第二十四話裏 参考人1
「来てくれてありがとう。 エスカレーター式で進学した人なんてそうそう居なくて、断られたらどうしようかと思ったよ」
「いえ、小野寺さんに呼んで頂けるならいくらでも協力しますよ」
もう少し待つかとコーヒーのおかわりを頼んだのだが、彼女は思いのほか早く来てくれた。
名前は……何といったか。
彼女の友人だと言う人に呼んで貰っただけだから忘れてしまった。
「それはありがたい。 取材料も兼ねてここは僕が払うから何でも頼んで」
「ありがとうございます。 じゃあ……ホットコーヒーとパンケーキをお願いします」
店員に彼女の注文を伝える。
名目上は水無瀬学院の魔素学部についての話と、エスカレーター方式での進学について聞きたい、として呼び出したのだが、本当に聞きたいのは水無瀬瑠璃の事だ。
同じエスカレーター組として、何か新しい情報を持っていれば良いのだが。
「早速だけど、水無瀬学院に入学したのはいつ?」
ポケットからメモ帳を取り出し、要点を記録するためにペンを準備した。
「私は中等部からですね。 小学校卒業時に魔素能力が開花して、ここには推薦で来ました」
「へぇ、推薦となると相当なエリートだ。 魔素適性はどのくらいあるの?」
「操作、感知両方Aです」
「両方Aとは、もう将来は約束されたようなもんだね」
いえそんな、と彼女は謙遜しているが、両方Aとなれば有名企業はもちろん、研究機関や教育機関にだって顔パスで入れるレベルだ。
口には出せないが、この能力でこのビジュアルなら引く手数多だろう。
将来的には医者に匹敵する高給取りにだってなれるんじゃないだろうか。
「魔素特性を聞いても良い?」
「はい、私の魔素は特に電気系統と相性が良くて、電流の増強や遮断もある程度は出来ます」
「適性A、Aに加えて電気系なんて、水無瀬学院が欲しがる訳だ」
これだけの能力なら褒められ慣れていると思ったが、彼女はいえいえと顔を赤らめ、テーブルへと視線を逸らす。
そこへタイミング良く注文の品が運ばれて来たため、お互いコーヒーを一口啜る。
メモを取る時間の確保と話しやすい雰囲気作りの為、ここで一度休憩とするのが良いだろう。
「どう? ここのコーヒーは」
「美味しいです。 パンケーキもふわふわで」
「それは良かった」
ここのパンケーキを見たのは初めてだが、縦に3センチはありそうな物が三段重ねになっている。
甘い物は嫌いじゃないが、この量は見るだけで十分だ。
あのいかにもといった強面のマスターが、こんな可愛らしい物を作っている所を見てみたくはあるのだが。
なんて考えているうちに、彼女はそのパンケーキをぺろりと平らげてしまった。
その細い体のどこへ入っているのやら。
コーヒーで一息ついたタイミングを見計らい、また話を本題に戻す。
「続きだけど、エスカレーター式の試験はどんな内容?」
「魔素系列の場合試験は特に無くて、日頃の魔素実習の成績が全てでした」
「魔素実習の内容は?」
「適性ごとに分けられて、適性の高い生徒はかなり専門的な事をやってました。 それぞれの特性に合わせた内容で、私の場合は電流の増強、遮断をそこで鍛えられました」
「へぇ、という事は進学できるかどうかは完全に学院の判断次第?」
「そうなりますね。 魔素の適性と言うよりは、実用性を見られていた気がします」
「適性が高いけど実用性が無くて落とされた人は居た?」
「えーと……一人、植物の成長促進や抑制が出来る生徒が落とされてました。 彼女は操作B感知Aだった筈なんですが」
「十分適性があるのに落とされるんだ。 逆に適性が低いのに進学出来た人は?」
「そうですね……操作C感知Cで進学出来た生徒が居て、彼は魔素を吸収する特性を持ってました」
「吸収?」
「はい、他の魔素を取り込んで、自分の魔素に出来るとか」
それは面白い。
実用性を重視している中で吸収とは。
魔素絡みの求人や募集を見ても、特別優遇されるのは電気、水、火など生活には欠かせない物に作用する特性が主で、吸収など個人にしかメリットの無い物は不遇なイメージがある。
吸収の特性や、魔素適性の高い男性自体が珍しいというのもありそうだが、C、Cで進学出来たとなると相当だろう。
男が足りないのかよほど吸収したい何かがあるか、どちらにせよヒントにはなりそうだ。
「吸収は珍しい特性なの?」
「はい。 魔素の性質は基本的には変えられない物なので、他の魔素を自分の魔素に変化させられる時点でかなり特異な能力だとされています」
「基本的には、と言うと特異な例もいくつかあるんだね?」
「はい、一つは吸収の性質。 次に魔素変換器。 もう一つは……」
そこまで話し、彼女は突然黙り込んでしまった。
「話せない事?」
「ああ、いえ。 確証の持てない物なので、確かなのは二つですね」
「確証の持てない物の方が気になるなぁ」
「そんな、あくまで噂話ですよ?」
「そういうの大好きなんだ。 ほら、新聞部だし」
彼女がふふっと笑う。
人の噂話にこそ、案外重要なポイントが眠っているものだ。
「同じクラスに水無瀬瑠璃さん、って人が居たんですが、その人が魔素の性質を変えられるとか変えられないとか、噂になった事があったんです。 変ですよね、空気の構成を変えるようなものですよ?」
嬉しくて思わず笑顔になってしまう。
そう、まさに、僕の聞きたかった話はこういう話だ。
「オカルト研究部の部長だよね? 前に一緒に仕事をした事があるんだけど、彼女そんなにすごいの?」
「魔素の適性で言えばトップでした。 Sの中でも彼女以上の人を見たことが無いくらい」
適性検査S。
Aの範囲に収まりきらない人を対象に設定されるランクで、言うなれば格闘技の無差別級。
Aより上の人間が全てカテゴライズされているせいで上限の計り知れない未知の領域だと聞いた事がある。
天下の水無瀬学院と言えど、そんな人間は数える程しか居ないだろう。
「その割には話題になっていないね?」
「はい、彼女の特性は無効化で、彼女の魔素が他の魔素に触れると特性を全て消してしまうんです」
「無効化……聞いた事が無いな」
「前例の無い特性らしくて。 ただ、作用させる側の特性を消してしまったら魔素なんて何の役にも立ちませんから、実用性の面から見て話題にはならなかったみたいです」
せっかく天賦の才があったのに勿体無い、と同情するような素振りを見せる。
これが水無瀬瑠璃の秘密の一つか。
高い魔素適性は見せながらも自身の特性が無効化であると偽る事で実用性が無いように見せ、周囲からの注目を軽減する。
たしかに、せっかくの魔素を台無しにしてしまうような特性であれば、それを欲しがる人間は減るだろう。
「となると、瑠璃さんの評価は単純に適性だけ、という事になるのかな?」
「魔素の操作や感知も離れた距離では自身の魔素を介して行うので、それで特性を消してしまう瑠璃さんは適性通りの評価、とは普通いかないでしょうね」
「適性検査でSとなると遠隔操作、感知は必須だろう? それでどうやってS評価を?」
「そこなんです。 SはAより操作、感知が単純に優れているという訳ではなくてAの範囲に収まらない、というランクですから。 彼女の場合、自身の魔素を介して操作、探知する以外の、何か私達の知らない手段でそれらが行えたのでは、とも考えられます」
「それは実に興味深い。 それで瑠璃さんは一般生徒が知る以外の方法で適性検査Sを取ったか、あるいは自身の魔素特性を変えられるのではないか、という噂がたった訳だ」
「はい」
適性SS、無効化の特性、それに加えて通常無理とされている魔素の性質変化。
魔素の高い能力は見せつけながらも、過度な注目は浴びたくない、という事か。
それにしても、国内屈指である水無瀬学院魔素学部のエリートをもってしてそれ以上は見た事が無いと言わしめるのだから、あの女はどこまで化け物なのか。
「その瑠璃さんと初めて出会ったのはいつ?」
「初めて会ったのは、水無瀬学院中等部に編入した初回の魔素実習の時でした。 その時は魔素特性の判定と訓練が行われていて、瑠璃さんは私と同じ机で特性判定の為のテストを行っていました」
彼女はそのまま当時の状況を時々思い出しながらも話してくれて、当時の水無瀬瑠璃は無表情で、まるで人形のようであった事。
髪の色と瞳が真っ黒で、見つめられると背筋が凍りそうな悪寒が走った事。
特性判定の為に置かれていた色々な特性の魔素を全て、ただの魔素に変えてしまった事。
そして、その時のクラス全員が水無瀬瑠璃と初対面であるかのような顔をしていた事を教えてくれた。
初等部からのエスカレーター組は調べた限り3人。
その内ひとりが本人だとして、残りのふたりも初対面のようであった、とはどういう事だろう。
「それはみんな驚いただろうねぇ。 今までに瑠璃さんと個人的に話した事は?」
「無いですね。 魔素学部は何と言うか……殺伐としてまして、秘匿性の高い生徒は通常授業も別室で受けるくらいですから」
「水無瀬瑠璃もその秘匿性の高い生徒って訳か。 っと、もうこんな時間か、また詳しく聞きたいから、連絡先教えて貰えるかな?」
時間は約束の午後三時。
このまま話し続けていては彼女が次の講義に遅れてしまう。
なぜ中等部から人目につくような場所に姿を現し始めたのか、など謎はまだあるが残念ながらここまでだ。
「あ、はい。 学院の連絡用アプリで良いですか? 魔素学部はそれを極力使うように言われてまして」
「ああ、MGNね。 パスワードなんだったかなぁ」
「初期設定のままなら生年月日だったはずです」
「そうかそうかありがとう。 ほとんど使った事がなくてね、君とのやり取りが初めてになりそうだ」
水無瀬学院魔素学部の所属者には例外なく魔素通信式の高性能スマートフォンが配られると共に、水無瀬学院ネットワークシステム、通称MGNの利用が推奨される。
MGNは国と共同で進めている魔素通信技術の実用性テストを担っており、利用範囲は限られるものの通信料無料、高速通信可能で利用頻度に応じたボーナスも支給と、まさに至れり尽くせり。
魔素学部を特権階級扱いする水無瀬学院ならではだ。
もっとも、どれだけメリットがあろうと情報と交換だなんて、僕は絶対にお断りだが。
「小野寺さんは魔素式携帯ですか?」
「いやーどうも機械には疎くて、未だに普通のスマートフォンだよ」
「じゃあ……」
と、彼女は鞄からピンクのボールペンを取り出し、テーブルに置かれた紙ナフキンに電話番号とメールアドレスを記入する。
見た目から受けるイメージ通りの、細いながらもしっかりとした美しい字だ。
はい、と渡されたそれを受け取る。
「ありがとう、また連絡するね」
「はい、またぜひ」
「あ、あと最後に悪いんだけど、君の名前は……」
「咲耶です、天羽咲耶」
天羽さんはではまた、と踵を返し、ブラックドッグを後にする。
今時珍しい黒の長い髪が揺れ、彼女の通った後には、当人の印象に似つかわしくない濃く冷たい魔素が残されていた。




