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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第28話 見合わぬ謀略

 変わらぬ夜の時間。

 主人ファルメイアのティーブレイクである。

 あの夜以来のこの時間……以前と同じようにまたこの時間を迎えている事をレンは感慨深く思っていた。

 本当ならあの夜に全ては終わっていたはずなのに。


「……それで? どう思ったの? 金剛将軍殿を実際に見たあんたのイメージは」


 レンの話を聞いたファルメイアが口を開いた。

 彼の話に興味深そうな彼女の様子は楽し気であった。

 ガイアード将軍の帰還を見物した時の話を彼女にしたのである。


「一緒に行ったライオたちにも言ったけど、なんか……皇帝みたいな人だなって」


 ファルメイアはふふっと笑う。


「いいセンいってるわよ。彼はイメージをとても大事にする人だから。セルフプロデュースの達人ね」


「あの人が……」


 やや俯いたレンの顔に影が差す。

 胸の奥の底の方がズキズキと痛んだ。


「シンガンの事件の首謀者かもしれないんだよな」

「そうね。有力な容疑者の一人」


 シンガンの名が出た時はファルメイアの口元からも笑みが消える。

 かといって憤怒に眉を吊り上げるでもなく、静かに彼女はうなずいた。


「イグニスから見てどうなんだ? ガイアード将軍は……そういう事をやりそうな人物なのか」


 そうね、と紅蓮将軍は形の良い顎先に曲げた人差し指を当てると何事か思案している。


「私の手持ちのイメージによる彼の人物像的には……やらないと思う」


 そして彼女はハッと息を吐いて肩をすくめる。


「まあそんな事を言い出せば全員やりそうもない、って答えになっちゃうけどね。……皆、人道主義者の善人たちだって言ってるわけじゃないわよ? そう思う理由は簡単。()()()()()()から」


 腕を組み、顎に手の甲を当てて思案顔のファルメイア。


「だって考えても御覧なさいよ。即思いついて実行できるような話じゃないわ」


 一瞬、といってよいほどの早さで炎に包まれたシンガン。

 恐らくは街の各所に一気に炎が燃え広がるような準備がしてあったはず。

 そしてファルメイア配下の騎士に扮して殺戮を行った者たち。

 かなりの金と時間、そして人員が費やされた作戦だ。

 そしてそれを秘密裏に行う手際と影響力……これは並の有力者では手に余る。


「で、そこまでやっといて結果はどう? 私はその罪を丸ごと引き受けたけど、別に失脚もしてない。一部の評判は悪くなったけどね」


 シンガンの事件の後、帝国内での報道の論調は一貫して反抗したシンガンに非があるというものであった。

 帝国内で七将を大っぴらに悪し様に言う者はそういない。

 紅蓮将軍ファルメイアは一部で非人道的だと批判を浴びたものの、その一方では過激な帝国支持層から喝采を受けたりもしていた。


 シンガンを巻き込んだ陰謀の首謀者がファルメイアの政治的立場の弱体化を狙ったとするのであれば、それはほぼ失敗したと言ってよいだろう。


「そんな事を企んでいたなんて万一露見したら七将だろうと身の破滅よ。リスクとコストと結果が全然見合ってないのよね」


 フッと彼女の吐いた息は嘆息だったのか嘲笑だったのか……。


「……もっとも、私に精神的ダメージを与えたいっていうなら効果は十分過ぎたけどね。今だから言うけどあの事件は私の心にかなり大きな傷をつけた」


「……………………」


 それを語る主の横顔に表情は無かったが、その事をかえって痛ましく思うレンだ。


「いずれにせよ並の権力者にできる事じゃない。だから私は七将か三宰相の内の誰かは直接絡んでると睨んでる。……だけどさっき言った理由で誰もやりたがらないはずなんだけど、っていう話よ」

「そうか。……そうだな」


 そう言ってからレンは俯くとフゥと疲れの滲んだ息を吐いた。

 いずれにせよ現時点ではまだ五里霧中だ。


「俺に何ができるんだろう」

「焦らなくていいわ。その内必ずあんたの力を借りる時が来る。今はしっかり学んできなさい」


 微笑んで言う主人にうなずいたレン。

 ……そうだ。何をしようとしてもまだ自分には力がなさ過ぎる。

 まずは己を研磨し、何かあった時に彼女の力になれるような存在にならなくては。

 決意を込めて深く息を吐くレン。


 そんな彼に向かってファルメイアが両手を広げる。

 何やら歓迎するかのようなポーズだ。


「……ほ~ら、お疲れ気味のご主人様に早速しなきゃいけない事があるんじゃないのかな~? レン君には」


 軽く苦笑してからレンは彼女を抱きしめた。

 腕の中の彼女は華奢で柔らかくていい匂いがした。……とてもこの娘が帝国最強の七人の一人とは思えない。


「紅蓮将軍様のハグよ。ありがたく嚙み締めなさいよね」

「これも……先行投資?」


 レンが言うとファルメイアはやや身体を離し至近距離から彼の顔を覗き見るようにして、そしてニヤッと白い歯を見せて笑った。


「そうよ。コツコツ積み立てていくからね」


 ────────────────────────


 帝城、皇帝ザリオン私室。

 今日は皇帝とガイアード将軍が豪奢に飾られた大テーブルに着いていた。

 皇帝の傍らには宰相ゼムグラスもいる。

 親子三人での夕食であった。


「……順調のようだな」


 ガイアード将軍からの演習の報告を受けて鷹揚にうなずくザリオン。

 その手のグラスにガイアードが酒を注ぐ。


「我が最強の金剛師団に隙はありません。帝国最強の矛として申し分のない仕上がりです」


 不敵に口の端を笑みの形に歪めた金剛将軍。

 彼は自信に満ち溢れ、英気に満ち溢れ強大である。


「父上も安心して退かれませい。後のことはこのガイアードめがお引き受けしましょう」

「……将軍!!」


 鋭い声で叱責したゼムグラス。

 兄を見て渋い顔をしている宰相。

 だがガイアードは動じた風もない。


「何だー……?」


 ガイアードはゆっくりと弟の方を向き、それから「困ったやつだ」とでもいうように軽く首を横に振ってからため息をついた。


「ゼムよ……男が野心を出し渋ってどうする。野心こそが男を磨いて高めるのだ。……まったくお前は……七将も狙えたはずの男が早々にレースを降りて宰相になど納まってしまいおって」


「……………………」


 無言のゼムグラス。

 ……この兄は知るまい。

 剣も魔術も天才と言われ将来を嘱望されていた自分が何故七将を目指す事を断念したのか。

 それは兄ガイアードの才能と強さを目の当たりにしてきたからだ。

 こんな人智を超えた怪物たちが鎬を削る戦場に自分の居場所などないと心が折れてしまったからだ。

 そして自らが遠く力及ばぬと認めた兄を頂へと押し上げる為に今彼のサポートをしている。

 ……この兄はそれを知るまい。


「ガイアよ」


 ザリオンが口を開く。

 二人の息子は襟を正して彼のほうを向いた。

 父は穏やかに、そして静かに二人を見ていた。

 この表情以外で自分や他の兄弟たちに接するところをゼムグラスは見たことがない。


「余の見ている景色を欲するのならば……研鑽を続けよ」


「ははっ! しかと!! 胸に刻みましてございます」


 がばっと大仰に頭を下げたガイアード。

 そんな父と兄の姿をゼムグラスは表情なく見つめている。


 ……昔から兄はいつでも『父が求めているであろう息子』として振舞ってきた。

 父を尊敬し、己を鍛え後を継がんとする息子。

 常にトップでい続けてきた、己の努力でそれを勝ち取り続けてきた息子。


 確かに世の親からすれば理想的であるといっていい子供の姿であるかもしれない。


 それが彼をここまでの高みに至らせたのだから間違いであるとは言えないだろう。


(……ですが、兄上)


 声には出さず、表情にも出さず、弟は静かに考える。


(今の兄上の姿は本当に父上が望んでいる我が子の姿なのでしょうか)


 ……そう考えずにはいられないゼムグラスであった。


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