第二十話 ペナルティ
水無瀬第四中学校の異変は悪霊化した生徒の霊が原因であり、新聞部部長である小野寺宗介の霊能力によってそれを祓う事で解決した為、今後体調不良等の霊障が起こる事は無い。
上記が相手方へ報告した内容の要項であり、新聞部と話し合って決めた落としどころだ。
魔素を解放した部長の影響はすさまじく、学校敷地内は霊的、魔素的に無菌室のような状態となってしまった。
霊的、魔素的な影響の何も無い環境というのはどうやら人体に悪影響を及ぼすそうで、部長によれば理由のない嫌な予感があるように、理由はないけど安心できる、なんか気分が良い、といった普段強く意識していないようなプラスの感情さえ感じなくなってしまうらしい。
これに対して、小野寺さんが敷地内を走っていた霊道を補強し、校舎へ細工を加える事でそれを補強。
元通りとはいかないまでも最低限の霊的防御を施して解決とした。
また、広範囲の霊的、魔素的なものを消滅させられる、という部長の能力を公にする事はできず、今回の件はあくまで小野寺さんの霊能力によって解決した、という報告をするに至った。
それに伴い功績は全て新聞部の物となったのだが、小野寺さんは約束だからと報酬の半分を俺たちオカルト研究部へと渡し、今回の依頼はめでたく解決となった。
「黙っててくれて感謝するよ、あまり騒ぎになると事後処理が面倒でね」
「いえいえ、こちらこそ守って頂いたり祓って頂いたり、瑠璃さんが居なかったらどうなってたか……」
オカルト研究部部室。
俺たちはいつもの長机に座って紅茶を飲んでおり、部長と湊が楽しそうに談笑している。
小野寺さんは部長と一緒の部屋に居たくない、と俺に告げた後行方をくらましており、今は湊が新聞部代表のような顔をしていた。
「いやいや、私の援護が無くても奴なら解決できたさ、まぁ多少時間はかかったかもしれないけどね」
「今回の件で決心しました。 瑠璃さん、私に魔素を教えてくれませんか」
「魔素を? 素質的には魔素より霊能力の方を勉強した方が良さそうだけど……」
「小野寺部長はあんな調子なので、やっぱり教えてもらうなら瑠璃さんが良いんです!」
向き合って座っている部長に詰め寄り、湊はその手を取って懇願している。
部長は露骨に嫌そうな顔をしているが、あの勢いで頼まれたら断れないだろう。
湊の様子だが、あの出来事の後部長二人による治療を受けたおかげか、すっかり回復しているように見える。
心配されていた精神的なダメージも当人の性格からか大きな物では無かったようで、今のところ変わった素振りは見られない。
念のため注意して見ておくように、とは小野寺さんに言われたのだが、この様子なら心配要らないだろう。
結局、部長は湊の圧に押されて魔素の扱いについて教える事を約束し、満足げな湊がスケジュール帳を手に、教わる日付に印をつけている。
この様子だと依頼の有る無しに関わらず忙しくなりそうだ。
「教えるのは約束するけど、本格的に始めるのはゴールデンウィーク明けにしよう。 あんな事があったんだしお互い休憩は必要だろう」
そう言う部長がこちらを向いて、何か言いたげな視線を送ってくる。
例の約束に関して釘を刺しているのと、ゴールデンウィークを待たず今から休んでおけ、という意味だろう。
そんな事を考えていると、部長が満足そうな顔をして頷いた。
どうやら当たりだったらしい。
「わかりました。 ではまた再来週からお願いします!」
スケジュール帳をしまうと湊は続けて何かを鞄から取り出す。
それは小さな白い封筒のようで、宛先や宛名などは何も書かれていない。
「はい、これは先輩に。 小野寺部長からのラブレターです」
「俺に? にしてもラブレターはないだろ」
「さぁ? 今は多様性の時代ですからねぇ」
湊はにやりと笑って封筒を渡してくる。
裏返して見てもやはり何も書かれておらず、重さや厚さにも何も不思議な点はない。
飾り気も何もないただの封筒だ。
ここで開けてしまっても良いんだろうか。
「ここで開けても?」
「良いんじゃないですか? 特に注意事項は聞いてないです」
「それは私も気になるなぁ」
興味津々と言った様子で見ている二人を脇目に、貰った封筒をゆっくりと開く。
中身はノートを破り取ったような簡単な紙で、そこには見慣れない名前と日時、一人で来て、とだけ書かれていた。
ブラックドッグとは、店名か何かだろうか。
「明日の十五時、ブラックドッグ……」
「あー、それ小野寺部長が良くさぼってる喫茶店です。 ここから歩いて十分くらいの裏通りにありますよ」
「ふーん、私が居るとわかってて一人で来い、か」
湊の情報はありがたいのだが、明らかに不機嫌な部長の視線が怖い。
頬杖をついてこちらを睨んでいるだけでかなりのプレッシャーを感じる。
「まぁ良いんじゃないか? ゴールデンウィークまではまだあるし」
「とりあえず、話を聞きに行ってみます。 わざわざ呼びつける程の話となると重要そうなので」
「そうですかね、小野寺部長ですよ?」
不信感全開といった顔で湊は紅茶を啜っている。
湊は今回の件で小野寺さんの守護霊に守られはしたものの、コミュニケーション不足が祟ったようで、以前からあった不信感をより強めてしまったらしい。
「さてと、ではそろそろ新聞部に帰ります。 瑠璃さん、訓練の件くれぐれもお願いしますね!」
「わかったから、ゴールデンウィーク中は休むようにね。 咲さんだって影響を受けてるんだから」
わかりましたそれでは、と素早く返事をして部室を飛び出して行く。
新聞部も同じく休みだと聞いていたが、何をそんなに急いでいるんだろう。
「さて、咲さんも居なくなったし約束していた話をしよう」
「ペナルティの件ですね」
無理をしないと約束していたにも関わらず全力を解放してしまったペナルティとして、部長が決めたのは魔素の封印と依頼との隔離だった。
期間はゴールデンウィークの間。
その間部長は普段から纏っている魔素も含めて全てを封印し、一切の魔素を使わない。
それに加えて一切の部活動を停止し、予備調査も含めて依頼とは関わらないと決めていた。
今からする約束していた話とは、そのペナルティを行う場所をどこにするか、という話だ。
「君はどこか希望があるかい?」
「俺はどこでも。 本当はペナルティも要らないと思ってるくらいなんですから」
「そうかい? じゃあ下手に遠出するのも危ないし、基本は学院の宿泊施設を使わせてもらうとしようか」
「確かに学院の施設なら問題なさそうですね。 でも、本当に良いんですか」
「何を今さら。 監視が居ないとちゃんとペナルティが出来てるかわからないだろう?」
さも当然と言った口ぶりだが、いくら知った仲とは言えゴールデンウィーク中共同生活と言うのはどうなのだろう。
そもそも、男と二人きりだなんて部長の親が許すのだろうか。
「そんなに心配しなくても、別に捕って食べたりしないよ」
「いや、そもそも部長のご両親は了承しているんですか?」
「ん? 君となら特に問題ないと言ってるよ? 君の事は良く話しているからね」
そこで得意げな顔をされてもどう反応したら良いか困る。
聞いた話では、共有スペースとしてキッチンやリビングが設けられており、寝室が分かれている所謂シェアハウスに近い構造をしているそうだ。
これが完全に一つ屋根の下というのなら、そもそも俺が了承していない。
「わかりました、部長のご両親が了承しているのなら俺も黙って同行します」
「それは良かった。 断られたらうちのゲストルームに泊まってもらう所だった」
ふふっと笑みを浮かべてそんな事を言ってくる。
どこまで冗談かわからない分たちが悪い。
「それが本当なら失踪してます」
「そんなに我が家は嫌かい? 両親に挨拶するいい機会だと思うけど」
部長はこちらに身を乗り出し、ほんの数十センチの所まで顔を近づけてくる。
俺は当然顔を背けてそれから逃れるのだが、どうも学校での一件があってから、こうしたからかいがエスカレートしているような気がしてならない。
「ゴールデンウィーク初日の朝十時集合で間違いないですね?」
「ああ、何号棟が借りられるかはまだわからないから、わかったらまた連絡するよ」
部長はからかうのに満足したのか元の位置へと戻り、優雅に紅茶を飲んでいる。
ペナルティはともかく、こんなからかいが続くようならこちらの身がもたないのだが。
外はすっかり初夏の様相を呈しており、日も随分と長くなってきた。
いつもなら夕暮れに染まりだす筈のこの時間も、今日はまだ暖かな日の光が差し込んでいる。




