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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
水無瀬瑠璃編1
34/43

第二十五話 ラブコメ

 部長の枕として働いた後、言われた通りの品と必要品のいくつかの買い出しを済ませ、手慣れた部長の料理を手伝い、想像の倍は美味しかったカレーを平らげて、今は部長とソファに並んでニュース番組を眺めている。

 俺が美味しい美味しいとカレーを食べた事で部長は大層気を良くしていて、視線はテレビの方を向いているものの、俺の右腕を片手にかかえて離そうとしない。

 シェアハウスに来てからというもの、部長のキャラクターがぶれにぶれている気がするのだが。

 

 「遊園地はどこも大盛況か。 謹慎中でむしろ良かったかもね」

 「どこに行くにも、行きも帰りも大渋滞でしょうね」


 などと、お互い適当に会話を交わし、すっかりくつろいでいた。


 そうして、気が付けば時刻は夜の八時。

 普段であれば、そろそろ入浴の時間なのだが。

 

 「部長、お風呂はどうします?」

 「私は日頃シャワーなんだけど、せっかくだしお湯に浸かろうか」

 「どんな浴槽かもう見ました?」

 「いや、寝室から直接居間に来たからまだ見てないよ」

 「じゃあ一度見てみないとですね」

 「二人で入れるくらい広いかな?」


 フフンという人をからかうような笑顔。

 まともに受け取っていては余計調子づかせるだけだろう。

 抱えられていた右腕を引き抜いて、浴室に下見へと向かう。

 浴室へ向かう途中横目に見たのだが、無視されたからか腕から離されたからか、部長は俺の座っていた位置に力なく横たわっており、あー、と残念そうな声を発していた。

 脱衣所から浴室を覗く。

 一般家庭にあるような長方形の普通の湯船、椅子、シャワー、備え付けのボディソープにシャンプー、リンス。

 浴槽の上には給湯器の操作パネルが取り付けられており、180L、40℃と表示されている。

 知ってて言ったのか偶然か、長方形の湯船は膝を抱えて入れば二人並べるくらいの広さをしていた。

 

 リビングへ戻る途中、キッチン横、食器棚の隣にある給湯器の操作パネルを確認する。

 お湯の残量九割。

 これなら十分浴槽にお湯を張れそうだ。

 

 「お風呂今から入れても大丈夫ですか?」


 リビングに顔だけだして確認をする。

 部長はソファで仰向けに寝ており、携帯を片手に退屈そうにしていた。


 「ああ、お願いするよ」


 了承が取れたので浴室へ戻り、浴槽を軽くシャワーで流した後栓をしてお湯張りのボタンを押す。

 湯が冷めないよう脱衣所にあった浴槽の蓋を載せ、後はお湯張りが終わるのを待つだけだ。

 リビングへと戻り、また部長の隣に座る。

 部長は俺が戻ってきたタイミングで一瞬ソファのスペースを空け、座ったのを確認するとまたすぐに膝枕される体勢へと移行していた。


 「入れてきました」

 「ありがとう。 君は先に入りたい? それとも後?」

 「後で良いですよ、一番は譲ります」

 「へぇ、そこは気にしないんだね。 君の事だから私の入った後のお風呂には入りたくないかと思ったよ」

 

 確かに、言われて気付いたが、先を譲るという事は部長の入った後の浴槽に入る事になる……のだが、それで入りたくない、となるのだろうか。

 あまり意識しなかったのだが、これは俺のデリカシーの問題か。

 

 「あまり意識しなかったんですがまずいですか?」

 「どうだろう? 最近読んだ漫画に主人公と女の子が通り雨に降られて、たまたま近かった女の子の家でお風呂に入る、って場面があってね。 その時に主人公がこれが普段○○の入ってるお風呂か、ってどきどきする描写があったんだ」


 そんな王道ラブコメみたいなものを部長が読んでいるとは。

 漫画だのアニメだのゲームだのと縁遠いと勝手に思っていただけに、この部長の発言は衝撃的だった。

 部長がたまに言う、男に関する微妙にずれた一般論は漫画から仕入れた知識なのだろうか。

 

 「流石にそれは主人公が意識しすぎなんじゃないですか?」

 「まぁラブコメだしね。 ちなみに君が意識する場面はどんな場面なんだい?」

 「言ったらそればかりするでしょう?」

 「バレたか」


 アハハッと部長は楽しそうに笑っている。

 意識する場面も何も、思わず目を引かれる仕草や思わず注視してしまう表情なんてもうとっくに知られていると思ったが。

 膝枕状態の部長が仰向けからころんと左に転がり、テレビの方を向く。

 テレビは相変わらず暗いニュースを流していた。

 

 「私と一緒に居て、鬱陶しくないかい?」

 「まさか。 そう思ってたら膝枕なんてしてると思います?」

 「それもそうか」


 こちらを向かず、アハハッと同じような笑い声を上げているが、気付かれないとでも思っているのだろうか。

 自分で言った通り部長は思ったより小心者で、こういう話をする時はいつも手に力が入ってしまう。

 手を握られているだけでそれに気付くのに、こうして太もものあたりに触れられていては余計にそれがわかるというものだ。

 プールサイドの時でさえ魔素でこちらの考えを読みながらも面と向かっては話せなかったんだから、魔素の無い今の状態で聞いたのは部長なりの精一杯の勇気だったんだろう。


 「今聞かなくても、魔素が戻ってから聞いたら良かったんじゃないですか?」

 「聞ける訳無いよ。 私が魔素で考えを読めると知ってしまった優しい君は、本当は鬱陶しいって思っててもそうじゃないふりをするだろう?」

 「そんなに器用じゃないですよ。 買い被りすぎです」


 テレビの方を向いたまま部長は黙り込んでしまう。

 沈黙に耐えられなかったのか、部長をそれ以上心配させたくなかったのか、気が付くと俺は、部長の頭を撫でてしまっていた。

 部長の細い銀の髪はとても滑らかで若干の冷気を纏っており、まるで氷の表面を撫でているようだ。


 「髪は女の武器だからね。 日頃から魔素を含ませてたんだ」

 「だからこんなに冷たいんですね」

 「君の手が温かすぎるのもあると思うよ?」

 

 太ももあたりに置かれていた手が離れ、撫でていた俺の手に重ねられる。

 その手は少し冷たくなっていて、そこからも部長の緊張が伝わってきてしまった。


 「人をからかっておいて心配するなんて、複雑な性格過ぎますよ」

 「私からしたら君の方が複雑だよ。 全然私の想像通りにいかないんだから」

 「どういう想像ですか?」

 「それを言う勇気が私にあると思うかい?」


 お互い顔を逸らしたまま話し続ける。

 部長は自分の事を小心者だと言っていたが、俺だって似たようなものだ。

 部長が好意を寄せてくれているとわかっていながら、それにどう応えたら良いか決めあぐねているのだから。

 

 「俺だって勇気は無い方ですよ」

 「フフッ、似た者同士だね」


 握られていた部長の手に温かさが戻る。

 頭を撫で続けた甲斐もあって、どうやら緊張が解けたようだ。

 と、タイミング良くお湯張りが終了しましたの音声が聞こえてくる。

 小心者同士、今はこのくらいが精いっぱいで良いんじゃないだろうか。

 

 「良い所だったんだけど仕方ない。 お風呂に入ってこようかな」

 

 俺の膝から頭を降ろし、そのまま振り返る事なくリビングから出て行く。

 結局表情を窺う事が出来なかったが、果たして部長はどんな顔で撫でられていたのだろうか。

 もし照れていたのなら、見られなかったのが残念だ。 

 普段からかわれている分、攻勢に回る良い機会だったのだが。

 

 リビングから部長が出て行ってしまい、いつもと変わらない一人の時間になってしまった。

 普段はもう何とも思っていなかったのだが、部屋が広くなったからか一日中部長と居たからか、妙に寂しく感じてしまう。

 意味もなくテレビのチャンネルを切り替えたりもしたのだが、やっているのは知らない芸能人の出ている似たり寄ったりのバラエティ番組ばかり。

 これではとても気が紛れない。

 ソファに寝転がり、携帯をいじる。

 惰性で続けているソシャゲをいくつかこなし、特に興味もないニュースサイトを巡る。

 こうしているといつの間にか一日が終わり、また朝がやってくる。

 大学入学以来、そんな生活を続けてきた。


 そうしてしばらくすると、脱衣所の方から扉の開く音が聞こえてくる。

 部長がお風呂に行ってからおよそ三十分。

 女性にしては早いのではないのだろうか。

 

 「上がったよ。 面倒だけど、たまにはお湯に浸かるのも悪くないね」

 「おかえりなさい、随分早いですね」

 

 そうかな? と首をかしげる部長は水色のネグリジェに着替えており、濡れた長い髪をタオルでまとめ、片手にはドライヤーが握られている。

 特別透けていたり露出が多い訳ではないのだが、お風呂上がりだからだろうか、いつも以上に気になって仕方がない。

 

 「私は髪が長いから、ここからが結構大変なんだ。 君は気にしないで入ってくると良いよ」

 「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」

 

 髪を乾かす準備をする部長の隣を通り抜け、自分の寝室に戻って入浴の準備をする。

 これといったアクションを仕掛けてこなかったのは正直意外だが、今回ばかりは助かった。

 あの姿でいつものように来られたら、いつものように対応出来た自信が無い。

 そのまま準備を済ませ、何事も無く浴槽に浸かり、全身を洗って浴室を出る。 

 その間二十分程。

 いまいち頭が働いていないのは自覚しているのだが、部長のいつもと違う姿を見ただけでこうもなるものだろうか。 

 結局、着替えを済ませて髪を乾かし、キッチンで水を飲み終えるまで頭が元に戻る事は無かった。


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