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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
降霊術編
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第四話 方法と結果

 微かな血の匂いが完全に消えた頃、部屋にあった本たちはほとんどが処理され、数える程となっていた。

 作業中の部長は普段と変わりないように見えたが、あの妖しげな笑顔が頭から離れず、怪異に似た魔素については結局聞けずじまいとなってしまった。


 「はい、終わり。 魔素でどうにもならないものはそっちに分けたから、これでひとまずは処理終了だね」


 最後の本にふぅと息を吹きかけ、外した手袋をはめ直す。

 簡単な手順ではあるが、数十冊と同じ処理を施してきた結果、部屋は夕明かりに染まっていた。


 「依頼主を呼びますか?」

 「そうしようか、夜になったらどうなるかわからないし、お望みの処理はできたからね。 ちょっと呼んできて貰えるかい?」

 「わかりました」


 部長に言われるがまま裕人さんを呼びに部屋を出て気が付いた。

 部長は携帯電話で依頼主と連絡を取り合っているのだから、わざわざ呼びに行かずとも連絡すれば良かったのではないだろうか。

 そう思い、元の部屋へと戻ろうと踵を返した刹那、背後から異様な気配が伝わってきた。

 背中を伝う冷気、濃い血の匂い、そして、周囲の光が奪われ、闇の中に放り出されるような感覚。

 これは間違いなく、怪異の気配だ。

 気配の方には振り返らず、どうするか考えるより先に部屋の扉に手を掛ける。

 頭の機能を切ったまま、握ったハンドルを下げ、扉を開く。

 こういった事態に遭遇した時、頭に主導権を握らせてはいけない。

 怪異のもたらす影響は本能的な恐怖に近く、頭が動いていては体が動かなくなる。

 これまでの経験のおかげか、体は意識が離れても淀みなく目的の動作を完遂し、何事もなく部屋へと戻ることが出来た。

 

 「おかえり。 連絡は携帯電話から済ませておいたし、そいつはこの部屋に入れないから安心して良いよ」

 「部長、もしかしてわかっててやりました?」

 「こうなるのはもっと夜が更けてからかと思ってたんだけど、見事に巻き込まれてしまったね」


 いつもと変わらない調子で会話を交わしてはいるが、今になって心臓が早鐘を打ち始めた。

 鼓動が早くなるにつれて意識が研ぎ澄まされ、周囲のものは色を失っていく。

 ほぼ暗闇と化した視界とは正反対に耳はすべての音を捉えようとしていて、扉の向こうにいる何かが這いずる音まで聞こえてきそうだ。


 どの程度そうしていたのだろう。

 すっかり温度を失った手に温かいものが触れ、気が付くと、部長の手が俺の手を包んでいた。


 「ちょっと無理をさせてしまったみたいだ、ごめん」

 

 触れ合っている箇所から体全体へと熱が伝わり、徐々に視界が元に戻っていく。

 早鐘のようになっていた鼓動も元に戻り、ようやく視界もはっきりとしてきた。

 

 「でも、危なくなったら助けてくれてたんですよね?」

 「ああ、当然だ。 何が起きても君の事は守るし、あの程度の怪異になら触れさせもしないよ」

 

 部長の髪の色が灰色から深みのある銀へと変わっていく。

 俺の状態を治すために魔素を混ぜたんだろう。

 魔素を知覚できない人間も少なからず魔素を纏っているらしく、俺の持つ魔素と部長の魔素を混ぜると深い銀色になるそうだ。

 髪色に変化が出るのは今のところ部長特有の体質らしいが、なんでも魔素に対する高い触媒体質がそうさせるらしい。

 

 「銀色の髪は似合ってるかな?」

 「黙秘します」

 「相変わらずだね」


 少しして、部長は手を離すと共に扉の方へと歩いていく。

 部長が連絡を入れてからもう数分が経っており、何事も無ければ、この狭い家の中で依頼主が現れないなんて事はありえない。

 加えて、廊下から伝わってきたあの気配。

 廊下にあいつがいるという事は、玄関を通って脱出するのは不可能なはずだ。

 

 「離れないようについて来てくれ。 まずは家から出て安全を確保しよう」

 「わかりました」


 部長に続き、再度廊下へと足を踏み入れる。

 怪異の気配は完全に無くなっており、なんの変哲もない廊下へと戻っている。

 玄関へ着くまでに通り過ぎる部屋からも、なんの気配も感じられない。

 怪異は一体どこへ行ってしまったのだろう。

 結局、玄関へ着いても気配は一切感じられず、二階からも変わった気配は感じられない。

 部長が魔素のガードを高めたのもありそうだが、それにしても、不自然なくらいに気配が消えてしまっていた。


 そうして、何事もなく俺たちは家を出た。

 外はすっかり暗くなっており、雲が月を隠しているのもあって特に濃い闇に包まれている。

 

 「部長、どうします?」

 「依頼主からの返信も無いし、様子を見に戻ろうかな。 君はここで待っていると良いよ、時間もそんなにかからないだろうし」

 「そんなに危険なんですか?」

 「怪異には接触したものを付け狙うタイプも居るからね、今回はおとなしく家の外で待っててくれ」

 

 部長の様子から見てもそれほど危険度は高くなさそうだが、下手についていって足手まといになってもいけない。

 今回は言われたとおり、おとなしく外で待っていることにしよう。

 

 「わかりました。 でも早くしてくださいね」

 「わかった。 終わり次第連絡するから携帯は持っているようにね」

 

 じゃあねと手を振って、部長は普段と変わらない足取りで家へ入っていく。

 その背中を見送った後、俺は家の壁に寄りかかり帰りを待つ事にした。

 月が出ていないおかげか星々がよけいに輝いて見える。

 家の中ではあんな体験をしたというのに、外は何事もない普段のままだ。

 周りの家もいくつかは明かりが点いており、美味しそうな料理の匂いや、楽しげな声まで聞こえてくる。

 俺たちが経験した事は現実だったのか。

 そんな不安を覚え始めた頃、携帯が着信を告げた。


 「終わったよ。 依頼主も無事だから入ってくると良い」

 「わかりました」

 

 時間にして数分。

 リクエストに応えてくれたのか随分と早い決着だ。

 門をくぐり、玄関、廊下、例の書斎へと歩を進める。

 途中、おかしな気配を感じることは一切なく、この家の中も日常そのものといった感じだ。

 こうなるといよいよあの体験が嘘のように思えてくる。

 書斎の中へ入るとそこには部長と裕人さんが座っており、俺の到着を待っていたようだった。

 

 「お待たせしました。 では説明を始めます」


 隣に座るように目くばせをしながら、部長は裕人さんに向けて今回の件の説明を始める。

 向かいに座った裕人さんは青ざめた顔をしており、心ここにあらずという様子だが大丈夫なのだろうか。

 

 「まず、この部屋にあった本は大半が処理済みです。 そこに置かれた本たちは魔素的なアプローチでは処理できないので除霊なりお祓いなり、専門家に任せる事をおすすめします」 

 「はい、ありがとうございます……」


 覇気がない所か、もはや生気が無いと言っていいだろう。

 青白い顔でぼそぼそと呟く様子からは、とても事態が終結したとは思えない。


 「続いてご息女の件ですが、あれはご息女とは別のなにかです。 貴方がご息女と思っていたものは貴方の願望に付け込んでこの家に住み着いた、悪霊のようなものとお考え下さい」

 

 そう言われるや否や、裕人さんは空を仰いではぁ、と弱弱しく息を吐いた。


 「今回の件で、理解しました。 我々の方法では、人を呪う事は出来ても救う事は出来ないんですね」


 裕人さんの目には生気が無く、会った当初と比べると遥かに老け込んでしまっていた。

 恐らく、泣きたくても涙さえ出ないのだろう。

 我々の方法というのが何を指しているのかは分からないが、今回の原因であるのは確かだろう。


 「死んだ人間を蘇らせる方法は今のところ確認できていません。 お気の毒ですが、別の方法を取ってもそこは変わらないでしょう」


 はっきりとそう言い放たれたのが良かったのか、空を仰いでいた裕人さんはゆっくりと部長の方へ視線を落とし、ふっと弱い笑みを浮かべた。

 諦めがついたのか納得がいったのか、裕人さんの本心を探る事は出来ないが、どこか解放されたような、そんな姿だった。


 「……そうですね。 ありがとうございました」

 「報酬も頂きましたし、我々はこの辺で」

 「はい……お二人とも本当にお世話になりました」

 

 部長は席を立ち、書斎を後にする。

 説明というにはあまりにも簡潔すぎる気がするが、恐らく俺が来る前になにかしらあったのだろう。

 足早に帰ろうとする部長に置いて行かれないように部屋を出ようとするが、ふと、視界の隅に写った裕人さんの様子が気になってしまった。

 

 「裕人さん、後を追おうなんて考えていないですよね」

 

 裕人さんははっとした顔をして、こちらへゆっくりと視線を向ける。

 その瞬間、怪異のものに似た、冷たい気配が背中を伝った。

 裕人さんの背後。

 弱弱しい笑みを浮かべた裕人さんの後ろから、確かにこちらを見ているなにかが居る。

 直接見えているわけではないのだが、こちらへ向けられた殺意の籠った視線と本能的な恐怖が存在を証明している。

 威嚇よりも強い、襲い掛かるタイミングを計っているかのような明確な殺意に体がすくみ、視線の主と目が合ってしまいそうだ。

 理由は分からないが、それと目を合わせてはいけないと本能が告げている。

 立ちすくんだまま、鼻の先から微かに血の匂いがしだした直後、俺の手を部長が引っ張った。


 「ほら、帰るよ。 これ以上居ては迷惑になってしまう」


 部長の顔はいつになく真剣で、有無を言わせない圧力を感じる。

 手を握られたおかげか体が動き始めたおかげか、俺の体は今までの事が嘘のように自然に動き始め、感じていた殺気もどこかへ消えてしまった。

 視線の主が何だったのか、裕人さんはどうなってしまうのか、それに、あのまま立ち尽くしていたらどうなってしまっていたのか。

 気になる事はいくつもあるがそれ以上に、ここに居ると一体なんの迷惑になってしまうのだろう。

 結局、部長に引かれるまま書斎を出て、そのまま廊下、玄関、門の外へと歩いていく。

 そうして家から完全に離れた頃、部長はようやく俺の手を放した。


 「さっきの出来事は気にしなくて良いよ。 少なくとも、君のように優しい人が気にするべき事じゃない」


 優し気な笑みを浮かべながら、真っすぐにこちらの目を見て話しかけてくる。

 こうして目を合わせているとこちらの考えが全て読まれているような気がして、奇妙でありながらどこか安心するような、不思議な感覚に襲われる。

 そのまま俺を安心させるためかしばらく無言で見つめあった後、部長はおもむろににこっと笑い、離れていってしまった。

 

 「詳しい話は明日にしよう、今日はもう帰った方が良い。 手を繋いだついでに魔素を多めに渡しておいたから何も心配は要らないよ」

 「はい、でも、明日は全部聞かせてくださいよ」

 「約束するよ。 だから今日は何も心配せずに休むと良い」

 「わかりました、じゃあまた明日」

 「ああ、また明日」


 バイバイと手を小さく振った後、部長は来た時とは別の道へ歩いて行く。

 まだ何かやり残した事があるのか、それとも帰る家がそちらにあるのか。

 俺の知る由もなく、帰れと言われたのだからおとなしく帰るほかない。

 聞きたいような聞きたくないような、なんとも煮え切らない気持ちのまま、俺は一人で帰路についた。

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