第二十九話 ビデオに映る場所
最近は雨の日が多い。
春の雨は終わり、梅雨にはまだ早いというのに週に一度は降っている。
自宅と学院の往復で生活している俺にとっては珍しい土の地面も、雨とあっては気持ちの良いものでは無い。
小野寺さんを車に乗せ、こうして映像に映っていた公園にやってきたのだが、辺りに人はおらず開けた空間だけが広がっている。
木や草がある以外には多目的グラウンドがあるだけの簡素な公園。
他に手がかりが無かったとはいえ、ここにヒントになるようなものがあるのだろうか。
「どう? なにかわかる?」
「俺に聞かれても、特に何も感じないですけど」
専門家が傘を片手にぼーっとしているのだから俺にわかるはずも無い。
小野寺さんは俺が呼ばれたなんて言っていたが、あの時の怪しい感覚はもう微塵も無くなっている。
部長のように魔素が辿れたなら、この公園から映像の始まった田舎道まで足取りをなぞる事も出来たかもしれない。
映像は古い物らしく、この公園以外はほとんど変わってしまっていたのだ。
「仕方ない、地縛霊に聞いてみるか」
小野寺さんはそう言うと公園で一番大きな木の下に行き、何やら真剣な顔で幹を見ていた。
しばらくそうした後、笑顔でこちらに戻ってくる。
「流石に霊もわからない、ってさ。 カメラを持った人なんて居すぎて区別がつかないって言われちゃったよ」
「霊って、本当に地縛霊と話を?」
「そうだよ、霊って言っても元は人間なんだから話くらい普通に聞いてくれるよ」
小野寺さんは普段人間と話している時よりも楽しそうだ。
俺と話している時はそうでもないのだが、他の人間と話している時の小野寺さんはなんだかつまらなそうなオーラを常に発している。
やはりこの人も部長と同じくらい変わった人だ。
「ここからどうしましょう?」
「んーどうしようか、このテープを持ち込んだ人間も、たまたま買った中古のビデオデッキに入ってたって言うんだよね。 出所は聞いてもわからなそうだ」
本当に手がかりが無くなってしまった。
元々、散歩を撮っただけの映像に一瞬映る社と、手がかりになりそうな物が少なすぎる。
こうなるといよいよ映像鑑定とかそんな段階になってくると思うのだが。
「どうします? 一旦帰りますか?」
「そうだね、こうなったら専門家に任せよう」
「専門家?」
「君も知ってるあの人だよ」
あの人が誰かは結局教えて貰えず、小野寺さんの部屋で小野寺さんの言う専門家とやらに会う事となった。
会う時間は都合により夜になる、という事で、俺と小野寺さんは近くのラーメン屋で夕食をとる。
思えば、外でラーメンを食べるなんていつぶりだろう。
一人の時は自炊で簡単に済ませ、外で食べる時は部長の好きそうな店ばかり選んでいる。
こういう見た目は汚いが味が良い地元密着のような店は、どうしても候補から外れてしまっていた。
内容が内容だけに特に話すことは無く、ただただラーメンを啜る。
昔ながらの醤油ラーメンといった感じで、特筆すべきものはない。
部長の好きそうな激辛スタミナラーメンなんて物もあったが、それはまた次の機会だ。
約束の時間が近づき、俺たちはマンションのエントランスへ向かう。
どうも専門家とは懇意にしているらしく、ここで出迎えたいのだとか。
霊的な物の専門家である小野寺さんの頼る専門家が果たしてどんな人物なのか気になって仕方ない。
これで部長が出てくるなんてオチは無い筈だ。
しばらくソファに座って待っていると、エントランスの入り口に見慣れた顔が現れた。
「あれ、部長はともかくなんで先輩が?」
湊だ。
「今回の依頼のパートナーをお願いしててね、ほら、見て貰った方が早いから部屋へ行こう」
「え、一体何を見せるつもりで、ってちょっとは説明してくださいよ!」
湊に挨拶をする間もなく小野寺さんはエレベーターに乗り込み、俺たちがそれを追いかけてエレベーターに乗る。
理由も話さず突き進む小野寺先輩を、文句を言いながら追いかける湊の姿を何度見ただろう。
こちらの部活はやはり俺たちのものより大変そうだ。
「小野寺さんが言うには俺が呼ばれたらしい」
「呼ばれた? 何に?」
呪いのビデオの事も話してないのか。
湊はぽかんとした顔で頭にはてなを浮かべている。
「小野寺さん、本当に何も話してないんですね」
「まぁまぁ、もう着くから詳しくは室内で、ね?」
ちょうどエレベーターが目的の階に着き、小野寺さんは自室へとすたすたと歩いて行ってしまう。
俺たちは再びそれを追いかけて、小野寺さんの部屋へと入った。
「良し、ここでなら話せる」
「話せるって、絶対ろくな話じゃないですよねこれ」
部屋はあの時の状態のままで、中央に古いテレビとビデオデッキが置かれ、四隅に数珠、それを囲うしめ縄と、一目で事の異常さがわかる状態だ。
これでは湊がこんな不満げな顔をするのも仕方ない。
小野寺さんはごめんごめん、と謝って、湊に事の次第を説明した。
「はぁ、大体はわかりました、それでその専門家は?」
「湊さん」
「……ですよね、つまりその映像を見て私にどうにかして欲しいと」
「頼めるかな?」
「……本物の心霊スポットの情報。 それと交換なら引き受けます」
「良し、交渉成立!」
やれやれと呆れた顔の湊の手を、小野寺さんが両手で握って喜んでいる。
人間にはあまり興味の無い人だと思っていたが、湊の前でもこんなに感情を露にするのか。
こうして湊を含めた三人で映像を見る事となり、俺たちは再度、呪いのビデオを鑑賞する。
内容は当然ながら全く同じで、この手の話によくある、映像が変わるだの人が振り向くだのといった事は何も起きない。
社の場面で小野寺さんはまたミュートにしたのだが、その直前、あれっ? と、湊が小さく呟いた。
「この社を探すんですね?」
「流石、話が早い。 どう思う?」
「どうも何も、社が映っているだけでは特定は難しいですね。 部長がミュートにした声も聞いたらまずいんですよね?」
「うん、君にも聞こえてたよね?」
「人を呼んでる声ですよね」
やはり、聞こえる人には聞こえるらしい。
二人は真剣な顔で分析を進めている。
霊感の無い俺には、目から得られる以上の情報は何も無いが。
「とりあえずネットに社の画像をあげてみます」
「そうだね、見るだけなら大丈夫そうだし」
「他にも色々調べてみますけど望み薄ですよ?」
「わからなかったら仕方ない、テープを焼いて、とりあえずの解決としよう」
方針が決まり、再生を終了する。
湊はテレビに映った社を撮影しており、その画像をネットにアップする。
何でもこの手の話に詳しい人間の集まる掲示板があるらしく、そこで情報を募るのだとか。
これで、今日できる事はもう何も無い。
その場で解散となり、俺と湊はマンションの外へ出た。
やっと雨が止んだようで肌寒さはどこかに行き、蒸し暑さが戻って来ている。
「送ろうか?」
遅い時間に女性を一人歩かせるのはよろしくない。
どうせ小野寺さんの足として使った車があるのだ。
「先輩ってたしか学院の近くに住んでるんですよね、それなら通り道なので途中までお願いできますか?」
「わかった。 そんなに遠くないなら家まで送るぞ?」
「一駅なんで十五分くらいですかね? 良いならお言葉に甘えます」
マンションの駐車場に止まった愛車の軽に湊を乗せる。
後ろの席に案内したのだがなぜか助手席に座り、いそいそとシートベルトを締めている。
男と並んで車に乗るのに抵抗は無いんだろうか。
「とりあえず学院に向かってください、そこからは私がナビするんで」
「わかった。 寄る所は?」
「うーん……うちの近くのケーキ屋さん。 今ならぎりぎり営業時間に間に合います」
「了解」
言われた通り学院へと車を走らせる。
隣に座る湊は静かに前を見ていた。
「先輩、瑠璃さんとの関係は?」
「なんだそれ」
かと思えば、突然そんなことを言い出すもんだから驚いてしまった。
「普通ではないですよね、恋人でもなさそうだし」
「そんな関係だよ。 友達以上恋人未満、ってやつか」
「なんですかそれ、もう死語なんじゃないですか?」
あはは、と楽しそうに笑っている。
だがこの言葉以上に俺と部長の関係を表せる言葉は無い。
その後は特訓中の部長がどうだったとか、小野寺さん行きつけのラーメン屋は私も行った事があるだとかの日常会話を繰り広げ、湊のナビ通りケーキ屋に到着する。
車で待っていると、湊はケーキの入った白い箱を二つ持って現れた。
「これ、ガソリン代の代わりです。 好きですよね?」
開いて見せた中身はカスタードまん。
どうやら部長に聞いたらしい。
「このくらいの距離でガソリン代なんて……」
「私、カスタード苦手なので断られても食べて貰いますよ?」
にっこりと笑って湊はそんな事を言う。
甘い物大好き人間が何を言っているのか、湊なりに気を遣わせないようにしているのだろう。
「わかった。 じゃあ貰うよ」
「駅前のと、どっちが美味しいですかね?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそんな事を言ってくる。
部長はどこまで話してしまったのだろう。
湊を乗せ、家の近くの道で車を停める。
家の前まで乗せて行っては色々とめんどくさそうだ。
しかし、どうせここまで来たなら家の前までと湊に促され、結局、家の前まで送る事になってしまった。
車を発進させる前に、玄関から出て来た湊の母親と目があってしまう。
ぺこりと頭を下げられたので会釈を返し、急いで車を発進させる。
母親の隣に立つ湊は、今までで一番のいたずらっぽい顔をしていた。




