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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
水無瀬瑠璃編1
32/43

第二十四話 話せる事話せない事

 昼食を食べ終え、リビングへと戻る。

 初めて入った時はいきなり視界に飛び込んできた見慣れない格好の部長に気を取られて見えていなかったが、随分と広い部屋のようだ。

 二人掛けのソファとテレビ、ローテーブル。

 それ以外にも一人掛けの小さなソファが二つと大きな本棚、小物を入れる棚があり、本棚の周りには小さなテーブルと、それに合わせて椅子が二つ置かれている。

 他と同じく緑と茶色で統一されたインテリア類はシンプルながら上質そうだ。


 「どうしたんだい、初めて入ったみたいな顔をして」

 「いや、こんな広くておしゃれだったんだなと改めて思いまして」

 「私しか見えてなかった?」

 「まぁ、それはそうなんですけど……」


 あえて部長の方は向かず、部屋から視線を動かさない。

 部長の方を向いてしまったら渾身のドヤ顔を食らう事になるとわかっているからだ。


 「これも肌を出した効果かな?」

 

 部長はわざわざ俺の前に進み出て、着ているパーカーの前を開き、肩落としにして見せつけてくる。

 黒のパーカーの中にはノースリーブを着ていたようで、ショートパンツと同じくネイビーである所を見るとセットアップなのだろう。

 ぶかっとしたデザインで腰あたりまでカバーされているのだが、そのせいで大きく開いた首元のスペースが気になってしまう。

 

 「部屋着はみんなそんな感じなんですか?」

 「いや、ロングのワンピースとかブラウスとロングスカートとか、しっかりしたのが大半だよ。 今回は君と二人きりだからね。 魔素の影響の心配も無いし、アピールも兼ねて、ね」

 

 わざとらしく前屈みに距離を詰め、俺の顔のすぐ近くにまで歩み寄る。 

 魔素の力がない分妖しげな雰囲気はないが、それでも余計目を惹かれてしまう。


 「これも魔素絡みなんですね」

 「ああ、私の魔素特性でね。 少し話した通り、魔素を通して触れているものの形や大きさ、魔素の特性、考えている事や感情がわかるんだ。 肌を出しているとどうしても魔素の放出量が増えてしまって、知りたくない事も入って来てしまうんだ」

 「それで感覚が一つなくなった、って言ってたんですね」


 うん、と頷いた部長がソファに座る。

 そして促されるまま、俺は隣に座った。

 

 「魔素で触れているものの考えや感情がわかる、って聞いたら、普通驚かない?」


 部長はソファの上で膝を抱き、こちらの様子を横目に見ながら俯き気味に聞いてくる。

 さっきまでの様子とは全く違い、とても弱々しく見える。


 「普通は驚くでしょうね。 まぁ、俺は薄々気づいてたんで」

 「気づいてたって、よくそれで一緒に居ようと思えたね」

 「別にやましい事は考えてないですから。 それに俺は鈍いんでしょう? なら全部読み取れてはいないんじゃないですか?」

 

 一瞬驚いたような顔をした後、部長はふっと笑顔を浮かべる。

 それは今まで見てきた中で一番綺麗な笑顔で、本当に心の底から嬉しかったんだろうと伝わってくる。

 どういった過去があったのかはあえて聞かないが、その様子からして何かしらあったのは確かだ。

 

 「そこまで気付いているとは、じゃあどうやって読み取ろうとしてたかもわかる?」

 「素肌で触れる、ですか?」

 「正解。 そこまでわかってたなんて、少し恥ずかしいな」


 部長は大事な話をする時、俺の手を握る場面が多かった。

 それでぴんと来ていたのだが正解とは。

 部長が恥ずかしがっている理由は、最近素肌が触れあった状態で話した事が原因だろう。

 思い返してみれば、あんな質問をしておいて答えをカンニングしていたなんてとてもずるいのではないだろうか。


 「その状態で聞かれた事って、異世界のやつとプールサイドのやつと……」

 「詳しく思い出すのは勘弁してくれないかな? 私は君が思ってるより気が小さいんだ」


 脇のクッションを抱いて顔を埋める部長はとてもかわいらしく見える。

 俺にトラウマを植え付けるほどの人だったはずなのだが。

 

 「わかりました。 秘密はそれだけですか?」

 「魔素の性質を自由に変えられる事はもう知ってるだろうし……私について何か聞いておきたい事はある?」

 「じゃあ……あの姿になってる時はどんな感じなんですか?」

 「どんな感じ、か……」


 部長は少し考えて、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


 「髪が真っ黒の状態で君と話しただろう? あれが私の覚えている最後の場面だよ」 

 「じゃあほとんど記憶に残ってないんですね」

 「そうなるね。 恐らく変な事はしていないと思うんだけど」


 ただ覚えていない、と言うだけにしては考えている時間が長かったように思える。  

 恐らく、言える範囲でどう伝えるか考えての結果なのだろう。

 ここを深掘りしては部長も困ってしまう。

 今はとりあえず、部長の言った通りという事にしておこう。


 「……こうもすんなり受け入れてくれると、罪悪感を覚えてしまうよ」

 「話せない事があるんでしょう?」

 「その理由は聞かないのかい?」

 「部長を困らせたくは無いので」

 「全く君は……これはもうタダという訳にはいかないね」


 そう言うなり、部長は距離を詰めてくる。

 一体何をするつもりだろう。

 俺の手を取り、両手で包むようにしてこちらの目を覗き込んでくる。

 こうする事は、嘘をつかない、という約束のようなものだと認識している。 

  

 「君の願いを何でも聞くよ、私に応えられる範囲であれば、何でも、だ」

 

 何でも。

 改めてそう言われると困ってしまう。

 もともと部長に関して注文を付けたい事など特になく、改まってお願いする事なんて急には浮かばない。

 とは言え、せっかくの部長からの礼を無下にするのはどうだろう。

 であれば……。


 「じゃあ、晩御飯は部長が作ってください」

 「え、そんな事で良いのかい?」

 「はい、部長もほとんど無いでしょう? 人に手料理を振舞うの」

 「それはそうだけど……」


 あれだけ深刻な顔をしていた部長が手を離し、本気で戸惑っている。

 どうやら完全に予想外だったようだ。

 部長はしばらく戸惑った後、決意した顔でこちらを見た。


 「リクエストは?」

 「部長の得意料理ならなんでも」

 「わかった。 でも本当にそんなことで良いのかい? 君となら添い寝くらいしても良いのだけど」


 例の妖しげな笑み。

 魔素の影響の無い今、それを妖しく見せているのは本人の色気によるものだろう。


 「いや流石にそれはまずいでしょ」

 「一度もやましい事を考えなかった君がそれを言う? 私としては自信の無さに拍車がかかる事態だよ」

 「そんな奴だったらそもそも一年も一緒に居ないでしょう?」

 「多少は許すつもりだったよ? それがゼロとは、君の方が人間離れしてると思うなぁ」


 信じられないという顔をしているが、魔素を操って人の思考を読める人間が何を言っているのだろう。

 それにしても、魔性のものに誑かされない為、と言いつつ人がやましい事を考えているか探っていたとは。

 いよいよこの部長の真意がわからなくなってきた。


 「なんでそんなに俺の事をからかうんですか?」

 「君という異性に興味を持てるなんて、私の中にも人間らしい部分があるんだなぁー、と思ってね。 人間らしさを確認する意味もあって君にアプローチを掛けてるんだよ」

 「そんな初めて人の心を知った魔物みたいな事言って……」

  

 真意を話すつもりなんて毛頭無いのだろう。

 こういったアプローチを掛けてくる側が案外、掛けられたら弱かった、という話も良く聞く。

 いつか部長のアプローチに乗ってやろうか。

 なんて考えていたが、部長が本当に楽しそうにしているのを見ると真剣に考える方が野暮な気がしてきてしまった。

 これが部長なりのコミュニケーションの方法で、こういうやり取りをするのが本当に好きなんだろう。

 魔素の特性の話であんなに弱々しい姿になるのを見せられた今、この関係が続けられているだけで良いのではないかとも思えてくる。

 

 「良いじゃないか、怪物がパートナーと出会って思いやりの心を持つのはお約束だ」

 「そうなると部長は怪物なんだか美女なんだかわかんなくなりますね」

 「君にとって、私はどっちなんだい?」

 「ご想像におまかせします」


 相変わらずつれないね、と言って部長は膝を抱えてくるりと回り、俺に背を向けた。

 これは拗ねた訳じゃなく、おそらく予備動作だろう。

 その証拠に、テレビに膝を向けた状態の俺の位置をちらちらと確認している。

 そうして案の定、俺の膝の上に頭を載せてきた。

 

 「膝枕って良く聞くけど何が良いんだろうね」

 「男の膝枕は流石に固いんじゃないですか、というか普通する側では?」

 

 俺の膝の上に頭を載せた状態だと言うのに部長の視線は真っ直ぐこちらを向いていて、顔を背けようともしない。

 胸の上で祈るように手を組んでいるし、これじゃまるで看取っているようだ。


 「まぁ攻守交代はいずれ、ね。 それより私は外出禁止だから、材料の買い出しには君が行くんだよ」

 「外出禁止って、これも魔素絡みですか?」

 「ああ、普段は人の記憶に残りにくくなる魔素を使って人目に付かないようにしてるんだけど、それが出来ないから外出はするなと言われていてね」

 「それってトランクの?」

 「その通り、同じものだよ。 記憶に残られるとほら、色々と面倒だから」

 

 部長がそう言うのも納得だ。

 例のトランクと同じように、部長自身も十分危険なのだから。

 

 「夕方まではのんびりして、その後学院のスーパーにでも行って貰ったら材料は揃うと思うよ」

 「買い出しは全然行きますけど、何を作るんですか?」

 「君はカレーと肉じゃがどっちが好き?」

 「……カレーで」

 「わかった、じゃあ牛肉、たまねぎ、にんじん、じゃがいも、あとは君の好きなルーを買ってきて。 お米は寮に連絡しておけば届けてくれるらしいから私が炊いておくよ」


 わかりました、と返事はしたもののなぜこうもベタなメニューを並べたのか。

 まぁ、どちらにせよ好物である上に作って貰うのだから文句は無いのだが。


 こうして昼の時間はあっという間に過ぎて行き、部長に見送られて寮を出たのは午後の四時。

 学院の周りは余計に人通りが少なくなっており、非日常的な雰囲気が漂っていた。

 

  

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