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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
呪いのビデオ編
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第三十一話 感染する呪い


 「望んだ? 望んだだけで呪いのビデオなんて出来る訳が……」

 「念写はご存じですよね?」

 「ああ、念じたものを写真やフィルムに写す霊能力だろ? それはわかるが、僕にそんな能力は無い」


 先程まで声を荒げていた白石さんが嘘のように落ち着いている。

 こんな突拍子もない事を言われたらかえって腹を立てると思ったのだが、この反応は意外だ。

 

 「怪談にはただの話の域を超えて、聞くだけで呪いが伝染する危険なものもあります。 恐らく白石さん、あなたの集めた怪談の中にそれが含まれていたんでしょう」

 「なら、なぜ僕は無事なんだ。 なぜ僕では無く亜紀が……」

 

 亜紀。

 突然出たその名前を呼ぶ瞬間、白石さんの目からは狂気が消え、とても悲しそうな顔をした。

 

 「白石さん、貴方も無事ではありません。 貴方が呪いの感染源になっているんですから」

 

 小野寺さんはそんな白石さんの表情の変化を知ってか知らずか、容赦のない言葉をかける。

 白石さんの手からカップが落ち、テーブルの上で高い音を立てて二つに割れた。

 白石さんは俯いたまま動かない。


 「つまり、僕は亜紀を探しながら、無意識に別の被害者を増やしてたって事かい?」

 「そうなりま……」

 「部長! 解決方法は無いんですか!」


 いよいよ我慢できなくなったのか湊が声を上げる。

 もしそうしていなければ、白石さんはカップの破片で首を切って自殺を図った事だろう。

 湊の声に一瞬驚いて動きが止まったおかげで、何とか手首を掴み、それを阻止する事が出来た。

 破片を握る白石さんの手からは、一目で軽傷じゃないとわかる量の血が流れている。

 

 「白石さん! 何して……」

 「死ぬ必要はありません。 祓えば抑えられます」

 

 大慌てで破片を奪い取り傷口をハンカチで押さえる湊と、そんな状況にも関わらず平然と話を進める小野寺さん。

 あまりに両極端なこの状況に、だんだん現実味が無くなってくる。

 俺は、一体何に巻き込まれているんだ。

 

 「先輩! 水! 傷口を洗わないと!」

 「……わかった」

 

 湊の声でようやく意識がはっきりしてくる。

 流し台からカップに水を汲み、ハンカチを浸して傷口を拭く。

 傷はかなり深い物で、手の中の白い筋のようなものが見えてしまっている。


 「祓えるのかい、君に」

 「はい、祓えばもう新しい呪いのビデオは出来ないでしょう」

 

 白石さんも白石さんで、右手から血をどくどくと流しながら、それを気にもせず会話を続けていた。

 

 「それより傷の手当てを……」

 「大丈夫だ、ありがとう」

 

 湊を突き放し、白石さんは真っすぐに小野寺さんを見る。

 小野寺さんもそれに応えるように真っすぐと見返し、持って来ていた鞄から数珠をひとつ取り出した。

 

 「除霊方法は? 神道系か? それとも密教系?」

 「僕の場合はオリジナルです。 効果はあるのでご心配なく」

 

 小野寺さんは白石さんの背後へ回ると、俺にしたように背中を数回叩いた。

 その後、肩のあたりを手で払い、手のひらを白石さんの方へ向けて目を閉じる。

 すると、白石さんの表情が目に見えて晴れた。

 青白かった顔に若干赤が戻り、狂気を感じた双眸もいくらか平静に戻っている。

 

 「少しばかり気は楽になったが、これで本当に大丈夫なのかい?」

 「ええ、もう呪いのビデオは増えません」

 「だが、これでは根本的な解決にならない。 呪いのビデオの元凶となった怪談。 次はそれを調査しないと」

 「そちらは我々にお任せを。 時間はかかるでしょうが見つけてみせます」

 「……わかった、僕が関わってはまた呪いを拡げてしまう。 この件は君らに任せよう」


 話がつき、白石さんは大人しく手当てを受けている。

 ぎりぎり腱は傷ついていなかったらしく、痛みがある以外は問題無いそうだ。

 手当の合間、小野寺さんに呼ばれて部屋を出る。

 終始平然としていたあの様子を見せつけられて、俺は少し小野寺さんへの恐怖心を覚えていた。


 「さっきの話の通り、僕たちは原因になった怪談を特定しようと思うんだけど、君はどうする?」

 「俺は、やめときます。 あまり部長の元を離れていても悪いので」

 

 これは、半分本当で半分嘘だ。

 部長が心配なのは確かだが大部分を占めるのはもうひとつの理由。

 小野寺さんについて行く事に不安を覚えてしまった事だ。

 この人は本当に好きな人間にしか興味が無く、その他大勢を全く気にしていない。

 人の気持ちを読み取れて操れるが故に怪物だという部長とは別の、人の気持ちを(ないがし)ろにし、読み取ろうとしない怪物。

 小野寺さんの印象はそんな風に変わってしまっていた。 

 

 「そっか、まぁもともと心霊研究部の案件だしね。 手伝って貰った分の報酬はちゃんとオカルト研究部へ送っておくよ」

 「ありがとうございます」


 それだけ話し、小野寺さんは部屋に戻る。

 俺はもうこれ以上この場に居られない気がして、白石さんによろしく伝えてくれるようお願いしてアパートを出てきてしまった。

 

 恐らく親密な関係にあった女性、亜紀さんが初めての被害者で、それをきっかけに呪いのビデオを調査し始めた白石さん。

 映画と自分の生活を捨ててまで行った調査も無駄に終わり、あまつさえ、その原因が自分だった、なんて言われたのだから普通の人間なら立ち直れない。

 亜紀さん、他の呪いの被害者、関わった霊能力者。

 それだけの人を巻き込んでしまったなんて、突然言われてもどう償ったら良いか想像もつかないだろう。

 この事実を、自殺を図るほど真剣に受け止めた白石さんは、俺たちが居なくなったらどうするつもりなのか。

 色々な思考が頭の中で渦巻き、二人を待つ時間が永遠にも思える。

 まとまらない頭で車に乗り込み、エンジンをかけ、窓を開けた。

 外は見事な曇天で、僅かな隙間も無いくらい厚い雲が覆っている。

 

 と、携帯が着信を告げた。

 珍しい、部長からの電話だ。


 「はい、稲垣です」

 「やぁ、今暇かな? 湊さんがお出かけしちゃって退屈でね」


 嬉しそうな声。

 湊と会えなくなったと言う割には上機嫌だ。

 

 「ちょっと小野寺さんのお手伝いに来てまして、帰るにはもう少しかかりそうです」

 「そうなんだ。 何か聞きたい事はある?」

 

 一瞬ドキッとした。

 まさに今疑問に思っている事があり、答えが気になっていたその時に、突然こんな事を言ってきたのだ。

 これではまるで監視されているか、盗聴されているとしか思えない。


 「部長、盗聴器とかって」

 「人を何だと思ってるんだ君は、ただ君の声が落ち込んで聞こえただけだよ」

 「そうですか、当たりです。 腑に落ちない事がいくつかありまして」

 「私で良ければ聞くよ」


 部長に頼りっぱなしなのも不甲斐ないと思っているのだが、それでもこの声を聞くと安心してしまう。

 

 「呪いの怪談が原因で、呪いを伝染させる映像がビデオテープに念写できるようになる、なんて事起こり得ると思いますか?」

 

 電話口の部長がふむ、と少し考えているのがわかる。

 少しして、部長は俺の質問への答えを語り始めた。


 「呪いを受けた人間がもともと霊能力者であったならあるいは。 もしそうでないなら、直接触りでもしない限りは無理だろう。 受けた呪いがどれだけ強いものであったにせよ、自分の認識していない場所に念写を行うのは不可能だ」

 「それは、確実にそうだと言えますか?」

 「ああ、私が保証するよ。 そもそも、念写ならビデオテープ以外に映像が残っていてもおかしくは無いだろう? 今はDVDにストリーミング、別の映像媒体がいくらでもあるんだから。 それがビデオテープに限定されるなら、それは別の理由が絡んでいると思うよ」

 「別の理由……例えば?」

 「()()()()()()()()()()()()()()()、とかかな」


 それを聞いた瞬間、背中を嫌な汗が流れて行った。

 部長の言う事がもし真実なら。

 乱雑に物が置かれ、ビデオテープが山になっていたあの部屋。

 白石さんが二十二年間住み続けている水無瀬市に集中した目撃証言。

 もしかして、念写した呪いのビデオをわざわざ届けて……


 「お待たせ、じゃあ帰ろっか」

 「白石さんがまた来てくれって言ってましたよ、先輩!」


 その時、車の後部座席の扉が開かれ、笑顔の二人が乗り込んできた。


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