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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
25/95

第25話 炎の中で

 消毒液で拭った傷口に薬を塗って絆創膏を貼る。

 その手当をシルヴィアが行っている。

 女性との同衾でできた傷を他の女性に手当させているというこの現状がたまらなく後ろめたいレン。

 しかしメイド長はそんな事は気にする様子もなく、何なら少し上機嫌にすら見えた。


 そして座らされて手当てを受けているレンの前ではファルメイアが優雅にお茶をしばいているのであった。


 ……そこへトントンと部屋の戸がノックされた。


「お嬢様、お食事をお持ちしました」


 モニカの声が聞こえる。

 食事は部屋で取るので持ってくるようにと先ほどシルヴィアが手配していたのだ。


「ありがとう。入って」

「失礼します……ぶぉあ!!!??」


 手押しのカートを押して部屋に入ってくるなり奇声を発するメイド。

 上半身裸でメイド長の手当てを受けているレンを直視した為である。


(じっ、事後ッッ!! 事後だッッ!!! ど……どエロいじゃねえか!! ここはドエロスギ大神殿(?)かぁ!!!??)


「モニカ、鼻血」


 動揺のあまり意味の分からないことを考えているモニカに鋭く指摘するシルヴィア。


「ああっ!? さ、さーせん……ずびっ……だ、大神殿で……」

「神殿……?」


 モニカの言葉に怪訝そうに顔を見合わせる主人とメイド長であった。


 ──────────────────────────


 給仕を行った後でモニカは退出し、主人の書斎にはレンとファルメイアとシルヴィアの三人が残る。

 二人が食事をとっている間、シルヴィアは傍で無言で控えていた。

 その食事もそろそろ終わろうかというタイミングでファルメイアは口を開く。


「……まだ頭ふわふわしてる? 真面目な話をしたいのだけど、いいかしら」


「!! ……はい。大丈夫です」


 表情を引き締めたレン。

 ……このタイミングでの大事な話なら一つしかないだろう。


「少し長くなるわよ」


 紅茶で喉を潤してから一息ついて、それから主は語りだす。


「始まりは陛下に老いの兆候が見え始めた事。次の皇帝が誰になるのかで城や帝都がざわつき始めた」


 まずは皇帝の長子、天魔七将ガイアードが後継者の名乗りを上げた。

 あくまでも現帝の子としてではなく、ガイアード・ヴェゼルザーク個人として皇帝の座を目指すと宣言したのだ。

 自らの派閥を形成し勢力固めを開始したガイアードに対し、即座に対立派閥ができる。

 宰相アークシオン・ブロードレンティスの派閥と、天魔七将ギエンドゥアン・マルキオンの派閥であった。

 後発の二つの派閥は後継者狙いを公言してはいないがそれぞれの盟主を次の皇帝とするべくやはり勢力の増大を画策した。


 ……そんな時、天魔七将の一人が引退し席に一つ空きができた。


「そこで私に白羽の矢が立ったわけ。陛下のご指名でね。二つ飛び級になって私は学園を卒業して、お城に上がって七将に任命されたわ」


 無論、鶴の一声で何もかもがスムーズに進んだわけではない。

 他に数名いた七将候補をファルメイアは実戦さながらの試合で完膚なきまでに打ち負かしその座を手にしたのだ。


「そしたら、ま~……寄ってくる寄ってくる、三つの派閥の関係者がね。うちの派閥に加われって。私は特に陛下のお気に入りって思われてたからそりゃ熱心に勧誘されたわ」


 その時のことを思い出しているのか、うんざりした顔になる紅蓮将軍。


「それがあんまり鬱陶しかったから、私は全部の勧誘をちょっと強めに拒絶したわ。その辺のことは後で少し後悔した。もう少し穏便に上手に立ち回るべきだった。ま、若気の至りね。……アドルファス将軍なんてその辺本当に上手いわよ。のらりくらりとね」


 ふぅ、とファルメイアが疲労を滲ませた溜息をつく。


「かくして紅蓮将軍は全ての派閥から危険視されて敵視されました、ってワケ。仲間にならないなら蹴落としてやるって。まあ、露骨に失脚を狙ってくるような事はないけど発言力が弱まるようなダメージを負うミスを誘う罠がいくつも仕掛けられた」


 苦い顔で目を細める紅蓮将軍。


「……そして、ある軍事行動が私に命じられた」


 シンガンの制圧。

 その責任者に紅蓮将軍は任じられたのである。


「実質臣従している相手から最後の一番大事にしているものまで取り上げてこいっていう仕事。帝国にしたって何のメリットもないわ。帝国はもう、その程度の事で面子がどうのってレベルじゃないくらい強大な組織になってるんだから」


 シンガンの街の住民は開祖であるリョウアンが慕って師事した賢人リクウの教えを誇りとして大切にしている。

 それがわかっているからこそ帝国もこれまでそこには触れてこなかったのだ。


 シンガンは学者と書家の街。ほとんど武力はない。

 軍事力で目的を達成すれば人でなしと言われよう。

 話し合いを纏めることができなければ無能と誹られよう。

 ……どう転んだところでほぼケチがつく事は決まっている貧乏くじの任務であった。


 それを彼女の仕事と決定したのは帝国議会だ。

 三人の宰相と二十八人の上級議員によるこの議会は帝国の政策のほぼ全てを決める場である。

 中でも絶大な権限を持っているのは三人の宰相であり……そして現在その三人は継承の三派閥に綺麗に所属が分かれている。そもそもブロードレンティスなどは派閥の盟主だ。

 その三宰相の意思が紅蓮将軍の権威の失墜で統一された結果がこの任務である。


 数万の自軍より二百騎のみを引き連れ、紅い髪の女将軍は帝都を出発した。

 そして交戦の意思がない事を明確にする為にその二百騎も新兵同然の下級騎士から選んだ。

 しかしそれは彼女の判断ミスであった。

 この事は後程彼女にとっての大きな痛撃となる。


「本当に……これだけでよいのでしょうか?」

「二百でも多すぎるくらいよ。いい? 陣は絶対に街から見えない場所に敷くのよ」


 不安げな騎士に落ち着いた声で告げるファルメイア。

 戦闘行為どころか一人が剣を鞘から抜き放っただけで事態が大幅に悪化しかねない。

 彼女は慎重を期して事に当たっていた。


「そして私は……リュウコウ殿との会談に臨んだ」


 祖父の名を聞いてレンが一瞬悲しみに瞳を揺らす。


「……聞いていた通り、思慮深く聡明な方だったわ」


 ファルメイアの声のトーンがやや落ちる。


 帝国の無茶な要求に対して太守は冷静で温和な態度ながら拒否の姿勢を示した。

 ファルメイアは辛抱強く彼を説得した。

 奪うばかりで来たわけではない。

 要求を呑んでくれれば以降の税を一定の割合減じることと帝都と全く同じ社会保障の適用を自分の名で約束した。

 会談は半日に渡り、結論は出さず一旦お開きとなった。


 翌日、ファルメイアの陣にシンガンよりの使者が現れる。

 再度の会談を求める要求に彼女は応じて従者を二名だけ連れて再びシンガンの街の門を潜った。


 そして彼女が街の中心部に至ったその時が惨劇の始まりだった。


 突如として街中に火の手が上がる。

 悲鳴や怒号が飛び交い、街は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「……紅蓮将軍が火を放ったぞ!!!」


 誰かの叫び声が聞こえた。


 ギリッ!とファルメイアの奥歯が鳴る。

 自分が罠に掛ったことをこの時彼女は悟った。


「違う!! 私は戦いに来たわけじゃない!!!」


 火の粉の舞う空に紅蓮将軍の悲痛な叫びが轟く。

 だがその声はもう誰にも届かない。


 街が炎に包まれるのと同時に帝国兵を装った者たちが姿を現し住民の虐殺を開始した。

 悲劇は更に続く。

 混乱を収めようと奔走している彼女の前で陣に待機させていた配下の騎士たちが街へ突入し戦闘を開始したのだ。


「……何をしているの貴方たち!? やめなさい!!!」


 ……ファルメイアが陣を出発して間もなく、彼女の伝令と言う者が陣に現れ残った騎士たちに紅蓮将軍の伝言だとして一つの作戦を指示していた。

 それは『シンガンに反抗の意思あり。異変あらば直ちに街へ突入し住民を討て』というものであった。

 伝令は偽物であり、経験深い騎士であれば疑問を持っただろうが不幸にもこの時ファルメイアが連れていたのは下級騎士ばかり……だれもその指示をおかしいと思う者がいなかった。


 ……甘かった。


 灼熱の炎の中に立つファルメイアが血が出るほどに強く握りしめた拳が震えていた。

 自分の失点を狙う命令だとは思っていたが……ここまでの事をしてくるとは。


 焼け落ちていく街を見る紅蓮将軍の厳しく細められた目の端に涙の雫が光っていた。

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