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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
34/95

第34話 滴る赤

 どうする……?

 鼓動がどんどん加速する。口の中が乾いていく。


 再会したヒガン。

 あの災厄を生き延びていた幼馴染。

 その彼が……かつての自分のように復讐者として姿を現した。


 ファルメイアを傷付けさせるわけにはいかない。

 だが……彼が怒りと憎しみの向ける先を間違えていることをどうすれば理解してもらえるのか……。

 それが今のレンにはわからないのだ。


「どうした? 何か言ってくれよ、レン」


 瞳に猜疑心を滲ませ口元から笑みを消したヒガン。

 何か言わなくては……。

 レンが必死に言葉を探す。


「まさか……本気で紅蓮将軍に尻尾を振ってるわけじゃないよな? 外での生活が長くなって俺たちやシンガンの事がどうでもよくなっちまったってわけじゃないんだよな?」


 まずい。

 最悪なのは自分が信用を失った状態で彼を逃がす事だ。

 そうなれば説得は今よりも大幅に困難になるだろう。


 奥歯を噛み、レンは覚悟を決めた。


 説得には長い時間が必要だろう。自分がそうであったように。

 その時間を確保する方法はもう一つしかない。


 ……ヒガンを無力化する。

 その上で捕らえてファルメイアの協力を仰ぐしかない。


 彼我の距離は1mほど。

 この距離なら……まず外さない。

 至近距離、予備動作無しからの拳打。

 だがレンのそれは肘や腰の回転を使いそれでも十分な威力を持つ。


 心の中で詫びながら友に向かって拳を放ったレン。


「……っ!!」


 目の前の男の姿が消えた。

 肉を打つはずだった自分の拳が虚しく何もない空間を穿つ。


「……そうか」


 声がした上を見上げるレン。

 脇の建物の上階の窓に嵌められた格子にヒガンが片手でぶら下がっていた。

 あの一瞬で上に飛んで自分の攻撃を回避したのだ。


「それがお前の答えなんだな、レン」


 無感情な声で友はそう言った。


「……ヒガン!!!」

「ハァッッ!!!」


 格子から手を離し落下してくるヒガン。

 その両手にはいつ抜き放ったのか湾曲した刃の中型剣が二本握られていた。


「シャッッ!!!」

「!?」


 ヒガンの両手の刃が突如として無数に分裂した。

 ……否、レンにはそう見えた。

 無数の残像を生むほどの高速の連撃でヒガンはレンを切り刻む。


「ぐああああッッッ!!!!」


 肩に、腕に、胸に……無数に引かれたラインから赤い飛沫を上げるレン。


「それなら俺ももう容赦はしない。その傷が……その血が裏切りの代償だ!! レン!!!」

「ヒガンッッッ!!!」


 悲痛な叫び声を上げながらレンは構えをとる。

 痛みと出血に彼の表情が歪む。

 だが幸い戦闘不能になるほどの深い傷はない。

 ……或いはあえてヒガンがそうしたのか。


「一方的に殺されろなんて言わねえよ。……せいぜい抵抗してみせろ」


 言葉と共に虚空を無数の銀閃が走りレンの身体に新たな傷を増やしていく。

 一瞬意識が飛びかけたレン。

 足元の石畳にぽつぽつと赤い染みが増え続ける。

 気力で彼は足を踏ん張った。


 ……まずい。まずい。

 彼への対処を致命的に間違ってしまったことを悟ったレン。


 強い。恐ろしく強い。

 自分が万全で本気でやったとしても勝てないかもしれない。

 それなのに心に迷いがある状態で仕掛けて初手で大量の傷を受けてしまった。


「一人で……一人だけで街の外へ出て、そして今日ここで死ぬのか」


 じり、と距離を詰めながら刃を構えるヒガン。


「結局お前は帰れなかったな……レン」


 来る。

 次の一撃はとどめになるとレンはひりつく殺気で感じた。

 凌げるか……この身体で。

 でもやらなくてはならない。


「……何してんだよ」


『!!!』


 その時、不意にその場に二人のものではない声がした。

 レンとヒガンは弾かれたように同時に声のした方向を見る。


 路地の入口に一人の少女が立っている。

 対峙する二人と同様に頭に獣の耳を持つ長物を手にしている少女。

 逆光を背負って影になっているがレンはシルエットで誰なのかがわかった。


「何を……してるんだって聞いてんだ」


 静かに……しかし異様な迫力を持って耳によく届く声でそう言うとヒビキは二人に向かって歩いてくる。

 近付くほどに彼女の視界に全身鮮血にまみれたレンの姿が鮮明になっていった。

 一方でレンからも影になっていた彼女の顔が見えてくる。

 まったくの無表情だ。

 だがレンはその彼女を今までで一番怖いと思った。


「もういい。もう何も言わなくていい」


 槍刃の柄を握る手にギュッと力を込めて……南雲響が来る。

 彼女の感情のない瞳が険しい顔のヒガンを映していた。


「……黙ったまま死ね、オマエ」


「ッ!!!!」


 いつ抜いたのかもレンには見えなかった。

 細い三日月のように虚空を走った白い軌跡。

 下段からの斬り上げだった。


 大きく後方へ飛んだヒガンがその一撃を回避する。


「……がハッ!!! 馬鹿な……!!!」


 だが、飛び退いた灰色の髪の男の右の胸から鎖骨の辺りが縦に裂けて鮮血を噴き上げた。


(避けたろうが!!! 届く間合いじゃなかっただろうがッ!!!)


 血で汚れた奥歯を噛みしめてヒガンは憤怒と憎悪に表情を歪ませる。


(こいつはダメだ!! 本物のバケモノだ!! 俺の手には余る……!!)


 前方の娘を注視しながらポケットに手を突っ込んだヒガン。

 指先が紙片に触れる。

 それは破く事で効力を発揮するタイプの魔術が込められた道具である。

 緊急避難用のものだ。

 今ここで使用する以上の使いどころはないだろう。


(レン……寿命が少し伸びたな……)


 ヒガンはポケットの中の紙片を引き裂く。

 すると彼の姿が蜃気楼のように揺らぎ、次の瞬間周囲の光景に溶け込むように消えていった。


 そしてそれを見届けたレンがその場に崩れるように倒れる。


「レン!? ……おいっ! レンっ!! しっかりしろ!!」


 たった今消え去った男のことなどもう欠片も意識にはないかのように大粒の涙を零しながらヒビキはレンに縋りついた。

 赤く染まった彼は意識を無くしている。


「あぁ……レンっ。死なせないぞ……!! アタシが絶対助けるからな!!」


 躊躇わずに彼女はレンを背負い上げた。

 彼の血でヒビキも赤く汚れていくがまったくそれを気にする様子もなく彼女は走り出す。


 表通りを暴風のように駆け抜けるヒビキに人々が何事かと振り返るのだった。


 ──────────────────────────


 傷だらけのレンをヒビキはファルメイアの屋敷に運び込んだ。

 病院に担ぎ込むよりもその方が近く、また彼に迅速かつ手厚い治療を施すにはより適しているであろうとの判断からだ。

 結果として彼女の選択は正解であり彼はすぐに屋敷の医務室に運び込まれシルヴィアが手配した治療術師たちにより迅速な治療を受けることができた。


 客室で椅子に座っているヒビキ。

 レンの返り血で赤黒く汚れた彼女は心ここにあらずといった風に床の一点を見つめ続けて動かない。

 傍らの机の上にはシルヴィアが手配した着替えとタオルがあり浴室も使ってくれと言われているのだが沈痛な表情でレンの身を案じている彼女はそれどころではなかった。


 客室の扉が開きヒビキが顔を上げる。

 入ってきたのは真紅の髪の美少女である。


「ファルメイア様……」

「久しぶりね、ヒビキ。レンを助けてくれてありがとう。お陰であいつ、何とかなったわ」


 連絡を受けて仕事を切り上げて急いで屋敷に戻ってきたファルメイア。

 ヒビキとは皇帝主催の狩りの際に挨拶を交わしてそれ以来である。

 腰を浮かしたヒビキがファルメイアの言葉に脱力して再び座る。


「レン……よかった……」


 うつむいてぽろぽろと涙を零しているヒビキ。

 そんな彼女をファルメイアは少しの間微笑んで見ていたが……。


「ねえ、ヒビキ。貴女レンの事が好きなのよね?」


 唐突にそんな事を言い出した。

 驚きで顔を上げヒビキは硬直してしまうのだった。



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