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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
降霊術編
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第三話 依頼者宅

 「ここが依頼主の家らしいけど、思ったより普通だね」


 水無瀬市郊外にある閑静な高級住宅街。

 その一つが今回の目的地であった。

 高い壁に覆われ、外からは隔離された印象を受けるがそれほど広くはなく、部長の言うとおり一般的な家屋に近い。

 こんな所に降霊術を嗜むオカルト趣味な人間が本当に住んでいるのだろうか。


 「もっと怪しい洋館みたいなのを想像してました」

 「ははっ、それは良いね。 本当にそうだったら報酬にも期待できたんだけど」


 場数が場数だけにこうして冗談を交わす余裕もあるが、部長からは臨戦態勢に近いピリピリとした空気がにじみ出ていた。

 銀より暗い灰色で統一された、つばが広い丸帽子、厚手のコート、そして薄いレースの手袋。

 どこか古風にも見えるこの出で立ちに例のトランクを加えたものが部長の仕事着であり、本人曰く、最も霊的なものに対処しやすい装備であるという。

 本人の意図したものかどうかは分からないが、それらを全体的に色素の薄い部長が身に着けているがために、何も知らない人から見たらまるで何かの怪異のようである。


 「似合うだろう?」


 そんな思考を読むかのように、部長は優雅にその場でくるりと回って見せる。

 薄いグレーの髪が光を反射してきらきらと輝き、それを追う厚手のコートもまるで重さが無いかのように軽やかに舞う。  薄っすらと笑みを浮かべたその表情も相まって、こう言ってはなんだが、魔性のものとはこういうものを言うのだと思った。


 「本当は部長も怪異なんじゃないですか?」

 「もうちょっと素直に褒めて欲しいんだけどなぁ」


 結局、依頼主の家の門に振り返るまで部長の顔を目で追ってしまい、言葉にはしなかったものの態度で表す結果になってしまった気がする。

 ……部長の容姿はさておき、間もなく約束の時刻となる。


 「ではそろそろお邪魔しようか」


 インターホンの音はすぐに住宅街に消え入ってしまい、すぐに無音の状態へ戻ってしまう。

 相手が出るまでの数秒間、この住宅街中に俺と部長の二人しか居ないのではないかと思うほどの静寂があたりを包んでいた。


 「はい」

 「水無瀬学院オカルト研究部の者です。 ご依頼の件で参りました」

 「どうぞ」


 ごく簡単に挨拶を済ませると、重そうな扉がゆっくりと開いた。

 どうやら入り口の門から玄関の扉まで自動で開く仕組みらしい。

 依頼主の姿が見えないのは不安だが、とにかく部長について中に入ろう。


 門を抜け、玄関へ入るとそこは一般的な家屋そのものといった雰囲気だった。

 左右に伸びる廊下と斜め右に見える階段。

 正面の部屋は曇りガラスの引き戸が閉められており、中の様子は見えない。

 内装も木を基調としたシンプルな物で、とても降霊術やオカルトと関係がある場所には見えない。

 玄関を見回していると、左手の廊下から依頼主とおぼしき男性がゆっくりと姿を表した。

 少し影のある印象の、白髪交じりの中年男性。

 その服装や掛けている銀縁眼鏡からは知的でありながらどこか頑固そうな気難しいタイプのように見える。


 「お初にお目にかかります。 オカルト研究部部長の水無瀬瑠璃と申します」


 部長は帽子を外し一礼する。


 「部員の稲垣渉と申します。 よろしくお願いします」


 同じように頭を下げつつ、男性の様子を伺う。

 現れた時からの固い表情は一切変わらず、あまり歓迎されていない様にも見える。


 「楠裕人です。 どうぞ、こちらへ」


 言われるまま左手の廊下を進み、突き当りの部屋へと入る。

 そこは書斎の様になっていて、手前にローテーブルと長椅子、奥に一人用の机が置かれており、壁一面ぐるりと背の高い本棚が覆っていた。


 「どうぞお掛けください」

 「失礼します」


 部長が裕人さんと向かい合うように座り、俺は部長の隣へと腰掛ける。

 こうして座ってみると、周囲の本棚からは相当な圧力を感じる。

 本棚から見下ろされているような逃げ場を塞がれているような、とにかくこの椅子に縛り付けてしまおう、というような圧が伝わってくるのだ。

 ちらりと部長の方を見たが気にしていないのか、涼しい顔をして裕人さんの方を見つめている。


 「さて、いきなりで申し訳ないのですが、我々をどうするおつもりですか?」


 にこりと笑顔を見せながら、たしかに部長はそう言い放った。

 まるで日常会話のような、語気を強めるでもなく言った言葉にしては内容が不穏で、こちらの聞き間違いじゃないかと疑うほどだ。

 空気が張り詰め、静かな部屋がさらに静まり返っていく。


 「どうもしませんよ。 少なくとも私にどうこうしようという気はありません」


 しばらくして裕人さんが口を開いた。


 「この部屋へ連れてきたのは?」

 「この部屋が一番影響の強い場所なので。 順を辿るより適切かと思ったのですが」

 「なるほど、話が早くて助かります」


 口を開いたかと思えば矢継ぎ早に会話が展開され、いまいち話についていけていない俺を置いてきぼりに、部長と裕人さんはさらに話を続ける。


 「依頼内容としては事態の終結を望まれているようですが、影響を受けた物に関してはどうしますか? 本など処分可能な物は処分するのをおすすめしていますが」

 「構いません。 影響が出なければ霊的な手段でも物理的な手段でも、手段は問いませんので処分をお願いします」

 「わかりました。 ただ、ご息女に関しては直接お会いしない事にはなんとも言えません」


 ここにきて、初めて裕人さんの表情が変わった。

 はっとしたような顔を見せた直後、怪しがるような得体の知れないものを見るような目で部長を見据え、その後すぐに見慣れた固い表情へと戻る。

 娘の事に関して、何か触れられたくない事情があるのだろうか。

 にしても、部長はどうやって娘の存在を知ったのだろう。


 「……娘に関してはもう少し考える時間を頂きたい。 娘自身、人には見せたくない姿でしょうから」

 「わかりました。 あえて何をしていたのかは聞きませんが、もしご息女が降霊術の影響を強く受けている場合は専門家の除霊やお祓いを受けられるのが良いかと」


 それだけ言うと、部長は椅子から立ち上がり、トランクの中から例の本を取り出した。


 「こちらも含めて対処します。 降霊術の術者が近くにいる場合、呼ばれたものが術者に入り込もうとするので席を外して頂きたいのですが問題ないでしょうか」

 「わかりました。 終わりましたら連絡をお願いします」

 「ご協力感謝します」


 言われた通り、裕人さんは席を外し、部屋には部長と俺の二人きりとなる。

 本棚の威圧感は相変わらずで、人が減ったせいか余計にそちらへ意識が向いてしまうが、まずは先程の会話の詳細を聞かなくては。


 「部長、全く理解できていないのですが」

 「色々と説明が必要だけど、まずはこの部屋からかな」


 そういうと近くの本棚から一冊の本を取り出し、それを開いて見せた。


 「このとおり、この本は怪異化したものだけど、この部屋にある本はほとんどが同じ状況なんだ」


 本には何やら小さい文字が書いてあるだけで見た目におかしな点はない。

 しかしこうして見せたということは、何かしら見える人間には見えるのだろう。


 「ほとんどって、壁三面覆うような数がですか?」

 「うん、怪異化の程度は違えど少なからず人に影響を与えるレベルのものが並んでいるよ」


 そんな呪いのアイテムが集まっているような部屋に案内されていたとは。

 これで部長がどうするつもりか、なんて聞いた理由が分かった。


 「怪異としてのレベルが低くても数が数だからね、魔素で影響をカットしていなかったら何かしらの悪影響を受けただろう」


 怪異化したものの持つ異様な雰囲気を感じなかったのはそのおかげか。

 どうやらかなり早い段階から守ってもらっていたらしい。


 「もしかして、この家自体も怪異化に近い状況ですか?」

 「いや、それほどではないけどこの部屋と二階は別格だね。 気配の濃さから察するに、この部屋が降霊術の現場で、その術者か触媒となったものが二階にあるんだろう」


 こういった気配に関して部長は特に敏感で、今まで見立てが外れたことはない。

 見立てといえば、依頼者の娘に関してはどう知ったのだろう。


 「娘さんが居ることに関してはどう知ったんですか?」


 それを聞くなり、部長は嬉しそうに目を輝かせる。


 「このタイミングでそれを気にするとは。 私と一緒に居ることで君の第六感が鍛えられてきたのかも知れないね」


 霊感はうつる、と聞いたことがあるが、第六感や魔素絡みはどうなのだろう。

 自分に実感がないだけに真相は不明だが、それで何かしら役に立てるならいい事かも知れない。


 「さて娘の話だが、これはかまをかけた。 玄関に女物の靴が何足かあったから、奥さんの分だけにしては多いと思ってね」

 「かまをかけたって、なぜそこまでして娘さんの話を?」

 「そこが一番のポイントだよ」


 部長が得意げな笑みを浮かべる。

 これだけ楽しそうにしているのだから、よほどの理由なのだろう。

 基本的に、部長が楽しそうにしている時ほど厄介な事態になっている。


 「依頼の段階から思っていたんだが、この依頼者は明らかに何かを隠している。 降霊術を行ったと言うわりにその方法や当時の状況は伏せているし、こうして足を運んでも詳しい話をする気配がない」


 部室でホワイトボードに書いていたように、指で空中に何かを書く動作をする。

 説明に熱が入った時の部長の癖のようなものだ。


 「方法を知られて困るなんて、よほど後ろめたい事をしたか、それを生業にしているかくらいだろう。 どちらにせよ、これだと何を聞いても平行線を辿りそうだったのでね、術者側でも触媒側でも、核心になりそうな娘の話題を出した、という訳だ」

 「でも、そんな事をしたらよけいに警戒されるんじゃ……。 それに、事態の終結と関係あるんですか?」

 「警戒はされただろうし、依頼主の言う事態の終結とは関係ないだろうね。 依頼をこなすだけなら黙ってここの本を処理して終わりだよ。 ただ……リスクを冒したかいはあったよ」


 笑みの中に妖しさが混じる。


 「娘の状態から察するに今回は降霊術の失敗の中でも特に悲惨なものだ。 後学のためにも少し深入りするとしよう」


 冷気が体を包むような感覚と、どこからか漂う微かな血の匂い。

 周囲を守ってくれているであろう部長の魔素が、今はどこか怪異に似ていた。

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