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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第35話 天命、暴走

「貴女レンの事が好きなのよね?」


 紅蓮将軍の言葉にヒビキは一瞬硬直した。

 恐る恐るその問いを発した相手の顔を伺う。

 赤い髪の彼女は同性の自分から見ても気後れしてしまうほど美しい。

 その彼女が今微笑みながら自分を見ている。

 ……自分の返事を待っている。


「あっ! あの……は、はい。その……す、好きなんです」


 堂々と宣言しなくては……そう思っていた。

 だが口を出る言葉は自身の意思に反して徐々にか細くなっていき末尾は聞き取れるかどうかわからないほどの小声になってしまう。


「そう。でもあいつ、私のなのよ」


 その一言はあまりにも自然に来た。

 誇らしげでも不満気でもない。他愛のない世間話の中の一言のように……自然に。


 喉がヒュッっと鳴ったのが自分でもわかる。

 緊張のあまり一度は引っ込んでいた涙が戻ってきてヒビキはじわりと瞳を潤ませた。


 ……わかっていた。気付いていた。


 レンの事をいつも見ていた。

 些細な変化でも気付くことができると自負している。

 彼はファルメイアの話をする時だけほんの僅かにだが幸せそうなのだ。嬉しそうなのだ。

 それは皆気付いていないであろうほどの些細な違い。

 ……でもヒビキはわかっていた。

 自らの想いが届かないことはわかっていた。

 それでも彼女は例え幻でもそれを追いかけていることが幸せだったのだ。


「でもね、安心して。私は寛容で器が大きい紅蓮将軍だから」


 後ろ髪をさっとかき流して足を組み、この場においての絶対者は悠然と胸を反らす。

 俯いていたヒビキが不思議そうに顔を上げた。


「私の大事なレンを貴女も好きだと思ってくれているのならとても嬉しいわ。逢瀬を重ねることにも口を挟むつもりはないから安心して」


「…………………………」

 

 雷が落ちた。

 そう思えるほどの衝撃であった。

 信じられないもの、何か眩いものを見るように絶句したヒビキが目を見開く。


 なんという器。

 これが帝国天魔七将か。


「レンはね、私のためにとても頑張ってくれているの。貴女も……レンと一緒に私の力になってくれるわよね?」


 ガタッと椅子を鳴らして震えるヒビキが立ち上がる。

 そしてそのまま彼女が座るファルメイアに歩み寄り、その前でカーペットに片方の膝を突き深々と頭を下げた。騎士による臣下の礼である。


「南雲響……紅蓮将軍様に終生の忠誠をお誓い致します」


 もう彼女の声は震えていなかった。

 涙も止まっている。直前まで濡れていた彼女の双眸は今は決意に静かに燃えていた。


「ありがとう。嬉しいわ。これからよろしくね」


 満足げに言うファルメイアの前でヒビキが立ち上がった。


「何と言う晴やかな気分……南雲響、天命を得ました。本日はこれにて失礼致します!! レンの事よろしくお願いします!!」


 どばん!!と爆発音にも似た音を立てて凄まじい勢いで飛び出していってしまった狐耳の少女。


「……ああ、もう。着替えてから行けばいいのに」


 返り血で汚れたまま飛び出して行ってしまったヒビキに残されたファルメイアが眉をひそめるのだった。


 そして弾丸のように飛び出していってしまったヒビキが開け放った扉の横には、その前で待機していて慌てて避けて壁に張り付いているモニカがいた。


(何だ!? 何なんだ今の……何? 何何!!??)


 ベタっと壁に張り付いてキスした姿勢のままでモニカは両目をぐるぐるさせている。

 中でのやり取りは意図せず全て聞こえていた。


(レン……あいつ、お嬢様とあんなことやらこんなことしといて、ベッドの上で知恵の輪みたくなっといて(勝手な妄想) 更に学園の彼女を連れてきて交際を許可をもらってやがるんか!!!??)


 通りがかった他のメイドが壁にセミみたいな姿勢で張り付いてるモニカの姿に怪訝な顔をした。


(あの野郎……レンっ!! あいつ着々とエロス千年王国(ミレニアム)(?)を建国中だってのかよ!!!??)


 がんがんがん!!と激しく壁に額を打ち付けるモニカ。


「わあっ!? ちょっと!! 何なのよ!!」


 未だ部屋の中にいるファルメイアが驚いて声を張り上げた。


 そして王都の中心部からやや外れた竹林の中にポツンと建つ和風の屋敷。

 近衛衆南雲陣七郎邸。


 座布団の上に胡坐をかいて座り座卓で夕食をとっていたジンシチロウ。


 その前の障子がスパーン!と勢い良く開いてレンの血で全身を汚したヒビキが飛び込んできた。

 それだけでも衝撃的でジンシチロウは顔を強張らせたのだが……。


「父上様!! きっ、聞いてくれ!! アタシはファルメイア様に付いていくぞ!! もう決めたんだ!! そ、そ、それで……それでレンとも結ばれて……」


 わなわなと震えている娘を愕然と見上げている父。


「それで……すっげえ沢山子供連れて帰ってくるからな。楽しみにしててくれ、父上様!!」


 恍惚とした表情の娘が言い放ったとんでもねえ一言に「ボぶフ!!!!」と飲んでいた味噌汁を霧吹きに噴き出したのだった。


 ─────────────────────────


 帝都の何処か……薄暗い地下室。


 胸の傷の治療を受け上半身を包帯で覆っているヒガンが苦い顔をしていた。


『……失敗したか』


 どこからか声が聞こえる。

 以前衝立の向こうの影が発していた声だ。


「レンだけなら……殺れてましたよ」


 口惜し気に奥歯を鳴らした灰色の髪の半獣人。


「とんでもねえ奴が横槍を入れてきやがった。あいつは……俺じゃ無理だ」


 ぱしん!と右の拳を左掌を打つヒガン。

 そして胸の傷の痛みに彼は一層渋面になる。


 数多くの裏社会の『仕事』をこなしてきたヒガンもあれほどの実力者と敵として見えた経験はない。


「……はぁ~、面倒臭ぇぇ」

「!!!」


 聞こえた三つ目の声に驚いてヒガンが顔を上げる。

 いつその場に現れたのかも気付かなかった。

 大柄でがっしりとした体格の黒装束の男がそこに立っている。

 冷たい鋭い目をした男だ。年齢はよくわからない。

 額に二本、曲がって天井を向いている短い角が生えている。

 鬼人(オーガ)種族の男だ。


「お前もプロならしくじって来てぺらぺら言い訳述べてるんじゃねえよ~、はぁ、面倒臭ぇ」

「ラセツ師匠……」


 ヒガンにラセツと呼ばれた鬼人の男はセリフの通りに欠伸を噛み殺しながら気だるげに壁際の棚に向かうとそこから酒瓶を取り出し瓶のままぐいっと呷った。


『近衛衆のナグモの娘だ。最近化けて大幅に腕を上げたと評判だ』


 姿のない何者かの声が響く。

 あっという間に酒瓶を空けてしまった鬼人の男がつまらなそうに瓶を見た。


「そんじゃあ、そっちは俺が担当しますわ~。……面倒臭ぇけど」


 天井に向かって大きく口を開けると逆さにした酒瓶を振るラセツ。

 残った酒が数滴男の口に落ちた。


『任せていいんだろうな』


「問題ねえですよ~……」


 虚空からの声にのんびり答える鬼人。

 彼は簡素な木製テーブルに空の瓶をトンと置いてテーブルから離れた。


「こちとら、失敗しねえから大金貰ってるんで~」


 ヒガンの見ている目の前で置かれた酒瓶が真ん中あたりから斜めにずれて上の部分が机に落ちた。

 ……切断されている。

 ずっと師の動きを目で追っていたヒガンにもいつ瓶が切られたのか、どういう方法で切ったのか……まったくわからなかった。


(よし、これであの女は終わりだ。……俺はレンに集中できる)


 ヒビキとラセツ、両者の動きを見た自分であるからこそ言える。

 ヒビキでは師に勝つことはできないと。

 速度において師の方が数段上だ。

 その上ラセツの攻撃はそれがどういったものであるのか理解できた後も対処が非常に難しい。

 特に近接戦闘を得意とする者は師の格好の獲物である。


『思う通りにいかない主従だ。揃って忌々しい』


 虚空の無感情なセリフからは言葉のような苦みは感じ取れないが……。


「そうっすねえ~。シンガンの時は張り切って『証拠』を用意したのになぁ」


 あまり気のない様子でラセツが応える。

 証拠とはシンガンを焼き払ったのが紅蓮将軍であった事を裏付けるように見える数々の工作だ。

 当初の予定ではファルメイアが焼き討ちを否定すればするほど証拠が見つかりどんどん彼女を追いこんでいくはずだったのだが……。

 全ては無駄になった。

 早々に彼女が焼いたのは自分だと認めてしまった為である。


『まあいい。あんなもので潰れられても張り合いがない。レン・シュンカを殺せばシンガンの時以上にショックを受けてくれるかな、紅蓮将軍』


 その台詞を最後に虚空の声は沈黙した。


 そしていつの間にかラセツとヒガンも姿を消しており薄暗い地下室は沈黙の空間となったのだった。

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