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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第22話 刃の夜 前編

 帝城の中庭。

 芝生の上に大きな椅子を置いて二人の男が同じ方角を向き杯を傾けている。

 眼下には地平まで市街が続く広大な帝都が一望できる。

 城でも一番景観の良い場所だ。


 一人は皇帝ザリオン。

 年老いた覇王がゆっくり杯の酒を飲み下す。


「よい味だ。南にもいい酒があるな」

「左様でございますぞ。程よい苦みに微かな甘み……陛下がお喜びになるかと思って持ち帰りました」


 隣に座るのは特注であろう白いスーツに身を包んだオークの巨漢。

 上品な髭が自慢の紳士天魔七将アドルファス将軍だ。

 人間ならば大の大人が2人で座っても大丈夫な大椅子も彼が座れば窮屈そうである。


「今日も……爽やかな匂いをさせておるな」


 皇帝が隣の将軍を横目で見て言う。


「ホホッ。クア・デイル社の今年の新作でございます。陛下はあまり主張し過ぎない香りがお好みのようでしたからからな。今日はこれを選んでつけております」

「香料か……。ククク、変われば変わるものよ。かつては鼻の曲がるような悪臭をさせていたお前がな」


 笑う皇帝に大きな体を縮こませて冷や汗をシルクのハンカチで拭うアドルファス。


「あぁ~……そのお話は何卒ご容赦を」

「よいであろう。良き思い出だ」


 そしてザリオンは視線を雲の彼方へと送る。


「あれからもう……四十年以上か」


 ……………………。


「グゴォガァハハハハハハハハッッ!!」


 天を仰いで哄笑している巨大な亜人。

 突如として当時の帝都に殴り込みをかけてきたオーク軍……それを率いる者。

 オークロード『ガド・ゴーン』……それは彼らの言葉で『引き裂いて血を啜るもの』という意味なのだという。

 薄汚れくたびれた革製鎧とボロ布に身を包み鎖を巻き付けた武骨で巨大なハンマーを肩に背負っている。

『粗暴』を体現するかのような生き物であった。


「聞いたぜ聞いたぜェ!!! 王サマよぅ!!! お前ェ強けりゃどんな奴だって国に迎え入れるんだってェ!!? オークでもかよ!! オレたちみてぇなよォ!!!」


 そしてそれと対峙する男。

 2m近い巨躯の男だがその体躯をもってしても目の前の巨大なオークからすれば大人と子供以上の体格差があった。

 鉈に似た大剣を背負った戦士。

 背の中ほどまである黒髪を風に靡かせた精悍な顔つきの眼付きの鋭い男。

 バサバサと乱雑に生やした髭の中の口元が犬歯を見せてニヤリと笑う。


「ああ。二言はねえ」


 黒髪の男……若き日のザリオンの言葉にガド・ゴーンが連れてきた大量のオーク兵たちが周囲で口笛を吹いて盛り上がっている。


「てめぇに勝てば全部オレのもんだって話も本当かァ!!??」


 雄叫びを上げハンマーを振り回すガド・ゴーン。

 武器に巻き付けられている鎖がじゃらじゃらと鳴りオーク兵が手を叩いて奇声を発し跳ね回る。


「ああ、俺に勝てたら持っていけ。……金銀財宝(カネ)だろうが帝国(くに)だろうがな」


 そしてザリオンは背の大剣を抜いてオークの王へ突き付けた、


「だがな。俺が勝ったらお前は俺の手下だ!!!」


「上ォォォ等だァァァッッ!!!その言葉忘れんじゃねえぞぉぉぉッッッッ!!!!」


 襲い掛かるオーク王。

 迎え撃つ皇帝。

 両者の武器がぶつかり合い激しく火花を散らした。


 そして10分の後にガド・ゴーンは生涯初めての敗北を喫して満身創痍で大地に大の字で転がったのだ。


「これで決まりだな。お前は今から俺の手下だ」


 ぱんぱんと砂埃を手で払って落としているザリオン。

 数か所の掠り傷から軽く出血している。彼の負傷はその程度だ。

 対するガド・ゴーンは全身血塗れで立ち上がれなくなっているというのに。


「………………………」


 荒野で無敗を誇った亜人の王はその現実に言葉もない。


「まずは風呂へ入れ。お前らの生き方やり方はなるべく尊重してやるつもりでいるが……。その体臭(におい)じゃ人に交じってやってくのは難しい」


 そう言ってザリオンは倒れているオークに背を向け立ち去っていった。


 ……………………。


「お蔭様で今では朝昼晩と一日三度入浴しませんと調子が出なくて困ります」


 昔を懐かしんでいるアドルファス。

 その彼に皇帝は苦笑する。


「極端なやつだ」


 そして老帝は杯を傾け長く息を吐いた。


「お前はまだ百にもならんか。まだまだ生きられるな」


 オークのロード種であるアドルファスの寿命は三百年以上。

 皇帝とほぼ同い年である彼は寿命までまだ二百年以上ある。


「お前のような男がいれば余も安心して旅立てるというものだ」


「…………………」


 アドルファス将軍が膝の上に置いた大きな拳が震えていた。

 俯き気味に彼は静かに落涙している。


「おい。泣くな。……でかい図体をしおってからに」

「陛下。そのような事を仰られますな。……寂しゅうございますぞ」


 フッと微笑したザリオン。

 その彼に将軍が震える声で言う。


「余は好きに生きた。やりたいように何でもやってきた。望んだ物もほぼ全て手中に収めてきた。だが……老いは宿命(さだめ)よ。こればかりは余でもどうにもならぬ」


 顎から生える長い白い髭を指先でザリオンが弄ぶ。


「後はこれからの者たちで決めてやっていけばよい。その行く末が楽しみな者たちも多いが……」


 いくつかの横顔が皇帝の脳裏を過っていく。

 年老いた覇王が穏やかに笑う。


「それを見届けるのはもはや余の役割ではない。そのくらいの未練が立ち去るには丁度良い塩梅よ」


「陛下……」


 尚も消沈した様子のアドルファスの腕を隣から軽く皇帝が叩いた。


「しょぼくれるなと言っておろうが。余も今日明日には死なん。くれぐれも余の記憶の中の最後のお前の姿をしおしおになってるようにするでないぞ」


「……ホホホ。では陛下にお喜び頂けるように張り切って務めるようにいたしましょう」


 任せておけ、というように力強く胸を叩いた将軍。

 そろそろ傾き始めた太陽が中庭の二人の足元に長い影を作っていた。


 ───────────────────────────


 レン・シュンカの日々は続いていく。

 屋敷で働き、学園で学ぶ毎日。


 ……充実していた。

 例えそれが本人が望んでいないものだとしても。


 夜のお茶の時間に主人に日々の出来事を報告する。

 初めは話題に窮したその時間も今では話に事欠かない。

 それを聞くファルメイアが楽し気な様子な事が後ろ暗さを胸に生むこともあったが……。


 そして今日もその時間がやってきた。


 お茶の一式を揃えたトレイを手にレンが主の部屋の扉をノックする。


「入りなさい」


 いつもの通りの彼女の返答があった。


 ……だが、この夜はそこからがいつもとは違った。


 部屋にレンが入ると、彼女はいつもの書斎机にはいなかった。

 豪華で大きな木製の書斎机。

 そこに座ってレンの話を聞きながらお茶を飲むのが彼女の変わらぬスタイルであったはずなのに。


 今、彼女はそこにはいない。

 部屋の側面の壁にある書棚の前の長机、そこに着いている。

 背もたれのない椅子に座って机の上に並べられた書類の束に目を通しているようだ。


 ……部屋に入ってきたレンに対して完全に背を向けた体勢でだ。


 俄かに心臓が激しく脈打ち始める。

 この鼓動の音を聞かれて彼女が振り返ってしまうのではないかというほどに。


 待ち望んだ瞬間が訪れた事をレンは悟った。


「悪いわね。仕事が立て込んでてね……。書類(これ)のチェックが終わったらお茶にするから待っててくれる? もう少しかかりそう」


「……はい」


 振り返らずにそう言うファルメイアに声が震えないように必死に感情を抑えて返事をするレン。


 今の彼女は白いブラウスに赤いスカートの部屋着姿で……湯浴みを終えて後頭部で髪を束ねて左肩に流している。

 座って机の上の書類に視線を落としている彼女は無防備な白いうなじが露出した状態だ。


 懐には短刀がある。

 この日を思って今日まで研ぎ続けてきた刃がある。


 全てを……終わりにする日がきた。

 自分が胸に抱えてきた地獄の怨念と、この一か月余りの儚い幸福な夢の……そのどちらもを。


 音を立てないように細心の注意を払いながら短刀を取り出し革製のケースから静かに抜く。


 そして、それを手に無音の暗殺者と化したレンがファルメイアの背後に立った。








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