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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第37話 蛇骨のルール

 あんな事があった翌日だが、午後から遅れてレンは登校した。

 心配するチハヤに助けてもらった礼を言い、何があったのか聞いてくるクラスメイトたちをやんわりとかわすレン。

 授業に集中しなくてはと思いつつも思考はどうしても再会したばかりの幼馴染へと向いてしまう。


(ヒガン、どうして……。何故お前がそんな事になってしまったんだ……)


『何年も前から本格的な戦闘訓練を受けている』……ファルメイアの言葉を思い出すレン。

 それが事実だとしたらシンガンが焼かれて滅びたそのずっと前からという事になる。


 ヒガンは街で一番大きな書店の一人息子だ。

 大きな建物で大陸中の本が集まっているという触れ込みの店であった。

 代々彼の家が続けてきた書店。

 父親は厳格な性格だが皆に慕われている人格者であったと記憶している。町の有力者でもあった。

 ヒガンは跡取りであり街でも有数のお大尽の子だ。

 ……その彼が何故。


 悶々と考えているとあっという間に放課後になる。


 下校するレン。

 ……すると何やら校門の周辺がざわついている。


「……う」


 思わず声が出てしまったレン。

 ……門の所で自分を手招きしている恐ろし気な容姿の男を見てしまったからである。


「レぇぇぇンちゃぁ~~~ん、お迎えにきたぜよぉぉぉ~~~~ん」


「ミハイルさん……」


 バサバサの髪に骸骨のように瘦せこけた男……紅蓮師団副長ミハイルがそこにいた。


 ──────────────────────────


 扉に紅蓮師団の赤い炎の紋章が刻まれた馬車が帝都を行く。

 客室に乗っているのはレンとミハイルの二人だ。


「すいません、わざわざ……」


 窓枠に肘を掛けて気だるげにしているミハイルに頭を下げたレン。

 彼はファルメイアの指示でレンを迎えに来たのだった。


「別にいいよぉ~ん。紅蓮師団(うち)の連中は優秀でよ。平時は俺、あんま、お仕事ないの」


 肩をすくめ長い舌をベロリと出したミハイル。

 ……正直怖い。

 さっき校門がざわついていたのもこの男が生徒たちに怖がられていたからだ。

 ミハイルは一人だけ正規の帝国兵の鎧を着ていないので猶更だ。

 謎の不気味で怖い人になってしまっている。


「今日はお城にお泊りだぜぇ? レンちゃんは」

「あ、はい、わかりました」


 二人は帝城へ向かっている。

 ファルメイアがそこで待っているはずだ。


「何かヒデー目に遭ったんだって? 幼馴染? シンガンの事件に嚙んでるかもしれねーってやつ」

「そうです。襲われて……。昔は、そんな奴じゃなかったのに」


 辛そうにうつむいたレン。

 ヒガンの事を考えると胸に鉛の塊を埋め込まれたような気分になる。


「ふぅぅ~~ん?」


 幽鬼のような男はあまり興味がないような様子で窓から流れる景色を見ていたが……。


「ンで、どうすんのソイツ? 殺すのか? レンちゃん」


「……………………」


 いつもの軽い調子で聞いてくるミハイルにレンは言葉に詰まってしまう。


「わかりません。……できれば、殺したくない」


 それが偽らざるレンの気持ちだ。


「ま~でもどっかで覚悟決めた方がいいぜぇ? レンちゃんよ。戦いってのはよ、そこそこの実力差でもひっくり返る勢いで本気で殺す気の奴のがツエーからなぁ」

「本気で……」


 考え込んでしまうレン。

 ヒガンは……本気で自分を殺そうとしているのだろうか?

 裏切者と言っていた。

 だが、ファルメイアは彼がシンガンを焼いた者が紅蓮将軍ではない事を知っているはずだと言う。

 それなら自分が彼女に組していたとしてもヒガンから見て裏切者ではないだろう。

 シンガンの真相を知りさえしていなければ自分を裏切者と呼んで殺意を持つのは理解はできるのだが……。


「一つ言っとくが」


 思索の海に沈んでいたレンが聞こえたミハイルの言葉に意識を現実へ戻す。


「もし俺がいる時にソイツが出てきてよぉ~レンちゃん傷付けたら俺がソイツ殺すよぉ。迷わないで殺っちまう」


 息を飲むレンを見てミハイルはニヤリと笑う。

 見ただけで呪われそうな笑顔であった。


「レンちゃんはもう紅蓮師団だからなぁ~。見習いだけど、俺の身内って事ですからぁ。俺は身内を傷つける奴は迷わず殺す。必ず殺す。そ~ゆ~ルールで生きてるんでぇ。例えそれで後でレンちゃんから恨まれるとしてもなぁ~」

「ミハイルさん……」


 おどけてはいるが彼は本気なのだろう。

 なんとなくそれを察するレン。


「ガラにもなくマジ語りしちゃったよ~んだ。……着くまで眠るぜぇ」


 そう言うと腕組みしてミハイルはうつむき本当に寝息を立て始めた。

 レンは色々な事を考えながら窓の外の景色を見つめ続けるのだった。


 ──────────────────────────


 城内に入るとミハイルはレンをファルメイアに引き渡して姿を消した。

 彼曰く『城内(ここ)をうろついてるとちゃんとした兵装(かっこ)しろと皆から怒られる』らしい。


「しばらくは帝城と学園を往復してもらうわ。敷地内にも私の屋敷があるから」

「わかりました」


 初めて歩く帝城の……その廊下の圧倒的なスケールに気圧されつつレンがうなずく。

 昨夜まったく寝ていないファルメイアだが彼女の活力に満ち溢れている様はいつも通りであった。


「当分常に誰かの目の届く所にいた方がいいわ。一度失敗してる分次はもっとヤバい奴が来る可能性もあるしね」

「それだとチハヤも危ないんじゃ……」


 不安げに顔を曇らせるレンに大丈夫だと主人は言う。


「そっちも手配してあるわ」


 レンがほっとしたのも束の間、突然早足で二人に近付いてくる者がいた。


「……お! 紅蓮将軍!! 久しぶりだなぁ……権力してるか!?」


 だみ声の中年男がやってくる。


(な、何だこの人!!??)


 驚愕するレン。

 奇妙な出で立ちの鷲鼻の男。

 先端が三角の二股に分かれている帽子。垂れ下がったその先には片側に月、反対側には星の飾りが付いている。

 そして白い襞襟。肩の部分が丸く膨らんだド派手な金色の衣装。

 大道芸人のような姿をしている男だった。


「どうだ? ワシ今いい権力持ってるんだが……やってかない?」


「そうねえ。今はちょっと気分ではないかな」


 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべている男に余所行きの笑顔で対応するファルメイア。

「ええ~?」みたいな感じで大げさに引いている鷲鼻の男。


「いかんなぁ~いかんぞお? 若いのにそんな事じゃあ。ワシがお前くらいの頃なんぞもう毎日権力権力で……」


 言いかけて男とレンの目が合った。

 まずい、とレンは思ったが既に手遅れである。


「おいっ! お前!! お前はどうだ……好きだろ権力!!? なあ!!?」


 一気に詰め寄られてレンがのけ反った。

 正直彼は権力にはまったく興味がない。

 ただ、この男相手に否定するのもそれはそれで危険な気がする。


「ち、ちょっと……自分にはまだ難しいです」


「そうか! それじゃあいつでもワシを訪ねてこい!! 教えてやるぞ権力!! 権力はいいぞぉ!! がははは!!」


 バンバンと強い力でレンの肩を叩きまくって男は「利権大好き~♪」と歌いながら立ち去ってしまった。

 台風のような男だった。

 呆然とその後姿を見送るレン。


 その彼の様子を見てファルメイアがくすくすと笑っている。

 男に翻弄されるレンの様子が面白かったらしい。


「……な、何なんですかあの壮絶な人は」


 数分のやり取りだけで疲弊しているレン。


「ギエンドゥアン・マルキオン。天魔七将『幻妖将軍』」

「……!!!?」


 主人の言葉に愕然とするレン。


「それじゃあ……あの人が次期皇帝を狙っているっていう」

「そう。三人の内の一人ね」


 彼が次の皇帝に……帝国の支配者になろうとしているのか、と複雑な気持ちになるレン。


「確かに面白いおじさんだけど、それだけで判断すると足元を掬われるわよ。彼も陛下が選んだ七人の内の一人なんだから。あの人の別の呼び名を教えてあげるわ」


 フフッと笑ったファルメイア。

 だが笑みは口元だけでその目は笑ってはいない。


「……『死を呼ぶ偽り(デッドライ)』ギエンドゥアン」

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