第二十八話 思わぬ遭遇
部長の謹慎期間が終わり、オカルト研究部は平常運転となった。
長いようで短いルームシェア生活はあっという間に終わりを告げ、いつもと変わらない日常がやってくる。
変わった事と言えば、俺が一人の部屋に居ると少し寂しさを感じるようになっていたり、二人きりで居る時に部長がしてくるスキンシップが激しくなったくらいだろう。
魔素に関してや部長に関して勉強になった部分はあるが、結局は何が目的だったのかいまいちわかっていない。
ただ、最近は部長と湊が魔素の特訓を行っており、能力の無い俺にとっては退屈な部活動となっている。
二人が長机を占領してしまった為、今はこのキャスター付きの椅子と事務机が俺の席だ。
湊が来るまでの間は部長と話し、湊が来たら部室で時間を潰すか家に帰る生活の繰り返し。
ここ最近の忙しさが嘘のようで、正直、時間を持て余していた。
そんな折、暇つぶしに行った電気屋で小野寺さんに出会った。
薄暗い店内の中、何やら真剣な顔でジャンク品のコーナーを見ていて、手には今や骨董品となったVHSテープが握られている。
テープを持ってジャンク品を見ているという事は、恐らくビデオデッキが目当てだろう。
「こんにちは、珍しいですね」
「あれ? 稲垣君、こんな所で会うとは奇遇だね」
俺と同じく学校帰りに寄ったのか制服姿で、背中には大きなリュックサックを背負っている。
何学部かは知らないが、講義で使う教科書を入れるには大きすぎるリュックだ。
「何してるんですか?」
「いやー、ちょっとこのテープを調査中でね。 中身を見たいんだけど今時ビデオデッキなんてなかなか売ってなくてさぁ」
あはは、と頭を掻いて困った笑顔を浮かべている。
湊から聞く限り機械音痴だと言うし、暇つぶしがてら手伝うのも悪くない。
「まず店員に聞いてみましょう。 そのあたりの籠に積まれてるやつは動かない場合がほとんどなので」
「ほんとに? 危うく買うとこだったよ」
小野寺さんは本当にこういった話にはうといようで、テープを刺してみて入るやつを買えば良いと思っていたらしい。
当然電源を入れなければテープは入らず、この店にも再生できるデッキは無いと判断して帰る所だったそうだ。
店員に事情を説明し、見るからに古い赤のビデオデッキを出してきて貰う。
試しに再生してみるか、との話にもなったのだが小野寺さんはそれを断り、試す事なく購入した。
大金では無いにせよなかなかな値段だ。
本当に試さないで良かったのだろうか。
「良いんですか、試さなくて」
「これ以外のテープ持ってなくてさ、これはとても人に見せられないし」
そう言って、少し真剣そうな目でビデオテープを見る。
一体何が録画されているんだろう。
「ちなみにどんな中身なんです?」
「呪いのビデオ。 あくまで噂だけどね」
その手の物だとは思っていたがそこまで直接的な物だとは思わなかった。
店員がビデオデッキを大きなビニール袋に入れ、プラスチックの取っ手を付ける。
こんな話をしているのに表情一つ変えないのは流石と言える。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
店員と小野寺さんとが互いに礼を言いあって、俺たちは店を後にする。
話を聞いてしまった以上、少し興味が湧いてくる。
このDVDだオンデマンドだという時代に現存する呪いのビデオだなんて、少しロマンを感じてしまう。
「暇ならついて来る? 中身を見るのはもう少し先になるけど」
「見たいは見たいですけど、それって見ても大丈夫なんですか?」
「大丈夫にするから大丈夫だよ、人手が多い方が発見もあるでしょ」
小野寺さんはビデオデッキを抱えたまま電車に乗り、バスに乗り、立派なマンションの前で立ち止まった。
もしかして、ここが小野寺さんの住む家なのだろうか。
小野寺さんは慣れた手つきで入り口の番号を押し、エントランスを抜け、エレベーターに乗る。
茶色を基調とした内装はいかにも高級マンションといった感じだ。
こんな所に突然ついて来て良かったんだろうか。
「ようこそうちに」
「お邪魔します」
オシャレな外観に見合うセンスの良いワンルーム。
天井の黒と壁の白でモダンなモノクロテイストとなっているが、恐ろしく物が少ない。
あるのはベッドと小さな机、本棚、クローゼットくらいで、小物の類すら無い。
小野寺さんはこの家でどうやって生活していると言うのか。
「物はあまり持たない主義でさ、今時スマホさえあればある程度なんとかなるでしょ?」
そう言って、小野寺さんは冷蔵庫から取り出した缶コーヒーをくれた。
お礼を言って受け取ったが、取り出す時にちらりと、缶コーヒーと水のペットボトルしか入っていないのが見えてしまった。
冷蔵庫の中までこうだと本当に生活感が薄い。
人の事を言えないが、小野寺さんの私生活が心配になってきてしまった。
「まずは結界を張るから適当に座ってくつろいでてよ、クッションの類は持ってないけど」
「いえ、突然来た身なのでお気になさらず」
促されるまま部屋の中央辺りに座る。
目の前の窓からは周囲の街並みが少し見えた。
横の本棚に入れられているのは教科書ばかりで、マンガや趣味の物は無さそうだ。
小野寺さんは数珠に息を吹きかけながら部屋の四隅に置いている。
その表情はいつになく真剣で、今回の呪いのビデオにかける気合いの程が伝わってくる。
そうして数珠を置き終わると、俺を中心とした大きな円の範囲をしめ縄で囲んだ。
結界については良く知らないが、実に結界らしい結界だ。
「はい準備終わり。 テレビは……ここ」
クローゼットを開くと、角の方から本当に小さなブラウン管テレビが姿を現した。
十四インチ無いんじゃないかという小さなテレビには、赤白黄色の三色ケーブル端子が付いている。
良くこんな骨董品を見つけられたものだ。
「デッキを繋ぐのお願いしても良いかな?」
「いいですよ」
色通りささっと配線を済ませ、コンセントを刺して本体の電源を入れる。
真っ黒な背景に浮かぶ緑のビデオの字。
ネタでしか見た事のないその光景に少しテンションが上がってしまった。
「さて、上映会と行きたい所だけど……」
小野寺さんが気まずそうな顔でこちらを見てくる。
「大丈夫なんですよね? なら見ちゃいましょう」
「そう? じゃあ再生」
小野寺さんがデッキの再生ボタンを押す。
しかしすぐにテープからガコンと言う音が鳴り、再生が停止してしまった。
どうやら巻き戻っていなかったらしい。
「えー……と?」
「巻き戻しましょう」
「あ、これか!」
小野寺さんが巻き戻しを押す前に停止ボタンを押せたのは良かった。
呪いのビデオの逆再生なんて見たら何が起きるかわからない。
巻き戻しが完了し、改めて再生ボタンを押す。
映し出されたのはどこかの町の風景。
青天の元、一般的な木造家屋がちらほらと見える道を歩いている。
周りに背の高い建物は無く、道路の狭さから見ても田舎で間違いないだろう。
「どこだろう、今の所不思議な所はないけど」
小野寺さんが真剣な顔をしている。
前に見た、仕事モードの小野寺さんだ。
「ヒントがなさ過ぎますね、普通の田舎って感じで」
視点の高さと時々漏れる吐息から撮影者が男性であろうという事はわかるが、わかってもせいぜいその程度で特定するには至らない。
そもそも、この何の意味も無さそうな映像が呪いのビデオかどうかも怪しい。
と、場面が切り替わり映し出されたのは山の中に佇む小さな社。
石造りの簡素な社は一部植物に覆われており、誰も管理していない事がわかる。
参拝者も居ないのだろう、社の前の石段には苔が生えてしまっている。
「ちょっとごめんね」
小野寺さんが突然ミュートのボタンを押した。
「これは聞かない方が良い。 わかるわからないに関わらず有害だ」
小野寺さんには何が聞こえていたのか。
ただただ社を正面から捉えた映像が続き、唐突にどこかの公園の映像に切り替わった。
元々、田舎道から公園へ行く映像が録画されていたものに上書きしたのだろう。
今回の本命は社の映像のようだ。
「社が映ってた部分、怨嗟に満ちた声が凄かったよ。 これはたしかに、ろくな防御も無しに見たら呪いのビデオだ」
「その声は祀られてるものの声ですか? それともその周辺の霊?」
「鋭いね、瑠璃さんが贔屓にするのもわかるなぁ」
小野寺さんは数回頷いて話を続ける。
「わからない」
「わからない?」
心霊の専門家である小野寺さんでもわからないとは。
やはり直接体験するのと映像で見るのでは勝手が違うのか。
「こちらに気を払う気もないただの怨念、みたいな感じかな? ここまで純度が高いともう人らしさみたいなもんは全くないんだ。 ただただ人に害を成す存在、それこれ呪いそのものみたいに」
にこやかに話しているが、背中に冷たいものが伝ってくる。
穏やかな口調でありながら空気が氷のように冷たくなり、脳が得体のしれない何かに警戒しているような感覚を覚える。
怪異の魔素にあてられた時よりも間接的で、囲まれ、徐々に逃げ場を失っていくような……。
「魔素には鈍いのに霊的なものにはけっこう鋭いね」
小野寺さんの手が俺の肩に触れる。
するとすっと、冷たい空気がどこかに行ってしまった。
「一種の魅了だねぇ、君を取り込んで傍に来させようとしたらしい」
「なんで、そんな……」
声がうまく出せない。
「憑り殺す為か別の意図があるのか、どちらにせよ行ってみないとわからないな」
小野寺さんが俺の背中を平手でばんばんと叩く。
その強さに思わず口から息が漏れ、お、っと声を出してしまった。
直後、何か煙のようなものが息と一緒に体を出ていく。
目には見えないのだが、そう感じたのだ。
「呼ばれたのは君だし一緒に行こう。 君の先輩と僕の助手が仲良くやってるんだから良いよねぇ?」
小野寺さんが気にしているのは俺が参加するかどうかではなく、部長が腹を立てないかだ。
それはこの、わざと悪役っぽい笑みを浮かべた顔が物語っていた。