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魔科学時代のオカルト研究部  作者: SierraSSS
降霊術編
3/43

第二話 オカルトの証明

 「お、こいつはどうやら本物のようだよ」


 最後の一冊。

 ハードカバーのいかにも高級そうな本だが、群青色の表紙が一部くすんだねずみ色に変わっており、まるで血しぶきを浴びたかのようにも見える。


 「もともとタイトルの書かれた紙か何かが貼られていたようだね。 ほらこことここの色が微かに違う」


 部長の指差すとおり、表紙の中央上の部分と背表紙にあたる部分の色が若干薄くなっている。

 血しぶきに見える模様もその部分にはかかっておらず、その点からも何かが貼られていた事が窺えた。


 「それで、なぜこれが本物だと?」

 「気配が違う。 人のものとは明らかに違う怪異のものだ」


 そうは言われても他のノートからも感じられた異様な雰囲気があるだけでそれに違いがあるかはわからない。

 これもやはり魔素のなせるものなのだろう。


 「中身は見ないんですか?」

 「見ないよ、今回の依頼は真贋と危険度の判定だからね。 危険なものにはなるべく関わらないのが大事だよ」


 と言い終わるや否や、いつの間にやら傍らにあったトランクにそれをしまい、カチリと鍵をかけてしまった。


 「これは危険物入れだから触ってはいけないよ? トランクと鍵そのものに人避けがされてるし、君のことだから大丈夫だとは思うけど」


 部長の言う人避けの効果なのか、その革製のトランクからはこれといった印象を受けず、言葉で説明するにはあまりにも特徴がないように思える。

 形もただの四角形に持ち手がついただけのもので、色も革の色であろう茶色一色だ。

 鍵もただの南京錠でこれといった特徴はない。


 「これは意識して見ようとしても見れない、といった類いの人避けでね、意識して見ようとすればするほど見えづらくなるし印象に残りにくくなるんだ」

 「どうやってそんな物を?」

 「魔素を表面に纏わせているだけだよ。 光を微妙に曲げて見えづらくしている感じだから、乱視の人の見え方に近いかな」

 「印象に残りにくいというのは?」 

 「それはただ単に何の面白みもないデザインだってだけさ。 これが真紅で銀の持ち手だったりしたら忘れないだろう」


 なんとなく納得いかない部分もあるがそう言う以上そうだと認識するしかないだろう。

 魔素に関しては何が出来て何が出来ないのかがわからない分、どこまでが魔素の影響なのか判断できない。

 この部長のことだから、本当は人の記憶に残らなくさせる魔素、みたいな物を使っていてもおかしくはないが。


 「さて、依頼主に完了の連絡をしようかな」


 部長はこちらの考えを察したのか、にこりとわざとらしい笑みを浮かべた後、制服の胸ポケットから携帯電話を取り出してそのままポチポチと画面の操作を始める。

 あのトランクに関しては言われたとおり詮索しないのが吉なのだろう。


 しばらくして、部長が驚いた顔でこちらを見てきた。


 「依頼主なんだが、意地の悪いことに我々をテストしたらしいよ」

 「テスト? 本の鑑定がですか?」

 「そう、その本なんだけどわざわざ怪異化した本とそれに近い偽物を作って寄越したそうだ」


 この界隈ではそこそこ名の通った部長をわざわざ試すとは。

 単純に信用できなかったとは考えにくく、この場合、テストせざるを得ないくらい依頼の内容が難しいということではないだろうか。


 「降霊術についての本どころか実際に霊を降ろした本を渡した上でテストだ、なんて横暴が過ぎると思わないかい?」


 オカルト絡みでふざける相手や、それを悪用する人間が1番嫌いだと公言している通り、部長はかなり腹を立てているようだ。

 あからさまに不機嫌な顔をして指で机をこつこつと叩いている。


 「まったく、霊をなんだと思っているんだか。 この調子じゃ今に痛い目を見るだろうね」

 「あの、そもそも霊が本当に存在するんですか?」


 単純に疑問に思っただけなのだがその質問がいたく気に入ったようで、部長はぱっと表情を明るくさせるとこちらへ顔を近づけてきた。


 「そこを疑問に思ってもらえて嬉しいよ。 それこそまさに我がオカルト研究部の醍醐味なんだ」


 席を立つなりくるりと背を向けて、ホワイトボードに何やら文字を書き始める。

 降霊術

 こっくりさん

 魔素の性質

 降霊術もこっくりさんも聞いたことがあるが、最後の魔素の性質にはどう繋がるというんだろう。


 「降霊術。 霊を特定のものに降ろす術の事で、人に降ろすものだとイタコなどが有名かな」

 「死んだ両親と話がしたい、とかっていうあれですよね」

 「そうそう、一見胡散臭いあれだ」


 誰にでも当てはまる事をそれらしく言ったり、近年では事前に相談者の名前と写真を手に入れてSNSで調べていたりする、といった話も聞くだけにたしかに胡散臭くはあるがどうなのだろう。


 「古くから世界中に存在する概念でね、自然霊や動物霊に吉兆を占ってもらうシャーマニズムなんかもそれに近い考え方だね。 俗に言う降霊術はほとんど人間や動物が対象だけど、シャーマンの行う術は精霊や神に近いものも扱うからそこが違いとも言えるかな」


 日本でも古くから占いによって政治を行っていたとも聞くし、今のお参りや神頼みの習慣を見るにこのあたりは人類共通の部分なのかも知れない。


 「一方で、こっくりさんやひとりかくれんぼなんかも降霊術と言える。 もとは噂話だったり子供の遊びだったりするけれど、あれも霊と交信してどうこうしようというものだからね」

 「ひとりかくれんぼって夜中に人形を水に沈めて、ナイフで刺して隠れんぼしようってやつですよね」

 「へぇ、意外と詳しいね。 そうそうそれだよ」


 嬉しそうににこにことしているが、話題が話題だけにそんなに楽しめるのが不思議に思える。

 ひとりかくれんぼなんかは実際に事件になったとも聞くし、他と比べても推奨されるようなものではないと思うが。


 「呼び出す対象に違いがあり、目的にも違いがあるけれど共通して言えるのは一つ、素人が手を出してはいけない、だ」


 急に真面目なトーンになり、嬉しそうだった部長の顔も真剣そのものになっていた。


 「何を呼び出して何をさせたかは置いといて、本来関わるはずの無かったものを呼び出しているんだからその時点で危険性はわかるだろう? そもそも呼び出したものが何かすら一般人にはわからないし、降ろした後に帰らなかったどうする?」


 たしかにその通りだ。

 こっくりさんやひとりかくれんぼなんかは特に詳しい方法が確立されていて、今や素人でも実行できてしまう。

 しかしそれで呼び出したのが何であったかや、その後に何かあった場合の対処法については記載が少なく、また被害が出るケースは帰らせる段階がうまく行かないパターンがほとんどだ。


 「だから、降霊術を行う場合は最悪降ろした存在をどうにかできる手段を用意して行うべきなんだ。 それができないのに降霊術はするべきじゃないというのが持論だよ」


 霊を降ろした状態で渡された本の事を言っているのだろう。

 どうやらまだ本の件に関しては腹を立てているようだ。


 「少し脱線してしまったね。 それに加えて魔素の性質だが、魔素の効果自体は色々と変化させられるものとして、その性質にはいくつか共通のものがあるんだ」


 魔素に関しては、発見された時点で科学により説明のつかない作用を起こしたり影響を及ぼすものの総称が魔素であり、未だわからないことの方が多い、と聞いたことがある程度の知識だ。

 近年になってようやくいくらか人類のテクノロジーとして扱えるようになったとも聞くが、性質についての話は初めて聞く気がする。


 「まず、魔素は人の意識や念、脳の働きに影響を受ける。 わかりやすく言うと第六感、のようなものも魔素によるもの、と言って良いかも知れない」

 「勘とか虫の知らせ、みたいなことですか?」 

 「そう。 そういったいかにもなオカルト分野も魔素は関わっているし、なんとなく嫌な予感がする、といったものや不気味だ、のように雰囲気や空気といった部分にもいくらか魔素が関わっている」


 とするとあの本から感じた異様な雰囲気も魔素によるもの、ということだろうか。

 そうなると降霊術の影響を受けたから本が不気味だった訳ではなく、単に本に付着した魔素がそう思わせた、ということになってくるのだろうか。


 「じゃああの本は……」

 「と、思うだろう? だがあれは本物だよ」


 こちらの言葉を遮るように部長は語り始めた。


 「人間は魔素の影響を受けるといくらか考え方や感じ方を制御されてしまう。 しかし魔素が見つかる以前から第六感のようなオカルトチックなものと人間は関わってきたし、そういったものも確かに存在していたんだ。 だから今、魔素という不可思議なもので全てを説明するのではなく、由緒正しきオカルトにはオカルトだと誰かが証明する必要があるのではないか、という訳だよわかるかい?」


 興奮気味の部長はそうまくしたてながらこちらに近づいてきて、目をきらきらと輝かせている。

 部活説明会の時にも似たような話を聞いたが、やはりこの魔素ではないオカルトの証明、という部分が核になっているのだろう。


 「そこはわかったんですが、結局霊は実在するんですか?」

 「まだわからない、が正解かな。 客観的に証明する手段がないし、魔素だって科学的に証明できないからね」


 残念そうな顔でそう言った後、またくるりと背を向けて自分の席に座ってしまった。

 結局、降霊術で霊を降ろされたというあの本は何なのか。

 そもそも霊が存在するのか。

 どれも解決していないことに若干の苛立ちを覚えるが、霊も魔素も見えない人間に証明する手段が無い以上、この問題が決着することは無いのだろう。


 「ところで明日なんだけど、依頼主の家に行くよ」

 「降霊術の件の依頼主ですよね、大丈夫なんですか?」

 「私の予想通りなら、なかなか大変なことになってるだろうね」


 心配しているのは依頼主の家ではなく、テストした上にオカルトを軽く扱ったことで部長の逆鱗に触れてしまった依頼主本人に関してで、その人から受けた依頼を部長が真摯にこなしてくれるのか、といった部分なのだが言わないほうが良いだろう。

 なにせ、大変な事になってる、なんて言う部長はにこにこと笑っていて、どう見ても面白がっているんだから。

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