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紅蓮将軍、野良猫を拾う  作者: 八葉
第一章 炎の記憶の復讐者
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第17話 帝国の金庫番

 森での狩りの最中にレンが毒刃に倒れてから5日。

 ようやく彼は退院を許されファルメイアの屋敷に帰ってきた。


「休んでて遅れた分の勉強は先生に聞くなりしてちゃんと取り戻しなさいよ。そういうの放置するとどんどん成績落ちていくんだからね」

「わかりました」


 何やら教育熱心な母のような事を言う主人にレンは素直にうなずく。

 自分としても心に秘めた目的の為に落ちこぼれるわけにはいかないのだ。

 一定以上の成績は維持しなくてはならない。


「後、あんたの怪我だけど毒のある魔獣にやられた事になってるからよろしくね」


 事情を知らない者にはそういう事として押し通すという事だろう。

 まさかヒビキを狙った暗殺者が現れたと言えるはずもないし妥当な処置といえる。


「その、ナグモの事なんですが……」


 言いよどむレン。

 これは報告するかどうか迷ったのだが先日コミュニケーション不足を叱責されたばかりだ。やむを得ない。


「何よ?」

「何か……気に入られてしまったというか。懐かれてしまったみたいで」


 慎重に言葉を選びながらもごもご言うレン。


「ふ~ん?」


 猫みたいな目でニヤリと笑う女主人。

 どんな返答が来るかと身体を強張らせ身構えるレンであったが……。


「いいんじゃないの? 前も言ったでしょう。色々なやつと交流しなさいよ。ナグモヒビキは必ず上がってくるわ。仲良くしといて損はないわよ」

「そうですかね……」


 地元の家族を思い浮かべつつメチャクチャにしろとか言われたんですけど、と一瞬考えるレンだが流石にそれは口には出せなかった。

 困っている様子のレンを見るのが楽しいのか、ファルメイアはくすくすと笑っている。


「色々と楽しい話が増えそうね。これから夜のお茶はシルヴィアと1日交代で持ってきてちょうだい。レンの担当の日はシルヴィアは休んでね」

「畏まりました、お嬢様」


 それまで無言で主人の側に控えていた銀髪のメイド長が一礼する。


 ……どくん、と心臓が一度大きく鳴った。

 呼吸が乱れそうになるのを耐えるレン。


 また……復讐へ一歩進んだ。


 これまで主人と会う時はほとんどがシルヴィアが同席していた。

 それがこれからは2日に1度は二人きりで夜に顔を合わせることになったのだ。

 無論一対一だとしても正面から襲い掛かって暗殺を完遂できる可能性などほとんどないだろう。


 だが……だが、もしも。

 その際に彼女が隙を見せる事があれば……。


「わかった? レン」


 ファルメイアは笑っている。

 見るものまで華やかな気分になれるような、そんな明るい彼女の笑顔。

 ……それが今も自分の中には暗く長い影を落としている。


「わかりました。ファルメイア様」


 そんな心中を悟られまいとするように務めて事務的に頭を下げるレンであった。


 ────────────────────────


 帝城ガンドウェザリオス、玉座の間。

 玉座に着く皇帝ザリオンの前にファルメイアとジンシチロウが控えている。


「そうか、戻ったか。何よりだ」


 ファルメイアからレンが退院して屋敷に戻ったという報告を受けた皇帝が鷹揚にうなずいた。


「死んでおれば勇敢と褒めてやるべきか愚かと嘆けばよいのか判断に迷うところであったがな。自分も庇った相手も生き延びて敵は全員討ったのだ。ならば良くやったと褒めてやってよかろう」

「有り難きお言葉感謝いたします」


 優雅に一礼したファルメイア。

 その礼はレンの代理としてという事だ。


「アサシンどもは手練であったのだろう。それを一人で全員斬るとはお前の娘は中々のものだな」

「は。此度の事でまた一段階腕を上げたようです。いずれは自分を超える戦士になるかと」


 表情を変えずに告げるジンシチロウ。

 頼もしい事だ、と皇帝が笑う。


「……………………」


 東方から来た近衛の(つわもの)……その横顔をファルメイアは黙って見ている。


(身内可愛さで話を盛るような人物じゃない。つまり……)


 紅い髪の将軍がやや目を細めた。


 つまり、無双の剣客であるジンシチロウの強さをいずれ娘のヒビキが超えるという事だ。


 ────────────────────────


 皇帝への謁見を終え帝城の長く広い廊下を一人で歩くファルメイア。

 通り過ぎる赤い鎧の女将軍に兵士たちが皆頭を下げる。

 そんな彼女の瞳が反対側から歩いてくる一人の男の姿を捉えた。

 数名の文官を従えて歩くその男は明らかに一人だけ周囲とはオーラが違う。


「やあ、これはこれは。麗しの紅蓮将軍殿……ご機嫌は如何かな?」


 良く通る声で挨拶する男。

 煌びやかで派手なのだが下品ではない衣装に身を包んだブロンドの美男子である。


「良くもなく悪くもなく、普通ですね。宰相殿」


 淡々と答えるファルメイア。

 悪くもなく、と言いながらも「面倒くさいなー」という内心が若干態度に出てしまっている。


 帝国三宰相の一人、アークシオン・ブロードレンティス。

 人呼んで『帝国の金庫番』……主に経済部門のあれこれを取り仕切る宰相である。

 地位に対して酷く若く見える宰相。

 その見た目はどう考えても二十代前半だ。

 舞台役者のように輝いて華のある美形である。


「将軍殿とお会いできるとは今日はなんと幸運な日だろうか! どうだい? 近く……とても腕の良いシェフのいる店を見つけたんだよ」

「ご遠慮させて頂きます。見つけたって……貴方が経営に噛んでるんでしょ?」


 宣伝に使われるのは真平御免……とそっけなく彼を振ったファルメイア。

 七将も訪れた店、という風に喧伝される未来が見える。


 半目で自分を見るファルメイアにアークシオンが額の右側に指を当てるとよろめくような仕草をする。

 ……どうにも所作が一々大袈裟で芝居がかった男である。


「いやいや、それは誤解だよ将軍殿。今回お誘いした店は本当に僕とは無関係さ」

「それでもよ。食事の時まで政治の話はしたくないの」


 嘆息して首を横に振るファルメイア。

 落胆した表情でアークシオンが肩をすくめた。


「そんな無粋な真似はしないよ。美味しい食事を楽しみながら他愛のない話がしたいだけさ。(まつりごと)とは離れた……僕たちの未来の話とかね」


 そうしてアークシオンが見せた微笑は若い娘であれば大抵の者は胸をときめかせてしまうような、そんな危険な魅力を秘めた笑みであった。

 しかしそんな魔性の微笑みもファルメイアの心を動かす事はない。


「お生憎様。例え話は貴方の言った通りだとしても貴方は『私と二人で会った』という事実を最大限に利用するでしょう? 前にも言ったと思うけど私は政争に関わる気はないの。話が落ち着くまでの間は三つの派閥のいずれとも距離を置かせてもらうわ」


 帝国の絶対的な支配者、皇帝ザリオン。

 しかし彼は高齢であり帝国は次の帝位の事を考えなければいけない時期に来ていた。

 かねてより実力主義を標榜しそれを貫いてきたザリオンは自らの跡継ぎを指名していない。

 彼は数人いる自分の子供たちにも一切の地位を与えてこなかった。

 今国家の要職に就いている彼の子供たちは全員実力でその地位を勝ち取ってきた者たちである。

 その皇帝が後継者は指名しないと言っている。

 ……望むのならば、自ら掴み取れと。


 公然と、或いは非公然にザリオンの次の玉座を狙う者が三人いる。

 彼らは今、影に日向に帝位獲得の為に自らの勢力を拡大させる事に余念がない。


 その三人の内の一人がこの男……宰相ブロードレンティスだ。


 紅蓮将軍は宰相とすれ違う。

 肩越しにひらひらと手を振って。


「それじゃあね。御機嫌よう、宰相殿」


 白い外套を靡かせ歩み去っていく赤い鎧の後姿をアークシオンが無言で見送った。


「皇帝陛下のご寵愛を受けているからといって、少々思いあがっておるご様子ですな」


 アークシオンの取り巻きの一人の文官が苦々しげにそう言った。


「こらこら、そういう事を言うものじゃないよ」


 そんな部下を宰相はやんわりと嗜めた。


「可愛いじゃないか。僕が一人の女性として彼女に夢中なのも事実なんだけどね。……まあ、今は時期が悪いか。いずれ落ち着いて話ができる日もくるだろう」


 微笑んで肩をすくめ、美丈夫はファルメイアとは反対方向へ歩き始めるのだった。


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