第27話 黒獅子ガイアード
がやがやと騒がしい朝の教室。
レンは机に肘を突きボーッと天井を眺めていた。
考えなければならない事が多すぎて彼は未だに混乱中だ。
ここ数日で色々な事が起こりすぎた。
「おっす。具合はもういいのかよ」
カバンを肩に引っ掛けるように担いで教室に入ってきたサムトー。
ああ、と空返事をしたレン。
そういえば昨日は体調不良という体で休んだのだった。
「ナグモが随分先生に食い下がってたぜ。容態はどうなんだってよ」
「そ、そうか……」
申し訳なさと気恥ずかしさか混ざった感情になるレン。
ちょうどそこに話題の当人が登校してくる。
「おっ! レン!!」
教室に入りレンを目にするなり駆け寄ってくるヒビキ。
気を使ったのかサムトーはすっとその場を離れてそのまま自分の席に着いた。
「何だよ、大丈夫なのかよ? なんか具合悪いとか聞いたからさ、アタシ……心配しちまって。おかしなもの食ったんじゃないよな?」
にじり寄ってくるヒビキにしどろもどろで弁明するレンであった。
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放課後になった。
何人かの生徒たちが慌しく教室を後にする。
廊下を小走りに進む他のクラスの生徒も見える。
「……何かあるのか?」
普段とは違うその様子にレンが尋ねた。
「あー、今日は金剛将軍様が帝都にお戻りになるんだよ。凱旋じゃないからな、パレードはないが」
レンの机に集まっていたライオネットが答えた。
「軍事演習だったっけか。二ヶ月ぶりか? お前行かねえの? 七将様大好きだろ?」
サムトーが言うとライオネットはうーむ、と唸って腕を組む。
「ガイアード様はちょっとなぁ。あの人俺とキャラかぶってねえ?」
「不敬罪になりそうな事言ってやがるよ」
苦笑するサムトー。
ガタッと椅子を鳴らしてカバンを手にレンが立ち上がる。
「……行ってくる」
そう言うと足早にレンが教室を出て行ってしまった。
「待てよ、アタシも行くぞ」
その後ろをヒビキが追従する。
……彼女は別に放課後の雑談には加わっていなかったのだが。
「お、おいおいお前が熱心なのかよ。待てって」
「なんだよ、お前ら行くなら俺も行ってやるよ」
そしてその二人を追いかけてサムトーとライオネットも教室を出ていくのだった。
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天魔七将『金剛将軍』ガイアード・ヴェゼルザーク。
皇帝ザリオンの長子にして実力で現在の地位まで登り詰めた男。
七将筆頭であり最強だと目されている。
率いる金剛師団も帝国最強の軍勢だとも。
彼のもう一つの異名は『黒獅子ガイアード』
周囲を小走りに進む人々に混じってレンも同じ方向へ急ぐ。
……金剛将軍ガイアード。帝国の次の皇帝になると自ら公言している男。
下馬評でも時期皇帝の最有力候補とされている男だ。
帝位を狙う三つの派閥の一つを率いる盟主。
……ファルメイアの存在を恐らく煙たいと思っているはずの一人であり……。
シンガンの件の首謀者の可能性もある男。
直に見ておきたいと思った。
だから今レンは急いでいる。
パレードは行わないのでガイアードは大通りへ繋がる帝都の正門からではなく、東の門から少数の配下を率いて都へ入った。
それでも門の周囲には多くの帝都の民が賭けつけ歓声を上げ将軍を出迎える。
集団の先頭にいる馬上の騎士が彼らに軽く片手を上げて応えた。
「金剛将軍様!! ガイアード様!!」
「黒獅子様!! 万歳ーッッ!!!」
大勢の中を進む彼は堂々と、そして悠然としていた。
(……デカい)
レンの感想はまずそれであった。
父譲りの2m近い巨躯。
ザリオンは老いて今は痩せているがガイアードは全身の筋肉の盛り上がりが凄い。二の腕などは子供の胴ほどもある。
その為なんというか身長が高いというのではなく……人間としてのサイズがでかいのだ。
眉の太い厳つい面相にこげ茶色の髪。そして顎のラインを覆った豊かな髭は異名のように獅子のたてがみのようだ。
全身を包む鎧は金で縁取りがされた漆黒。黒獅子の異名はその鎧からか。
肩当てには獅子の紋章がある。
威風堂々と進む彼の姿は確かに七将でも屈指の威厳を誇っていた。
人ごみの最善まで泳ぐようにして辿り着き、斜め下からレンがガイアードを見上げる。
堂々と前だけを向く金剛将軍はすぐ傍らのレンの事など気付く様子もない。
(この男が……シンガンを焼くように仕向けたのか?)
じっと見つめるレン。
だが将軍のいかにも武人然とした引き締まった横顔からは何も読み取る事はできなかった。
将軍の一団が通り過ぎその姿が見えなくなっても尚、その場に集ったものたちはざわざわと彼の話で盛り上がっていた。
「……ンで、どうだったんよ? 黒獅子サマは」
サムトーに声を掛けられ考え事をしていたレンはハッと我に返る。
「態度だけならもう皇帝みたいだな」
「……だよなぁ?」
レンの言葉に反応したのはライオネットだ。
「俺はどうもそこがな。なってから偉そうにするのはいいんだよ、実際偉いんだしよ。でもなる前からもうなったような顔して偉そうにしてるのはどうにも俺には合わねえ」
「つったってよ。七将だって十分以上に偉いんだし、他の将軍もあんな感じじゃねえ?」
サムトーがそう言うとライオネットは彼に向かって「い~や」と強めに首を横に振る。
「違うな。俺にはわかる。あの人はもう内心で皇帝になったような気分でいるぜ」
「そうなんかねえ? 俺には違いがわかんねえ」
腕を組んで首を傾げるサムトーであった。
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帝城の広い廊下を数名の騎士を従え金剛将軍が進む。
皇帝に帰還の報告をするためである。
その将軍の眉がぴくりと揺れた。
前方からこちらへ向かってくる男の姿を視認した為だ。
煌びやかに着飾ったブロンドの美青年。
宰相アークシオン・ブロードレンティスである。
今日は取り巻きはおらず独りの宰相。
彼は脇へとどいて将軍に道を譲る。
天魔七将は宰相より格上なのだ。
頭を下げる宰相の前を無言で通過していくガイアード。
去り際に彼は小さく「フン」と鼻を鳴らした。
(算盤だけ弾いて満足しておればよいものを。身の程知らずが)
声には出さず黒獅子はそう思った。
将軍一行が通り過ぎてからようやく宰相は顔を上げる。
「哀れなものだね。己の器を知らないというのは……」
ふぅ、と物憂げに嘆息したアークシオンの囁きは誰の耳にも届かない。
「偉大な父の真似がしたくて必死だが……。僕に言わせれば全てにおいて父には及ばない。劣化コピーだ」
そしてふと彼は何かに気付いたように手を叩く。
「ああ、そんな君にも一つだけ父に勝るものがあったか」
宰相の目が冷たい光を湛えて細められる。
「……自尊心の高さだけはね」
呟いた彼のその一言にかぶさるように廊下の向こう側から調子っ外れのダミ声の歌が聞こえてきた。
「権力~大好き~♪ 甘い汁を吸いまくれ~♪」
「……!」
瞬間、端整な彼の顔が若干強張り顔色が悪くなった。
これはどんな相手の前であろうが常に柔和に微笑んでいるアークシオンにすれば非常に稀な事である。
歌いながらやってきたのは一人の男。
黄色ベースに毒々しいサイケな模様のローブ姿に首の周りをピエロのような白い襞襟で囲んだ男。
ツリ目に極端な鷲鼻。やや盛り上がった頬骨。
ここまで見事な小悪党面というのにも中々お目には掛かれまいと宰相はいつも思っている。
「……これは、ギエンドゥアン将軍。ご機嫌よう……」
この男はこれでも天魔七将……『幻妖将軍』ギエンドゥアン・マルキオン。
そして……帝位を狙う三つの派閥の最後の盟主。
奇しくもこの日若干の時間のずれはあるが帝城の廊下に次代の皇帝位を狙う三人の男が揃ったという事になる。
「ンン~? 宰相殿ォ、顔色がちょっとよくないようじゃないか。ちゃんと権力やってるか? やってんのかあ?」
「え、ええ……まあ」
曖昧に答えて乾いた笑いを浮べるアークシオン。
(権力やってるってなんだよ!!!)
内心でそう思っているが言葉にはしない。
会話が噛み合うとも思えないからだ。
「ワシなんかもうさあ。朝昼晩と権力やってるから。調子いいよぉこれぇ」
ニヤリと邪悪に笑ってアークシオンとすれ違っていく将軍。
「あ~偉くなりたぁ~い。賄賂とかちょ~欲しいな~! 袖の下ァッッ!!!」
絶叫しながら歩み去っていくギエンドゥアン。
その背後を呆然と見送るアークシオン。
「い、いけない。今の会話だけで随分脳細胞が死滅してしまったような気がするよ。少し休まなくては……」
そして青ざめた顔の宰相がふらふらとその場を立ち去るのだった。




