第十五話裏 七不思議の真相
「さ、てと、それで、どこから回るんですか部長」
教室の隅の方で続けていた機械のセッティングがようやく終わったようで、湊さんが急かすように聞いてくる。
急かすも何も、待たされていたのはこっちだって言うのに。
「んーとりあえず花子さんかなぁ。 一階の女子トイレでしょ、あれ」
「地図によるとこの廊下の先ですね。 でも女子トイレにカメラはどうなんでしょう」
うーん、と本気で悩んでいるようなそぶりを見せる。
心霊調査で来ているうえに校内には僕たちしか居ないのに気にする所はそれなのか。
危機感が無いのか肝が据わっているのか、どちらにせよ湊さんは大物の器のようだ。
「死人にプライバシーも何も無いでしょ。 ほら、さっさと行くよ」
「あ、ちょっと、せめて鞄くらいは持ってってくださいよ!」
廊下へと出て左へ曲がり、入ってきた昇降口を横目に奥へと進む。
耐震工事が始まって数日だと言うのに廊下は埃っぽく、もう何週間も人が入っていないようだ。
期間中、別の中学校で授業を受けている生徒たちはともかく、予定通りに工事の人間が入っているのならこうはならないだろう。
工事の人間にも何かしらの被害が出ているのか、単に工事が遅れているのか、その理由は知る由も無い。
影響を受けているのが生徒たちだけであれば集団催眠の可能性もあったのだが。
「あのー、何か話そうかな、とか思わないんですか?」
「話すったって話題が無いでしょ。 それとも僕と話したい事でもあるのかい?」
「いや、そんな改まって聞かれると困りますけど……とにかく天気でも何でも良いんですよ」
そちらから聞いて来たくせに困るとは。
元々そんなに仲良くしている訳でもないんだから無理して話さなくても良いのに。
まだ日も出ているし、怖がるにしては早すぎる。
「天気ねぇ、じゃあトイレの花子さんについて話そうか」
「世間話を挟んでから本題に入って欲しかったんですけどね。 良いですよ、よそはよそ、うちはうちですから」
「よそはよそって、オカルト研究部の二人?」
「はい、あちらは随分と仲が良いみたいですよ」
あれを仲が良いと見てるのか。
霊感か魔素のセンスか、どちらかでもあればそうは見えないと思うのだが。
「あれは仲良しとは違うよ。 あちらの部長がたぶらかしてるのさ」
「やきもちですか? そんな一方的じゃなくて相思相愛だと思いますけど」
「いやいや、あの女が本気を出したら感情なんて思うがままだよ。 自分の為に命を捨てられる人間だって簡単に用意できるだろうさ」
魔素が感情や意志を司るものである以上、あの規格外の化け物が本気を出したらどこまでの事が出来るか想像もできない。
無尽蔵に近い容量もそうだが、指紋や静脈と同じように唯一無二とされている魔素が変化させられる時点で人の範疇を超えている。
更に恐ろしいのが、それを疑問に思う人間が少ない事だ。
指紋を自由に変えられる人間が居たとするなら、どれ程大きな問題になっていた事だろう。
それが、まだそこまで普及していないから、という理由だけで見過ごされるだろうか。
加えて現在、国は魔素認証を推奨しており、水無瀬瑠璃のような魔素を自由に変化させられる人間を知らないか、あるいは見て見ぬふりをしているとすら考えられる。
魔素を変化させられる人間について、一般に出回っているのは都市伝説程度の噂話だけだ。
これが水無瀬瑠璃固有の物であり、一生徒にすぎない知名度の無さから問題になっていないとするならばまだ良い。
最悪のケースは、それを国なり学院なりが知っていて、水無瀬瑠璃に干渉しない決定をしていた場合だ。
このケースが正しかった場合、水無瀬瑠璃にはそうさせるだけの何かがあるという事になる。
「そんな真剣な顔で悪口ですか? それにあの女呼ばわりって、本当に仲が悪いんですねお二人は」
湊さんはその異常に気付いていない。
単純に鈍いのも可能性としてあるにはあるが、あの女の魔素で強制的にそうされているのではないだろうか。
「どうも慣れなくてね。 魔素ってなんか不気味だし」
「霊感の塊みたいな先輩が不気味って、霊感も魔素も似たようなものだと思いますけど」
「全然違うよ。 霊感が強くてもせいぜい霊が見えたり祓えたりだろ? 魔素は本気になったら何でもできるんじゃないかな?」
「じゃあ魔素の方が便利ですね」
私も瑠璃さんに教えて貰おうかなーなんてのんきに言っている。
魔素の影響を疑ったがあれは無し。
湊さんは単にこういう人間なんだろう。
ある意味、心霊レポーターには向いている。
「そうは言っても君、操作Dの感知Cでしょ? 僕より適正低いんじゃ魔素は向いてないんじゃない?」
「あれは検査が悪いんですって、瑠璃さんの魔素はビシビシ感じるんですよ、私」
「いやそれは水無瀬さんの魔素が異常なだけで、ってほらここの女子トイレだ」
一階女子トイレ、手前から数えて三個目の扉を三回叩き、花子さん遊びましょ、と三回唱える。
返事があっても無くても手洗い場の方へ振り返り、同じく手前から三個目の鏡を見てじっと待つ。
するとトイレの扉が開き、中から血で濡れた女の子が現れるらしい。
「普通に綺麗なトイレで雰囲気ないですね」
「まぁまぁそう言わず呼んでみてよ、女子トイレだし女性のが花子さんも出て来やすいでしょ」
「えーまた私が危険な目に会うんですか?」
「いきなり僕がやられたらどうしようもないでしょ? ほら、防御はしとくから」
「貸し、ですからね」
湊さんは渋々といった様子でカメラを手に、トイレへと入って行く。
僕もそれを追ってトイレへと入った。
中は何の変哲もないトイレで、小便器が無い以外は男子トイレとなんら変わりない。
霊的な気配や嫌な魔素は微塵もなく、本当に何の変哲もないトイレ、といった様子だ。
「はい、カメラ設置終わりました。 じゃあ儀式やりますよ」
「OK、異変があったら伝えるよ」
コンコンコン、とノック三回。
「はーなこさん、遊びましょ。 はーなこさん遊びましょ。 はーなこさん遊びましょ」
後ろを振り返り、鏡に向かう。
そうして待つ事数分。
ついに、何も起こらなかった。
「……ガセですか?」
「何も起きないねぇ」
儀式を終えたものの拍子抜けするくらい何も起きず、トイレは依然として何の変哲もないトイレだ。
ここまで何の気配も感じられないとなると、ここの七不思議は特殊なものなのかも知れない。
「カメラはどうだい?」
「今スマホで確認するんでちょっと待ってください……ダメですね。 なんにも映ってないです」
「はぁ、これが七不思議の一つねぇ」
出てこないのなら待っていても仕方ない、トイレの花子さんはお出かけ中として、さっさと次の呪いの鏡を見に行こう。
「次は隣の階段の踊り場、呪いの鏡だね」
「ちょっと、もう行っちゃうんですか?」
「花子さんも用事があったんでしょ、ほら次行くよ次」
「カメラは置いときますからね!」
僕がトイレを出てから少しして、追いかけるように足音が響く。
静かな校内というのはそれだけで良いものだ。
心霊スポット特有の雰囲気はあるのだが、七不思議が不発とはがっかりだ。
雰囲気だけなら歴代の中でもいい線行ってるんだけど。
と、廊下を進んでいた所に突然スマホの着信音が響く。
メールの送信者は水無瀬瑠璃。
二階から三階への階段で稲垣君が異変に遭遇したから霊視をして欲しい、と。
こちらは外れだと言うのにあっちは当たりか。
これじゃなんの為にここへ来たのかわからない。
「瑠璃さんからメールですか?」
「ああ、あっちは早速当たりらしい」
「当たりって、どんな七不思議です?」
「んー、どうやらあの世と繋がる階段だね。 十三階段の仲間みたいなものかな」
「なんかインパクトに欠けますね」
「まぁ映画には出来ないだろうねぇ」
とは言え、あの世と繋がってしまえば行くも来るも自由自在。
場さえ合えばこの校舎全体を地獄の再現にも出来るだろう。
そうなればパニック映画にはなるか。
「はい、こちらの二つ目はどうかなー、っと」
花子さんのトイレからほんの数メートルの所にある階段。
その踊り場にあるこの鏡こそが呪いの鏡らしい。
深夜零時丁度にこの鏡を覗き込むともう一人の自分が映っていて、その顔を見たものは塵になって消えてしまうとか。
ドッペルゲンガーの要素を含んだ七不思議のようで、取って代わられる、という王道パターンとは違うらしい。
「どうです? 気配は?」
「だーめだ。 ここもなんにもないよ」
「カメラは回します?」
「とりあえず回しとこうか、零時丁度に淡い期待を掛けとこう」
「じゃあここの手すりに置いときますよ。 ほら、買って良かったでしょこの三脚」
湊さんはぐにゃぐにゃと曲がるタコ足のような三脚を手すりに付けて、カメラを回し始める。
これの為にそこそこの部費を取られているだけに活躍してもらわなきゃ困る。
さらに言うなら、今回の調査で何か映ってくれたらとても助かる。
「はい設置しました。 次は……」
「もう良いよ。 だいぶわかってきた」
「え、わかったって何がです?」
「本命は稲垣君が遭遇した影だ。 ほら、校庭に向かうよ」
「え、ちょっと、説明が足りてないですって部長!」
ここの七不思議は何かがおかしいと思ったが、ここまででとある可能性が強くなってきた。
この学校に、七不思議など存在しないのだ。