表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
33/95

第33話 過去より来たりし者

 ……また炎の夢だ。

 最近は滅多に見なくなっていたのに、またレンは焼け落ちる故郷の中にいた。


 熱い、苦しい……周囲の炎の中から焼け死んでいく同郷の人々の苦しみの声が聞こえてくる。


「レンちゃん。熱いよ……」


(……!!)


 聞き覚えのある声がして弾かれたように振り返る。

 炎に包まれたミヤコがそこにいた。

 一緒に路地裏で遊びまわっていたあの頃のままの姿で幼馴染は紅蓮の炎に包まれている。


(ミヤコ……!!)


 声は出ない。差し伸べる手も彼女には触れられない。

 もうお前に出来ることはないのだと。

 悪夢は絶望感と無力感を容赦なくレンに突き付けてくる。


「レンちゃん……どうして将軍様の所にいるの?」


 ゆらりと燃えながらミヤコが近付いてくる。


「将軍様は私たちを焼いちゃった人でしょ?」


(違う!! 違うんだミヤコ!! イグニスは……ファルメイアはそんな事はしていない……!!)


 叫びはやはり声にはなってくれなかった。

 だが……それでも燃えている少女には届いていたのか……。


「……でもね、それは」


 少女は近付いてきて彼の顔を真正面から覗き込んでくる。

 鼻先が……前髪が焼けていく気がした。


「それは……レンちゃんが将軍様を好きになったから、そう思いたいだけなんじゃないの?」


 ……………………。


 跳ね起きる。

 夜明け前でまだ薄暗いレンの部屋。

 べっとりと寝汗で濡れたレンの呼吸はまだ乱れていた。


 いやな夢を見た。

 自分の深層心理から出たものだろうか? と彼は考える。

 ファルメイアを信じる気持ちに曇りがあるとは思えない。

 しかし現時点で客観的に彼女の無実を証明できる証拠が一つもないのもまた事実であった。

 ……自分が信じている人の無実を明かす手段がないこと。

 その恐怖から悪夢を見たのかもしれない。


 暗く重い息を吐いてレンは汗を流すために浴室に向かった。


 ───────────────────────────


 朝の食堂。

 使用人たちは揃ってここで朝食を取る。

 今日も大テーブルに使用人たちが全員席に着いていた。


 スプーンを置いて嘆息したレン。

 皿の上の食事はまだ大半が残っている。


「どうしました? レン君」


 その様子を見たジョバンニが彼に声をかけた。


「あ、すいません……今日はあまり食欲がなくて」

「お! 何だよそれなら言えって。これも~らいっと」


 隣に座っていたモニカがレンの皿のソーセージにフォークを突き刺して強奪していく。


「ちょっとアンタ、お行儀悪いわよ」

「へへ~ん。これから一日お仕事なんだから食って力付けとかないとな!」


 窘める他のメイドに悪びれずに歯を見せて笑うモニカ。


 そんな彼女が突然ハッと息を飲んだ。

 と思うと冷や汗を流しつつカタカタ震え始める。


「ちょっとちょっと、なんなのアンタ怖いわよ」


 泳ぐ眼球の移動速度がただ事ではない。

 先ほどモニカのマナーに苦言を呈したメイドがドン引きしている。


 しかしそんな彼女の言葉も今のモニカの耳には届いていない。


(ここここれって……これってもしかして……もしかすると……)


 モニカの頭の中では何やらやたらとニヒルで悪い顔をしたレンが彼女に迫っていた。


『手癖の悪い女だぜ。お前も良家のメイドなら責任の取り方は……わかってるよな?』


 イマジナリー悪レンちゃんが壁際に追い詰めたモニカの顎を指先で軽く持ち上げる。

 ブロンドのメイドはそんな彼の顔から目を離すことができず瞳を潤ませ呼吸を乱していた。


(私もついに……ついにこいつのドスケベマジック(?)の毒牙にかかる時がきちまったって事なのか!!!??)


「どうしたんだ……?」


 ついには体調が悪いはずのレンまでが彼女を心配して声をかけた。

 その彼に向けて突然ガバッとモニカが立ち上がる。


「よ、よっしゃ!!! 来やがれこのエロ仙人(?)!!!!」

「何でぇ!!??」


 突如として謂れのないひどい異名で呼ばれたレンが悲鳴を上げた。


 ───────────────────────────


 登校してもレンの陰鬱な気分は晴れることはなかった。


「……今日は厄日だな」


 沈んだ声で独りごちる。

 悪夢に起こされ何だかエロ仙人呼ばわりされた。


「なんだよ顔色悪いな。ちゃんと食ってるか? レン」


 心配そうに彼の顔を覗き込んでくるヒビキ。


「ちょっと悪い夢を見て眠りが浅かったんだ。大丈夫だよ」


 そんな彼女にレンは力なく笑って見せた。


「そっか……可哀想にな。アタシが一緒にいりゃ悪夢なんて見ないように朝まで寝かさないのによ」

「いや寝かせて?」


 確かに悪夢は見ないだろうが方法が乱暴すぎる。

 体調不良の理由が変わるだけだ。


(朝まで寝かさねえだとこの野郎ッッ!!!??)

(呪われろこのケモミミ野郎!!!)


 そしてそんなレンに今日も周囲の男子生徒からの怨念の視線が飛んでいた。


 一日中気怠い雰囲気に覆われ微妙な体調で過ごしたレン。

 何とか一日の授業を無難に終えて彼は今帰路に就いている。


(だめだ……頭が重い。疲れてるな。今日は早めに寝よう)


 重たい足取りで屋敷へ向かうレンの足元に、その時カツンと音を立てて石が跳ねた。

 ……誰かが投げてきたものだ。

 周囲を見回すレン。

 すると、薄暗い路地から自分を手招きしている者がいる。


「…………………」


 革製のマント姿の何者か……顔は口元を布を覆面にして覆っているのでよくわからない。

 体格から男のようだが……。

 そんな怪しい相手なのだが、レンはそっちへ歩いていく。


 相手の誘いに乗る気になった理由はたった一つ。


(……半獣人だ)


 相手の灰色の頭にある尖った二つの耳であった。


「誰だあんたは。俺に何か用なのか?」


「……………………」


 路地へ入ったレン。

 二人の他に人影はない。


「何か言え」


 警戒の度合いを深めるレン。

 何かあれば即座に対応できるように腰をやや低く落とす。


「……いい顔付きになったなレン。修羅場を潜ってきたのか」

「!」


 男の声にレンの眉が揺れた。

 聞き覚えのない声だ。

 それなのに……何故か懐かしい。


「誰だ……」


 レンの声は若干掠れていた。

 気のせいのはずだ。

 もう自分がなつかしいと感じる者など……どこにもいないはずなのだから。


 灰色の髪の男が鼻と口元を覆う覆面に指をかけると下にずらしていく。


「う……」


 徐々に露になる男の顔。

 そこには無残な二つの大きな傷があった。

 やや斜めに鼻筋を横断しながら左右の頬骨を繋ぐような傷。

 そして左のこめかみあたりから頬を通って顎付近まである縦の長い傷。

 その二つの大きな傷が左の頬骨のあたりで交差してる。

 だが、その傷跡がなければ……。


 目を見開くレン。


 顔立ちは自分の知る彼よりもずっと大人びてしまっているが……。


「ヒガン……」


 震える声で名を呼ぶレンにヒガンは……彼の年上の幼馴染はニヤッと笑った。


「生きてたのか!! ヒガン!!」

「ああ、なんとかな」


 駆け寄るレンの二の腕を軽く掌でパンパンと叩いたヒガン。

 声に聞き覚えがないと思ったのも当然である。

 ヒガンの声はレンの知るものよりもずっと低い大人の声になっていたからだ。


「だがな……帝国兵にやられてこの有様だ。動けるようになるまでに何か月もかかったぜ」


 顔面の大傷を指さしてヒガンが苦笑する。

 眼鏡の奥のレンの瞳にじわりと涙が浮かんだ。


「よかった……。あの後キャンプに行ったんだがいなかったからてっきりもう……」

「ああ。俺は仲間に背負われてシンガンを脱出して夜の内に遠くまで逃げたからな」


 壮絶な逃避行を思い出したのか、やや辛そうな表情でヒガンは軽く首を横に振った。


「俺の方もお前を探してたんだぜ。カルターゼンに行ったがお前はあの夜に飛び出していったきり戻ってねえって言うしよ」

「……………………」


 俯いたヒガン。

 彼の目元に影が差す。


「そのお前がまさか……紅蓮将軍の屋敷にいるとはな。驚いたぜ」

「……!!」


 そして顔を上げた灰色の髪の半獣人。

 その口元には冷たい殺意が滲んだ笑みが浮かんでいた。


「復讐……する気なんだよな? 俺たちの故郷を焼いたあの女を、その手で殺るつもりなんだろ?」


「ヒガン……」


 昏く笑う幼馴染を目にするレン。

 ……その頬を冷たい汗が伝っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ