出会い彼は困惑するのであった。
ファルメイアの執務室に入りようやく一息つくレン。
「七将の方々って皆お城にいるんですか?」
レンの問いに対して首を横に振る紅蓮将軍。
「人によって色々よ。基本的に城内かその周辺にいる私みたいのもいるし、与えられてる領地にいる人もいるし……中にはフラフラしてる人もいるし」
天魔七将にはそれぞれ広大な領地が与えられておりその統治も仕事の一つとなる。
ファルメイアも大陸西方にいくつもの街を含んだ領地があるが、彼女はそこの統治を自分の父親と選んだ優秀な部下に任せており自身はあまり帝都から動かない。
「さっきのギエンドゥアン将軍も『基本的にはお城』の一人ね」
「あの御方が……皇帝候補」
あの強烈なキャラを脳内で反芻するレン。
派閥の長であるはずなのだが……味方いるのだろうか? と失礼な事を考えてしまう。
その彼の考えを見透かすようにファルメイアはフフッと笑った。
「あれでも三人の派閥の盟主の中では一番早く『七将から支援者が出た』候補なのよ?」
「そ、そうなんですか……?」
時期皇帝の座を狙う三人の派閥の形成の時期はそれぞれ異なる。
前身とも言える集団の設立ともなれば十年以上前からだろう。
それが数年前に帝位継承者選定の議論が活発化されその候補としてギエンドゥアンも名乗りを上げたわけだが……。
「みんな最初は『ハイいつものやつ』ってあんまり真剣に取り合っていなかったらしいわ。ところが……一人の七将が彼の支持を表明した。その時期はまだ他の七将は一人もどの派閥への参加もしていなかったのに。みんなすごく驚いたらしいわよ。それで、そこにさらに陛下の長女が乗っかって夫である三宰相の一人を送り込んだ。かくしてギエンドゥアン派は継承第三派閥として確固たる地位を築きましたってわけ」
「……じゃあその最初に支持した七将様のお陰みたいな感じなんですね。あの方の派閥がカッチリ出来上がったのは」
レンが言うとファルメイアは「そうね」と同意した。
そして何かを思い出して紅蓮将軍はフゥと思わし気な吐息を吐く。
「ま、彼女も結構な変わり者よ。いきなり幻妖将軍支持を表明したって私はそんなに意外とも思わないわ。七将になったばかりの頃に一度会っただけだけどね」
そう言って何かを思い出したように半笑いで苦笑するファルメイア。
二人の会話が丁度一段落した時、それを見計らったかのようなタイミングで執務室の戸がノックされた。
彼女もよく見知った皇帝ザリオンの侍従である。
「失礼致します。紅蓮将軍様。陛下が従者の方をお連れするようにと」
(……うっ)
思わず胃がキュッとなるレン。
以前一度……あの狩りの時に直に接したあの圧倒的かつ強大な存在感を思い出す。
その絶対者が何故彼に顔を出せというのだろう。
「あら、何かしらね。わかりました。参上致します」
「ふ、ファルメイア様……」
レンを入城させる事はしかるべき筋には報告は入れてあるがザリオンに直接話してはいない。
青い顔をしているレンに主はため息をついた。
「あんたね、何死にそうな顔してんのよ。堂々としてなさい」
「そうおっしゃられましても……」
相手は天上人である。
地方都市の首長の孫であったとはいえレンは一般人といってよい身分。
畏れ多い事この上ない。
……ともあれ、もう来いと言われた以上は行くしかないのである。
(持ってくれよ……俺の胃)
祈るように思うレンであった。
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荘厳にして広大なフロアに天井から幾重にも重ねられた豪奢な天蓋。
支配者の間。
玉座に座る皇帝ザリオンの左右には宰相ゼムグラスと宰相ブロードレンティスが控えている。
その三者の前でレンはファルメイアと共に跪いて頭を垂れていた。
「こ、皇帝陛下におかれましては……」
「持って回った挨拶はいらぬ」
強張った声で口上を述べていたレンを片手を上げてザリオンが遮った。
二人の宰相も値踏みするような視線を自分へ注いでいる。
……皇帝だけでもきついのに。
きりきりと疼く胃からの悲鳴を聞くレンである。
「お前とは狩りの時以来であるな。あの後お前は臥せっていたので機会がなかったが……遅くなったが褒美を取らせる」
「……お、畏れ多い事でございます」
思ってもいなかったザリオンの言葉にレンが慌てた。
何故褒美? 自分がそれに値するような何かをしたとは思えない。
「ジンシチロウは余の大事な側近だ。その大事な一人娘を身を挺して守り下郎を討つ事に貢献したお前の働きは見事であったぞ」
その話か……内心でレンが納得した。
あの時の事はただ必死で自分も良くは憶えていないのだが。
「さて、何をくれてやるか……」
思案顔で皇帝が長い髭の生えた顎を擦る。
「お前は既にイグニスの預かりである事だし地位は望むまい。金も……恐らくお前は望むまいな」
別に睨んではいないのだろうが皇帝の強い眼光にレンは委縮する。
そして、確かに彼の言うようにレンは地位も金銭もまったく望んではいない。
「よし、ならばこれにするか」
そう言うとザリオンは腰のベルトに短い細い鎖で下がっていた短刀に触れた。
使い込まれてくたびれた革製のケースに収められたその短刀は皇帝の所有物としては……言い方は悪くなるが随分とみすぼらしい品の気がするレンだ。実用的でありふれている、高価なものとは到底思えない一品。
「……!!」
だが、皇帝がその短刀に手を掛けた時に明らかに左右の宰相の顔色が変わった。
二人とも表には出さないようにしているが驚愕している。
その品がなんであるのか。どういった謂れがあるものか。
二人は知っているのだ。
鎖を外し革のケースごと短刀を持ち上げて見せるザリオン。
「これは余が幼少の頃に初めて狩に出て獲物を仕留めた時に使ったものだ。以後験を担いで肌身離さず持ち歩いてきた。これをお前にやろう」
「そ、そのようなもの! 頂けません!!」
慌てるレンが必死に頭を下げる。
フッと軽く笑った皇帝が視線をレンからファルメイアへ移す。
「従者はこう言っておるが……」
苦笑する紅蓮将軍。
そして彼女はレンを見る。
「陛下の御厚意よ」
「……は、はい!」
ありがたく貰っておけ、ということだ。
進み出たレンが玉座の前で再びひざまずく。
「謹んで……拝領いたします!」
「うむ」
皇帝が差し出す短刀を恭しく両手で受け取り深く頭を下げるレン。
手の中の古びた短刀は見た目以上にずしりと重い気がした。
「使え。道具は使ってこそだ。それは余が手ずから研ぎ続けてきた。切れ味に問題はない」
「御意にございます……!!」
(ひいい、畏れ多い!!!)
内心で悲鳴を上げるレンであった。
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玉座の間を退出したファルメイア主従。
「よかったわね。そんなもの貰える人は七将にだっていないわよ」
私も貰った事がないし、とファルメイアは笑っている。
しかし受け取ったレンはとても笑える気分ではない。
「持ち歩いているだけで寿命が縮みそうですよ」
ふーっと目を閉じて重たい息を吐くレンである。
「二人とも、ちょっと待ってくれないかな」
背後から声がかかり振り返った二人。
白を基調とした煌びやかな衣装の美青年がにこやかに早足で向かってくる。
手を振りながら近づいてくる男……。
(宰相様……)
ファルメイアたちを呼び止めた三宰相の一人アークシオン・ブロードレンティスが彼女たちの前に立った。
「何か御用? 宰相殿」
「うん。少しだけいいかな……?」
そう言って宰相はレンの顔を間近からじっと舐めるように眺める。
(な、なんだ……?)
しかし同性のレンから見ても少し背筋がゾクッとするほどの美形である。
ヘンな緊張で背中に汗をかくレン。
「なるほど、君が僕の恋のライバルということか」
「……はい?」
突然の宰相の言葉に思わず裏返った声を出してしまうレンであった。