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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第29話 師との再会

 紅蓮将軍の屋敷、その昼下がり。

 今日はレンはジョバンニについて庭の薔薇の剪定を教わっていた。


「え? 泣き虫? ファルメイア様がですか……?」


 目を丸くしているレン。

 仕事を教わりながら交わしていた雑談の話題が自分たちの主人の事になっていた。


「ええ。幼いころのお嬢様はとても人見知りでいらして、初めての方とお会いする時はよく旦那様や私の後ろに隠れていたものです。……ああ、レン君その芽はカットしてください」

「はい、わかりました。……う~ん、意外だなぁ」


 レンは現在のファルメイアしか知らない。

 自信家で堂々としていて……のけ反って「おっほっほ」と笑いそうな(笑わないが)彼女の姿からは想像できない過去であった。


「……お変わりになられたのは奥様がお亡くなりになられてからですね」


 剪定鋏を手にした老執事が静かに目を閉じる。

 ファルメイアの母は元々病弱な身で彼女が幼いころに亡くなっていたそうだ。


「幼い身ながらも精神的に独り立ちせねばならない事をぼんやりと悟られたのでしょう」

「……………」


 母親の話題になったのでシンガンの炎の中に消えた両親を思い出して一瞬哀しみに瞳を揺らしたレン。

 ……両親ともに本が好きな優しくて穏やかな人だった。

 レンの表情から何かを悟ったのか、ジョバンニも会話を止めてそれからしばらくは二人は無言で作業を続ける。


「……レン」


 そこに足音が近付いてくる。

 顔を上げたレンの瞳に規則正しい早足で向かってくる銀髪のメイド長が映る。


「貴方にお客様ですよ。お嬢様がお部屋でその方と一緒にお待ちです」

「は、はい。わかりました」


 慌てて立ち上がったレン。

「では続きはまたにしましょう」と言うジョバンニに頭を下げて小走りで彼は屋敷へ向かう。


(客……? 俺に……?)


 疑問に思うレン。

 自分は天涯孤独の身である。訪ねて来るような知人に心当たりがない。

 七将の屋敷は気軽に尋ねてこれるような場所ではない。学園の友人が彼を尋ねてきたとも思えない。

 それに何故、応接間ではなく主人の私室なのだろうか?


「レンです。御呼びでしょうか」


 ファルメイアの部屋の扉をノックするレン。

 中から「入りなさい」という主人の声がして彼は扉を開ける。


「失礼します。……っ」


 部屋の中には執務机に座った主人と、その手前の応接セットのソファに座った「客」がいた。

 座っているというか……座らされていると表現するべきか。

 その客の姿に彼は息を飲む。

 ボサボサの頭に顎先に僅かに髭を生やしたそのくたびれた感じの中年男も顔を上げてレンを見た。


「……よ、よぅ。久しぶりだな」

「ソロン先生!? どうして……」


 それはカルターゼンの街で私塾を開きレンが師事していた男……ソロン・モランであった。

 だがレンが驚愕したのは彼の存在そのものではない、その彼が縛り上げられているからである。

 胴を縄でぐるぐる巻きにされ腰の後ろで両手首も縛られているソロン。

 慌ててレンが師に駆け寄って縄を解こうとする。


「どうしてこんな!? ら、拉致……拉致してきたんですか!?」


 焦って聞いてくるレンにファルメイアがムッと口をへの字にした。


「失礼しちゃうわね。あんた、私の事なんだと思ってるのよ? こっちだって最初はあんたの師として正式に招聘するつもりだったわ。丁重にね。ところがもう、そのつもりで調べさせてみたらとんでもない事実が飛び出てくるし……」


 はぁ、と大きくため息を付いてこめかみのあたりに指先を当てるファルメイア。

「頭が痛いわ」のジェスチャーである。


「……おい待て、レン。そのままでいい」

「先生?」


 縄を解こうとしているレンを止めるソロン。

 彼はぐったりとしつつも神妙な様子である。


「俺はな、こうされても仕方のない人間なんだ。こうなった以上、お前には本当の事を話しておきたい」


 真剣な師の顔にうなずくレン。


 ……そして、彼は己の過去について語り始めた。


「逃亡兵!? 先生がですか……!?」


 愕然とするレンにソロンがうなずく。


「ああ。俺は元々帝国軍だった。それで、当時の上官がまあ、なんというか俺とは馬が合わない人でな。日ごろから色々あってある時それがとうとう爆発して、俺はその人をぶん殴っちまった」


 そこまで話すとソロンはうつむいて重たい息を吐く。


「手加減したつもりだったんだが……相当いいのが入ってな。ぶっ倒れて動かなくなったその人を見てやべえと思って俺は逃げ出したんだ。上官殺しは死罪だ。見つかりゃ命はねえと思って、俺は必死だった」


「補足するけどその相手は死んではいないわ。顎の骨が四つに砕けて顔の形は変わったけどね」


 口を差し挟むファルメイア。


「ついでに言っておくと、その上官は元々かなり評判の悪かった男で、その事件の後にあれこれ調べられて汚職やらなんやら色々とバレて追放処分になってる。まあいくら相手が悪人で殺してはいないと言ったって上官への暴行+逃亡は立派な重犯罪だけどね」


 紅蓮将軍の言葉に観念したようにソロンが目を閉じる。

 師になんと声を掛ければよいのかわからずレンは沈痛な顔をするのみだ。


「……まあ、それで名前を変えて各地を転々としてよ。最後に辿り着いたのがカルターゼンだったわけだ。世話になった老先生の塾をそのまま引き継ぐ事になってよ」

「そうだったんですか……」


 その逃亡生活を期せずしてシンガンを中心とした自分とファルメイアの縁が暴いてしまったという事だ。

 どうしようもない事とはいえ慕った恩師の現状にレンの心が暗く沈む。


「いいんだ。レン。お前は何も悪くねえ。塾の先生やってる間は平穏で幸福だったがな。それでもやっぱ心のどこかにはずっと引っかかり続けてたよ。俺はやらかして逃げてる人間だってのがよ。こうなってどこかホッとしてる自分もいるんだ。……やっぱり、悪い事はできねえな」


 自嘲気味に笑うソロンを見てレンは辛そうに目を細めた。


「……そろそろいい?」


 ファルメイアの声がして師弟は揃って彼女へ向き直る。


「ソロン・モラン……いいえ、メルギス・ハイアット」


 自分の知らない名で師を呼ぶ主人。きっとそれが彼の本当の名前なのだろう。

 呼ばれた師が神妙な表情で頭を下げる。

 観念し、どんな沙汰をも受け入れるという姿勢である。


「あんたはうちの師団で引き取る事にするから。普通に軍役に就きながらレンの事を鍛えなさい」

「!!? ……いや、それは」


 動転して狼狽しているソロンをジロッと睨む紅蓮将軍。


「何よ。なんか文句あるわけ?」

「文句はないですが……犯罪者を匿うつもりですか? 将軍」


 帝国内では皇帝に次ぐ権力者である天魔七将であるが法を超えた権限を許されているわけではない。

 特に軍事大国である帝国では軍内の犯罪については厳しいのである。

 本来なら投獄されるべき罪人を自分の部隊に引き取りたいなどという我が侭は当然通らない。


「犯罪者を匿うつもりなんてないわよ」


 当然のように言い放つとファルメイアはふんと鼻を鳴らした。


「色々やりくりしてあんたのやらかしについては全部不問にしてあるわ。今のあんたはもう逃亡者でも罪人でもないの。綺麗な身よ」

「……………………」


 仰天したソロンが口を半開きにして硬直する。


「……で、そこまであんたの為に骨を折った私に働きで返せって言ってるわけ。どうなの? やるの?」


 執務机に両肘を置いてその形の良い小さな鼻の下に両手を重ねたファルメイア。


 一瞬の間を置いて縛られたままのソロン……メルギスが床に両膝を突きカーペットに額を擦り付けるようにして頭を下げる。

 その師に倣いレンも隣で同じ姿勢で頭を下げた。


「……謹んでお受けさせていただきます……!!」

「よろしい」


 自らに向かって頭を垂れる師弟の様子に満足げに笑う紅蓮将軍であった。




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