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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
26/95

第26話 終わりと始まり

 一夜にして焼け落ちたシンガン。

 夜が明けた今も各所で炎がくすぶり続け朝方の青い空へ黒煙を立ち昇らせている。


「だぁ~ッからぁ~……俺っちを連れてけってあんだけ言ったでしょ~?」


 紅蓮師団の副長ミハイル・ミュンヒハウゼン。

 骸骨のように痩せこけた背の高いこの男はファルメイアの副官である。

 ぼさぼさの銀色の髪に極端に薄い眉、落ち窪んだ眼窩にぎょろりと大きな目。そして長い舌。

 重装を嫌い一人裾の長い白い道着に身を包み腰にサーベルを下げている。

 蛇のようで、髑髏のようで、幽鬼のようなこの男の異名は『蛇骨(じゃこつ)ミハイル』

 ……一応、歴とした人類種である。年齢は三十路間近。


 その副官の前でやや俯き気味に座っているファルメイア。

 目の下に隈を作って彼女は憔悴していた。


「……そうね。あんたの言う通りだった」


 暗い声で呟くように言う紅蓮将軍。

 普段の彼女のように「うるさい」と叱責してくると思っていたミハイルは明後日の方向を見て居心地が悪そうに指先で頭を掻いた。


 帝都で待機を命じられていたミハイルであったが選んだ精鋭少数を率いて隠密行動で近くの街まで来ていたのである。

 そして夜明け前に異変を察知し駆けつけてきたというわけだ。


「……生き残った人たちは?」

「キャンプに収容してるとこっす。食料や医者もそこに」


 事も無げに答える副長。

 言われずにこの手配ができる所が彼がファルメイアの信頼を得ている理由である。


「わかってると思うけど……」

「勿論民間団体を使ってますよ。帝国軍(俺ら)がやったら逆効果っすからねえ」


 飄々としてとぼけた副官もこの時ばかりは複雑そうな表情だ。


「帝都まですぐ話が伝わりますよ。俺らはやってねえって主張すんなら急ぎませんと」

「……………」


 僅かな間、深紅の髪の女将軍は沈黙する。

 だがすぐに彼女は瞳に決意の光を宿して立ち上がった。


「逆よ。帝都に連絡を入れて。私がシンガンを焼き払ったって」


 主の意を即汲み取って蛇骨の男が目を閉じる。


「……悪名は飲み下しますか」

「ええ。罠に掛かって目の前で街一つ焼かれた将軍って言われるよりはずっとマシ。それにこれは私が背負っていかなきゃいけないものよ」


 彼らは政争に巻き込まれて命を落としたのだ。

 自分が引き金を引いた騒動の犠牲になったのである。


 それに……現時点でファルメイアが自分の無罪を証明するには証拠があまりに乏しすぎる。


「報いは受けさせるわ。必ず」


 静かだが強いその言葉に背後で副長が無言でうなずいた。


 ───────────────────────────


 そして、紅蓮将軍は世紀の蛮行の主導者として帝都に帰還した。


「や、焼き払ったとは……どういう事だ将軍! そっ、そこまで……そこまでやる必要はなかっただろう!!」


 玉座の間にて。

 宰相ゼムグラスが死人のような顔色で狼狽している。


「報告の通りよ。シンガンは要求を拒否した。だから見せしめになってもらったわ」


 強い口調で言い放った紅蓮将軍。

 彼女は毅然と立ち、皇帝と三宰相と対峙していた。

 ゼムグラス以外の二人の宰相はいずれも無言で事の成り行きを見守っている。


「あの街はほとんどが非戦闘員だ! それに……それに数多くの価値ある資料や書物があったんだぞ。一体どれ程の損失が……」

「……ゼム」


 そのしわがれた声の一言にびくんと身を震わせた宰相。

 彼は恐る恐る背後を……玉座を振り返った。


「はっ、陛下」

「ゼムよ。そなたらが余の名代としてイグニスに行けと言ったのだろう。そのイグニスが焼いてきたのなら、それは余が焼いてきたという事だ。それ以上何かあるというのか?」


 ゆったりと玉座に腰掛けるザリオンが告げる。

 皇帝へゼムグラスが深々と頭を下げた。


「いいえ。何も……ございませぬ」

「ならばこの話は終わりだ。よいな」


 皇帝の裁可は下った。

 そしてその場にいる全員が彼に向けて首を垂れたのだった。


 ───────────────────────────


 語り終えたファルメイアがカップを手にし、口をつけてからすっかり冷めてしまっている紅茶にやや顔をしかめた。

 無言でシルヴィアが彼女に新しいお茶を淹れ直す。


「……………………」


 レンは……無言だった。

 握りしめた拳は微かに震えていた。


 壮絶な主の話になんと言えばよいのか言葉が見つからないのだ。


「ひとまず、今私が話せることはそれで全部」


「……ぁ……ううっ」


 口は開いたものの、結局喉から出たのは意味をなさない呻き声のようなものだけだ。

 腹に落とし込まれた重たい感情はともすれば肌を突き破って床に落ちるのではないかとすら思う。


「酷い顔になってる」


 少しだけ悲しげに、憐れむように主が微笑する。


「レン。私は探しているわ。私を罠にかけた奴を」


 座るレンの膝の上に置かれている震える手。

 その手にそっと優しくファルメイアの手が添えられる。

 ……かと思えばいきなりぐっと力強く掴まれ引かれてレンは無理やり立ち上がる事になった。


 腕を持ち上げられ、目の前すぐの所に主人の整った顔がある。

 睫毛の長い大きな瞳が自分の顔を映している。


「私を手伝いなさい、レン。あんたも探すのよ。あんたの街を焼いたやつを」


「……わ、わかりました。ファルメイア様」


 返答にムッと彼女が不機嫌そうになる。


「……ふンぬ!」


 ごちん!!!


 ぶつけ合わされた額。

 レンの視界に火花が散った。


「やり直し!!!」


「わかった……イグニス!!」


 叫ぶレンにようやく満足げにうなずくファルメイア。

 そして彼女は手を離しレンを再び座らせると自分も席に着く。


「……あ、そうそう。ナグモヒビキの事だけど」

「ああ。そうですね。……これからは少し距離を置きます」


 自分を一途に慕っている彼女を思うと少し胸が痛む気がするが、主人と一線を越えた以上けじめは付けねばなるまい……そう思うレンである。

 しかしその主人は「何言ってんのコイツ」みたいな表情になった。


「逆よ逆。がっちりキープしろって言ってんの。……何なら抱いたっていいわ」


「!!? ……げほっげほ!!」


 ある意味シンガンの真実を聞かされた時以上のショックを受けてレンは咽た。


「いや……そんな……」


 今度はレンが「何言ってんだこの人」という表情になる番であった。

 しかしファルメイアは余裕の表情で胸を反らす。


「わからないの? あんたは私のもので、私の事が世界で一番好きでしょ? そのあんたのものになるんならナグモヒビキも私のものって事よ。優秀な部下はいくらでも欲しいの。しっかりやんなさいよ」


「……………………」


 あまりにも紅蓮将軍過ぎるその主張にまたも言葉を失うレン。

 そしてふと彼女は何かを思いついたように眉をひそめた。


「……それとも何? あんたまだ私のものだって事を認めないわけ? 私より好きな誰かがこの世のどこかにいるってわけ? あんなことまでしといて? 引き千切るわよ」


「いや……それは……」


 口籠って考えるレン。……何を引き千切るつもりなのだろうか、恐ろしい。

 確かに現時点で彼女より自分が好意を抱いている相手というのも思いつかない。


「……おっしゃる通りです」


 レンがそう認めると、「でしょう?」とまた主人はふんぞり返った。

 そしてふとレンは疑問が頭に思い浮かぶ。


「じゃあ、イグニスは俺の事が好きなのか?」

「あんたね……私の事なんだと思っているのよ。好意のない相手とあんな事ができる女だと思ってるわけ? 腹立つわね……蹴り入れて体内に埋めるわよ」


 何を体内に埋め込まれるのだろうか、恐ろしい。


「そうね……あんたへの感情は……」


 腕を組むファルメイア。

 う~ん、と彼女は考え込んでいる。


「こいつになら抱かれてもいい、生涯添い遂げたいっていうのがマックスだとしたら75%くらいかしらね」

「……え、じゃああんな事したらダメじゃないか」


 情けない顔になるレン。

 抱かれていいの七割五分の気持ちで抱かれた男になってしまった。


「あんたに抱かれたのはね……ああ違うか、抱いたのが私、抱かれたのがあんた、ここ大事よ。それはね……先行投資よ」

「…………?」


 また何か紅蓮将軍っぽい事を言い出した。

 その意味がよくわからずにレンが首をかしげる。

 そんな彼を見て主人は楽し気に笑っていた。


「……これから飛びっきりいい男になりなさいよ、レン。そうしたら、私は自分にはやっぱり先見の明があったんだっていい気分になれるわ」

そう言ってファルメイアはウィンクを一つ投げて微笑むのであった。


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