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命の交換

作者: アトムム

私は小さい頃、時間の交換が出来たらいいなと常に考えてながら学校生活を過ごしていました。

例えば、小学生の時は体育が苦手だったのでその授業時間をワープして好きな休み時間に移動出来ればいいな。とか、試験の時間をワープして終わった時間に出来ないかな。とか一度は誰もが考える事かもしれません。

大人になった私が、今回真剣に命の交換が出来たらいいなと考えたのは、私の愛犬が病気「癌」になった事で愛犬が死に向かって辛い日々を送る事となったためです。私の命が後二十年あるのなら、私の命の十年分を愛犬に、そして私も後十年間一緒に楽しく生きて一緒に天国にいけるとしたら、どんなにいいのかと強く思いました。愛犬を見送り、しばらくは何もやる気が起きず、食事も食べたくない状態ではありましたが、愛犬との辛く苦しい日々を過ごしたからこそ、私は人生の今後の目標を明確に持つ事が出来ました。

「苦しみのトンネルを抜けた後にしか見えない景色がある」というのは本当の事だといい年齢を迎えて初めて知る事が出来ました。

私は看護師として二十五年努めてきましたが、人の寿命は定められているのだと強く感じる事が多々ありました。しかし、命を交換出来る世の中となれば、その定められた寿命に反する事となります。みなさんはどのような行動をとりますか?私は間違いなく愛犬のため命を買っていたと思います。

命の交換システムが出来たなら、私達にとってプラスかマイナスなのか?命に有効活用などあるのか?もしその様な世界になると、とても怖い世の中になるのではないかと想像も出来ます。

この小説を通してご自分の命やご家族の命について少し立ちと止まって考える時間のきっかけとなれば嬉しく思います。


電車から流れる景色をぼんやり眺めながら自分の人生を振り返っていた。私は何のために生まれてきたのだろうか。物心ついた時には父親はもういなかった。そのため他の家に比べると貧乏だった。欲しい物を買ってもらえない事が多かったので、小学生になる頃には周りの子と同じようなおしゃれな服やかわいい鉛筆に筆箱など欲しくても買ってとは言えなくなっていた。母親は1日中働いて幼い私は、一人で過ごす時間が多かった。寂しかった。毎日帰りが遅い母をじっと待っていたあの頃を思い出す。

母が一度大きなケーキを買ってきた事があった。「どうしたの?」と聞くと「今日は夢美の誕生日でしょ。いつもは小さいケーキだけど、今日は夢美と思いっきり甘い物が食べたくて」母は笑顔で答えた。人生初めての大きくて丸いケーキはとても嬉しかった。いくら食べてもまだまだある。生まれて初めて大きなケーキにろうそくを立てた。ろうそくは確か十本だったな。あの時はケーキをおもいっきり食べられて嬉しかったけど、母はなぜか泣いていた。幼かった私は母がケーキを思い切り食べられて嬉しいのかと思っていたけど、今思うと何かあったのだろうと思う。あの時の母の涙が母の涙を見た最初で最後であった。

幼い頃によく父の事を訪ねた。他の子が父親と楽しそうに遊んでいるのが羨ましかったので自分の父親の事を知りたかった。でも、母は「あんまり覚えていない」と話をする事を嫌がっていた。私が何回聞いてもあまり話したがらない母の様子を見て聞くことはやめた。きっと母は父の事があまり好きでなかったのだろう。父の事は分からないが、幼い私と一緒に写っている三人の写真は笑顔であった。その母は私が二十歳になり二人でお祝いした日の夜に体調を崩して入院した。入院してわずか二週間足らずであっという間に亡くなった。信じられなかった。

母はよく、「夢美が成人するまでは」と口癖の様に言っていたので、成人した私をみて自分の役割が終わったとでも思ったのか、体調をくずし、退院する事なく亡くなってしまった。それは母の役割を立派に果たしたというよりも、私には母は何の為に生まれてきたのかという悔しい思いの方がおおきかった。家族はもう誰もいない。一気に孤独になった。高校を卒業して直ぐに就職して働いた。早く母を楽にしたかった。その願いを叶えることなく、母が亡くなった。その後も頑張って働いていたが、二十五歳になった頃から付き合っている人は?結婚の話はないのか?など先輩達からいろいろと聞かれる機会も増えてきて同期の子は結婚予定があり、周りから祝福を受けていた。しかし、そんな予定のない私にとっては苦痛でしかなかった。孤独がますます増していく気がして辛くなった。居場所がなくなった。それでも生きていく為に仕事は続けてきたが、突然なぜか疲れてしまった。

幼い頃から他の子と比べると我慢する事が多かったと思う。大人になって直ぐに最愛の母を亡くし、母の病にも気が付いてあげられなかった自分の事も情けなく責め続けた。母は私のために貯金をしてくれていた事が分かった。きっと結婚資金なのだろう。私の為に節約して、母が新しい服を着ているのは見た事がなかった。しかしその貯金は使用する事はない。「ごめんね。お母さん」母の墓はまだ建てられていない。母と離れる事が出来ないでいる。私はあまり明るい性格ではないので友達もあまり出来ない。学生の頃から友達が夢中になっているゲームやお化粧など興味がなく話に全くついていけなかった。自然と一人でいる様になった。バイトをしていたが、バイト代は母が少しでも楽になる為に家に入れていた。でも母は私が渡したお金はそのまま私名義の通帳に貯めてくれていた。自分の人生を振り返った今、誰を責めるわけでもないのだが、この私の命はもっと長生きしたい、生きたい人の為に使って欲しいと思った。そう、それでいいと自分の考えを改めて見直す。丁度見直したところで、目的地の駅に着いた。

駅から徒歩十分くらいである。東京でも田舎の方に建てられたこの施設は命を売り買いする事が出来る最新の施設であった。五年前からこの制度が始まり大きな反響があった。賛成・反対が同数ほどあったが、実施される事となった。命を購入する手順としてはまずは、インターネッツトで命を売るのか、買うのかを選び名前や年齢性別を入力していく。最終の質問の記入が終わると、今から1ヶ月間本当に命を売ってもいいのかを考えてくださいという画面となり、もし1ヶ月経過しても考えに変化がなければ、面接を行いますのでご予約して下さいとの流れになっていた。

本日面接のため東京を訪れていた。久しぶりに来た東京は相変わらずの人混みであった。就職が決まった時に一度母と東京見物に来た。その時は人の多さに疲れてしまったが、母は「東京に一度も来た事が無くては今後困るかもしれないから」と言っていた。が命を売る為に東京に来る事になりその為の役に立つとは思ってもみなかった。結局母はいつも私の事を思ってくれての行動だった。東京に来て母と一緒におしゃれな店でランチをした事を思い出していると目的地に着いた。

命を交換出来るこの施設は全面ガラス張りの大きな建物であった。自動ドアの中は光が反射して外から中は全く見えなくなっていた。ここに入ったらいよいよ死ぬための準備が始まるのかと思うと少し怖くなってくる。でも、今まで十分考えて自分の命はもっと生きたいと願っている人の為に使いたいと覚悟したのだから、と自分に言い聞かせて、やや緊張して自動ドアの前に立つ。静かに開いたドアの奥には清潔感あふれる真っ白な壁と綺麗な女性スタッフが受付と書かれたカクンターに一人座っていた。他の人の姿はなく、おそらく命を売る、買う人達が出会う事が無いように配慮されている様子だった。受付へ向かうとその女性は優しい笑顔で「十三時ご予約の佐々木様でございますか?」と優しい口調で言われた。「はい」と答えるが緊張しているのか声が自分の思っている以上に小さかった。「直ぐにご案内しますので前の椅子でしばらくお待ちください」と言ったその優しい笑顔の女性はとても綺麗で心地の良い声をしていた。私と同じ年齢くらいであるが、こうも違うものかと自分の事がかわいそうになった。あれだけ綺麗に産んでもらったのなら幸せな人生だろうな・・でももう死ぬのだから関係ないと自分を励ました。

「お待たせいたしました」と白衣を着た三十代くらいの人が、佐々木様で間違いございませんか?」とこちらの方もまた優しい微笑みであった。命を売る選択をした私を可愛そうな人だと労ってくれている笑顔なのだろうと感じた。「はい」と思わず緊張する。と一つの部屋へ案内された「まずは血液検査を受けていただきます」と採血される。血液検査など、死ぬ私がなぜ必要なのかよく分からなかったが言われるがまま三本ほど採血された。それが済むと、座り心地のいい椅子に座るよう言われ座っていると、今度は五十代の医師らしき人が現れた。私と向かい合わせに座る。さっきの採血してくれた人は看護師さんかなどと思っていると、その方はゆっくりと口を開かれた。「初めまして。医師の古川と言います。佐々木様の命を担当させていただきます。」と挨拶され、「宜しくお願いします」と緊張する。医師は「命を売るという事に迷いや悩みは本当にございませんか?」と聞かれて一瞬戸惑った。医師は続けた。「人生はたった一度きりですが、ご両親の承諾はお済みですか?勿論十八歳を過ぎておられるので両親の同意はいりませんが・・・」と私の目を真っ直ぐ見て言った。医師の目に負けない様に大きな声で答えた。「私にはもう両親はいません。亡くなりました。私は自分が生きている意味が無いと思うのです。母が亡くなってから毎日そう感じながらこの五年なんとか生きてきました。それならばこの命を病気で苦しんでいる幼い子の為に使いたいのです。テレビ番組で幼い子供達が病気で亡くなる様子を見ました。無駄に生きているよりもこの命を有効に使いたいと思いました。」

「でも、少し心配なのが貴方はまだ二十五歳でこれから人生が充実していく時だと思うのです。まだまだ人生の初旬に過ぎないのです。生きている意味などは必要でしょうか?これから歳を重ねて考えていく時間はありますよ。」と言われた。私は自分の決意が揺らがないように必死で言った「でも私は今この現状から速く抜け出したいと思っています。幼い頃から孤独で私には母しか心を許せる存在がありませんでした。その母も、もういないこの世の中。これから先もただ生きているだけの存在ならば私が人のために出来る事。それが、命を有効活用する事なのです。」と思わず大きな声になった。医師は静かに言った。「私も若い頃はいろいろとありました。でも今は生きていて良かったと思います。」

直ぐに命を売るための手続きに進むと思っていたのにカウンセリングの様な事が始まった。「私はこのまま生きていく事は辛いのです。本当に辛いのです。一ヶ月の間十分考えました。命を売ることは出来ないのですか?」私は涙が出ていた。私の様子を見て医師は「分かりました。ご意志は堅いようですね。では具体的に手続きに入らせていただきます。」と穏やかに言われた。私の様子を見て「話を具体的に始めますが、よろしいですか?」と聞かれて「はい。大丈夫です。よろしくお願いします。」と答える。「一年間の命は五十万円となっております。佐々木様はまだ二十五歳です。血液検査のデーターからあなたは七十五才までの寿命となる可能性である事が分かりましたので、五十万円の四十九年分となりますので二千四百五十万円となります。ご確認下さいと」と書類を渡された。いきなりの大金の話に驚いた。医師は続けて説明される「月が途中となると計算がややこしくなりますので、来月一日からの計算とさせていただきます。ですから、十月一日からの一年後貴方はお亡くなりになります。その際は今からお渡しする命交換札を首から下げた状態で亡くなっていただきます。前日九月三十一日の十二時前までには必ず札を首からさげておく事をお忘れ無いようにお願いします。もし忘れたまま死んでしまったら警察から事件事故の捜査が始まってしまいます。この札があれば他人に死体を見つけられても警察沙汰にはなりませんので、安心して下さい。一応私どもから前日になると札の装着のご案内を差し上げます。忘れている方がまれにいらっしゃるので必ずお電話さしあげております。「自分が死ぬことを忘れている人がいるのですか?」と思わずびっくりして聞いた「そうなのです。お金を手にした後そのお金で事業を始めて成功されて日々忙しくしている間に命に期限があった事を忘れた方が先日もおられました。お電話を差し上げるとたいへん驚かれて直ぐに命を購入したいと申し出があったのですが、命の購入は少なくとも死亡日の一ヶ月前までと決まっておりますので・・」「そうでしたね。その方は?」「勿論、予定通り亡くなりました。」と平然とした口調で言われた。「なので気を付けて下さい。いまお話した十月一日にあなたの口座に振り込まれます。そのお金はもし命を買い戻そうと考えた時に必要となるお金です。その場合も一年間五十万円と同額です。あなたがやはり生きていたいと考え直された場合の為にどうか大切にお金をお使い下さい。後、命を購入する場合には年齢により購入出来る年数が決まっています。七十代の方々はお金があるからと命を何十年分も購入されると本当に必要な方へ命を提供出来なくなる事を防ぐためです。十五才以下の方達は最大五十年購入出来ます。その後例えば六十才に成った時まだ生きたければその時点で再度購入となります。二十代の方は四十年購入出来ます。三十代の方は三十年購入できます。四十代の方は二十年購入出来、五十代の方は十年間。六十代以上の方々は五年間となります。勿論再度五年間の購入も可能ですが・・・」と穏やかな口調であった。医師の話は続いた「あと、亡くなられた後の事なのですが、永代供養もあり当会社の埋葬施設へのご希望はございますか?お墓ではなくプレートという形ではありますが、ご自身で好きにプレートにデザインする事が出来ます。二十センチ四方で大きくはありませんが、死んだ後の事の心配はありません。ご希望される方が多いです」と言われネットでその事も調べていた私は「あの、母も一緒に入ることは出来ますか?」と母と一緒にその墓に入れるかを確認しようと決めていた。「お母様も大丈夫ですよ。ワンプレートお二人まで可能です」「では、母と一緒に入れるという事なのですね。」「はい。ご安心下さい。大丈夫です」夢美は心から安心した。母と一緒にいられるという思いから思わず笑顔になる。「もし、よかったら永代供養されている場所を見学されますか?とてもきれいな場所ですよ」夢美は思わず「是非、みたいです」と即答していた。

医師ではなく事務員さんの様な方から案内される。エレベーターで屋上まであがるが、なんと屋上は五十階を示していた。この建物が五十階まである事を初めて知った。あっという間に屋上まで上ると一面が大自然の中に居るかの様に思える程の景色となっていてびっくりした。綺麗な木々が植えられ、綺麗な川まで流れている。川には魚まで泳いでいるのが直ぐに分かった。遠くからでも魚が泳いでいる事が分かるのは、川の透明度を示していた。ここがビルの屋上だとは到底思えない程の広大な敷地であった。なんとそこにはすでにものすごい数のプレートが敷き詰められていた。ゆっくりとプレートのある小道を歩いてみる。おのおのにプレート内にデザインしてあった。夫婦の名前らしき二人の名前が刻まれているプレートが多く目に付いた。夫婦で命を売ったのか?それともどちらかが後追いか?と考えながらプレートを見ていると、そこに一つ見覚えのある名前があった。その名前は同じ会社の同期の子だった。確か結婚退職のはずだった・・・年齢も同じ二十五歳でとても綺麗な子だったし明るい子だった。なんで?同姓同名かともおもったが、とても珍しい名前でプレートには享年二十五歳と書かれていた。おそらく間違いないと思う。あんなに幸せそうに見えていたがそうではなかったのか?何があったのだろうか?とても気になった。勇気を出して話しかけていれば良かったのか?私とは全く違う人生を歩いている気がしてそう、とても輝いて見えていた。もしかしたら考えている事はよく似ていたのか?同期なので一緒に研修を受けるなど一緒に仕事をする機会も多くあった。その分比べられた。とても社交的で綺麗な同期の梅香さんと私は月と太陽の様に正反対の道を歩いている様に思えて避けていた。何か悩みがあったのか?結婚生活が上手くいかなかったのか?と思わず考え込んでしまう。

すると「そろそろ下に降りましょうか?」と事務員の方に言われてエレベーターに乗った。「とても綺麗でびっくりしました」と言うと「そうなのです。ここは命を売った方々が死後はせめて穏やかに過ごしていただけるようにとの思いから出来ましたので」と事務員さんは造った笑顔で言った。

再び医師の待つ部屋へ通された。「どうでしたか?とても綺麗な所でしたでしょ?プレートのデザインについてですが、デザインはメールで送っていただけましたら、そのデザインをプレートにした場合のイメージをこちら側から送らせていただきますよろしければ、プレートが出来上がった後お母様の遺骨をこちらまでご持参いただけますか?もしこちらに来るのがご無理でしたら貴方が亡くなる時に貴方の側に遺骨を置いていただければ、貴方のご遺体を回収に向かう際にお母様の遺骨も一緒に・・という方法も可能です。住所は最終日の電話の際にも確認させていただきますが、住所を変更した場合は必ずご連絡くださいね。「あっ。はい」と返事をする。話を聞いていると急に死が近づいてくる様な気がして思わず戸惑ってしまう。医師は私の様子を見て貴方の「大丈夫です。今私が説明した事は冊子にしてお渡ししますので、帰宅された後再度ゆっくり目を通してください」と言われた。「はい。」「何か分からない事やご質問はありませんか?」と言われて質問したかった内容を書いたメモを見返す。「あの、私が亡くなる時の事ですが、私の意識は突然無くなるのですか?」「あっ。すいません。ご説明が不十分でしたね。亡くなる日の日付が変わる一時間前くらいから身体がだるくなってきます。三十分前になると強度の眠気に襲われます。そのままお布団の中かで静かに眠る様に亡くなります。一切苦しむ事はございません。ご安心下さい。」「分かりました。後・・・私の選択は間違っていると思いますか?」と勇気をだして聞いてみた

医師は夢美の目を見て言った「貴方の選択がどうなのかを決めるのは貴方様自身ですよ。人間はよく自分の生きている意味などを考えて前にすすめなくなったり、悩んだりします。勿論それも大切ですが、動物達はどうでしょうか?ただ毎日を一生懸命生きています。私はもしかしたら実は人間よりも動物達の方がよほど高等な生き物なのではないかと感じる事があります。私達もただ毎日を自分なりに一生懸命生きているだけで十分なのではないでしょうか?後一年の間でよく考えて決断して下さい。」と真剣な眼差しで言われた。話は続いた。「毎年自殺者が多く、命の尊さを考えていただく為と同時に命を有効に使うために当社が出来ました。この制度が導入されてから約五年となりますが、ここにはすでに五万人の方のお墓がございます。それでもなおこの施設で命を有効活用できないまま自殺される方もおおく、年間約一万人の方々が自殺されているのが現状です。命とはいったい何の為にあるのでしょうか?」

帰りの電車の中で夕日を眺めながら、自分の命について真剣に、考える機会が出来たと感じた。いざ、あと一年の命となると、この一年はとても大切だと感じる。まずは何をしようか?後一年の命なのだからやりたくても出来なかった事をする。まずは今のぼろアパートを引っ越しするか・・・最後くらいはいい暮らしをしてみたい。今まで食べられなかった美味しい物を食べる。高級なフルーツやスイーツもいいな・・・と考えながら家の最寄り駅に着き、アパートに向かって歩き出した。

最後の一年くらいは贅沢してもいいよね。と独り言を言いながら涙が出そうになった。が涙をこらえて玄関の鍵を開けた。

早速アパートの荷物の整理から始めよう。新しい住居が決まったら直ぐにでも引っ越し出来る様に準備しておかないと。明日では駄目。今からは一日でも一時間でも無駄に出来ないのだ。後一年しか残されていないのだから、直ぐに行動していかないと。服をジャージに着替えて早速部屋の片付けを始める。片付けを初めて直ぐに幼い頃のアルバムが出てきた。何回も見たアルバムであるが、また見入ってしまう。父の写った写真の中の親子三人はとても幸せそうに笑っている。

この写真はとても好きだった。幼い頃から何回も見た写真。今みてもこの写真に写る父の顔は自分によく似ている。母は父によく似た私を嫌がる事なく大切に愛情をもって育ててくれた。朝晩と働いてあまり家にはいなかったけど、全部自分を育ててくれる為だと分かっていたし、お弁当や学校で必要な物を母が忘れた事はなかった。母の事を思い出し思わず「お母さん・・」とつぶやいていた。

母は末期癌だった。入院して二週間足らずで亡くなったが、その顔はとても穏やかであった。何で自分は母の体調の変化に気が付いてあげられなかったのだろうかと、自分を責めて苦しんだ。自分を責め続けた。自分が大嫌いになった。整理の途中で母が書いていたと思われるノートが出てきた。母の得意料理のレシピから思いついた買い物のメモらしき事から好きな歌の歌詞などごちゃごちゃと書かれていたそのノートは大分と年季が入っていた。そこに入院中の日記の様な物が書かれていた。「もう私の役目は終わった。大切な私達の娘を二十歳まで育てた。とても優しい子に育った。そろそろあなたの側に行ってもいいですか?早くあなたに会いたい。早く迎えに来て。」と書かれていた。どういう事?あなたとは父の事?母は父を愛していたの?今まで勝手に母は父が嫌いだと思っていた。違っていたのか?混乱する。そういえば母が父の話をしてくれなかったから父の事はほとんど知らない。父はどういう人で母とはどんな出会いがあったのか?このまま全く父の事を知らずに死んだら後悔するかもしれない。父の事を知りたい。そう強く思った。母は父を愛していたのか。だから末期癌で相当強い痛みがあった母なのにあの穏やかなむしろ幸せそうな顔で亡くなったのか?父が迎えに来ていた?だったら母は幸せな人生だった?・・私の為だけに働いた人生なんて無理して病気になってしまって可愛そうな人生と考えていたが父の事を愛し続けていたのなら母は実は可愛そうな人生ではなく、そこまで心から愛せる人が出来た人生なんてとても幸せな人生だったのか?と思った。もしそうであったとしたら、母の死に顔がとても穏やかであった事も頷ける。よし調べてみよう。でも、かといってどうやって父の事を調べればいいの?しばらく考えたが自分では絶対に無理だ。

そうだ、探偵に依頼すればいい。お金はある。最後の一年、後悔しない為にお金を惜しんでいても一年後までに使い切らないといけないし。よし、明日早速探偵事務所に行こう。

気持ちが前に向いた。

その夜ネットで探偵事務所を調べてなんだか興奮して眠れなかった。初めて父の事が分かるかもしれない。人生初めてのわくわく感。明日からの日々が少し楽しみになった。

翌朝、早速昨夜調べた探偵事務所を訪ねた。そこはイメージと違う清潔感のある綺麗な事務所で少しびっくりした。五十代くらいの社長らしき男性と社員らしき三十代と二十代くらいの男性。四十代くらいの女性もいた。みなさんとても清潔感があり優しそうで好感がもてた。

個室へ案内され、五十代の男性から名刺を渡され「ここの社長をしております渡辺敬です」と自己紹介された。やっぱり社長さんだ。その社長と女性も一緒に話を聞いてくれた。おそらくこの二人は夫婦だなと思っていると、「どの様なご依頼でしょうか?」と社長さんに聞かれてあっそうだ、人間観察している場合ではないと気合いを入れて依頼したい内容を説明する。「お父さんの身内の方は分からないのですか?」と穏やかな口調で聞かれた。その社長さんの声がとても心地いい。「はい。全く会った事もありませんでした。」次は女性から「お母様も?」と聞かれる。「はい。母の両親は母が幼い頃に亡くなったと聞いています。母は一人っ子だったそうです。」と社長さんが、「そうですか。お父様の情報はこの写真一枚ですか?」と心地のいい声で聞かれる「あっ、写真はまだありますが、この写真が一番新しいといっても二十年以上前ですが、最後の写真なのです」「そうですか。」と眉間に皺を寄せて少し間があった。断られるのか?と少しドキドキしたが、「お受け出来ますが、時間はかかると思って下さい。時間がかかるという事はお金もかかりますが、大丈夫ですか?」と優しい口調で言われた。私の耳にこの社長さんの声がとても心地いい「大丈夫です。お金はあります。」「では、写真一枚でお父様のご実家とお母様との出会い等を調べるという事でよろしいですか?」「はい。」引き受けてもらえて安心した。社長さんは話を続けて、「他の写真も何枚かお持ちいただけますか?」と聞かれて可能である事を告げると、女性の方が「コピーさせていただきます。大切な写真をなくしてはたいへんですからね。」と優しい笑顔で言われた。社長さんは「後、ご両親が結婚していた時に住んでいた場所は分かりませんか?」と聞かれたが「すいません全く分かりませんもの心付いた時にはもう今のアパートでした」「そうですか。分かりました。では手続きとお金の話をさせていただきます」とそこから一時間くらい話を聞いて書類にサインをして探偵事務所を出た。写真一枚しか情報がない私にも丁寧に対応してくれて安心した。

これで少しでも父の事が知れたなら嬉しい気分が少しあがった。家に帰る途中で退職した会社の先輩から話しかけられた。「あれ?もしかしたら佐々木さん?」「あっはい。お久しぶりです」と頭を下げる「突然辞めたからびっくりしたのよ。どうしたん?何かあったん?」と関西弁の先輩だ。「よかったら、一緒にお昼でもどう?貴方の退職の時に何もしてあげられへんかったから奢らせて」と言われそんな事を言ってもらえると思っていなかったため嬉しくて思わず笑みがこぼれた。「ありがとうございます。」二人でイタリアンの店に入った。「仕事辞めて今何しよるの?」夢美が何から話ししようかと考えていると、「あっごめんね。話したくなかったら無理に話せんでええんよ。ついなんでも気になったら聞いてしまうのが、くせなんよ。」と言われた。「いいえ。私は母が亡くなって働く事が・・働いている目標がなくなって・・もう嫌になってしまって・・。」と正直に答えた。少しびっくりした様子であったが、「そうか、でも時間が佐々木さんの気持ちを少しずつ楽にしてくれるわ。今は辛くても大丈夫やで。私も同じように考えた事あるんよ。でも、今は元気やろ?あんまりたいした事言えへんけど、ごめんな。」と言ってくれた。その言葉は心から話をしてくれている事が分かって他人の優しさが嬉しく思えた。

「ありがとう。ございます。そうですね。」と答えところで、パスタセットが二人の前に運ばれてきた。「美味しそう」と二人の声が揃って二人で笑った。母以外の人と一緒にご飯をプライベートで食べる事が初めてだったのでとても嬉しく、今までいろいろと聞かれるのが嫌で先輩達を避けていた事を後悔した。      亡くなった同期の子の事先輩は知っているのか気になり聞いてみる。「あの子、結婚した後の事は分からへんわ。何で?」「いえ、私同期だったのに何もお祝いしてあげてなかったから今からでもと思って・・・」と答える。流石に、お墓を見たとは言えない。「もう、ええやろ?そんなに仲良くなかったんやろ?」「はい。」と答えながらやはり会社の人間は誰も知らないのか・・家族はどうなのだろうか知っているのか?気になった。「先輩すいませんが、もし会社に梅香香さんの住所と連絡先が残っていたら私に連絡してもらえませんか?」「えっ?いいけど、お祝いはもういいと思うで。まあ、分かったら直ぐに連絡するわな」「はい。ありがとうございます。」と言うと「佐々木さん優しいなあ」と言われた。店を出て手をふり先輩と別れた後とても楽しい時間に感じた。

私は命が後一年となった途端少し楽しく感じる時間があるなんて・・とおもわずふっと笑えてきた。自分の人生がなんだか滑稽に思えた。

家に帰る途中で気分が良かったので夕食をしっかり自炊してみようと思った。母が亡くなってから自炊する気がせずに、コンビニの弁当でほぼ済ましてきた母が良く作ってくれた大好物のハンバーグを作ってみようと思いスーパーに寄って買い物をする。

家に帰ると久しぶりにエプロンをしてみた。母が生きていた頃は時々一緒に作った。その時の事を思い出しながら作り始めた。すると改めて狭いキッチンがとても使いやすく工夫されている事に気が付いた。母が生きていた時には気が付かないでいたが、今一人で台所に立って母の長年の苦労と努力によって綺麗にオシャレにされた台所から母のぬくもりを思い出して泣けてきた。やっぱり引っ越しなんて辞めよう。母との思い出が沢山ある。私が熱を出した時は好きなプリンをよく作ってくれた。美味しかった。なぜかプリンを食べると熱が下がった。「ここはお母さんと私のお城だったものね。」と母の写真へ話かけた。写真の中の母は笑顔だった。

次の朝、父が写っている写真を何枚か探偵事務所に持って行った。社長さんは不在だった。「確かにお預かりします。コピーしたら必ずお返しします。」と妻らしき人に言われ探偵事務所を後にした。社長さんの声聞きたかったなあと少し残念に思って帰っていると、

「ちょっと」と事務所スタッフの同年代代くらいの男子から呼び止められた。彼はいきない「おまえさ、命売ったの?」と聞いてきた。びっくりして返事出来ないでいると「やっぱり。ずぼしか」と言われた。「何で?」とやっと返事をすると、「だっておかしいだろ?同じくらい歳のやつが、お金があって、父の事が知りたいから調べて欲しいって。死ぬ前に自分の父親の事を知りたくなったって事だろ?」図星で何も言えないでいると彼は話しを続けた「何で命を売ることなんか出来るの?両親に申し訳ないとか思わないの?」思わず「あんたに何が分かるのよ。私の事何も知らないくせに・・・母は私を一人で育ててくれたのよ。朝も夜も働いて。その母が病気で体調が悪かった事も私は気が付いてあげられなかった。病院の先生からもっと早くから症状はあっただろうけど、気が付かなかったのか?と言われた。私は自分の事しか考えていなかった。母が入院して病気が分かって私は焦った。直ぐに命を買う事を提案したけど母からは反対された。でも私は借金してでも命を買おうと思った。母の為に今度は私が働いて恩返ししたいと思った。でも、母は余命一ヶ月もないと言われてしまった。命は一ヶ月以上前に申請しないと購入する事は出来なかった。私には母しかいなかった。それなのにその母になにもしてあげる事が出来ないまま母を失った。・・・もう耐えられなかった。生まれてから我慢する事ばかりの人生。もうこれ以上我慢を強いられるならもうこんな人生いらないと思った。その何が悪いの?」と今まで誰にも言った事がない自分の気持ちをおもいっきり吐き出した。話を聞いていた彼は私の大きな声と吐き出した言い方に少しびっくりしていたが、静かに言った。

「俺の同級生で親しくはなかったけど、その子が命を売った。今まで気にした事なかったやつだったけど亡くなった事を聞いた途端にそいつが優しく捨て猫に食べ物をあげていた事や、さりげなくいじめられている友達を助けていた事を思い出して。俺にはそんな事出来なかった。だからとても悲しかったよ。あいつが死ぬ事を決意する前に俺にも何か出来ることがあったんじゃないかって。せっかく同級生になってやつのいいとこいっぱい知っていたのに。だから自分の命は自分の物と思いがちだけど、でも自分の命は自分だけのものでないって事を知って欲しい」と彼の目に涙が光った。彼はそのまま事務所に帰って行った。

夢美は帰る道中に心の中で叫んでいた。「私だって・・私だって・・好きで命を売った訳ではない。母を亡くしてからも私の為に頑張ってくれた母の為に前向きに生きて行こうと思った。でも五年頑張って生きてきたけど、ただ毎日会社に行って帰って来てまた朝が来て・・生きている意味がなかった。だったら命の交換が出来るこの世の中で本当に命を必要としている人達の為に命を売りたいと考えた。それのどこが悪いのよ。」家に着くと座り込んでしまった。

私は何か間違った事をしているのか・・思い悩んでいると電話のメールが鳴った。先輩からだった。梅香さんの実家の住所が分かったと住所を送ってくれた。先輩さっそく調べてくれたのだ。お礼のメールを返信する。明日早速訪ねてみよう。私には時間がない。もし家族の方も亡くなっている事を知らなかったら伝えなければ・・・住所は横浜になっていた。近くて良かったと思ったが彼から昼間言われた事がどうしても気になる。命を売った事は間違いだったのか?その日はなかなか眠ることが出来なかった。

次の朝になっても昨日の彼の言葉が頭から離れない。「しっかりしないと」と自分に言い聞かせながら、同期で亡くなったと思われる実家に向かうため家を出た。

昼過ぎには梅香さんの実家に到着した。立派な大きな家だった。高級住宅地らしきその場所にその家は建っていた。名字が梅香で名前も同じ香と珍しい名前の家の前に来て夢美は戸惑った。もし知っていたら・・・お線香をあげに来ました。と答えればいいか・・・もし知らなければどうしよう・・・と家の前で考え込んでいると後ろから「あの、我が家に何か用事ですか?」と四十代らしき女性とまだ幼い小学一・二年生くらいの子が手をつないでいた。「あっ。あの私は梅香香さんの会社の同期の者なのですが」と言うとその母親らしき四十代の母親は小学一・二年くらいの子に家に入るように促した。

私を近くの公園に誘うと「あの、香とはもうほとんど連絡は取り合っていないのです。あの子に何かあったのですか?」と人目を気にしながら聞いてきた。「会社を辞めてしまって・・・」と答えると「あっそうですか?せっかく訪ねて来てもらいましたが、私には今の夫と娘がおります。香は今の夫とはうまくいかなくて高校を卒業してすぐに家を出てしまったのです。連絡がたまにあったのですが最近は全く連絡もないのです。だから私は分かりません。」と眉間にしわを寄せて言われた。迷惑そうなその態度は今の幸せを壊されたくないとの思いがにじみ出ていた。きっとさっきの子は再婚した夫との間に出来た子なのだろう。この人にとっての子供はもうあの子だけなのか。「分かりました。突然すいませんでした」と頭をさげてその場を去った。

梅香香さん、再婚だから香の字が二回続いていたのか。あんなに大きな家の中ですごく孤独だったね。母親から全く心配されない香さん。本当にごめんなさい。せっかく同期で同じ会社に入ったのに勝手に心を閉ざしていた。私は貧しかったけど母がいてとても幸せだったな。幸せとはいつものなにげない日常の中にある物なのかな・・・私は自分の人生は不幸だと一人で絶望していた。なぜか馬鹿らしく思えてきた。   

家に帰り引っ越しの為にまとめた荷物を元の棚に戻そうと荷物をほどいて取り出していると母のノートの中から夢美へと書いた手紙が出てきた。「えっ?何?」と慌てて封を開ける。私の大切な夢美へ。あなたにこんな形でお別れを伝えるのはとても悲しい事ですが、私は貴方がりっぱに優しい娘に育ってくれて本当に感謝しています。貴方にはいつも我慢ばかりさせてきましたね。ごめんね。でも私は、貴方を育てる事が何よりも楽しく、貴方に何度励まされて生きてきた事か。貴方は私の命が助からないと分かった時に命を買う選択を提案してくれましたが、私は体調が悪かったのは入院する三ヶ月前くらいからで、貴方には気が付かれない様に注意していたから貴方がお母さんの体調不良に気付ける事はなかった。貴方はきっと自分を責めるかもしれませんが、私は貴方に体調不良を気が付かれない様に注意していたのだから気付けるわけがないの。ごめんね。女優でしょ?貴方にお父さんの話をしなかったのは、出来なかったからです。私は貴方のお父さんが大好きでした。お父さんが亡くなってから何年経ってもその現実を受け入れる事が出来なかった。貴方に聞かれても話し始めると、どうしても涙が止まらなくなり前を向く事が出来なくなる気がしてお父さんの事を頭の隅の方においていたの。私はお父さんが亡くなった時に何度も貴方と一緒に死ぬことを考えた。でもその度に貴方は無邪気に笑ってお父さんそっくりな貴方の顔を見ていたらふっと貴方がお腹にいた時の事を思い出したの。それはお父さんと誓った約束でした。もしこの子が生まれてどちらかがもし死ぬことになったら、この大切な私達の娘が成人するまでは何が何でも育てていく。そしてこの子が成人した時には必ず天国から私を迎えにきてねと私が先に死んだら貴方を必ず迎えにいくからってお父さんは笑っていたけど、真剣に話しをすると「分かった。でも必ず自分達の子を成人するまでは大切に育てる約束だよ。」とした約束を。本当に先立たれるとは思ってもみなかったけど。私はその言葉を思い出して貴方を思わず抱きしめたわ。そうだ約束していたのにと思い、そこから私は貴方を育てる為前向きに頑張れたの。貴方を立派に育て上げてお父さんが迎えに来てくれた時に自慢しようと思ってね。お父さんとお母さんは埼玉の外れにある小さな食堂で出会ったの。お母さんは貴方も知っている通り両親が幼い頃に事故で亡くなってからは親戚の家で高校までお世話になり直ぐに家を出た。なかなか働く所がなかったけど、たまたま入った食堂にパート募集って書いていて働かせてもらう事になった。夫婦で営んでいた食堂だった。住む場所も決まってないと知ったら一緒に住まないかと提案してくれて、とてもありがたかった。お母さんはその食堂で働く事になったの。そこにお父さんが食べに来ていて出会ったのよ。何回も顔を合わしているうちに話をするようになって。お父さんはとても芯のある優しい人だった。お父さんは代々続く老舗旅館に生まれた三男でご両親が亡くなった時に莫大な遺産相続でかなりもめたらしく、長男さんが跡取りになったと同時に遺産を放棄する代わりに自由を手に入れたと言っていた。お父さんが亡くなった時、その事を伝えるためなんとか住所を調べてお母さんは家を訪れたの。貴方を抱っこしてね。貴方はまだ二才にもなっていなかったから覚えていないだろうけど、大きなお屋敷をみて腰を抜かしそうになったくらいの家だったのよ。訪ねて事情を説明した私にお父さんのお兄さんは「和樹(お父さん)は家を捨てて出て行きました。貴方が遺産をもらう権利はありませんよ」と言われて扉を閉められたの。お母さんは遺産の事なんて全く考えていなかった。ただお父さんの死を伝えに行っただけなのにすごくショックだった。けどお母さんはお父さんが家を出た理由が本当に良く分かった。お父さんはあんな家族の中でどれだけ辛かったのか。寂しかったか。でもお父さんはご家族の方達の悪口を言った事はなかったの。そこでもまたお父さんの心の広さ、人間の大きさを実感してその血を受け継いでいるあなたの存在がとても大切に思えたし誇らしくもあった。お母さんは貴方より先にこの世を去る事になったけど、私はやっとお父さんの元にいけるの。お父さんになんて言われるのかとてもわくわくしている。お父さんはきっとお母さんを褒めてくれるはず。だってあなたはとても立派におおきく育ってくれたから。お父さんと二人で天国から見ているよ。幸せになってね。今まで本当にありがとう。 母より     

読み終わると思わず号泣してしまった。と同時に「お母さんもっと早く言ってよ。」と言ってしまった。でも私は両親の大切な命から生まれた事が分かり何で死ぬことしか考えられなくなってしまっていたのか、馬鹿らしくなった。明日探偵事務所に事情を話して父の実家は探さなくていいと言わないと。後母が住み込みで働いていた食堂を調べてもらおう。両親の事を詳しく聞けるかもしれない。

次の朝、母が使いやすく工夫したキッチンに立ち朝食を準備してゆっくりと朝食を味わうと人生これだけでとても幸せだな。と感じながら朝食を食べている自分がいた。思わず笑ってしまう。

朝食を済ませると、早速探偵事務所に向かう。その道中で親子がバスを待っていた。その会話に思わず足がとまった。「お母さん、僕に命を買ってくれたでしょ?僕は誰かの命のおかげで今生きていられるね。僕精一杯頑張って生きるからね。」とニコニコしながら母親に話していた。親子は嬉しそうに笑っていた。命をもらえて生きられたその子の笑顔を輝いて見えた。良かったねと思うと同時に命を売った人の事をつい考えてしまう。

人生の幸せは個々によって違うし例えどれだけ苦しくても毎日の中に小さな幸せを自分なりに探せたら日々がとても愛おしく感じる事が出来る。命を売った事で、私は考え方を変えるチャンスが出来、そして今幸せに思えた。でも、命を売り買いする事はやはり辞めた方がいいと思う。    

探偵事務所につくと事情を説明する。社長さんは「そうだったんですか。分かりました。ではその食堂をさがせばいいのですね?それにしてもお母さんのお手紙があって良かったですね」と優しい笑顔で相変わらずの心地のいい声であった。「はい。ありがとうございます」とこちらも笑顔になる。すると社長さんから「いい笑顔ですね」と言われた。事務所を出るとあの二十代の彼が前から歩いて来た。「あの、この前はありがとう。あれからいろいろ考えて、私命を買い戻す事にしました」と勇気を出して言った。すると「そうなの?えらいじゃん。頑張る事にしたんだ。」と笑顔が素敵だった。「そしたら、今度どこか行こう。頑張る事を決めたご褒美だね」と言って名刺を渡された。思わず受け取る。といい手を振りながら事務所に戻って行った。初めて異性に誘われた。どうしよう。どうしよう。心臓がバクバクしている。私嬉しい命を買い戻す事にして良かったと単純に思えた。命を売る事を決めた時の医師の言葉が頭をよぎる。確か生きていて良かったと思える時がくるって言ってくれていたな・・・あの言葉は本当に私の事を思って言ってくれていたか。でもあの時はなぜかそうは思えない自分がいた。

家に帰ると早速命を買い戻す為に施設に連絡する。この前話をしてくれた医師とは違う声であった。命を買い戻す事は可能でございますが、年齢的に一度に購入出来るのは四十年となりますが、四十年でよろしいですか?」「はい。四十年でお願いします」「分かりました。少しお待ちください」この前施設で命を売る時よりもずいぶんと明るい気持ちで連絡している事に気が付いた。やはり命を売る時よりも買う今の方が気持ちいい。しばらくして「書類で確認出来ましたので一度施設に来ていただかなくてはなりませんが・・・ご都合は?こちらは佐々木様に合わせてご予約いたします。」夢美は直ぐにでも購入したいと思った。命が購入分ありませんなんて事がないとは言い切れないし。「明日でも大丈夫ですか?」と次の日の夕方に予約が取れた。予約がとれて安心した。これで命が買えるのだ 

食堂の夫婦の居場所は直ぐに判明した。携帯にその食堂の住所と地図が送られて来た。さすが探偵。やっぱりあの事務所にお願いしてよかった。明日はとりあえず命を買い戻しにいくから、明後日にでも訪ねてみよう。命を買う事にしたからか、心に少しゆとりが出来ている気がする。と、あの二十代の彼から電話がきた。「もしもし、佐々木です。」と少し緊張する。「あっ、探偵事務所です。俺が依頼された食堂まで送って行ってあげるよ」あの事務所の彼だ。声で直ぐに分かった。ドキドキしながら「お願いします」と言っている声が喜んでいた。喜んでいる事がばれないかと出来るだけ声のトーンをおとして話をした。「都合が良かったら明日にでも一緒に行けるけど。どうする?」「えっ?いいの?ありがとう。でも明日は命を買い戻しに行くの」「ああ、そう。命を買うのは早い方がいいよな。」「うん。明後日は都合どう?」「いいよ。了解。では明後日に。今度、ご褒美するって約束したからな」「うん。そうだったね。」「明後日、十時に迎えに来てくれるの?ありがとう。」と明後日に食堂まで車で送ってもらえる事になった。一人で行くのはなんだか不安だったのでとても心強くて嬉しかった。

夢美は命を買うためあの施設の前にいた。命を買いに来る事になるとは売る時には全く考えられなかった。緊張して中に入り受け付けに向かう。二度目の事なので以前より緊張が少し軽くなっていた。それに今回は買う方なので胸が張れる気がした。前と同じように前の椅子で待つように言われて座っていると電話で対応してくれた医師らしき人が別室へと案内してくれた。今度は前よりもずいぶん若い医師だった。「命を買う手続きに進む前に話しておかないといけない事があります。」と医師はやや緊張している様子で思わず緊張して「はい。」と答えた。医師はゆっくりとした口調で話始めた。「命を買っても健康な状態で四十年過ごしていけるという事は保証されていないという事をご理解いただきます。今まで命を購入された方達の例でご説明しますと、十才のお子様で重症な病態で人工呼吸器を装着していました。余命はあと三ヶ月と宣告されて両親が命を購入されたのですが、命は勿論延び生きられたのですが、病気があまりに重症であったためか、命を注入した後も病状の回復はあまり認められませんでした。命は延びましたが病気の回復まではいたらなかったという事です。勿論命を注入した事で病気がうそのように改善した例もたくさんありますが、個々により違うという事です。佐々木様の場合、現在は健康だと思われますが、今後、交通事故にあって瀕死の状態であっても命は助かります。しかし生涯寝たきりのままという事も考えられるのだという事を覚えておいて下さい。その場合の入院費等は佐々木様が死ぬまでかかるという事になります。命を買う覚悟は大丈夫でしょうか?」あまりに突然の話でびっくりした。宣伝では命を買って元気になれるという様な話だったのに・・・きっとみんなそう思って命を購入しているのだと思う。なのに・・・「そうなのですか?みんな買った命の分は元気に過ごせるのではないのですか?」医師は冷静に「はい。私ども施設でもこの五年間のデーター取りをして分かってきた事です。もし今の話を聞かれてご不安となられたのであれば、命を一年単位で購入する事は可能です。どうなさいますか?」と聞かれたが、「突然の話で直ぐには・・」と戸惑っていると、「みなさん、この話を聞くと3年単位でご購入される方が多いです。その都度手続きに来られる手間はございますが・・・」「あの、命を購入したい時に購入出来ないなんて事はありませんか?一年単位で購入していざ今購入できる命はありません。みたいな・・・」「ご安心下さい。そのような事はありません。最低でも一年間の命のご購入は出来るようになっております。その一年の間で命を再度購入していただくと言う事にはなりますが・・・勿論断定は出来ませんが少なくとも今のところ購入したい命がないという事はございません。今後命をお売りになられる方が少なくなくなるとその様な事態は考えられます。しかし、毎年命を売る方が一万人以上いるのが現実です。命が買えなくなるという事はおそらくないかと思います」「分かりました。ではとりあえず十年間の命を購入します。・・・でも、やっぱり四十年間の命を購入させて下さい。」と夢美はやはり命が買えなくなる事が怖くなり今購入出来る命分を購入する事に決めた。「では二千万円となります。来月中に口座にお振り込みいただきましたら、速やかに命の注入を行います。入金の確認が終わりましたら命の延長手続きを行います。延長されましたら、ご連絡いたします。身体が一日くらいだるい感じや、まれに熱が出る方もおられますが、直ぐに治りますのでご心配なく。後何か質問はありませんか?」と聞かれて「はい。得には・・」と答えて施設を出た。自分がこんなにも生きる事に執着していてでびっくりした。私はついこの前まで命を売りにきていたのに・・この正反対の感情。まだまだ生きていたいという思いに自分はなんて身勝手なのだろう。でももう二度と命を売ると思う事はないと確信出来た。それは両親からとても大切に思われていた命だから。変化のない毎日でもきっと昨日と同じ日はない。毎日少しの幸せを見つけよう。と考えられる様になったから。家に帰ると少し疲れてはいたが、明日のデート?の事で頭がいっぱいになっていた。いよいよ母親が働いていた食堂のご夫婦に会える事への楽しみと、彼と一緒に出かける嬉しさが一緒となり興奮していた。あんまり服を持っていない。どうしよう可愛い服を買いに行こう。そうだ美容院にも行って来よう。メイク道具も買いに行かないと。私死ぬつもりだったから何も持ってない。夕方すぎて薄暗くなっていたため直ぐに家を出た。こんなにも世の中がキラキラして見えるのは初めてだった。道端に生えている草も愛おしくかんじた。自分が自分の為に自分磨きをしている何て楽しいの。私もまだ捨てた物じゃない。

家に帰ってからは明日何を話そう。どうしよう・・・と両親の事と命を購入した事もすっかり忘れて初デートの事ばかり考えていた。これってデーとなのかな?「お母さん、これってデートだよね?」と母の写真に尋ねてみる。写真の中の母は笑顔であった。次の朝は早くから準備の為に目が覚める。六時に起きた。しっかり朝食を作り途中でお腹が鳴ると恥ずかしいからしっかり食べた。後は昨日買ってきた洋服を着てしっかりメイクもする。少しは綺麗になったか?昔は嫌いだった父親に似た顔が今は好きになった。綺麗でも、可愛くもない顔だがそれでもこの顔がいい。待ち合わせの時間の二時間前にはすべて準備を終えてしまった。気合い入りすぎか・・昔の父と母の事を知る夫婦に会えるのだから聞いておきたい内容を抜けないように整理して紙に記入しておく。でも最初になんて挨拶すればいいのか・・昔お世話になった佐々木の娘ですと言えば分かってくれるか?でも、もし、誰ですか?と言われたらどう説明しようか?そうだ。母の手紙を持って行っておくか。そうすれば分かってくれるか?と考えていると待ち合わせ時間三十分前となった。慌てて鏡で全身チェックしてメモと母の手紙を鞄に入れて家を出る。待ち合わせの公園の駐車場までは徒歩五分もかからない。九時四十分前に着くともう彼が待っていた。慌てて「ごめんなさい。待ち合わせ時間間違っていましたか?すいません」と声をかけると、「あっ、おはよう。いいや。早く着いてしまっただけ」と優しい笑顔で言われた。「よかった。」「じゃ車に乗って。」と言われて車の後部座席に乗り込もうとすると、「何で?助手席どうぞ」と言われた。「あっ。そうだよね。」と助手席に座る。今までデートなんてした事がないから、いろいろ分かりませんと最初に言っておいた方がいいのか?正直に言わないと気を悪くされるかも・・嫌われたくないと思い勇気を出して言ってみる。「あの・・」「何?」「私、実は今までお付き合いした事がなくてデートもした事なくて・・もし失礼な事をしたら遠慮せず注意して下さい。」と恐る恐る言ってみる。彼は一瞬顔が固まっていたのでやはりまずい事を言ったかと顔を思わず下に向けると彼は大笑いした。思わずつられてこっちも笑ってしまった。彼は直ぐに「了解。」と爽やかな笑顔を見せてくれた「まだ名前を言ってなかったけど、藤井優と言います。探偵事務所で働いてもう五年目です。将来は自分で独立したいと思っています。趣味は山登りです。アウトドアが好きで良く一人で山にこもってキャンプしています」と話してくれた。私もつられて、「私の名前は佐々木夢美です」の自己紹介の後に「知っているよ。だって事務所に依頼してもらった時に名前書いたでしょ?」と言われる。ああ、そうだった。彼はまた大爆笑となった。車で高速を利用する。彼の運転は乗り心地が良くて夢美にもとても聴き心地のいい音楽が流れていた。一時間半くらいの所で「ここみたいだよ」と彼に言われた。もう着いてしまったのかと思いその食堂を見るとやや古い小さな食堂だった。混雑していたのは丁度昼食時だったし、きっと美味しいのだろうと漂ってくる匂いで思った。少し時間をあけてから再度店を訪れる事として二人で違うファーストフード店でハンバーガーを買い海辺のベンチで食べる事にした。「久しぶりに海を見たら何かキラキラしていてとても綺麗で癒やされる。」と言うと彼が「海や山は人がその時の心の状態で綺麗に見えたり、恐ろしく見えたりするものだよね。きっと。」私と同じくらいの歳なのに言うことが年上の言葉だと感じていると「早く食べて何か甘い物でも食べに行こうよ。この辺りに美味しいケーキ店があるみたいだよ。昨日調べてきたよ。」と言った。「うん。」と返事して慌てて食べたら口の周りがケチャップだらけになる。私のその顔を見て「なんかさあ・・夢美ちゃんって素直だよね。そんなに純粋だったら騙されるよ。」と言いながら優しい笑顔で微笑んでくれた。その選んでくれたケーキ屋さんに二人で一緒に歩きながら向かっているとドキドキしてしまう。男性と二人で歩くのは初めてだ。私、藤井君の事好きになっているのかな?この人私なんか好みではないよね?でも一緒にケーキ屋さんに行ってくれているし・・何もかも初めて過ぎて分からない・・「着いたよ」と優しい笑顔がいちいち素敵に見える。彼は二人共同じケーキを頼んだ。彼が「ここのケーキ屋さんのケーキ一緒に全部制覇するまで来ようよ」と言ってくれた。私は嬉しくて「うん。絶対ね。」と答えると彼は嬉しそうにまた笑った。十四時過ぎに再び食堂に訪れて窓からのぞくとお客さんは一人だけになっていた。心を決めて店に入った。藤井君も一緒に店に入ってくれた。店に入ると「はい。いらっしゃいませ。」と高齢の女性がこっちを向いた。その女性は私の顔を見るなり「あなたは、もしかして和樹君の娘さんか?」と言われてびっくりした。思わず「はい。そうです。何で分かったのですか?」と問うと「だって和樹君と瓜二つだからだよー。」といいそのおばあさんにハグされた。奥から高齢の夫らしき人が「あれー和樹君の娘さんかね大きくなって」と笑顔で厨房から出てきた。「和樹君と友ちゃんは元気にしているのか?いつも気になっていたのだけど、年賀状は届かないし友ちゃんの電話も繋がらないし、心配していたんだけど、そのままになってしまってね。」と笑顔で言ってくれた。私は自分が二才の時に父が病気で亡くなり、母はアパートに引っ越して一人で育立ててくれた事。お金がなくて携帯電話は所持していなかった事を説明した。二人ともとてもびっくりして、おばあさんは近くにあった椅子に座り込んでしまった。おばあさんが「ともちゃんは何で亡くなったのか?」と聞かれて「癌です。体調が悪くなり入院してすぐでした。」自分が母の体調の悪さに気が付けず命を買う事も叶わなかった事を説明するとおばあさんは「そうか。それはあんたのせいではないよ。今は命を変える時代となって病気で命を買っている人を何人か知っているけど、元気になって退院出来た人もいるし、残念だけど、体調が改善せずに寝たきりのまま命だけある人もいる。介護していた夫に先立たれて生きているのが辛いと嘆いている人も知っている。」と言った。その話を聞いて夢美は思い出した。母の入院中に命が買えないくらいに余命がないと医師から聞かされて落ち込んでいた私を見かねたベテランだと思われる看護師さんが私に話してくれた。「夢美ちゃん。お母さんの命買えなかったんだってね。残念だったね。でもね、こんな事言ったら怒られそうだけど、私はこの五年前から始まった命の交換制度は多分あまり意味が無いように思うの。救急で働いている時に感じた事だけど、すごく重症な状態で救急車運ばれてきた患者さんがいて、スタッフは多分助からないだろうと思ってしまうくらいの方でも、運ばれて来たその日にたまたま専門医が遅くまで会議をしていて大勢のスタッフが残っていてその患者さんは助かった。そういう患者さんを見ると、私はああこの人はまだ寿命があったのだなって、逆にね、重体でもないのにその運ばれて来た日に専門医が不在で若手の医師のみ。スタッフも少なく、専門医を呼び出している間に亡くなってしまう事もあるの。その時、この患者さんはこの日、この時間に亡くなる寿命だったのだなって思うの。だから命を買って長生き出来ているかもしれないけど、人の寿命に逆らって命を購入した場合にどうなるのかは今からデーターを集めてみないと分からないそうよ」と言われて少し気持ちが救われた事を思い出した。

私がおばあさんへ聞きたい事を話すと、おばあさんは言った「友ちゃんからは何も聞いてないのか?」「母は父の事は何も教えてくれませんでした。でも手紙で父と母はとても愛し合っていた事を知る事が出来ました。」と言うと「知っている事は全部話しようね。」と言ってくれた。「和樹君と友ちゃんは本当に仲がいい夫婦だったのよ。和樹君が亡くなったのならさぞ辛かっただろうね・・だから、きっと子供のあなたにも話出来なかったのだろうね。何で私達に連絡してくれなかったのかね・・・」と目に涙をためて直ぐに涙をハンカチで拭った。一人残っていたお客さんが帰ると奥の部屋へ通された。夫婦はいつの間にかケーキを買いに行ってくれていて、コーヒーとケーキをふるまってくれた。さっき食べたばかりだと思ったけど、心遣いがありがたいと思い優君の顔をみると嬉しそうにケーキをながめており、よほどのケーキ好きな事が分かった。夫婦とケーキをいただきながらおばあさんは話し始めた。「友ちゃんは高校の卒業式に直ぐに親戚の家を出たようでね、住むところもきまってないまま慌てて家を出て来たみたいでね。後から聞いた話だと、親戚の家の人からあんたを育てるのは高校卒業するまでだから卒業式に家を出て行くように言われていたみたいでね。可愛そうに両親が事故で亡くなってからは毎日親戚の家を早く出る事ばかり考えて生きていたらしいよ。当時パートさんを募集していて張り紙を見て「ここで働かせてもらえますか?」って入って来て・・びっくりしたよ。若い子がこんなボロ食堂で働きたいと言ってきた事も、スーツケースを持っていた事も。事情を聞くと住む所もないって言うものだから。私達は娘を幼い頃に亡くしていたから、娘のように思えてほっとけなくてね。直ぐに住み込みで働いたらいいってお父さんが言ったら友ちゃん嬉しそうに大きな声で「ありがとう。ございます。一生懸命働きます。」って嬉しそうに言ってね本当によく働いてくれたよ。朝は洗濯から厨房の掃除から私達の朝ごはんまで用意してくれて・・無理しなくていいって言っても無理なんかしてないって。本当にいい子だったよ。そんな時に貴方のお父さんの和樹君が食堂に来てね。よく友ちゃんと話をしていたけど、まさか二人がお付き合いしているなんて思わなかった。だけど、和樹君から「友さんとお付き合いさせていただいています」。といきなり言われて私らはびっくりしたよ。でもとても幸せそうな友ちゃんの顔を見ていたら私らも嬉しかったよ。二年が経過した頃やったかな。一緒になりたいって言ってきてね。その頃和樹君は建築士になるって建設現場で働きながら勉強していると言っていたな。友ちゃんは働いて和樹君を支えたいって。お金がない二人やったから心配したけど若い二人の結婚を邪魔するよりは応援してやろうと思って。結婚式も挙げずに籍だけいれたみたいでね。お金を出すから式はしなさいって言うたんやけど、自分達でお金を貯めてからするって。遠慮したんやね。それでも離れて暮らすようになってからも時々家に来てくれて年寄り二人では難しい事をよく手伝ってくれた。本当の娘夫婦の様によくしてくれたよ。そうそう生まれたばかりのあんたを連れて一度見せに来てくれたよ。その頃からお父さんそっくりだったよ。可愛かったし、何より友ちゃんと、和樹君が幸せそうで。結婚して良かったねと心から思ったよ。その和樹君が亡くなったなんて・・突然年賀状も出しても戻ってくるし、私らも食堂のあった場所が立ち退きになって引っ越す事になってしまって。住所が変わったから友ちゃんも電話をしてくれていたかもしれないけど、連絡がとれなくなってしまって。友ちゃんまで亡くなったなんて・・・」と落ち込むご夫婦に思わず言った。「でも、お母さんとても幸せそうな顔で息を引き取りました。お父さんに私が成人するまで育てたら天国から迎えに来てもらう約束をしていたようで・・母はとても幸せだったのだと思います」と夢美が言うとご夫婦は笑顔で「そうか。それなら良かった。本当に仲が良かったからなあ。今頃は、天国で和樹さんと一緒にまた幸せに暮らしているね。でも最後にもう一回会いたかった」と言った。おばあさんは夢美の目を見て真剣に「でも、夢美ちゃんは私達の孫。孫が会いに来てくれて私らは幸せやね。なあ、お父さん」「本当に。これからはいつでも遊びにきてね。大切な孫だから」と言ってくれて思わず嬉しくて泣いてしまった。

お礼を言って車に乗り、食堂を後に帰っていく私達をいつまでも手を振って見送ってくれている老夫婦がサイドミラーから見えた。夢美はとても暖かい気持ちになった。「よかったな。夢美ちゃん。あんなに優しい夫婦がいてくれて。それに俺もいるよ。」と照れながら言ってくれた。彼の耳が真っ赤になっていた。その言葉を聞いて私も思わず「うん。ありがとう。生きることにして本当によかったよ。」と心を込めて言った。

車の中で自分の人生を振り返ってみた。思えば命を交換する事を決めたのは、母が亡くなり絶望してしまった。幼い頃から一人ぼっちの時間が長く寂しかった。もう同じ思いはしたくないと考えた。それに会社とアパートの往復だけの毎日に生きている意味が無い様に感じた。五年間は母がくれた大切な命だと思って頑張って生きてきた。でも孤独の五年間は耐えられなかった。それなら命を必要としている人達に自分の命を有効活用してもらえたら、少しは生まれてきた意味があると考えた。余命が後一年となった途端に時間の大切さが実感出来た。時間の大切さを感じた途端に行動的になれた。そこから自分の命はやはり自分だけの物でないと気が付く事が出来た。結局、私が今、幸せに感じられる様になったのはあの辛くて苦しかった五年間があったからなのだと思えた。考えがまとまったところで、夢美の家の近くにある待ち合わせた公園に着いた。

「今日はありがとう。」とお礼を言うと、彼は「よかったな。またケーキ誘うからね」と言い、帰って行った。久しぶりに公園のブランコに乗ってみたくなり座っていると。中学生らしき二人の男子が話をしていた。その内容に思わず耳を立てる。「もう、命なんか売ってしまおうかな・・」と一人が言うと「俺も。この先、生きていてもいじめられるだけだよ」「でも、命は成人してないと自分で売れないらしいよ。」「そうなの?」と会話している中学生の元に夢美は走り出していた。

「君達、私は命売った人間です。」と中学生二人の前に立つと、突然話しかけられたからなのか、夢美が言った命を売った言葉になのかは不明であるが、とてもびっくりした様子で二人とも口が開いていた。「でも、安心して。命は買い戻したから。私も辛くて死ぬ事を選択したけど、いざ死ぬとなると、時間の大切さが分かったよ。今辛くても、この状況は絶対に長くは続かない。絶対に。私が経験者だよ。」と二人の目を見て言うと、「はい。分かりました。」と言いながらその場を逃げるように去ってしまった。分かってくれたのかな?

今の私に出来る事は命を売ってから学んだこの経験を今苦しんで辛い日々を送っている人達に伝える事かな。きっとその辛さには意味がある。毎日に小さい幸せを見つけて生きているだけでいい。それだけで、きっと幸せと気が付く時が来る。議題は何にして話をしようか?そうだ、「交換出来る命はない」だ


私は大切な命(愛犬の死)を亡くして人生がどん底になりました。今までいてくれて当たり前の生活がもう二度と会う事が出来ないとはこれほど辛いのかと大切な人を失う辛さを長い間看護師をしていたにもかかわらず初めて知る事が出来ました。

でもそのどん底から初めて同じ様な境遇の方達の気持ちが心の底から理解出来、そこから新たな目標が出来たのです。人生は辛い事も多いですが、そこから学べる事が人生なのだと感じました。この主人公の様に自分に出来る事から少しずつ前に進んでいきたいし、今、目の前が真っ黒でも人生をあきらめずにいる事が大切なんだと思います。

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