第二十一話裏 協力者
水無瀬瑠璃。
水無瀬学院魔素学部総合学科所属二年。
設立されたばかりの魔素学部初代学生であり、魔素絡みの成績は優秀であるものの総合的には平凡。
水無瀬学院初等部からエスカレーター式で進学してきたらしいが、難しさゆえの進学率の低さもあってか目立って仲良くしている人物は居ないとか。
以上が学内での聞き込みによって得た水無瀬瑠璃のデータとも言えないデータの全てだ。
友達が居ないのは予想通りだが、エスカレーター式かつ魔素学部とは。
水無瀬学院がエスカレーター式を採用したのは十四年前で、魔素学部を作ったのは二年前。
水無瀬瑠璃は共に初の利用者という訳だ。
それにしても、あまりにも情報が少なすぎる。
講義も部活も無いというのに学院へと出向き、貴重な午前中を使って魔素学部の生徒ほとんどに声を掛けた結果がこの程度とは。
これ以上の情報を得ようにも本人に直接聞くわけにはいかず、知っていそうな稲垣君や湊さんに接触しようにも目を付けられている身では難しい。
学内のPCをハッキング、なんてできる訳もなく、あの女が自分の事をSNSに書き込んでいる筈もなく、早くも手がかりゼロである。
このままではせっかく警告を無視したというのに興ざめだ。
初等部、中等部、高等部から情報を引き出そうにも昨今、プライバシーの保護にはうるさいし……。
「あの、小野寺先輩!」
考えを巡らせつつ、ロビーから二階へのエスカレーターを昇り切ったその直後、見知らぬ生徒から呼び止められた。
先輩と呼んだからには後輩なのだろう。
見た目幼くも見えるが湊さんとそう変わらないような。
「なに? 君とははじめましてだよね」
「あ、はい! 高等部からプリントを届けに来てて……」
高等部に知り合いは居ないのだが、彼女はどうやって僕の名前を知ったのか。
新聞部のお客様とは考えにくいし、もしかしたら心霊方面のお客様だろうか。
「瑠璃先輩の事でしたら私が少し知ってます!」
「へぇ、それは助かる。 ところで君は……」
「あ! 申し遅れました、私、湊彩と申します!」
湊。
確かに言われてみれば、明るい茶髪とその表情は湊さん、いや、咲さんに似ている。
初対面でなんとなく浮かんだ咲さんのイメージも納得だ。
まさか妹さんが居たとは。
「あー、どおりで! いや咲さんの妹さんとは」
「いつもお姉ちゃんがお世話になってます。 色々お話は聞いていたのですぐに小野寺さんだ、ってわかりました!」
まぁ、髪が白くてデカい男ってだけでわかるんだから僕を判別するのは楽勝だろう。
それにしても、手がかりのなくなった所にこんな幸運が舞い込んでくるとは。
これも日頃の行いが良いからだろう。
「いやいや、こちらこそ機械絡みの事は咲さんに任せっきりで……と、立ち話もなんだね。 用事が終わったら改めてカフェテリアで話せないかな」
「はい、ぜひ! プリントを届けるだけなので、先にカフェテリアで待ってて下さい、すぐ行ってきます!」
なんて言うなり、もう教員棟の方へ走り出しているあたり本当に咲さんそっくりだ。
カフェテリアの場所がわかるのかが不安要素だが、とりあえず言われた通り、行って待っている事にしよう。
カフェテリアがあるのは二階の端。
ガラス張りの席からは隣にある公園が良く見える。
ここは霊的に安定していて、見ているだけでとても気持ちが良くなる。
浮遊霊たちもふわふわと雲のように漂っていて、見るからに気持ち良さそうだ。
公園で寝転んでいる生徒に人懐っこそうに纏わりついている。
「人を待っているので注文は後で」
「わかりました。 ではご注文がお決まりでしたらまたお声かけ下さい」
入口のカウンターを横目に窓際の席へと進み、もう一度公園の方へと視線をやる。
こんなに良い天気ならいっそ公園で話しても良かったかもしれない。
そのまま待つ事数分。
ふと視線を横にやると、こちらへと歩いて来る彩さんが視界に入った。
人の多い廊下を走るのは流石に憚られたようで、涼しい顔をして歩いているが額には薄っすらと汗が浮かんでいる。
彼女なりに十分急いでくれたのだろう。
「お待たせしました」
「いや全然。 急がせちゃって悪かったね、僕はコーヒーとチーズケーキ頼むけど何か頼む?」
「あ、じゃあ私はオレンジジュースとミルクレープを」
「了解。 頼んでくるから座って待ってて」
いえそんな、と立ち上がろうとする彩さんを抑え、カウンターへと注文に向かう。
そして注文の品を受け取り、席へと戻る。
昼真っ盛りのこの時間はやはり一階の食堂の方が人気なようで、カフェテリアは静かなものだ。
「はいどうぞ、代金は取材料って事で」
いえそんな、と財布を出そうとする彩さんを抑え、飲み物とケーキの乗ったトレイをテーブルへ置く。
「で、いきなり本題なんだけど、瑠璃さんの事を知ってるって?」
「はい、お姉ちゃんが話してくれた内容そのまんまですけど」
仲良くしていたのは知っていたが、あの女も身の上話をするのか。
ここから何かしら情報が得られれば良いが。
「瑠璃さん、もういつでも学院を卒業できるらしいです」
「ほう? まだ二年なのに卒業?」
「はい、魔素能力が卒業資格に達していて、企業からもオファーが大量に来てるらしいです」
まぁ、あの能力からすれば当然だろう。
この情報に特に驚くべき点はない。
「でも、全部断ったらしいんですよ」
「あのオカルト研究部部長だからねぇ、普通の企業には行かないか」
「それが、瑠璃さんが言うには行けないんだ、って」
飲んでいたコーヒーのカップをテーブルに置く。
行けない、となると話は別だ。
体調的な理由か別の理由か。
もし僕の想像通りなら、別の理由であって欲しいのだが。
「理由は?」
「そこまでは聞けなかったみたいです、お姉ちゃんもそこまで信用されてないらしくて」
肝心な所が聞けなかったのは残念だ。
にしても、少しでも身の上話が聞けただけでかなり信用されていると思うが。
あの女の性格から考えたらありえない話だ。
今の段階で引っかかっているポイントは三つ。
水無瀬学院がエスカレーター式になったタイミングと魔素学部ができたタイミング、そして水無瀬瑠璃が入学したタイミングが重なりすぎている。
これじゃまるで水無瀬瑠璃の為に仕組みを作ったみたいだ。
次に、水無瀬瑠璃の知名度があまりにも低すぎる。
魔素の能力が優秀で企業からオファーが多数あったというのは本当だろう、あの女がわざわざ嘘をつくとは思えない。
だとしたら、もう少し世間で話題になっていても良いはずだ。
魔素の本格的な実用化が叫ばれる昨今、魔素の能力を競う魔素オリンピックなんてものも開催されている。
幼い頃から魔素の能力に長けていたのなら、地元の新聞の一つや二つは記事にしているだろう。
当然、そんな記事が無かった事も調査済みだ。
そして最後に、企業には行けない、という発言。
これが僕の想像通りなら、水無瀬瑠璃と水無瀬学院の間には何かがあり、他の企業には行かないように釘を刺されているのではないか。
その何かは金銭面であるとかエスカレーター式の弊害であるとか様々理由がありそうだが、何にせよ水無瀬学院との関係が深い事に違いは無い。
水無瀬第四中学校の件がそれほど話題にならなかったのもその為か。
そうなればエスカレーター式の採用と魔素学部の新設が水無瀬瑠璃一人の為だった説も、知名度の低さが学院からの圧力であるという説も補強されるというものだ。
元々魔素産業の盛んな水無瀬の地だ。
人から外れたあの女を担ぎ上げる理由はあるだろう。
学内での情報を得る事で水無瀬瑠璃がなぜあんな魔素能力を持つに至ったかを知るヒントになると思ったのだが、この問題は思ったより根の深い問題なのかも知れない。
下手をすれば学院、あるいは水無瀬市に居場所が無くなる可能性すらあるのではないか。
「……ああごめん、ちょっと考えすぎかな」
「いえ、瑠璃さんに関しては私も不思議に思う部分が多くて」
「そういえば、なんで瑠璃さんの情報を僕に?」
「……こんな事を言うと変に思われるかもしれないんですが、瑠璃さんの話を聞く度に何か嫌な感じがして」
「彩さん、魔素能力は?」
「え? 操作がC感知がAですけど……」
感知Aとは。
それなら咲さんについた魔素からその異質さに触れていてもおかしくない。
異質だと気付けたのはあの女と直接会っていないのが功を奏しているのだろう。
「ならそう思うのも納得だ。 どんな影響があるかわからないから、瑠璃さんには近付かないようにね」
「噂には聞いてますが、瑠璃さんってそんなにすごいんですか?」
「すごいというか、あれは人が近づいちゃいけない類のものだよ」
彩さんはきょとんとした顔でこちらを見ている。
やっぱり口で言っても伝わらないか。
まぁ少しでも気にかけといてくれたら良い。
「協力してくれる理由はわかった。 他に何か有用そうな情報はあるかな」
「他には……うーん、後は役に立たない情報だけだと思います」
「わかった。 協力してくれてありがとう」
「いえ、お姉ちゃんにも関わってくる事なので、協力できて良かったです!」
「これお土産ね。 帰ったら家族と食べて」
渡したプリンのセットをいえそんな、と断ろうとする彩さんを抑え、早々にカフェテラスを出る。
水無瀬瑠璃と水無瀬学院の間には何かがある、その想像を補強する材料が得られただけ今回は成功だろう。
引き続き調査は行うが、次はもう少し調査方法を考えるとしよう。




